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聴覚障害者留学
 
 このブログは、2004年度より特定非営利活動法人(NPO)日本ASL協会が日本財団の助成の下実施しております「日本財団聴覚障害者海外奨学金事業」の奨学生がアメリカ留学の様子および帰国後の活動などについてお届けするものです。
 コメントでいただくご質問はブログに書かれている内容の範囲のみでお願いします。それ以外の留学に関するご質問は日本ASL協会の留学担当にお問い合わせ下さい。
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第15期生の応募締切、間近![2018年08月16日(Thu)]
第15期生の応募締切、間近!

4月から募集している第15期留学奨学生

<大学・大学院進学コース> …学位取得を目指す方向け
<キャリアアップコース>  …専門性を高めたい社会人向け


最終応募締め切りは、8月20日(月)です。

応募に必要な書類は、
1)申込書(所定書式あり)
2)留学計画書(所定書式あり)
3)推薦状 2通(所定書式なし、日本語)
4)語学能力を証明する書類(この語学証明書類のみで合否決定はありません)

ふるってご応募ください。
みなさまからのご応募お待ちしています。

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事業担当:根本
Posted by 事業担当者 根本和江 at 23:47 | 事業担当者よりお知らせ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
2018年7月生活記録 第10期生 辻功一[2018年08月09日(Thu)]

你好、今日も生きています。
10期生の辻 功一です。

僕は今、中国の成都にいます。

中国留学の後半はModern Chinese History「現代中国の歴史」を受けました。前半のChinese Economy「中国経済」はカナダ人教授による講義でしたが、今回は中国人教授による講義です。

主に清朝時代から中華人民共和国建国、そして現在までの期間を中心に、中国の歴史を学ぶという内容でしたが、清朝と明朝の戦争、イギリスとのアヘン戦争、日清戦争、日中戦争、中国国民党と中国共産党の間での内戦、朝鮮戦争などなど、ほぼ全てが戦争の歴史です。

そして講義の大半は日本の侵略行為について延々と聞かされました。
(完全に閲覧注意の)首切り画像と日本軍が殺してきた人数などを交えて、日本軍がいかに極悪非道であるかを印象付けしていましたね。。。
僕がその首切り画像の場面は日本と中国の間の戦争で起きたものではないと指摘したのですが、聞く耳を持たずでした。
まあ自国の歴史教育なのですから、日本の自虐史観は別として、大抵は自国を正当化するものですが、あまりにも事件に至るまでの過程や他国からの視点などは一切無視した内容で、驚きを通り越して呆れるしかありませんでした。

プレゼンテーションでは個人テーマとして台湾問題を取り上げ、台湾の歴史を詳細に紐解き、台湾と中華人民共和国には接点がないことを紹介したのですが、教授はまさかの激昂です(汗)結局、僕のプレゼンテーションは無かったことになりました。
アメリカの大学での自分で調べた証拠を元に自分の意見を自由に述べることを良しとしたスタイルに慣れていたので、このギャップには戸惑いました。

結局、ここ中華人民共和国で生きるには以下のことに気をつけなければならないようです。

中国共産党や毛沢東など政治家に対する批判をしてはならない。
中国共産党が主張する政策(例えば台湾問題)に対して異議を唱えてはならない。
(極端に言えば)中国共産党が発する情報以外を知ってはならない。

共産主義教育の実態が少し垣間見えた気がしました。

7/29をもって約二ヶ月の中国留学を終え、日本へ一時帰国します。


以上です。
日本ASL協会から3,350km離れた西南民族大学からの報告でした。
ありがとうございました。
2018年7月生活記録 【第13期生 橋本重人】[2018年08月08日(Wed)]
こんにちは。フリーモント図書館でこのブログを書いています。ここの日中は、最高気温はせいぜい28〜29度ぐらいですが日差しがとても強く、外に出るとそれだけで大量の汗が流れてきてしまいます。そのため、この夏休みは涼しい図書館で英語の勉強をしています。

オーロニ大学ではサマークラスが開講しています。講義自体は私は受講していませんが、引き続きナンシー先生の個別指導を受けています。また、先日はLivermore(リバモア)という町の外れにある図書館で個別指導を受けました。写真を見て分かるように、図書館にはおしゃれな電気スタンドが置いてあり、集中して学習することができます。
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ナンシー先生からは、「この夏休みに英単語のRoots(語源)を学ぶといい。」という助言を頂きました。この一年間、オーロニ大学のクラスで英文法やエッセーの書き方などを学びましたが、英語の論文を読む際に、やはり英単語が分からないとなかなか前に進むことができません。そのため、語彙数もさらに増やさないといけません。渡米して一年が経ちましたが、ネイティブスピーカー並みにすらすらと英文を読めるレベルでは到底ありません。

