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聴覚障害者留学

 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子などをお届けするものです。
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2007年5月 生活記録(第2期生 高山 亨太) [2007年05月31日(木)]
はじめに
 5月は、春学期の最終試験やこれまで暫定学長であったダビラ博士の第9代学長任命式、Gallaudet University大学院の学位授与式や全体卒業式などの学生にとって記念するべき行事があった。5月は、私にとってGallaudet Universityを是が非でも卒業したいという思いを強くさせた月間でもあった。
 まず、Gallaudet Universityでは、全ての通常クラスが終了した後の5月2日から4日間にわたって、最終試験が実施された。今回は、オージオロジーのクラスと英語のライティングクラスの最終試験を受けた。昨年の秋学期の経験を通じて学校になれてきたこともあり、今学期は、よい成績をもらうことができた。この調子で、これからも良い成績をもらえるよう頑張っていきたい。

第9大学長任命式
 1月より暫定学長として様々な改革に取り組んでいたロバート・ダビラ博士(Dr. Robert Davila)がその勤務実績やリーダーシップが評価され、この度Gallaudet University理事会の検討を経てて、キング・ジョーダン前学長に継ぐ、第9代学長として正式に任命された。卒業式に先立って5月10日に実施された第9大学長任命式の会場には、多くの卒業生や同窓会のメンバーが集っていた。さらに外部より国立ろう工科大学の学長なども出席し、多くのろう・難聴者がダビラ学長着任を祝福していた。ダビラ学長は、実際に74歳とキング・ジョーダン前学長よりもやや高齢であるが、実際にはその年齢を感じさせない程パワフルな方であり、アメリカのろう・難聴者の誰もが認めるその実績や功績を持つダビラ学長のリーダーシップの下での今後のGallaudet Universityの発展が楽しみなところである。

学位授与式と全体卒業式
 最終試験が終了した後のGallaudet Universityで、修士号学位授与式が5月10日に、さらにその翌日に学部生を含めた全体卒業式が執り行われた。大学院の修士号学位授与式では、社会福祉学研究科の学生を中心に知り合いが何名かの晴れ姿を目に焼き付けることが出来、彼らの修了を心から喜んだ。すべての卒業生は、アカデミックドレスといい、マントと学位帽を着用しており、日本式の卒業式になれている私にしてみれば、そのようなとてもあこがれる。日本ではなかなかお目にかかることのない授与式、卒業式の形式なので、自分も2,3年後には是非ともこんな晴れ舞台の上に立ちたいと思いを馳せた2日間であった。
 余談ではあるが、同期生の谷口さんが学んでいる英語学院(English Language Institute:ELI)を中心に修了式が5月4日に開催された。一応、私が所属するInternational Internship Program(IIP)を管理しているのが英語学院と同じOffice International Program Services(OIPS)と同じであるため、担当者から修了式への招待の連絡が前日にあり、当日は暇だったので参加してみた。当日は、英語学院の成績が優秀な学生が賞状され、また新しい英語学院の学生会の会長選考の結果が発表された。しかしながら、英語学院の以外の学生の参加が少なく、何もイベントがなかったため少し寂しい思いをした。愚痴にはなってしまうが、もう少しInternational Internship Programの地位向上というか、英語学院と連携をとるなり、プログラムの充実化などを心ならずとも願うばかりである。

