CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«今日の人163.武内孝憲さん | Main | 今日の人165.成瀬 裕さん»
<< 2017年12月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
カテゴリアーカイブ
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
宮田妙子
今日の人149.河除静香さん (09/24) 橋本桂
今日の人149.河除静香さん (09/08) 高木敏夫
今日の人123.高橋太郎さん (04/14) 大太
今日の人4+.森本耕司さん (07/17)
今日の人164.木村太郎さん [2017年01月29日(Sun)]
 今日の人は、ネイチャーガイド・エコツアーディレクターとして世界各地での感動的なエコツアーを開催したり、さつきやま森の学び舎・ようちえんの運営、講演会や研修、企業顧問等々、好きなことをしていたらいつの間にかいろんなことをやっていたという木村太郎さんです。
エコツアーディレクター木村太郎の旅 https://eco-tour.amebaownd.com/
太郎さんのFacebook  https://www.facebook.com/taro.kimura.ecoguide
14691038_1276264489090600_5352392804991822274_n.jpg


 太郎さんは1975年、東京で生まれ千葉で育ちました。
子どもの頃は超マジメ。優等生で学級委員長などもしていましたが、たくさんの人の前ではとても話せないようなあがり症でした。小学生の頃にファミコンが登場したのですが、ファミコンには全くはまらず、遊びと言えば外でひたすら野球でした。木村家は小学生の間は就寝8時、土日でも9時という家だったので、流行りのドラマの話題には全くついていけませんでした。平日はドラゴンボールやキン肉マン、土曜はドリフ、日曜は大河ドラマ、せいぜいそれくらいしかテレビは見ていませんでした。かといって、読書好きだったわけでもなく、読書感想文を書くのはすごくイヤでした。

 小学6年生の時に出会った体験塾が、その後の太郎さんの人生において大きな意味を持つようになります。そこでは月に一度、山登りに行っていました。最初は友だちと遊びに行けるという気持ちも大きかったのですが、山に登っていくうちにどんどん山が好きになっていった太郎さん。普段は日帰り登山なのですが、夏休みは泊りがけで八ヶ岳にも登りました。

 中学に入ると、お父さんの仕事が忙しくなったこともあって、太郎さんはすごく自由になりました。夜8時に寝るなんてとんでもないとばかりに、男友達の家に泊まりに行ってバカ騒ぎをするのも恒例行事になっていたし、お母さんとケンカした時はプチ家出して、体験塾でお世話になっている方の所へ2~3日泊まりに行くのでした。でも、そんなふうにいろいろ話せる大人がいるというのはとても幸せなことでした。
 中学で入ったのは吹奏楽部。肺活量がかなり必要なユーフォニウムを吹いていました。じゃんけんで負けて放送委員会にも入らされたのですが、これがすごくおもしろかった。ビデオカメラを持っていろいろ取材したものを編集して校内放送で流したり、新任の先生のインタビューを生放送で流したり、とても楽しくて結局3年間ずっと続けたのです。
 もちろん体験塾での登山も続けていたし、地域のサークルでバトミントンとホッケーもやっていました。

 高校は家から自転車で10分で行ける所へ行きました。高校では生徒会に入らされて、3年間生徒会活動をやりました。生徒会の仲間と毎晩10時くらいまで遊んでいたので、家に帰るとよく怒られました。それでまたプチ家出して体験塾の方の家に泊まりに行くのでした。この体験塾は、高校生の時は参加する方ではなく、もう企画する側になっていました。

 進路を決める時、太郎さんは大学受験はせず、体験塾の先輩が行っていた北海道の酪農家でインターンシップをする道を選びました。お父さんは烈火のごとく怒りましたが、それを押し切って北海道へ。そこで4か月インターンシップをやり、せっかくなので北海道を一周しました。それからすぐに東京のじいちゃんが亡くなりました。ばあちゃんが1人暮らしになってしまうので、フリーな太郎さんがばあちゃんと一緒に住むことになりました。

