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第223話 アサギマダラなど蝶々の話題[2016年08月15日(Mon)]
 前回の第222話で書いたように、アサギマダラを初めて見たのは3年前の8月29日に伊吹山山頂のお花畑であった。名前を聞いたことがあった程度だったが、きれいな翅を広げていて、花の周りをゆっくりと飛んでいるのが印象的だった。

 今年の6月、Mさんから大分県国東半島先の姫島を訪れた時に撮ったアサギマダラの写真を貰ったのがきっかけで、「第222話 謎の蝶・アサギマダラの写真を貰う」を公開し、その謎を知るために、栗田昌弘氏の著書「謎の蝶 アサギマダラはなぜ海を渡るのか?」(以下引用した書名を『謎の蝶』と略す)やネットを引用しながら、アサギマダラや蝶々の話題を取り上げてみた。

世界大百科事典、アサギマダラには

 手始めに、平凡社発行の世界大百科事典(改定新版2011年6月1日)によると、
「鱗翅目マダラチョウ科の大形チョウで、開張は10p前後に達し、翅(ハネ、ツバサ)は非常に横長である。
 和名は浅黄色(淡青色)をしたマダラチョウの意である。淡青色の斑紋は前・後翅ともにあるが、地色は前翅が黒色、後翅は栗色である。インド北部、マレー半島をはじめ、東アジアの温暖な地域に広く分布し、日本全国で採集されている。年3〜5発生。1981年に成虫の長距離が確認された。すなわち、キジョランなどガガイモ科の常緑植物の豊富な温暖地で発生し、ここを根拠とし、ここでおもに、1〜2齢幼虫が越冬する。
 5月ごろ羽化した成虫の一部が北地、寒地へ移動を始め、おもにガガイモ科のイケマに産卵する。9〜10月にかけて、北地や高地の成虫は南下し、根拠地へ向かうものと推測される。近縁種にリュウキュウアサギマダラ、ウスコモンアサギマダラがあり、迷チョウとして採集されるが、アサギマダラより小さく、斑紋が細かいことで区別される」と解説している。

万博記念公園・自然観察学習館にて

『謎の蝶』の中の「秋にはどこで会えるか」に、「大阪府では池田市五月山でアサギマダラが見られ、私のアサギマダラがよく再捕獲されています」と書いていた。
五月山に近くて四季折々の草花が咲いている「万博記念公園」には、自然観察学習館に昆虫の標本が展示されているし、動植物に関する書籍も見られることを思い出して出かけてみた。

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写真1 自然観察学習館の蝶の標本


 アサギマダラの標本は写真1下の左から2番目の2匹である。拡大したのが写真2である。

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写真2 アサギマダラの標本(自然観察学習館)

 このほかに、この自然観察学習館に寄贈された写真やファイルに収められていた。
写真3は2011年10月18日に、「アジサイの森・東」で撮影(写真3)したものが展示されていた。

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写真3アジサイの森・東で撮ったアサギマダラ

 同館の書棚には、有賀憲介氏の名で、「2015年9月20日 花の丘」、「2012年5月10日 アジサイの森・東」がファイルされていた。
これらの資料を見ると、万博公園に咲く花の吸蜜にアサギマダラが来ていて、5月は北上する途上で、10月には南下する途上でこの公園にやってきていることが分かった。

 同館の動植物に関する書籍の中の、渡辺康之 著「チョウのすべて:1998年8月1日初版・トンボ出版(以下引用した書名を『チョウのすべて』と略す)」が目に留まった。表紙の裏面に「この本には、高山や離れ島・身近な環境にすむいろいろなチョウが紹介されています。
 なかでも、幼虫のときアリの巣のなかで育つという変わった生活をするゴマシジミやオオゴマシジミでは、10年以上にわたって観察した記録をくわしく載せました」と書いてあるように、昆虫生態写真家として貴重な写真が掲載されていた。

アサギマダラの卵から羽化

 秋に産卵すると、その年に孵化(ふか)する。1齢幼虫は、卵の殻を食べてから餌となる植物を食べ始める。体が大きくなった幼虫は脱皮をして、2齢幼虫になり、また植物を食べて大きくなった幼虫は脱皮をし、このパターンをくりかえして、3齢幼虫、4齢幼虫、と大きくなっていく。卵→1齢幼虫→2齢幼虫→3齢幼虫→4齢幼虫→5齢幼虫→蛹→成虫(「ネットの蝶の一生‐ぷろてんワールド)」から引用)