サマースクール
 サマースクールの講義は、5月17日から翌月8日までの全12回の日程で、Gallaudet University大学院社会福祉学研究科の必修科目として全ての学生が履修しなけらばならないオージオロジーのクラスをこれまた春学期に続いて履修している。春学期にオージオロジーを履修したはずなのに、なぜもう一度履修しているのという声が聞かれそうだが、春学期に履修したオージオロジーはわかりやすくいうと入門編であり、今回のオージオロジーは応用編といったように、特に対人専門職向けとなっている。今回のクラスは、社会福祉の大学院生だけではなく、ろう教育、臨床心理学、カウンセリングやオージオロジーの現役大学院生、秋からの入学予定者などの様々な面々が参加しており、それぞれの立場からの意見や見方を学ぶことが出来、充実している。短期間での集中講義のため、レポートや中間試験などの準備が大変ではあるが、日本で習った聴覚障害に関する知識を頼りに何とかついていっている。これまでに聴覚障害の基礎、聴覚障害に関する疾病、音響学、オージオグラムについてかなり深く学んだ。これからは、人工内耳や聴覚口話などのリハビリテーションに関する内容を学ぶ予定となっている。改めて、ろう・難聴者やその親に関わる対人専門家として、やはり聴覚書害に関する基礎を学ぶ必要性を痛感させられた。今後のろう・難聴者に関わる専門職の養成やカリキュラムを考慮するにあたって大変参考にするべく、様々な観点からオージオロジーの重要性を考察していきたい。
2007年4月生活記録 【第2期生 谷口】 [2007年05月16日(水)]
4月の中旬から寒い時期がいつのまにか過ぎ去り、暖かな風が吹く春がやってきた。ちょうどその時期にDC市内でNational Cherry Blossom Festivalという日本の祭りが催され、友達4人で行った。その時はもうすでに桜は散り新緑になっていたが、道路にはやきそば・寿司・牛丼・たい焼きなどの屋台がぎっしり並んでいて、久しぶりに日本食を堪能することができた。

■ELI
4月の第1週はInternational Awareness Week(IAW)というビッグイベントが行われた。3月の生活記録にも記載してあるが、アラブ・インド・南アメリカなど色々な国の文化や食事をたっぷりと味わった1週間だったと思う。IAWの最終日にGALAパーティーがあり、それに参加した。正式なパーティーに参加するのは初めてでパーティー用ドレスを持っていなかったため、ルームメイトにドレスとハイヒールを貸してもらうことにした。参加者たちのほとんどは上品でおしゃれ感のたっぷり詰まったドレスを着用していた。パーティーに参加して、私は行儀作法を完全に習得していないのだと改めて知り、恥をかいたが良い経験が出来たと思っている。夏休みに日本に一時帰国する際、ドレスを購入しようと思う。
IAWとGALAパーティーも終わり、学期末テストまで残りわずか3週間をテスト勉強に費やした。5月初めにDRPとCOMPASSとGWEというギャロ大学入学試験があり、それに合格しなければならないというプレッシャーを強く感じたが、その威圧感をうまくコントロールして、勉強に臨んでいる。その試験に合格した場合、今年の秋学期からInternational Internship Program(IIP)に入る予定なので、そろそろ申込書と2つの課題を提出しなくてはいけない。それに加えて、秋学期に受講する講義も絞っていく必要があるので、教育を専攻している先輩たちに色々と尋ねている。希望しているバイリンガルろう教育の講義を受講する前にサマースクールの講義の単位を取得する必要があると教授に言われ、6月からサマースクール開始で大学院のろう教育の講義を申込した。

■生活
転居先がようやく決まり、4月末はテスト勉強と引越準備を並行した。ギャロ大学から1時間ほど離れた距離だが、引越先は犯罪から暮らしを守ってくれるキュリティーマンションで、周辺にはショッピングセンターがあり、買物などに便利な街である。ギャロ大学辺りにはお店も結構少なく寂しい所なので危険だったが、引越先が決まって非常に安心した。今まで寮で生活してきて感じたことは、学校にも近く、様々な国からの友達と交流できて色々な思い出を作れる環境だと感じたことである。