例えば、英単語のスペルを丸暗記するのに時間を要してしまいます。anthropophobiaやhaematogenous等、長い綴りだと、もうお手上げでした。英単語にはPrefix(接頭辞)とSuffix(接尾辞)があり、それを覚えると後々が楽になるとナンシー先生はおっしゃっていました。「cacophony(不快な音)」という単語があります。分解してみると「caco」+「phony」のふたつに分かれます。「caco」はギリシャ語で「悪い」を意味するそうです。一方、「phony」は「音、声」を意味する名詞語尾です。そのふたつの「わるい」+「音、声」を合わせると、「聞いたら気分が悪くなるような音のことかな?」と推測することができます。もうひとつ「euphony」という単語があります。「eu」は「good」を意味した言葉です。では、「euphony」とは?答えは、「心地よい音」です。もちろん、時間があれば辞書で確認できますが、接頭辞や接尾辞を覚えることで役に立つことはあります。そのため、この夏休みは接頭辞と接尾辞を100語以上覚えることを目標にしています。ただ覚えるだけでなく、予想しながら学習を進めています。

また、子ども向けの本も読んでいます。挿絵があると想像しやすいので、英語学習の初心者にはちょうど良い教材です。子ども向けの本にも、的確な文章や知らなかった単語もあるので、物語を楽しみながら勉強をしています。
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ある日、個別指導後にナンシー先生とランチを食べに行きました。先生のお気に入りの一つであるハンバーガー屋さんで、チーズをたっぷり載せたマッシュルームとジューシーな牛肉を、バンズに挟んで食べました。ナンシー先生から激励の言葉も頂くこともできて良かったです。一年間本当にありがとうございました!英語の力はまだまだですが、これからも根気強く勉強を続けます。
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2018年7月生活記録 12期生 福島愛未[2018年08月07日(Tue)]
こんにちは、12期生の福島です。


ドーン、ドーン!パラパラパラっと懐かしい振動を感じながら、夏が来たことを実感しました。夏といえば、花火です。花火と言えば、日本!ですが、ここワシントンDCでも、独立記念日の夜は各地で花火が上がります。DCの象徴でもあるナショナルモールでも、記念塔を背景に、うっとりするような花火を見ることができました。

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さて、今月は、全力で夏休みを満喫しました。プライベートでは、花火大会、キャンプ、ワールドカップの応援などなど。またDeafSpace Design関連では、NYで行われたろう建築家会議やミネソタ州にある聾学校の見学に行って来ました。

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ろう建築家会議

アメリカには、World Deaf Architecture というろうの建築家が集まる団体があります。以前から興味があったのですが、一年に一度行われるシンポジウムが、昨年は留学先から遠く断念していました。が、今年はNYで行われると知り、留学先からバスで4時間!これは行くしかない!ということで行って来ました。

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この会議を通して、ろう建築家のみに特化した団体の意義を知りました。団体に入る、一番のメリットは情報を得ることができること、だと思います。この会議では主に3つの講演がありました。一つ目は、World Deaf Architecureについて。二つ目は、DeafSpace Designについて。三つ目は、建築関係者であれば今後必ず必要になる最新技術であるBIMの会社、直々の講演でした。

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特に手話通訳を通して行われたBIMについての講演は、一般のろう建築家にはなかなか得ることのできない貴重な機会だと思います。

またこれらの講演だけではなく、休憩時間に、ろう建築家同士で行われる情報交換は、ろう建築家にとって、喉から手が出るほど貴重な情報を得ることができるのではないかと思います。

私もこの団体の恩恵をすぐに受けることになりました。

この会議に参加する前に、秋学期に受けるはずのDeafSpace Designのクラスが、講師不在のため受講できないことが発覚していました。落ち込みながら参加したこの会議で、一人のメンバーに会いました。たまたま事情を説明してたところ、以前ギャローで、DeafSpaceを教えていた実績を持つ方で、すぐに学校に連絡してくださり、そのクラスを担当してくださることになりました!