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写真4 終齢幼虫→蛹(「ちょうのすべて」)から引用

「暖かくなるにつれて育って、3月下旬から5月にかけて蛹化と羽化をします。そこから北上の旅が始まり、本州のどこかで子孫を残して、多くの個体は夏の前に一生を終えます」。

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写真5 羽化の様子「ちょうのすべて」から引用


蝶々はなぜ菜の葉にとまるのか:ドラミング

 平凡社の「世界大百科事典・チョウ」によると、「現在知られている最古のチョウの化石は新生代古第三紀の漸新世から見つかっている。白亜紀に入って被子植物の多様な分化が起こり、それに従って植物に依存する鱗翅目もこれに適応する形で発展したと考えられる……現在知られている鱗翅目は約14万種であるが、このうちチョウ類は約1万8000種である。これはチョウに限ったことではないが、植物に依存する昆虫はその植物の生育する環境や気象条件に適応した結果独自の特徴をもち、科や属のレベルの分化が起こったと考えられる」と書いている。

 図書館で蝶々のことを調べていた中で「蝶々はなぜ菜の葉にとまるのか(稲垣栄洋・三上修:草思社・以下引用には『蝶々はなぜ菜の葉』と略す)に、「チョウが花から花へと飛びまわるのはわかるが、葉から葉へ飛びまわることなどあるのだろうか……モンシロチョウの幼虫である青虫はアブラナ科の植物しか食べることができない。そこでモンシロチョウは、幼虫が路頭に迷うことのないように、足の先端でアブラナ科から出る物質を確認し、幼虫が食べることができる植物かどうかを判断するのである。この行動は『ドラミング』と呼ばれている。

 だから産卵するモンシロチョウは、葉っぱを足でさわって確かめながら、アブラナ科の植物を求めて、葉から葉へとひらひらと飛びまわるのである……一カ所にすべての卵を産んでしまうと、幼虫の数が多すぎて餌の葉っぱが足りなくなってしまう。そのためモンシロチョウは、葉の裏に小さな卵を一粒だけ産みつける。そして、つぎの卵を産むために新たな葉を求めて、葉から葉へと飛びまわるのである。まさに『ちょうちょう』の原型となったわらべ唄の歌詞のとおりだ……植物にとって、旺盛な食欲で葉をむさぼり食う昆虫は大敵である。
 そのため、多くの植物は昆虫からの食害を防ぐためにさまざまな忌避物質や有毒物質を体内に用意して、昆虫に対する防御策をとっているのである。一方の昆虫にしてみれば、葉っぱを食べなければ餓死してしまう。そこで、毒性物質を分解して無毒化するなどの対策を講じて、植物の防御策を打ち破る方法を発達させているのだ。
 ところが、植物の毒性物質は種類によって違うから、どんな植物の毒性物質をも打ち破る万能な策というのは難しい。そこで、ターゲットを定めて、対象となる植物の防御策を破る方法を身につけるのである」と解説していた。

唱歌「ちょうちょう」の歌詞の変遷

 何気なしに歌っていた唱歌の「ちょうちょう」は、戦時中に歌っていた歌詞は、「菜の葉にとまれ 菜の葉にあいたら 桜にとまれ 桜の花の 花から花へ とまれよ 遊べ 遊べよとまれ」であった。

 欧米各国に伝わる童謡「ちょうちょう」は、1875年から1878年)まで米国へ留学した教育学者が日本へ紹介したのではないかと推測されている。この曲に野村秋足が独自に歌詞を付け、1881年に文部省が発行した『小学唱歌集』に「蝶々」の表題で掲載された。ただし、この歌詞と似た詞の童謡や清元は江戸時代から全国各地で知られており、野村も現在の愛知県岡崎市一帯で歌われていた童歌の詞を改作して「Lightly Row」の曲に当てたとされている(ウィキペディア『ちょうちょう』から引用)

 ところが、この歌詞に野村秋足は日本の春のシンボルであるサクラを詠み込んだ。ただし、野村秋足が最初に作った歌詞は「桜の花の さかゆる御代に」と日本を称える唄だったが、国家主義を排除する意図から「桜の花の 花から花へ」に改訂されてしまった。
 そして、葉から葉へと飛びまわっていたはずのチョウが、時代を経て花から花へ飛びまわるように書き換えられてしまったのである。ただ、もともとの歌詞の本質的な部分である「菜の葉」は残されたのである(『蝶々はなぜ菜の葉』から引用)。