■抱負
 先述したように、5月の初めに入学試験があるので、合格に向けて勉強に励んでいる。また、6月4日からサマースクールで院の講義も受講するのでそのレベルに達した英語力を身につけていきたい。
Posted by 谷口恵美(第2期) at 10:55 | 奨学生生活記録 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
2007年4月 生活記録(1期生 池上 真) [2007年05月16日(水)]
 4月は、期末試験に向けての試験勉強で首が回らないほど忙しかった。ロースクールの審査状況については、残念ながら、現時点においても受け入れ通知をいただいた学校が一つもなく、日々ロースクールのレベルの高さを痛感している今日この頃である。
 期末試験終了後は、ルームメイトの高山さんと部屋の片づけをしたり、近くのスーパーへ行きトイレットペーパーなどの生活必需品や必要な食材を買い足したりした。今までクラスで配布されたプリントは段ボール箱に、教科書は本棚の一番下の段にまとめた。それまで教科書やプリントなどで山のように積み重ねられた机の上もすっきりし、気持ちよくなったものである。
 翌日の日曜日は、共通の知人を通して知り合った、ギリシャからの留学生とアダム・モーガンにあるおしゃれな喫茶店でお茶をすすりながら、今までの学校生活の中で得た経験や人間関係、そして将来の進路について延々と語り合った。夜は、その友人の家で、夕飯をご馳走になり、引き続き色々なことを語り合った。
 期末試験無事終了の喜びも束の間、翌週からはキャンパスライフのアシスタントとして、卒業式に向けての準備で日が明け暮れる日々が続いた。多くの卒業生の家族がゲストルームに滞在するため、彼らが到着する前に、部屋の掃除をしたり、ベッドメイキングを行ったり、パンフレットを作成したりした。ゲストルームのほとんどが、学生が利用していた部屋だったため、それまで使用していた学生が出てから卒業生の家族がチェックインする日までの短期間に、それらの業務を遂行させなければらならず、朝7時から夜12時まで働いた日もあった。
 卒業式の前日の夜は、先のギリシャの友人の家で彼女の卒業祝いのパーティーを行った。アメリカでは、日本と違い、このようなパーティーや誕生パーティーなど何か祝い事をする場合、お祝いされる側が自発的にパーティーを行うのが常識となっている。ギリシャの料理の珍味に満悦しながら、有意義な時間を過ごすことが出来た。
 当日は、式が始まる頃に、思いがけず、キャンパスライフの上司に入場券をいただき、興奮を抑えきれず、その足で卒業式の会場に入った。去年は仕事の都合でインターネットを通じてしか見ることが出来なかったのである。また、今年の卒業生の中には、ルームメイトを含め、知っている人が多かったため、彼らの晴れやかな姿をどうしてもこの目で見たいという想いがあった。彼らの名前が呼ばれ、学長から卒業証書を受け取るために舞台裏から出て来たときは、ドキドキしたし、自分のことのようにうれしかった。こうして、一緒に見に来たルームメイトと共に華やかな卒業式を見届けることができ、貴重な一日となった。
 今後は、残りのロースクールからの結果を待っているのみだけでなく、ロースクールに代わる進路について、聴覚障害者留学事業の責任者や日本財団の担当者と相談しながら、検討していきたいと考えている。
2006年4月 生活記録(第1期生 太田琢磨) [2007年05月02日(水)]
4月に入りやっと春が来るかと思いきや、突然の降雪で一瞬にして冬景色に戻ってしまった。日本では桜の開花下というニュースを聞いていたが、今年もロチェスターでは桜を見る機会もなく、私の花見は来年に持ち越しとなってしまった。

 4月の主な予定は、シカゴ調査そして中国フィリピンからの訪問者と共にPEN-International(www.pen.ntid.rit.edu)の手話通訳養成に関する様々な講演を聴くことが、主なスケジュールであった。 

シカゴ訪問調査(4月13〜21日)
 4月13日からのスケジュールで行ったシカゴ調査は下記の4校を回った。
・ Northern Illinois University(NIU)
・ Harper College
・ University of Illinois, Chicago(UIC)
・ Columbia College

 今までの調査は公共交通機関を行って訪問することができたのだが、今回の訪問は公共交通だけでは訪問することができない場所が出てしまった。そのため、シカゴのオヘア空港からレンタカーを借り、とHarper Collegeは自分で車を運転して訪ねた。以前アメリカで友人と交代交代で運転したことはあったのだが、単独で運転するのは初めてであった。それに加え高速道路の運転は高校を卒業する前の自動車教習所以来ということもあり、シカゴに着いた後2,3日は運転に慣れるために、練習を兼ねてシカゴの郊外をゆっくりドライブした。
←高速道路はひたすらまっすぐ