秋学期、DeafSpace を学ぶことが難しいと諦めていたのですが、思わぬところで良い出会いがありました。それもこの団体のおかげです。

日本にも、ろう建築家のための団体があるそうです。帰国したらすぐに見学に行きたいです。

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Minnesota state academy for the Deaf

現在、DeafSpaceは、米国内にいくつかあります。今回は、夏休みを利用して、ギャロー以外のDeafSpaceを見学する機会を、得ることができました。春学期にDeafSpaceを教えてくださった先生の母校、Minnesota state academy for the Deaf(MSAD)が、DeafSpaceを取り入れた新しい寮を建設中で、この夏に完成すると聞き、早速行って来ました。

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MSADに着くと、肝心の新しい寮の工事が予定より長引いているため終わっておらず、安全第一のため、建物内は見学できないと言われてしまいましたが、多くの先生方の協力と、校長先生の理解の下、特別に見学することができました。建物内の至るところにDeafSpaceのアイデアがあり、とても興奮しました。

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建築家だけではなく、聾学校の先生やろう者のアイデアも取り入れており、一目で、ろう者が過ごすことを第一に考えられているとわかる素晴らしい寮でした。

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また、この聾学校は、5月の生活記録で紹介したアメリカで初めてのろう建築家、Olof Hansonが卒業した学校です。そのため、この聾学校がある街には、彼が設計した家が今も残っています。泊まらせてくださったホストマザーの紹介で、Olof Hansonについてリサーチをしていた方に街を案内していただくことができ、彼が設計した家をめぐることができました。

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さらにミネソタ州の中心地であるミネアポリス にも、Olof Hansonが設計したDeaf Clubがあると聞き、その場所にも見学に行きました。

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Charles Thompson Hall と呼ばれるその建物は、Charles Thompsonというお金持ちの息子であるろう者の寄付によって1916年に建てられ、ろう者が交流する場として現在も使用されています。米国内には、様々な場所にDeaf Clubがあるのですが、建物に入るためにはお金を払う必要があります。そのお金を基にしてClubが運営されるのですが、このCharles Thompson Hall は唯一、無料で入場することができます。建物内には、バーや食堂、遊び場、劇場などがあります。

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1916年といえば、電気がない時代です。そのため、建物内でも手話が見える明るさを保てるよう外部の光を取り入れる工夫が、いたるところにありました。

特に面白いと思ったのは、劇場の舞台です。舞台の中にも天窓があり、そこから光を取り入れることで、舞台を明るく照らすことができます。照明がない時代、ろう者が集まる場所ならではの工夫です。DeafSpace Designの原点とも言える場所ではないでしょうか。この建物から多くのことを学ぶことができました。

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7月末には、ホストファミリーに、この夏にオープンしたばかりのろう者が経営するビールバーに連れて行ってもらいました。内部と外部が、オープンになっており、ろう者が集まっても話しやすい設計になっていました。夜の11時頃になると照明がパチパチとついたり消えたりしたので、ん?と思っていると閉店の合図でした。照明を使って合図をするのはろう文化の一つですね。そのため、照明のスイッチが、レジのすぐ横にあり、スタッフが使いやすい場所に設置されていることに気づきました。これもDeafSpaceの一つです。

4種類の手作りビールが飲める、このバーは、ろう者も聴者も交流しながらビールが飲める素敵な場所でした。メリーランド州にありますが、ギャローからも近いので、ワシントンDCを訪れる際には是非このビールバーにも行ってみてください。

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またこの秋には、手話でコミュニケーションを取るスターバックスが、ギャローの近くにオープンするそうです。このお店にも、DeafSpaceがあるとニュースに出ていたので、オープンしたらまたこの生活記録で報告したいと思います。

日本は40度を超えるほど暑い夏だそうですね。水分補給を忘れずに、この夏を乗り切りましょう。では皆さん、また来月きらきら

2018年7月 生活記録 【第12期生 西 雄也】[2018年08月07日(Tue)]

暑い日がまだまだ続く中、今ではだいぶ日焼けしてきたかなと思うこの頃です。

先月はワークショップやボランティアに参加し、来月末からはクラスが始まるので、今月は夏休みを楽しむ為に、東海岸側を中心にいくつかの美術館巡りやフロリダのろう・盲学校、それぞれの州の観光をしました。


◆美術館巡り

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フィラデルフィア 美術館

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ニューヨークのメトロポリタン美術館

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フロリダの美術館

この中ではメトロポリタン美術館が一番広く、全部見て回るのに2〜3時間程かかりましたが、様々な芸術作品を鑑賞でき、良い刺激をいただきました。


◆Florida School for the Deaf and the Blind(フロリダろう・盲学校)見学
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↑Florida School for the Deaf and the Blind(フロリダろう・盲学校)