 その時、お母さんがC.Wニコルさんが校長をしている自然を守るレンジャーを育てる専門学校の新聞の切り抜きを持って来て、「ここ受けてみたらどう?」と薦めてくれました。太郎さんも自分のやりたいことができそうだと、その専門学校に入ることにします。山登りにも行けるし、おばあちゃんと住んでいたので3食作ってくれるし、さらにおばあちゃんは太郎さんの話をゆっくり聞いてくれるしで、東京での暮らしはとても快適でした。バイトもしましたが、山登りの用品を買っていると財布はいつもすっからかんでした。でも、そうやって少しずついい山登りグッズをそろえていくのは、とても楽しかったのです。

 卒業後太郎さんはネパールで植林をしているNGOの活動に参加しました。1か月半くらいルクラで過ごし、森林調査をしました。毎日山ほどチャイを飲まされましたが、とても楽しかった。この経験もあって、やはり自分は森で過ごしたいという思いがとても強くなった太郎さん。ちょうど上高地で山小屋の管理人を探していると知り、上高地に住むことになりました。まるでドラマ「北の国から」のような環境での生活。山小屋の維持管理が主な仕事なのですが、空いた時間はたっぷりありました。そこで太郎さんは一週間に一度は図書館に行き、一度に10冊借りては読んでいました。それまで読書をしたことはほとんどなかったのですが、この山小屋での時間にたくさんのことを本から吸収した太郎さんなのでした。山小屋の管理人として、またネイチャーガイドとして、とても穏やかで充実した日々を過ごしていたのです。
 そのうち山小屋でイベントもするようになり、全国のいろいろなガイドとも繋がりました。こうして22歳から32歳まで、上高地で過ごしたのです。

 ネイチャーガイドとして、様々なことをやっていきたいと思っていた太郎さんは、子どもキャンプのスタッフとしても活動していたのですが、立科の子どもキャンプにスタッフで来ていた女性と恋に落ちます。
 そうして、山を下りて奥さんのいる大阪に住むことになりました。1年間は仕事をしないで、日本各地で夏にどんなネイチャープログラムをやっているか見てまわりたいと、実行した太郎さん。そして彼女は反対することなくそれを応援してくれたのでした。
 そんな中、小豆島を見に行きたいとガイド仲間を訪ねた所、小豆島のホテルで支配人と夕食をすることになりました。そこで、支配人からアドバイザー契約を結びたいと言われ、月に一回小豆島に行って、アドバイザーをやることになりました。そのうち系列の那須高原にあるホテルにも頼まれて、月に一回ガイド養成講座をするようにもなりました。こうやって好きなことをやっているうちに自然に仕事を引き寄せてしまう太郎さんなのでした。

 一年経って、ちゃんとしたガイドをやろうと屋久島など日本国内をいろいろガイドしましたが、国内だけだとあんまりおもしろくないなと感じていました。そんな時に石川に住む友達から「オーロラが見たい」と言われます。「ツアーをやってる友達がいるよ」というと、「お前がツアーを組んでくれないか?」と頼まれました。これがきっかけで海外のツアーも始めるようになりました。これがとてもおもしろくて、それからは海外ツアーのガイドだけするようになったのです。太郎さんのツアーはとことんこだわりのあるツアーなので、来る人は人生が変わるような感動を味わえます。例えばオーロラを見に行くにしても、単にオーロラが見えればいいというツアーではありません。カヌーに乗って川面にも真上に広がるオーロラが映る中を進んでいく、そんな神秘的な体験ができるのです。その感動はなかなか言葉では言い表すことができません。
 