 月曜日にNorthern Illinois Universityを訪問した。シカゴから来るまで西に2時間ほどの所にある大学である。シカゴの町を出るまでは交通量が多いため、緊張しながら走っていたが、郊外に出ると広大なアメリカの大地が広がっており、アメリカの広大な風景を楽しむことができた。昔社会の授業で見たアメリカの大農場なども見ることができ改めてアメリカの大きさを実感させられる良い体験となった。
 少々迷ったものの無事にNIUに着くことができた。田舎の大学といった感じでのんびりとしておりきれいなキャンパスの大学であった。インタビュー調査では本来予約を取った方が急病のため来られなくなり急遽ほかの方に変更になるというハプニングがあったが、何とか聞き取り調査を終えることができた(調査に関しては最終報告書にてまとめて報告いたします)。また、翌日のHarper Collegeもとても近代的な建物で、またデフプログラムのある学校のためとても支援体制が充実していることが印象に残った。また、各種申請方法も完全にシステム化されており、学生だけでなく通訳も申請に困らないような体制ができていることを強く実感させられた。今回Harper CollegeとColombia Collegeを訪ねて強く感じたのは、2年生大学でサポートをは難しいといわれているが、サポートシステムと支援に関わる人員を確保することで、障害学生支援を行っていくことは不可能ではないという印象を受けた。
←迷惑なデザインのトラック

ちょっとしたハプニング?
 シカゴから戻り、ロチェスターの空港で荷物を待っていたら、なぜか荷物が出てきませんでした。聞いたとこと、なぜか私の荷物はカルフォルニアのロングビーチに行ってしまっているとのこと。いろいろ集めたデータをすべてトランクに入れてあったため、荷物が失踪してしまったらどうしようかと冷や汗をかきましたが、こちらまで届けてくれるとのこと。翌日に無事に寮に荷物を届けてもらうことができました。
 実は前回と前々回も荷物が出てこないというハプニングに遭っているのです。両方とも次の飛行機で無事に届いたのですが、どうして私はこんなに荷物運が悪いのでしょうか。
シカゴの夜景


手話通訳養成に関する講演を聴く(4月22日〜28日)
 シカゴから戻った翌週には、中国とフィリピンから来た訪問客と共に手話通訳養成に関する様々な講義を聞いた。手話通訳養成するために重要なポイントだけではなく、それに関わる人員、人、手話通訳者に対するフィードバックや、さらなる手話通訳者の技術向上を目指すためにどのようなことを行うべきなのかということを学ぶことができた。この講演を聴くにつれて、今までRITで調査してきたことがより明確になり、大学が通訳養成に関わっていく重要性について改めて学ぶことができた。

 現在はシカゴの調査のまとめを行っているところであり、集めた資料から改めていろいろなことを感じ取っている。5月にもカンファレンスのためにセントルイスに飛ぶ予定であるが、それまでにシカゴの調査や手話通訳養成に関する調査事項をしっかりまとめていきたいと思う。
2007年4月 生活記録(2期生 春日幸三) [2007年05月01日(火)]
5月3日に帰国する為、早めに投稿させて頂きます。
4月8日頃、首都ワシントンDCにおいて最も有名なTidal Basinでは、桜が満開でした。
この桜は、昔日本から贈られた3000本位の桜が元であり、日本産の桜なのです。
私は土曜日か日曜日に桜を見に行こうと思いましたが、仕事が入って行けませんでした。
それでも絶対に行きたいと思っていたところ、たまたま火曜日の午後が空いたので、クラスが終わった後すぐに見に行きました。
行ってみたら、凄い人出で、車も大渋滞でした。
さらにビックリしたのは、お酒を飲みながら騒いでいる人はいませんでした。
アメリカでは、屋外での飲酒は禁止なのかな?と思いました。
でも美しい桜と出会え、日本とは違う雰囲気のお花見を経験できて、本当によかったと思います。
ギャロデット大学が創立されてから150周年を迎え、特別講演会などのイベントがありました。
カーン元学長が講演する時には、ピリピリとした雰囲気でしたが、3日間のイベントの内容はとても良かったと聞きました。と言うのも実は、参加費が150ドルと高くて、参加出来なかったのです。

