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今日の人190.池田 誠さん [2019年08月25日(Sun)]
 今日の人は、一般財団法人 北海道国際交流センター(HIF)事務局長 大沼マイルストーン22代表、NICE評議員、ボラナビ倶楽部理事、大沼ラムサール協議会会長と、数多くの顔をお持ちの池田誠さんです。
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ホッとできる場所「Caffee Classic」で

 池田さんは昭和36年北海道知内町湯の里で生まれました。湯の里は青函トンネルの北海道側の出入り口のある場所です。1クラス20人くらいの小さな学校にいた池田さんは、自然の中で走り回ったり、虫捕りをするのが好きなおとなしい子でした。お父さんは小学校の先生で、とても教育熱心でした。毎朝5時に起きて4q走って縄跳びを500回、帰宅後はそろばん、書道というのが日課でした。小学校入学前に九九は覚えていましたし、そろばんは小2の時に1級でした。学校の成績はとても優秀でしたが、あまり積極的な子ではありませんでした。
 小学校の5年生からは函館の大きな学校に引っ越しましたが、田舎が好きだった池田さんはその学校になじめず、学校の先生に反抗していました。家で親に反抗できなかった分、学校の先生に反抗する方にいってしまったのかもしれません。家ではドリフなどの娯楽番組やゲームは禁止でしたし、とにかくお父さんは厳しい人で、そのお父さんに反抗するなど思いもよらないことでした。
 巨人の王選手が好きだった池田さんは、子どものころ野球選手になりたい、と思っていました。中学校では野球部に入り、ショートで3番を打っていました。校内のマラソン大会でも1位で、まさに文武両道だったのです。社会的なことに興味を持ちだしたのもこの頃で、中学3年の時に新聞に投稿していました。
 
 高校は函館中部高校へ。陸上部のキャプテンでしたが、本もたくさん読んでいて、小説の公募にも応募していました。勉強、部活、読書に忙しく、悩みなど特に感じていませんでした。数学が得意なこともあって、理系にいたけれど、文系に進みたい気持ちも強くて、北海道大学の文学部を目指していました。しかし、共通一次で思ったような点数が取れず、さりとて浪人する気もなかったので、二次試験が数学、国語、英語の得意科目で行ける小樽商科大学の商学部へ入ります。
 大学では陸上部と、落研にも入りました。落研に入ったのは合コンがしたかったからです。高校の時は女の子に全く興味がなかった?のに、大学に入ってから急にはじけてしまった池田さん。1年の秋からパブでバイトをし始めたことで、ずいぶん社会勉強にもなりました。仕送りは一切もらっていませんでした。大学の後半には合コンの主催者もよくしていました。

 大学3年の春休みにはアメリカに1ヶ月ホームスティをします。語学講座のコマーシャルで「君もカリフォルニアの風に吹かれてみないか?」と言っているのを聞いて行ってみたい!と思ったのでした。このホームスティの体験は池田さんに大きな影響を与えました。そしてホームスティをたくさんの人に広められる仕事をしたいと旅行会社のJTBに就職しました。働きながら、「北海道国際交流センター(HIF)」が主催する国際交流活動にボランティアとしても関わっていました。
 HIF は1979年、早稲田大学の要請で16人の留学生を七飯町の農家に2週間滞在させ、当時としては非常に珍しい草の根の国際交流を成功させたことで組織化された法人でした。毎年多くの留学生が北海道に来て、芋掘りや牛の餌やり、昆布干しなどを体験するのです。受け入れるホストファミリーは、畑作や酪農、漁業に携わる皆さんでした。そんな皆さんと出会って、池田さんは次第に農業をやりたい!と思うようになっていったのです。幼い頃に、自然の中で走り回って楽しかった池田さんの原風景と農業とが結びついたのかもしれません。

 池田さんは29歳の時に、職場で知り合った女性と結婚しましたが、11年働いたJTBを辞め、子どもが2歳の時に、家族でニュージーランドに渡ったのです。何か当てがあったわけではありません。小樽市役所に電話して、自分はニュージーランドと日本の架橋になりたいと熱く語り、ダニーデンの農家でファームステイをしてもいいという許可をもらったのです。1ヶ月いたその農家はおじいさん一人で牛1万頭、羊5万頭を飼っているところでした。そのおじいさんは池田さんの奥さんの日本食に感激して、日本に帰ってきてから遊びに来てくれたこともあります。その他にもハーブ農園や牧場等20か所近くに住み込んで、グリーンツーリズムや、パーマカルチャー、バイオダイナミックなどを学びました。「I’m farmer」と自負を持って働く農家の人々。Do it yourselfを大切にするニュージーランドの人々は壁が壊れても、井戸が詰まっても、車がオーバーヒートしても何とかしてしまいます。 このニュージーランドでの日々は池田さんのその後の人生を語る上で、なくてはならない1年間になったのでした。