フロリダのろう・盲学校の見学に行きました。この学校は1926年に建てられ、敷地内にろう者学校と盲学校が一緒になっています。また、盲、ろう学生を合わせて約600人の学生が在籍しています。
この日は夏休みのため、学生はいませんでしたが、見学時、入学希望をしている保護者や子供達がいたので、共に見学することになりました。そして、ガイドの人に校内の案内も兼ねて、学校システムや指針などいくつかの説明をいただきました。
案内していただいたのはRickさんであり、この方はこの聾学校の元卒業生で、長くこの地に住んでおり、フロリダのろう・盲学校で働いています。昔は口話教育の時代や校内で白人ろう学生専用の建物と黒人ろう学生専用の建物、そして、白人盲学生、黒人盲学生も同様に建物が分けられている時代があり、今では考えられない時代へと発展しているものだと思ったものです。

フロリダの学校を見学している時、これまで自分が見てきた聾学校であまり聞くことのない、また校内の設備に目が入ったのが、Kids Town(子供たちの町)、ボーリング場、釣りのイベントがあるということです。
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↑Kids Town
ここで子供達は銀行での買い物方法や店の利用方法を学んだりします。またパフォーマンスなどのイベントを行うこともあります。スケールが大きいですね。

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↑ボーリング場
食堂のそばに小さなボーリング場がありました。

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↑校内のそばに湖・川があり、ここで釣りのイベントを行う日もあります。


それぞれのろう学校によって、様々な特色が違うのですが、その中の一つをまた知ることができたのは良かったです。

この日はフロリダ在住のデフファミリーの家にスティし、その家は5人の子供がいました。交流を楽しみ、別日は他の場所へ移動し、海水浴や交流、観光を楽しみました。

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↑フロリダのビーチ

八月に入ってからは、もうじき秋学期のクラスが始まる日が近づくので、それに向けての準備も始めていきたいと思っています。

2018年7月生活記録 【第13期生 山田茉侑】[2018年08月06日(Mon)]
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写真は、アメリカ最古のろう学校American School for the Deaf 略してASD (アメリカろう学校)の校舎と、その前に建つトーマス&アリス(Thomas Hopkins Gallaudet and Alice Cogswell)像です。いつかここに来たいと思いつづけておりましたが、まさかこんな早くに訪れることができようとは思いませんでした。

ところで、トーマス・ギャローデットといえば、ASDの建立に尽力した人のうちの一人です。アメリカのろう教育のスタートって面白いと思うので、ちょっと紹介したいと思います。


時は遡ること、1800年代。ふと窓の外を見たときに、目に止まった一人の少女が気になったギャローデットは、彼女に話しかけます。そこで、彼女がろうだと知りました。その彼女こそが、まだ幼い、手話を知らないアリスでした。そこからお互いに指差しなどでコミュニケーションを取るようになっていきました。


アリスの父:資金を出すので、ろう学校を建立して欲しい。まずはヨーロッパに行って、他国のろう学校の様子を見てきてくれないか。

ギャローデット:わかりました。


最初はイギリスのろう学校をモデルに学ぼうとしましたが、プライバシーに関わるため多くの情報を得られなかったそうです。そこで、ギャローデットはフランスのパリろう学校を訪れました。
口話法を実施していたイギリスのろう学校と異なり、パリろう学校は、ろう教師が手話で教育をしていたのです。これだ!と思ったギャローデットは、パリろう学校で教鞭をとっていたろう者の一人であるローレンツ・クラーク(Laurent Clerc)に、アメリカに来てほしいと説得するのです。ここが、アメリカのろう教育の運命のターニングポイントといっても過言ではありません。


ギャローデット:アメリカのろう学校建立に一肌脱いでくれないか。あなたの力が必要です。

クラーク:うーん・・・。


説得の末、ついにクラークはギャローデットと共にアメリカに渡ることを決心するのです。こぼれ話ですが、帰りの船の中、それぞれの言語をお互い教えあったそうです。その結果、3ヶ月という短いスパンでギャローデットはフランス手話を、クラークは英語をマスターしたという逸話があります。本当かどうかはわかりませんが、それぐらい二人とも情熱あふれる人だったことがわかります。