蝶々の「ドラミング」と跗節(ふせつ)

 ネットの「JT生命誌研究館:チョウが食草を見分けるしくみを探る」によると、「ドラミング」のことを説明していた。
「アゲハチョウの仲間は、それぞれの幼虫が特定の植物のみを食草として利用するので、メス成虫が正確に植物を識別して、産卵場所を間違えないことが次世代の生存を左右する。メス成虫はどのようにして数多くの植物の中から幼虫に適した食草を選択しているのかというと、そのヒミツは前脚の先端にある『跗節(ふせつ)』と呼ばれる部分にある。

 跗節には化学感覚子があり、植物に含まれる化合物を認識することができる。アゲハチョウのメス成虫は、産卵の前に植物の葉の表面を前脚で叩く『ドラミング』と呼ばれる行動を示すが、その時に植物に含まれる化合物(味と考えれば解りやすい)を感じ取っている」と。

 朝日新聞社発行の『蝶の世界』から「チョウのからだ」の説明と図を引用した。
「退化した脚以外は明瞭にそれぞれ五節から成り立っている。胸部の中に潜っていて外から見えない最初の節を基節といい、次の小さな節が転節、以下比較的太くて頑丈に見える腿節(たいせつ)、脛節(けいせつ)となり、一番先端は細くて長い跗節となっている。跗節はさらに五つの節に分かれ、その末端に、ものにつかまったり、ぶら下がったりするのに有効な爪がある」。

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図1 チョウのからだ

アサギマダラの魅力

『謎の蝶』の「アサギマダラの24の魅力」の中に、「(6)グルメ―PA物質を含む植物を敏感に発見し、集まる天与の才能を持っている(9)群れる―1カ所に、数百頭、ときには千頭を超えるアサギマダラが吸蜜する(10)速い―実質2日で、740km以上もの海生移動をする例がある(11)酔う―スナビキソウで吸蜜中は酔ったかのように無反応になり、手づかみできる(13)香りを操る―ヘアペンシルという実にユニークな道具でフェロモンを発する(15)毒草を食べる―ガガイモ科の有毒植物を食べ、毒を蓄積して防御に利用する」などが列挙されている。

 (6)PA物質で、雄が花に群れる理由には、アサギマダラが集まる花にはピロリジジンアルカロイドと呼ばれる物質が多く含まれている。長い名前なのでPA物質と省略。アルカロイドとは植物に含まれるアルカリ性の物質。人体にも作用するものがあり、その多くは毒性を持つ。アサギマダラの場合、このPA物質は、雄が成熟するのに必要とされるのは、雄が雌を惹きつけるフェロモンはこの物質から作られるので、花に群れているのはほとんどが雄なのだ。これがグルメの理由」と説明している。


アサギマダラはなぜ海を渡るのか

 栗田昌弘氏の著書「謎の蝶 アサギマダラはなぜ海を渡るのか?」の設問に、著者は琉球弧での間氷期の地殻変動で海峡ができ、アサギマダラは「海を渡る」ことに適応したという仮説で説明している。
「琉球弧と呼ばれる現在の九州から台湾までの南西諸島をつなぐ『ひも状』の地域は、その西側は東シナ海で大陸から切り離されていて、約2億5千万年前から約1億3千万年前、海底にあった。1500万年から1000万年頃には陸地化して南方から九州につながり、1000万年から200万年前には分断されて、北側が中国大陸とつながった。259万年前から第四期更新世が始まり、この時代は氷河期で、氷期と間氷期を繰り返し、そのたびに生物は南方から北に移動した。(主に間氷期)、北方から南に移動したりした(主に氷期)。約2万年前に琉球弧は3つの領域に分かれた。最初はトカラ海峡ができ、次にケラマ海裂、与那国海峡ができて、北琉球、中琉球、南琉球と呼ぶ3つの領域が生また。最後の氷期は約1万年前に終わり、(約1万2千年前以後を完新世と呼ぶ)。
この物語が事実ならアサギマダラはわずか1万年の間に『海を渡る』ことに適応した。縄文時代の開始は1万年前、人類が文明を作って活躍した時代にアサギマダラは海を渡る蝶になった。北米のオオカバマダラは国境を越える旅をしますが海は越えない。それに比してアサギマダラが世界にも稀な『海を越えて定期的に移動する蝶』になった理由は『間氷期に琉球弧が海に沈んだ』という特殊事情に遭遇したからだ」と説明している。