 帰国後は、共働学舎新得農場で心身にハンディキャップのある人たちと、有機農業とナチュラルチーズづくりをしながら自給自足で暮らしました。約60人と共同生活し、皆が支え合って暮らすダイバーシティとの出会いとなったのです。ここで多様性の大切さを実感し、また自然と共に生きることが池田さんのテーマになりました。この共働学舎で作ったチーズは日本で初めてのチーズコンテストで日本一になったそうです。どんな味なのか食べてみたいですね。

 その後、搾乳のアルバイトをしながら新聞の通信員をしたり、コミュニティFMのパーソナリティをしたりしていました。そんな時に、かつてボランティアをしていたHIFの代表理事からうちで仕事をやってみないか、と声をかけられます。こうして、2001年から池田さんはHIFの事務局長として働き始めました。主に留学生の夏のホームスティの受入れをやってきたHIFですが、冬は何をやっているんですかと留学生に聞かれます。
 HIF では、ホームステイ事業以外にも、国際交流に関する様々な事業を展開していきます。一つは、2004年から実施している環境のための「国際ワークキャンプ」の実施。これは、留学生と日本人が、共にボランティアとして地域の植樹や湖の浄化活動などを行うものです。2008年の洞爺湖サミットでは、ヨーロッパやアジア8カ国と日本の若者が一緒に道内で植樹活動をし、さらに地球環境への思いを短冊に書いて、G8に集まった世界の首脳に届けました。また、タイやマレーシア、韓国などでスタディツアーも実施しています。マリンツーリズムを進めるフィリピンへのツアーでは、地元のNGO の協力で現地入りし海洋調査を行いました。2004年には、ボラナビを参考に、道南のボランティア情報誌「ボラット」を創刊。2010年には、若者の厳しい雇用の現状に国際的な視点で臨むために、若者の就労をサポートする「はこだて若者サポートステーション」を始めたり、名古屋で行われた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)に北海道環境省パートナーシップオフィスと連携して出展したりしました。

 このように、池田さんは事務局長として次々に新しいことに取り組んできました。そして、「ボラット」の後継情報誌として「@h」という季刊誌も発行し、子どもの貧困、まちづくり、国際、環境、農業など様々な社会課題について発信しています。知りたい場所に行き、会いたい人に会う、ここではJTBの仕事も生きていると池田さん。そう、今までやってきたことは全部つながっているのです。そして、どこからどこまでが自分にとって仕事かわからないと池田さん。人と会い、人と関わることが好きだから、その時間がとても楽しい。
 実は池田さんにはとても優秀な妹さんがいて、東北大を首席で卒業した秀才なのですが、池田さんは妹さんとずっと比べられるというコンプレックスが強くありました。それもあって普通の生き方ではなく、自分のペースで生きられる方向に進んだということもあります。けれど、社会を変える活動に関わることが出来る今の自分に満足しています。

 そんな池田さんが今ホッとできるのは、お気に入りの「Caffee Classic」で気の合う店主の夫妻と過ごす時間。私も連れていってもらいましたが、ヒュッゲのようなゆったりとした時間が流れていて、なるほどホッとできる場所というのも納得でした。
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どこか懐かしい味わいのプリン、奥の絵本はマスターの近藤伸さん作の絵本Live the Magic
とってもあったかい絵本です。おすすめです!


 何も背負っているものがなかったら、行きたい場所は沖縄と秋田。沖縄は場所がいい、秋田は美人が多いから、だそうです。さすが合コンキングですね。
外国だったらやっぱりニュージーランド!
 そうしていつか、共働学舎のような場所を作りたい、それが池田さんの夢でもあります。
 素敵だな、と思ったことは全部やってきたという池田さん。いつか富山の留学生たちを連れて池田さんの作った共働学舎のような場所にお邪魔することを楽しみにしています。



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