そして、いよいよギャローデット、クラーク、アリスの父によって1817年にアメリカで最初のろう学校が建立されるのです。この3人のうち誰か一人欠けていれば、アメリカのろう学校設立はもう少し後になったことでしょう。また、この3人だからこそ、アメリカのろう教育は、ASLでのバイリンガル教育でスタートできたのです。そして、ASDの最初の生徒が、アリスです。

上記の写真の彫像には、こういう経過の流れがあるのです。彫像からは、ギャローデットとアリスの仲の良さが伺えますね。

ちなみに、ギャローデットは聴者ですが、ろう者の当事者性を尊重しておりました。そして、ろう教師であるクラークが、ろうの子どもたちのモデルになっていくのです。彼らの教え子たちは、卒業後アメリカ中に飛び立ち、次々とろう学校を建立し、アメリカのろう教育をリードしていくようになるのですが、それはまた後の話。
アメリカの特徴として、ろう者のリーダーが多いのは、ろう・聴者がチームを組んで最初のろう学校を建立したからかもしれませんね。

・・・ちょっと話が長くなってしまいました。



そうです、ここはコネチカット州です。なぜ東海岸にいるのかというと・・・7月頭にNAD(National Association of the Deaf: 全アメリカろうあ連盟)会議に参加してきました。その際に近くのASDの寄宿舎に泊まりました。
NAD会議が行われたホテルでは、ひらひら、ひらひら手話がここかしこで舞っていました。会場近隣のレストランに行くと、ほぼ全席で手話が使われておりました。実はNAD会議と言っても、例年は様々な部門に分かれて会議が行われているそうです。ですが、今年は全ての部門の会議が同じ日に同じ場所で開催されたため、例年よりも大きな会議になったそうです。生まれて初めて「ろうの街」に来たかのような錯覚を覚えました。

実は、NAD会議ではわたしのホストファミリーのお父さん(聴者)とルームメイト(ろう者)が共同で講演しました!!
ルームは満席、「マイホストファミリーなんです!!!」という声も虚しくスタッフから「これ以上はルームに入れられない」と頑なな態度を見せられたため、聴講を諦めようとしたところ・・・天はわたしを見放さなかったようです、運良く他の参加者がルームを出たため、無事聴講できました。ホストファミリーの人望にただただ驚きました。


「ろう者の中にいる聴者の行動倫理」という内容を話されておりました。家でもこういうお話をすることはありましたが、改めてホストファミリーが普段どう考えて過ごしているのかを知ることができました。

例えば、
「レストランに行った時に、ろう者に囲まれた聴者はどう過ごすのか」
そこでは、3つの可能性が挙げられました。
・聴者がまとめてオーダーを取る
・聴者はろう者に混じって、ろう者と同じ行動をする
・(忘れました)

近くにいた人とグループでお話ししましたが、聴者がまとめてオーダーを取ることで、聴者が奴隷化してしまう、という声もありました。また、障害者―支援者という関係になってしまったことがあるというお話をすると、全員大きく頷いていたため、世界のどこにいても問題は同じなのだなと改めて思いました。
このテーマに、これぞと言った答えはありませんが、周りの人との関係性を考えながら何よりもお互いが気持ちよくいられるよう尊重し合うことを、自分も含めて忘れてはならないなと思いました。


ちなみに、講演の最後に、とある研究結果が紹介されました。

以下の3つのグループに分かれて、とあるテーマについて話し合わせます。
・手話のできない聴者同士
・手話のできる聴者同士
・ろう者同士

その後、それぞれのグループの人員を他のグループに何度か移し替えたそうです。
その結果、何が起こったのかというと、
「手話のできない聴者+手話のできる聴者+ろう者」グループよりも、「手話のできない聴者+ろう者」の方が、話し合いやすかったという研究結果が出たそうです。
つまり、手話のできる聴者が逐次通訳することで、ろう者と他の手話のできない聴者の距離が遠くなってしまったそうです。一方で、手話ができない人の間にろう者が入ると、全員が誰かに頼れないため、全員が一斉に会話内容を理解できる方法(例えば筆談や、たどたどしい指文字など)でコミュニケーションを取ろうとするようです。そのため、よりグループ間での結びつきが強くなったそうです。