ハイキング友だちからもらったアサギマダラの写真がきっかけで、吸蜜していることばかりに注目していたら、「蝶々はなぜ菜の葉にとまるのか」の本で、蝶々の足先の「跗節」という植物に含まれる化合物を認識することができる化学感覚子があることを知った。
また、「チョウ」と「ガ」の関連から、セセリチョウ科のイチモンジセセリが移動することで話題になったという。その幼虫がイネの葉を食べる害虫であり、初夏のころからすがたを見せ、はじめはそれほど多くいないが、世代を交替して、夏の終わりから秋にかけて急に数が増え、北海道まで移動することがある。今から20年前ごろまでは、おびただしい数のイチモンジセセリが大阪市内でも飛んでいたという。

 調べていくほどに、興味のある話題が次々と出てきた。今年の秋には、万博記念公園か、五月山でアサギマダラの写真をぜひ撮りたいと思っている。


(平成28年8月15日)







第220話 今年の桜は例年になく見事だった![2016年04月19日(Tue)]
 今年の大阪の桜の開花宣言は3月24日だったろうか、4月2日には、ちょうど満開になっていて「公園をきれいにする会」の仲間で花見をおこなった。(写真1)

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写真1 公園での花見〈2016年4月2日〉

 その日はだんだんクラブの4月の最初の活動日とも重なっていたので、花見の宴の前に「体験学習の森」の桜の開花状況はどうかと写真を撮りに行ってきた。

 活動日には西田橋際と勝尾寺への三叉路の路側温度を確認しているが、勝尾寺三叉路では17℃と西田橋より2℃低い値を示していたが、この温度差が写真2でみるように、満開までに1週間ほどの差が出ているのだろうか。

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写真2 体験学習の森への入口の開花状況

4月7日は春の嵐

 4月になってすぐ大阪では桜が満開になったが、「7日には低気圧発達しながら日本海を東北東に進み、この低気圧や前線に向かって南から暖かく湿った空気が流れ天気が荒れる」との予報が出ていた。この春の嵐で今年の桜も見納めになるだろうと思い、4日に千里北公園を散策しながらカメラに収めた。
 満開の桜にウグイスの鳴き声があちこちから聞こえてくるのだが、声はすれども姿はカメラではとらえられなかった。(写真3)

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写真3 千里北公園の桜並木(2016年4月4日)

 千里北公園から下って行った北千里駅近くの川沿いの桜並木でも見事に咲いていた。(写真4)

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写真4 北千里駅近くの桜並木(2016年4月4日)

 7日の春の嵐で体験学習の森の桜も9日の活動日には、ヤマザクラは早く咲くので観られないかもしれないと思っていたら、Fさんが6日に出かけて行って撮った写真をメールでくれた。「今年の桜の咲き方は、例年にない咲きかたです。山の下から上まで満開です。エドヒガンも満開です。送りました1枚は、エドヒガンです。桃も咲いていました。桜と一緒に咲くのは珍しいです」とコメントが添えられていた。

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写真5 体験学習の森の満開の桜(201年4月6日)

エドヒガンザクラを撮りに行く

 ここ数年は石庭で作業をすることはなくなってしまった。切り込んだ谷沿いの西側沿いの狭い道を上り下りしなければならないこと、間伐など当面作業する箇所が少ないことなどで、最近は豚汁広場に近いクワガタ山でもやし林を整備してクヌギなどの広葉樹の植林を重点的に実施している。
 この森で唯一のエドヒガンザクラが自生していて、4月の満開の時期を狙って登っていくのがせいぜいである。

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図1 石庭道と写真撮影位置図

 4月6日にFさんから送信してもらったエドヒガンの写真で十分であったが、9日の活動日でもまだ散っていないだろうと思い、また、石庭道の現況を記録に残しておく目的を兼ねて腰痛と膝痛を抱えたよたよたしながら一人で登って行った。
 石庭道写真@は、七曲がりを登って東の茨木方向の山並みに満開のヤマザクラを撮っている。

