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聴覚障害者留学

 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子などをお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。


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4期生募集説明会 [2007年07月15日(日)]
4期生募集説明会(京都)

日時: 2007年7月16日(月/祝)午後1時〜2時30分
場所: 全国手話研修センター
〒616-8372 京都市左京区嵯峨野天龍寺広道町3-4
http://www.com-sagano.com

Ohlone College 説明会

同日同会場の午後3時〜4時30分に、2期生2名が留学するカリフォルニア州の
Ohlone College説明会も行ないます。
説明者: Ms. Claire Ellis カウンセラー
同席者: Dr. Tom Holcomb 同大学教授 


事業責任者 野崎
2007年6月生活記録 【第2期生 谷口】 [2007年07月10日(火)]
 アメリカには梅雨という時期はないが、じめじめした季節がやってきた。ワシントンDCは予想以上に気温が高く、日本と同様湿気のある気候で日本とあまり変わらない差だったので暮らしやすかった。

■サマークラス
 6月4日から大学院のバイリンガルろう教育の講義を受講したが、さすが大学院ということもあって毎日課題、そしてプレゼンテーションの準備に追われるなど予想以上に苦難の道を辿ってきた。しかし、私にとって非常に興味のある講義で毎日他の学生たちとバイリンガルろう教育のプラス面・マイナス面について討論してきた。その講義は健常者とろう者の学生たちが混ざっており、何人かの学生は聾学校で教師を務めた経験があり、その学生たちの経験談も参考になった。
 6月22日に3週間のサマースクールがようやく終わり、最終日の前日にはプレゼンテーション・最終日にはファイナルプロジェクトがあり、それに向けての準備で大忙しの日々を過ごした。私のプレゼンテーションの内容は「How to teach English to international students?」で、ESL(English second language)の一部であるELIで指導しているあるアメリカ人の先生にインタービューした内容と結論について発表した。
 クラスの終了後、バイリンガルろう教育センター長であるNovel氏ともお会いする機会があり、彼が講師である聾学校教員向けのセミナーにも参加させて頂いた。ろう学校の教員たちが出席しており、どうバイリンガルろう教育を実践していくかという討論が行われた。Novel氏は幼少の時に口話教育を強制させられ、手話も知らずに育ってきたそうだが、彼いわく口話ではなく手話教育を受けたかったという。彼は博士号を取得しており、バイリンガルろう教育に携わった仕事をしている。これからのバイリンガル教育を考えるにあたって彼の経験談は貴重な情報になった。

■生活
 先述したようにサマースクールの期間は毎日tutorセンターに行ったり、アパートにこもったりして課題などに取りかかったので、ほとんどの週末は休憩する時間もあまりなく出かける機会もなかった。