この結果については、いろいろな声が挙がりそうですが、グループ間で話し合ったところ、やはりみなさん直接やり取りをしたいという考えを持っておりました。
このテーマの肝は、誰か少数派が話し合いを必死で追いかけるような状況ではなく、みんなが当事者になれる、つまり誰もが同じタイミングで参加できるような環境を作る姿勢を忘れちゃいけない、ということなのかなと思いました。
ちなみに、以前ホストファミリーのみなさんとキャンプに行ったときに、聴者であるお父さんは受付の人とスマホの画面を使って会話をしておりました。ルームメイトのろう者と画面を一緒に覗き込み、相談しながら受付作業を進めていたのを覚えております。

また、この講演を聞いて、ふと大学の先生(聴者)のことを思い出しました。他の人の話の通訳をしながらもずっと会話をリードしていました。また、「〜(通訳)ということは、〜(先生の意見)ですかね?」というふうに通訳と先生の意見を上手に繋げていたので、常にライブ感があり楽しかったのを覚えております。


長くなってしまいましたが、みなさま身体にはお気をつけて楽しい夏休みをエンジョイしてくださいませ。それではまた翌月にお会いしましょう。
留学奨学金説明会、開催[2018年07月26日(Thu)]
留学奨学金説明会、開催

4月から募集開始となった今年の第15期留学奨学生
現在、
・大学・大学院進学コース(第二次募集) …学位取得を目指す方向け
・キャリアアップコース…専門性を高めたい社会人向け

の2コースで奨学生を募集しています。

そこで、7月16日(大阪)、7月21日(東京)で奨学金説明会を実施しました。
当日は、元奨学生が来場し、応募のきっかけ、留学中のこと、現在の目標など
参加者からの質疑応答に対応してくれました。

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7月16日(大阪)         7月21日(東京)
牧谷陽平11期生         福田桂9期生
*武田4期生、川口7期生も来場  *太田1期生も来場

応募〆切まで、あと1ヵ月を切りました。
みなさまからのご応募お待ちしております。

ひらめきご質問は、メールでも受け付けております。
遠慮なく、ご連絡ください。
ryugaku@npojass.org (本事業専用)


事業担当:根本
Posted by 事業担当者 根本和江 at 15:08 | 事業担当者よりお知らせ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
2018年6月生活記録 12期生 福島愛未[2018年07月09日(Mon)]
こんにちは、12期生の福島です。

6月の半ば、SNSで大阪に大きな地震があったと知った時は、冷やっとしました。幸い、実家には被害がなく、家族や友人の安否が確認できた時はホッとしました。地震が発生して数日後、ようやくニュースで被害状況を把握した時は唖然としました。海外にいると、このような災害時に、すぐに家族や友人の安否が確認できず、もどかしい思いをしました。

地震で被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

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日陰にいてもポタポタと滴る汗と、むわ〜んとした湿気と共に、真っ青な海が目の前に。クラクラするほど真っ白な砂浜に反射する日差しが突き刺さるような暑さでした。

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ここは、アメリカの・・・ではなく、メキシコ🇲🇽です。夏休みのバケーションとして、メキシコを訪れました。友人の紹介でメキシコシティにあるIPPLIAPと呼ばれる聾学校を見学する機会がありました。

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IPPLIAPは幼稚園から中学校までの生徒が、約50人ほど集まっています。ろうの先生も8人ほどおり、手話通訳者も2人いて、聞こえる保護者や来賓者のサポートを行うそうです。中学を卒業すると、近くにある通常の高校に進学しますが、手話通訳も派遣されるため情報保障の制度が整っているそうです。

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校長先生とろうの副校長先生と


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「NO Grito」=さけばない→手話を使おう

この聾学校は、私立の学校で、政府の支援ではなく様々なスポンサーの支援の下に運営されているため、この学校にしかない独特な工夫もあり、それは建物にも反映されていました。メキシコにはまだDeafSpace Designという言葉が浸透されていません。しかし、ろうの子供たちが使いやすいように設計された建物は、まさにDeafSpaceでした。

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日本にもDeafSpaceと呼ばれる建物はありませんが、ろう者が使いやすいように改修、設計された建物がいくつかあります。現在は、日本の建物に合った、DeafSpace のガイドラインがないため、それらをDeafSpaceと定義することが難しい状況です。これが日本の、今後の課題となってるのではないかと思っています。


IPPLIAPを見学後、ろうの先生方が、地元の美味しいタコスのお店に連れて行ってくれました。現地のろう者との交流を通して、メキシコ手話やタコスの正しい食べ方だけでなく、メキシコのろう教育の現状なども知ることができました。

