花園荘は、傾いていた。 [2006年07月10日(Mon)]
![]() 昔々、このあたりが畑だらけだったころ、このアパートは建てられた。 アパートの名前は「花園荘」。 桃木や菜の花など、季節の花がいつも咲き乱れていたことからつけられた。 当時は高度成長期の真っ只中で、夢を握りしめてやってきた若者たちで、花園荘は活気にあふれていた。 私も赤ん坊の頃、このアパートで育った。 古いアルバムを見ると、おしめをつけた私を、今の私よりはるかに若い両親が背負っている。 階段の柵に首を挟んで大騒ぎしたり、死んだばばちゃんが作った風呂にはいったりと、花園荘は遊び場でもあった。写真の私が大きくなるたびに、背景に写る花園荘はくたびれた姿になっていった。 あれから40年。 花園荘は、傾いていた。 雨漏りがひどく、ドアが開かない部屋もある。風が吹くと雨どいが飛ぶ。風呂なし、汲み取り便所は、若者も敬遠した。花園荘は、明らかに限界にきていた。 一方、花園荘周辺は、住宅建設ラッシュである。 徒歩5分のところにつくばエクスプレスが開通したことで、新しいアパートが次々と立ち始めている。 つくばTXバブルが町にやってきた。 めまぐるしく変わっていく町の様子と対照的に、花園荘は時間が止まったように取り残されていた。 「アパートの建て替えのご計画はおもちでしょうか?」 「うちなら建築から借り手の斡旋まで、すべて対応させていただきます」 背広を着た大手建築メーカーの営業マンが、毎日のように花園荘の建替えを進める営業にやってきていた。 なかには、丁寧にイメージ図まで作成してくれるところもあった。 花園荘を見るたびに、不動産屋が営業に来るので、 「不動産お断り」 と、入り口チャイムに張り紙を貼る始末だ。 「建て替えようか、駐車場にしようか迷ってるんだけどさあ、どう思う?」 と施主である親父から相談されたのは昨年の秋のことだった。 団塊世代でまだまだ若いとはいえ、新しく建てるアパートが花園荘のようになるころには90歳を超えている。アパート経営は20年からの話なので、先のことまでよく考えておく必要がある。 まあ、4〜6部屋程度のものだから、たいした商売にもならないのだが、さら地で持ち続けられるほどの余裕もない。商売にならなくてもいいから、面白い使い方はできないだろうか? ということで、めずらしく相談したのだった。 息子は「ピカーン」と閃いた。 息子 「そうだ、エコアパートを建てよう!」 親父 「・・・・っ(なんじゃそりゃ)!?」 息子は、 「21世紀は政治・経済・教育すべての軸に環境がくる」 といって、空き地を耕して畑にしたり、汚い川に船を浮かべたりしていた。 確かに話としてはおもしろいが、俺の退職金を使って本当にそんな博打を打つのか?そんなモヤモヤした親父の気持ちを息子は汲み取ることもなく、あっという間にアパート作りのメンバーを集めた。 親父は、相談相手を間違えたことを後悔しつつ、 「これも運命か・・・」 と、できるかどうかもわからないエコアパート建築へと一気に巻き込まれていくのであった。 このプロジェクトは、花園荘のエコリノベーション(建て替え)である。 環境に配慮した賃貸物件を建設し社会の良質なストックにすると同時に、顔の見える安心な地域コミュニティの形成を行い、さらにそれがアパート経営としての新しいビジネスモデルになることを目指している。 これからのアパート経営は、 「安く建てて、人を住ませ、利益を得る」 だけではなく、 「環境に配慮した良き隣人とともに地域交流を深め、地域全体の調和の中で持続可能なビジネスモデルを展開していく手法」 となるべきであるという理念に基づいている。 多くの人の知恵、技術、仕掛け、コミュニケーションをつぎ込み、社会に新しい提案ができればと思っている。そしてこのブログは、そのプロセスや試行錯誤の様子をつたえ、目標がどの程度達成できたかをリアルタイムで公開していく記録である。 このプロジェクトが 「大成功」 となるのか 「やっぱり無理でした」 となるのかは、まったくわからない。 高度成長期を支えた花園荘のように、持続可能な社会の実現を模索するこれからの社会への提案となりうるのか? 「賃貸住宅で実現できるエコとは?」 「コミュニティとは?」 「アパート経営と環境との融合は?」 などなど、山積する問題をひとつひとつクリアしていかなければならない。 傾いた花園荘も、見えない先行きを心配しているように見える。 |