■抱負
 6月30日からサンフランシスコでアジアろう者会議が開催される予定で、その会議は3年に1度の会議なのでそれに参加する方向でいる。アジアろう者会議を通して教育だけでなく色々な知識と経験も培っていきたいと思っている。
Posted by 谷口恵美(第2期) at 17:26 | 奨学生生活記録 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
2007年6月 生活記録(1期生 池上 真) [2007年07月09日(月)]
 まず、自身の今後の進路についてであるが、ようやく決まったので、この場を借りて報告させていただきたいと思う。2007年の秋からは、Gallaudet大学大学院において、2年間、ソーシャルワーク(Social Work)を学ぶこととなった。進路がなかなか決まらず、多くの方々にご心配・ご迷惑をおかけしたが、このような形で報告することが出来たことについては、うれしく思うと同時に、ホッとしている。今後は、今までと違い、正規の学生として学ぶことになるが、無事に2年間で「卒業」できるように、引き続き、勉強やインターンシップをがんばっていきたいと思っている。(今後とも、暖かい目で見守っていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。)
 さて、6月は、5月の生活記録においても触れたように、「Physical Plant Department」でのアルバイトで明け暮れる日々が続いた。時間は、朝の6時から午後の2時半までで、業務内容は、各建物のMechanical Room(機械室)のメンテナンスである。たとえば、パイプにペンキを塗ったり、老朽化したフィルターを新しいものに取り替えたり、掃除機でちりやほこりを取り除いたりした。天井近くのパイプに塗られたペンキが頭上に落ちてきたりするので、慣れない作業に戸惑いながらも、黙々と自分の任務を遂行しているところである。
 6月末には、ルームメイトに誘われ、カメルーン人が主催したディナーに参加した。ディナーでは、カメルーンでろう学校を創立し、現在も理事長を務めているジャコブ・コナ氏の学校全体の説明や、そのろう学校で数ヶ月間インターンシップとしてボランティア活動に取り組んだ2人のGallaudet大学大学院生による講演などがあり、現在の学校の運営や組織に関する状況やそのろう学校の教育目標、そしてカメルーン全体のろう教育の現状を知ることが出来た。ディナーには、ルームメイトを含むアフリカから来たGallaudet大学の学生を始め、ワシントンDCや隣接のメリーランド州に住む、多くの聴者のカメルーン人が集まり、ジャコブ氏は彼らにカメルーンにおけるすべてのろうの子供たちへの手話によるろう教育の必要性を説明した上、学校運営に必要な資金の協力を呼びかけていた。多くの人がその趣旨に賛同し、寄付していたが、日本においてもジャコブ氏を招いて、講演会を設けることは出来ないだろうかと思ったものである。ディナーもたけなわになると、会場は一転してお祭りモードになり、みんなでダンスを楽しんだ。
 また、Gallaudet大学で、最近日本のあるろう学校で夏休みを利用しながらろうの子供たちへの英語教育に携わっているベンソン・スコット氏にもお会いし、この活動を始めようと思ったいきさつや活動の内容・目的などを話してくださった。また、彼は日本だけでなく、ベトナムのろう教育にも積極的に関わっているという。
 このように、今年の夏休みは、色々と考えさせられることが多かった。改めて、世界の広さを肌で感じたものである。今後も、新しい道へ進んでも、机上の勉強だけでなく、人との出会いも大事にしていきながら、がんばっていきたいと思っている。
2007年6月 生活記録(第1期生 太田琢磨) [2007年07月03日(火)]
6月は私の最後の学期が始まる月である。留学生活もまもなく終わりとなり、今学期は今までの留学生活のまとめと、3つのカンファレンスに参加することが主な課題となっている。先行して行われたADARAカンファレンスの後寮に戻ると、すでに周りに住んでいた学生たちは引っ越しを済ませており、静かな空気が私の寮周辺を漂っている。学生たちがいる頃は賑やか過ぎて困ることもあったが、静かすぎるのも寂しいと感じている。

CAIDカンファレンスに出発するまでは、ひたすら今まで集めた資料を読み直しまとめる日々であった。今になって読み直してみると思った以上に
 
CAID(Council of American Instructors of the Deaf)カンファレンス(6
月25〜27日)
 6月25日から、ネバダ州リノにて、CAIDカンファレンスが行われた。このカンファレンスは主にろう教育関係者を対象にしたカンファレンスで、アメリカのろう教育に関わっている大学の教授や高校・中学校の教員たちがたくさん集まっていた。今回の会場はリノということで、会場がカジノであった。カンファレンスの合間にカジノのスロットで遊ぶ参加者や、カンファレンスをすっぽかしてカードゲームに行ってしまう参加者もおり、アメリカの文化?というかアメリカ人のおおらかさを実感するいい機会となった。

 今回のカンファレンスでは主にテクノロジーを教室でどのように活用していくか。また、オンラインラーニングや学生との電子メールやメッセンジャーを使った、学生と教員のコミュニケーション方法に関する、実践報告がたくさん行われていた。テクノロジーをどうクラスで生かしていくのかということのほか、学生の心理的支援の具体例、学生にどのような視覚的イメージを与えて語学力を伸ばすのかといった様々な発表が行われた。どれも実践的で斬新なアイディアであり、私にとってもとても参考となるものが多かった。私の調査テーマは情報保障であるが、教員の協力や、教員がより多くの教育技能を駆使することで、情報保障もクラスの中で活きていくと言うことが理解できたことは、とても有意義であった。
 アメリカではオンラインを使った、視覚的教材や、学習プログラムを多く活用しており、学生たちの勉強に役立てていることもわかった。また、若い人から年配の人まで積極的にパソコンを活用としている様子が伺え、コンピュータと視覚情報を活用した教育方法が、最近のアメリカの流行となっているのではないかと感じた。現在の日本の状況はわからないが、日本でもこのような視覚的教材を有効利用しているのか興味を持った。