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また別の日には、ろうの先生方に有名な観光地を案内してもらったり、他のろうメキシコ人達と交流、自宅にお邪魔する機会もありました。家の作り方が、アメリカとは異なり、面白い! もし自分が手話を使わない人生だったら、旅行先でここまで濃い経験をすることはあまりないのだろうと思い、改めて手話の魅力に気づかされました。



来月も、DeafSpaceに関する調査でアメリカの聾学校を見学する予定です。IPPLIAPとはどのような点が異なるのか、楽しみにしています。

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メキシコシティにあるビブリオテカ ヴァスコンセロス図書館。本棚が空中に浮いているような近未来的なデザインに圧倒されました。建築学生のみなさん、メキシコシティを訪れた際には、是非見学していください!また、この図書館には、メキシコ手話に関する部屋もあり、多くのろう者や手話学習者が訪れるそうです。



日本は梅雨が明け、本格的に蒸し暑くなったと聞いています。みなさんも体調にお気をつけて、また来月きらきら

2018年6月生活記録 第10期生 辻功一[2018年07月08日(Sun)]

你好、今日も生きています。
10期生の辻 功一です。

僕は今、中国の成都にいます。
ここ、成都では毎日ほぼ曇り、時々雨も降ります。成都は古くから曇天の地域として有名で、古典にもそのように表現されているそうです。
人々はフレンドリーでエネルギッシュです。毎日、夕刻になると公園や歩道のいたるところに人々が集まり、どっぷり日が暮れるまで(盆踊りのように)踊ります。

ところで、ここではスーパーやコンビニ、屋台、タクシーなどあらゆる支払いはすべてスマホで済ませることができるんです。僕なんかはもはや現金を持ち歩かず、あちこちでスマホでパパっと支払ってます。

中国企業アリババの支付宝(Alipay)もしくは同じく中国企業テンセントの微信支付(WeChatPay)のアプリを使うことによってスマホ決済ができるという仕組みですが、日本と違って急速に広まり定着した理由には、導入が簡単というところにあります。
QRコード決済方式(バーコードをカメラで読み取る)のため、専用のカードリーダーなどの機器導入も必須ではなく、また加盟店手数料なども原則不要です。

日本の電子決済では、一般的に売り手が3%〜5%程度の手数料を負担しなければならず、例えば1000円の商品を電子決済で売った場合は50円の手数料を運営企業に引かれ、実質の実入りは950円になります。これはギリギリの利益で経営している小規模飲食店などにとっては、結構重い負担になるんですね。
それが日本でなかなか電子決済が広まらない理由のひとつですが、中国ではこの問題がないので前述のように屋台まで電子決済が広まっているのです。

アリババやテンセントがどのように利益をあげているのかについては、他にゆずるとして、これには13億人という巨大な市場があるというのも一つのポイントです。

そんなスマホ先進国の中国ですが、中国人はあまり「歩きスマホ」しないんですよね。店などを覗くと、店員さんはお客さんお構いなしに寝転がってスマホいじくりまわしてるのに、何故だろうと思って観察していると、ひとつ気づいたことが。
ここ成都では車ファーストです。とにかく自動車が一番エライ。次にモーターバイク、自転車と続き、にわかには信じがたいのですが歩行者は轢かれても文句を言えないような雰囲気があります。それで、歩行者は常に周囲に気を配らないと成都の街は歩けないです。だから「歩きスマホ」なんてやってられないということなんだと。

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<バイクは自動車の次にエライからスマホながら運転、しかも逆走OK!?>

さて、成都に来てからすぐChinese Economy(中国経済)の講義が始まり、5週間みっちり講義を受けました。
中国こと「中華人民共和国」は中国共産党により統治されており、共産主義というと多くの皆さんは、なんとなく旧ソ連や北朝鮮など共産主義国家をイメージすると思います。しかし中国は、共産主義の実現のためにはまず発達した資本が必要であるというマルクス主義を基本的に踏襲しているので、現在は資本主義と共存しています。
そこがこれまでの北朝鮮と違うんですね。金正恩党委員長はまた違う考えを持っているかも知れませんが。

まあ、あまり政治的思想をここで説明するのもどうかなと思いますが、経済というものは常に政治思想と深くリンクしているのですね。
それで、このクラスでは歴史と政治思想を紐解きながら中国経済の移り変わりを勉強しました。

夏学期後半も成都にとどまり、Modern Chinese History(現代中国の歴史)を受けます。


以上です。
日本ASL協会から3,350km離れた西南民族大学からの報告でした。
ありがとうございました。
2018年 6月生活記録【13期生 山田茉侑】[2018年07月07日(Sat)]

