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清張とその時代:生誕100年   [2008年12月22日(月)]
2008(平成20)年12月22日(月)
毎日新聞 東京朝刊
トップ>エンターテインメント>芸術・文化

清張とその時代:生誕100年
『ゼロの焦点』/上 ヤセの断崖
http://mainichi.jp/enta/art/news/20081222ddm014040175000c.html

◇ 能登はやさしや人殺し
『点と線』(1958年)『眼の壁』(同)によって社会派
推理小説ブームに火をつけた松本清張が59年12月に
出版したのが、『ゼロの焦点』だった。
「戦後の推理小説史を飾る不朽の名作」(三好行雄)
と評される初期の傑作である。

「虚線」という題で『太陽』に58年1月から連載が始まったが、
雑誌休刊のため2月で中断。『宝石』に場所を移し同年3月から
『零の焦点』と改題して再開、60年1月号で完結した。

主人公は結婚まもない26歳の鵜原禎子。失踪(しっそう)した
夫の行方を探すうちに、殺人事件に巻き込まれ、さらに背後に
ある闇につきあたる。
<隠さねばならない過去>を持つ女性たちの心理も描かれ、
とくに女性に人気が高い清張作品のひとつだ。

小説の舞台となった冬の能登を訪ねた。
上野発23時3分の寝台特急「北陸」は高崎、直江津などを
経由して翌朝6時24分に金沢到着。
七尾線に乗り換え、羽咋(はくい)まで約1時間、さらに
バスを富来(とぎ)で乗り継いでようやく能登金剛の名所、
ヤセの断崖(だんがい)にたどり着いた。

高さ35メートルの絶壁に海からの強風が吹き上げ、足がすくむ。
空には暗い雲がたちこめ、波が激しく揺れていた。

ヤセの断崖の上部はもともとぐいっと海に突き出していた
のだが、昨年3月25日の能登半島地震で出っ張り部分を含む
約150立方メートルが崩落した。
先端に立って海面を見下ろすと<身もやせる>といわれ、
ヤセの語源になった絶壁は、鼻を失った彫刻のように
痛ましかった。

物語は、冬の能登という風土と切り離すことができない。
清張自身はこう語っている。

「小説の雰囲気を出すのは舞台だと思うので、『ゼロの焦点』
のヒロインの死場所はどこがいいかと考えて、思い出したのが
荒涼とした能登の西海岸ですよ…… それこそ岩ばかりで
赤住あたりには切りたった断崖がある。
そちらの方には富来という古い町があって一度訪ねたことが
あったので、そこを選んだわけです」(『発想の原点』)

ここでいう<赤住あたりの切りたった断崖>は原作でもそうなのだが、
現実の地名とは必ずしも一致しない。
実際の赤住海岸は平坦(へいたん)で、小説のような場所は
みつからないからだ。
富来近辺の漁師町であれば、赤崎があり、ヤセの断崖も近い。
61年公開の映画では、この赤崎とヤセの断崖がロケ地となった。

『ゼロの焦点』が引き起こした60年代の能登観光ブームは、
思わぬ余波を残した。
当時、ヤセの断崖近くの関野鼻パークハウスで働いていた
須磨虎生さん(82)は語る。
「投身自殺が急に増え、18人亡くなった年もあったのですよ。
それらしい若者を力ずくで止めたこともある。
きれいな場所で死にたかったのかもしれないが、ブームは恐ろしい
と思ったね」

映画のロケ隊の宿舎のひとつにもなった富来の老舗旅館
「湖月館」の女将(おかみ)、畑中幸子さん(67)は、
そっと泊まり客の様子をうかがい、話をしたがっている人がいれば
「夜更けまでもつきあった」
と気遣った。遺体を引き取りにきた家族などから、
いまでも便りがあるそうだ。

金沢学院大文学部の秋山稔教授(54)は、
「能登の自然は厳しいが、厳しいからこそ、人々は情けが深く優しい。
『ゼロの焦点』の中の女性たちも、耐え抜いた果てに大事なものを
守ろうと行動に出た。
清張さんは、能登の優しさの裏側にあるものを見せてくれたのだと思う」
と語る。

<能登はやさしや人殺し>
ということばがある。
能登の人々は優しいが、本当に怒ったらこわいという
例えなのだという。

【佐藤由紀】

毎日新聞 2008年12月22日 東京朝刊
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