 カンファレンス終了翌日にリノを発ったが、飛行機の乗り継ぎの関係でサンフランシスコに一泊し、次の日の深夜に無事にロチェスターに戻ってくることができた。アメリカの広さを実感させられる良い機会となった。今回は荷物が行方不明になることもなく、安心して家に戻ることができた。7月にはAHEADカンファレンスが待ちかまえている。それまであまり間がないが、時間を見ながらいろいろ進めていきたい。
2007年6月 生活記録(第2期生 高山 亨太) [2007年07月02日(月)]
 かなり忙しかったサマースクールも6月8日に全て終了した。最後の週は4つのレポートと最終試験、最終レポートが課せられたので地獄のような日々であったが、終了してみれば充実感を感じられ、たくさんのことを学ぶことが出来たのだと感じることが出来た。これまでに日本で聴覚障害の仕組みや聴覚生理学を学ぶ機会はあったが、一貫して学ぶことはなかったため、今回のサマースクールで基礎から実際のリハビリテーションや支援方法などといった応用まで学ぶことが出来たことは、今後、聴覚障害福祉に関わる専門職の養成や臨床の場で大いに役に立つだろう。また聴覚障害福祉に関わるすべての保健・医療・福祉専門職は、必ず聴覚障害に関する最低限の基礎知識を学ぶ必要があると、改めてサマースクールを通じて学んだ聴覚障害そのものの奥深さから考えさせられた。結果的に最終試験の結果、Aという成績をもらえたことは、今後ダブルマスター(2つの修士号取得者)を目指す自分にとって大きな自信となった。またオージオロジーに興味を持ったので、これからもオージオロジーを理論的・実践的に追究していきたいと思う。聴覚障害者に関わる専門職としては、コミュニケーション方法の1つとして手話が出来た方が有意義なことはいうまでもないが、特にオージオロジーを知っている専門職と知らない専門職では支援に関わり、聴覚障害者本人の聞こえ方やコミュニケーション方法、さらに今後の予見を検討するときに話にならないほど力量の差が出ることは明確であろう。

 サマースクールが終了した次の日の9日に、ワシントンD.Cのダレス空港から日本へ帰国の便についた。10日の午後に成田空港に到着し、その後筑波大学のあるつくば市に滞在し、またその後実家のある神奈川県に帰郷するなどつかの間の帰国を楽しむことが出来た。帰国した本来の目的は、自分の留学ビザが5月13日付けで切れ、ビザの規則として有効期限から1ヶ月以内に帰国するか、または期限までに新しいビザの更新をしなければならないことになっているため、日本で新しいビザの発行を受けるためであった。2001年のニューヨークで起きたテロ事件以来、アメリカの移民や留学に関する規則や監視が厳しくなっていることもあり、期限を過ぎて滞在した場合に再入国や留学の継続が認められない可能性もあるため、ビザの有効期限や規則には注意して必要に応じて帰国するなどしなければならないことになっている。今後、留学などを希望されている方などは、必ず留学や移民に関する規則や留意事項を一度、アメリカ大使館のホームページで確認して欲しい。ビザの更新のためには、留学前にアメリカ大使館へビザの申請をしたように、同じ方法でアメリカ大使館に再度申請しなければならないのである。夏から留学する学生が多いのは、承知の通りである、アメリカ大使館でのビザ申請に関わる面接予約は1ヶ月待ちという状況なのである。今後は、7月11日の面接日までにビザ申請に関わる書類をそろえ、当日の面接後の2週間後に預けたパスポートなどの書類とともに新しいビザが手元に届くといった流れとなっている。その後は、すぐにアメリカ本土へ調査のために飛び立ちたいと考えている。必要な書類とは、パスポート、大使館指定の申請書類、受け入れ先からの受け入れ証明(合格通知など)、受け入れ先から送付される書類、留学生活を維持できることを証明できる財政証明、SEVESへの支払い証明などが必要になるので、余裕を持って準備しないとあとであたふたすることになる。

 帰国した後、母校の筑波大学の看護学系などにて聴覚障害についての講義をする機会があった。これまでにも講義した経験はあるが、今回はアメリカのギャローデット大学で学んだ聴覚障害に関する理論やオージオロジーの理論、実践をふまえた上で講義することが出来た。学生からは「わかりやすい」、「聴覚障害に関する誤解が解けた」、「今後、自分が専門家になったときにどのような知識が必要なのかわかった」などと好評であった。改めて、ギャローデット大学に留学したその成果を感じることが出来た一時でもあった。今後とも帰国する際に、講演会や講義などの機会があれば積極的に引き受けていきたい。