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写真は、カリフォルニア州立バークレー大学の図書館です。
週に一度は図書館でMacを広げ、おしゃれな雰囲気に貢献しております。


今月は、縁があってとあるワークショップに参加しました。CDIの試験を受ける資格を得るためのワークショップです。
✩CDI(Certificated Deaf Interpreter)…手話通訳の免許を持つデフ通訳者

CDIになるには、様々な条件があります。
・約10日間のワークショップに参加
・筆記・実技試験の合格
・AAの学位(近い将来、大学卒業程度(BA)の学位が求められるようになるそうです)
など
実は、デフ通訳者の中にも、手話通訳の資格を持たないまま活動してきた方も多いそうです。通訳のトレーニングを受けられないまま、自分の経験を頼りに通訳してきたというお話も伺いました。
ろう者通訳が必要、でも人が足りない、そういう現状にあるそうです。
病院関係の手話通訳派遣の場合は、州の法律でCDIの資格のある通訳者の派遣が必須になっています。(ただし、その資格は医療に特化した資格ではないのです・・・。)

ワークショップでは、通訳のトレーニングをこなし、最後は実際にろう者を前に通訳の実践もしました。また、様々なテーマにスポットを当てた講義も受けました。講義のたびに議論が白熱し、連日夜の9時や10時まで講義が続きました。その中でも、一番印象に残ったものをシェアしたいと思います。

【他者と協働するときに、どうして相手のアイデンティティを知る必要があるのか。】
アイデンティティといえば、「デフアイデンティティ」などが身近ですね。そのほかにも、「留学生」「日本人」「○○ろう学校出身」などが、時としてわたしの中で強いアイデンティティとして現れてきます。
英語で、Intersectionalityという言葉があります。様々なアイデンティティが融合して人が人になる、また、時と場合によって、どのアイデンティティを大事に捉えるかという優先順位はうつりかわっていく。
例えば、聴者に囲まれているとき、デフアイデンティティがわたしの中で強く現れる、しかし、ろう者の中にいるときは、出自など他のアイデンティティが強く現れる。
昔読んだ本の中に、アイデンティティは抑圧からの昇華によってつくられるもの、とありました。Intersectionalityの概念と合わせて考えてみると、なるほど深いものがあります。
文化の違い、環境の違い、もっといえば、相手のバックグラウンドを知る。難しいですが、相手のアイデンティティを構築するものは何かを知ることは、人間関係構築の中でとても大切なことですね。

さて、なぜこのトピックに興味を持ったのかというと、この議論を通して突然アメリカ人を近く感じたからです。

ワークショップに参加した白人の中に、2歳の時にアメリカに移住した方がおります。その方は、アメリカ国籍を持っておりません。しかし、メキシコ人移民と待遇が異なるそうです。その理由の答えはただただシンプルで、見た目が白人だから、とおっしゃっておりました。他国からの移民と本質的には同じであるにも関わらず、アメリカ人として見てもらえる。しかし、国籍がないことで、2歳の時からずっとその方の中で葛藤し続けているそうです。
また、アメリカ生まれアメリカ育ち、ASLと英語が母国語の方ですが、見た目がアジア系の方の言葉も印象に残っております。その方は「アメリカ出身と言えど、親の出身も自分の中のアイデンティティを構築する大事な要素である」とおっしゃっておりました。その言葉に、参加者のほとんどが大きく頷いていました。
アメリカ人といっても、同じ人はいない。見た目や見えないところと、育ちのギャップにそれぞれ思うことがあり、アイデンティティの葛藤がある。そのような方達をココナッツ、またはオレオクッキーと例えられるそうです。

実は1年間ここカリフォルニア州で過ごしてみて、日本人、留学生というアイデンティティはあるもののなぜか現地の人と自分は異なるとは思えなかったのです。文化やバッググラウンドは異なるけれど、どこか本質的なところは同じだと思えたのです。その中で、日本と同じ、日本と違う、と区分していたのは自分の方だったのかもしれません。そう思う要因の一つに、今回、このような周りの人のお話を聞いて、なるほどと腑に落ちるものがありました。



最後に、CDIのワークショップに参加したことを20代のアメリカ人ろう者の友達に伝えると、みなさん興味深々でたくさん質問をうけました。その方達が、笑顔でいつかCDIとして活動したい、というのをきいて、またまたパワーをもらいました。
それでは来月またお会いしましょう。
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