 子どもが生まれた太郎さんは、入園する前のプレ幼稚園で子どもたちに11時におやつを与えるのを見て愕然としました。お昼ご飯を食べる前のこんな時間に、市販のおやつを食べさせるなんて…。もっと、子どもが自分の体を使って、自分らしく過ごせる幼稚園に通わせたい、そう思った太郎さんでしたが、そんな幼稚園はありませんでした。唯一、徳島に行かせたいフリースクールの幼稚園はあったのですが、そこに行かせるために引っ越すか、はたまた思い切って自分たちで幼稚園を作ってしまうか、悩みました。結果、太郎さんは奥さんと一緒に認可外の幼稚園を作ってしまったのです。2012年の4月当初は月2回だけでしたが、徐々に希望者が増え、2013年春にはようちえんクラスが、2014年春には小学部もオープンしました。さつきやま森のようちえん、さつきやま森の学び舎(小学部)のホームページもぜひご覧ください。また、コーチングのコーチの奥さんが中心となって人材育成も進めていらっしゃいます。まさに夫婦二人三脚の木村家なのでした。

 そして太郎さんが外国でガイドをすることはどんどん増えて、ペルーでトレッキングをしてマチュピチュに行ったり、南アフリカの花園を見たり、ボリヴィアのウユニ塩湖に行ったりもしています。昨年はなんと50日間もペルーにいたとか。そして、太郎さんのスペシャルなガイドを経験した人は、もう普通の旅行ではとても満足できなくなるというのです。お客さんの行きたいところを聞いた時から、徹底的に作り上げ、予想のはるか上を行く太郎さんのガイド。なんと、作りこむのに2~3年かかることもあるそうです。でも、お客さんの感極まった表情、その瞬間を見るためなら努力を惜しまないのです。例えばオーロラを見に行くときはインディアン、イヌイット、現地の15人くらいの人にも関わってもらって、ただのオーロラではなく、先に書いたようなスペシャルなオーロラを見てもらう。太郎さんのツアー料金は一般的なツアーよりは高めなのですが、お客さんは「この内容なら安すぎる!」と口々におっしゃるそうです。いったいどんなガイドなのか、自分自身で一度ぜひ体験してみたいものですね。

 そんな太郎さんが今まで旅をしてきていちばん好きな場所は、ペルーのアンデスです。地球にこんなところがあったんだ!そんな感動の連続で、4700mで食べるランチの美味しいことといったら!しかも現地のガイドやコックが一緒に登ってくれて、4700mで作ったランチを食べられるのです。なんて贅沢なんでしょう。
 だから、太郎さんが楽しいことは、やっぱり山登りです。ペルーでも250q、ずっと歩いていました。ロングトレイルが好きなので、本当は月に1~2回は山に行きたいなぁというのが本音です。

 そんな太郎さんが今後取り組みたいと思っていることは、自然エネルギーの循環を自分たちで作り出すことです。原発などに地球の負になるエネルギーに頼ることなく、自然エネルギーの循環を作り出したい。太陽光発電に取り組んでいるNPOとの勉強会も始めました。ゆくゆくは、ようちえんもスタッフの住む家も全部太陽光発電にしたいのです。農業している場所も太陽光発電システムにして、農家が安定した収入を得られるような仕組みにしたい。地域全体で自然エネルギーを循環できるTaro Villageを作りたい、そんな夢の一歩を踏み出したところです。
 そしていつか自然エネルギーの循環とともにお金の循環もできるようになった時に、悠々自適に世界中うろうろして過ごしたいと思っています。そんな日が来るのも、そんなに遠くないかもしれませんね。

太郎さんの素敵な旅の数々は、どうぞこちらをご覧ください。
〜エコツアーディレクター木村太郎の旅〜https://eco-tour.amebaownd.com/
ステキな写真にぞくぞくすること間違いなし。そして次は、あなたも旅に出たくなるにちがいありません。
トラックバック
ご利用前に必ずご利用規約(別ウィンドウで開きます)をお読みください。
CanpanBlogにトラックバックした時点で本規約を承諾したものとみなします。
この記事へのトラックバックURL
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
http://blog.canpan.info/tb/1246110

コメントする
コメント