(職場のインタビューについて)
事前に予約していた3月26日に、事業責任者とIIP担当者と話し合いをするはずだったのですが、事業責任者の都合が悪く延期され、4月8日にようやく話し合いを行ないました。
私は途中から入った為に、インターンシップは諦めざるをえなくて、見学と質疑応答の方法に変更するという事で、解決しました。
その話し合い後、IIP担当者から1週間以内に返事を頂くはずでしたが、1週間以上待っても返事がありませんでした。
IIPの担当者に会い、その件について聞いてみたところ「その件は、事業責任者に連絡したはずです」と言われたのですが、実際には事業責任者より私宛に1度も連絡がありませんでした。
その為、次に事業責任者に督促したところ、「私は関係ない」との回答でした。
何の為に4月8日に話し合いをおこなったのか?もわかりません。
事業責任者とIIP担当者との間でも、最後までトラブルが続き、私はどちらに相談したら良いのか?も分からないままでした。最後までトラブルが続いた事は本当に残念でした。
IIPの担当者に相談しても仕方が無いと分かりましたが、残された僅かな日々の中で諦めきれずに、連絡先だけ教えてもらって、自分で直接交渉したら、私1人だけで「ろう者の労働問題」についてのインタビューを行なう事が出来ました。
その人はろう者の弁護士さんでした。
始めは、ろう労働問題だけのテーマでインタビューする予定でしたが、弁護士さんが熱心で「アメリカのろう者の地域差別」「弁護士さんの苦労」などの話も聞かせて頂きました。
あっと言う間に2時間過ぎてしまいました。
さらに、昼食のご馳走まで頂きながら、結局は3時間も色々な話をして下さったり、私から質問したりする事も出来て、嬉しかったです。

(クラス)
最後の期末(3回目)試験は、前回の試験より難しかった為、得点も前回より悪かったのが残念でした。
もう1つの期末試験であるプロジェクト試験があって、これが一番大事な試験でした。
私も講演を行なった事で、全て無事に終了し安心しました。
私は「日本とアメリカのタイム・服装・行動の違い」という題で講演をしました。

(特別学習)
各教師に特別予約を頂いて、個別学習を行ないました。
その学習では、秋季クラスのまとめや、自分でプロジェクトなどを作成した内容を確認して頂きました。
通訳の関係は一部、ろう学校の関係は全てOKサインを頂き、これで全て完了しました。
通訳の関係は思ったより難しく、頑張って勉強したのですが、時間が足りず残念でした。
しかし、通訳の教授より「このプロジェクトは難しいのに、最後まで努力し頑張った事は誉めたい」と言われ嬉しかったです。
せめて、あと1ヶ月間くらい学びたかったというのが本音です。
日本語はちょっと自信がないので、帰国しても英語の翻訳作業は続け、学んで行きたいと思っています。

(アルバイト)
4月に入ってからサービス担当が加わり、3箇所を担当し働く事になりました。
こんなに部署で3箇所も一人で担当する人は他にいません。その為、1週間をほぼ通して働いていることになりました。
勤務(給料締切)の関係で4月20日に契約満了になるはずでしたが、上司から帰国する日の直前である4月30日まで残って欲しいと要望されました。従って、4月29日まで勤務を延長して働く事になりました。
勤務時間内の食事は、作ってもらっていましたが、料理の担当者から「自分で食事を作れ」と冗談半分で言われ、私はラッキーと思いました。何故なら私は料理をするのが大好きだからです。早速自分でチキンピラフを作りました。料理担当者が「なんで?料理が上手いね!野菜を切るなんて出来ないだろうし、料理は焦がしてしまうだろうと思っていたのに、料理が出来るなんて驚いた」と言われました。日本の味で作ったものを食べられて幸せでした。そこは、日替りでタイ・中国・ロシアなどの食事が出るのですが、日本食は出て来ません。私から担当者に日本食も出して欲しいと要望しました。今まで、日本人から要望された事がなかったし、どんな食事を作ったらよいのかもわからなかったと言われました。4月24日の夜、初めて日本食が出されました。味はイチマチですが、日本食が出た事が嬉しかったです。今後もたまには出してくれると思うので、日本食を食べたい人には喜ばれると思います。

(その他)
奨学生の中で、私が帰国の第一号者となります。
5月3日に日本へ帰国となりましたので、今回の投稿にて最後とさせて頂きたいと思います。
4月29日に池上さんと高山さんや私の友人達から送別会をやって頂きました。
振り返ってみると、1年間で池上さんと高山さんに口喧嘩したり、ミニ旅行へ連れて頂いたり、最後の送別会まで色んな思い出を作っていただいた事は本当に感謝しています。
はじめ、日本財団、日本財団助成事業から色々お世話になった事、またはこのブログで読者の皆様には最後まで読んで頂き心からお礼を申し上げます。
個人ブログは当分の間に投稿を継続して行きたいと思いますので、これからも宜しくお願い致します。