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石庭道写真@:七曲がり付近から東を望む


 石庭道写真Aは、図1の石庭道をどんどん登っていく道で、左側は急斜面になっていて、ところどころに鹿などのけもの道が見られる。砕けた礫が散乱していて歩きにくい山道である。右側は切り込んだ谷になっている。

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石庭道写真A:急傾斜の山肌と急斜面の谷間の狭い道

 所々に大きな岩が露出しているところがあり、それらが砕けた山道をどんどん登っていく。

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石庭道写真B:砕けた岩石の急峻な狭い道

 石庭道写真Cまで来ると、右手の切り立った谷がなくなり、ところどころに背の高い木が生えていた。

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石庭道写真C:谷がなくなった付近

 石庭道Dは大きな岩が点在していたことから石庭の名付けたと思われる比較的勾配の緩い広がりを持った場所になっている。
 大きな岩は枯草で覆われていてわかりにくい。(石庭道D)

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石庭道D:大きな岩が点在している石庭

 9年前の2007年7月に撮った同じ場所の写真と比べてみると、下草も茂っていてずいぶん荒れた場所になっている。

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写真6 9年前に撮った石庭(200年7月8日撮影)

石庭に咲いているヤマザクラとエドヒガン

 石庭に登って行くのはエドヒガンザクラだけが眼中にあって注目していなかったが、手前にヤマザクラが見事に咲いていた(写真7)。

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写真7 石庭に咲いているヤマザクラ

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写真8 満開のヤマザクラ

 写真6でみる石庭の左手の急斜面を登って満開のヤマザクラの奥にエドヒガンが満開に咲いていた。近寄れない離れた崖の縁にさいているのでズームで撮った。

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写真9 満開のエドヒガンザクラ

 ヤマザクラをネットで検索すると「ソメイヨシノに代表される里の桜とは異なり山野に咲く。ソメイヨシノの親とされ、淡いピンク色の花が特徴。長寿で巨木になる。国の天然記念物に指定されている盛岡市の石割桜、福島県の滝桜、山梨県の山高神代桜、岐阜県の淡墨(うすずみ)桜、臥龍(がりゅう)桜などがある」(朝日新聞掲載「キーワード」の解説から)

サクラの見分け方


 この森で唯一のエドヒガンザクラは、近寄りがたい崖にあり、ズームで撮っても「蕚筒(ガクトウ(花を支える部分))まで撮ったことがない。また、ヤマザクラとエドヒガンザクラの区別も知らないので「サクラの絵本(農文協:勝木俊雄編2015年12月25日第1刷)」に見分け方から引用してみた。

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図2−サクラの見分け方

 図‐2の説明文によると「花の色や大きさ、蕚筒や、蕚裂片(ガクレツヘン)の形、花序(カジョ:花のつき方)、若葉の色に注目することで、どの種かみわけることができる」と解説している。
 また、日本の10種の野生種として、ヤマザクラ、オオシマザクラ、大ヤマザクラ、カスミザクラ、エドヒガン、タカネザクラ、チョウジザクラ、マメザクラ、ミヤマザクラ、カンヒザクラの詳細な写真と説明文が載っている。

「箕面市体験学習の森」には、ヤマザクラ、エドヒガン、カスミザクラが生えているので、上記の本から引用してみた。

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図3 ヤマザクラの見分け方

 ヤマザクラ(山桜)は「染井吉野が広まる以前は、もっとも身近なサクラで、花は白く、葉が開くとともに咲く。オオヤマザクラより花柄(カヘイ)が長く、蕚筒や若葉は赤茶色」と説明している

 エドヒガン(江戸彼岸)は「春の彼岸のころに咲くので『彼岸桜』トモ、古くから神社や寺の境内に植えられ、老木や大木が多い。花のあと葉が開く。蕚筒のぷっくりした膨らみとくびれが特徴」と説明している。

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図4−エドヒガンの見分け方

 体験学習の森のカスミザクラ(霞桜)は今月23日の活動日には咲いていることを期待して見分け方を引用してみた。
「ヤマザクラに似ているが、花柄や葉柄(ヨウヘイ)に毛が生えていることが多い。そのため『毛山桜』ともよばれる。開花はヤマザクラよりもおそい。蕚筒や若葉は緑色」と説明している。

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図5−カスミザクラの見分け方

たてかわ桜はエドヒガン系


 上記で引用した「サクラの絵本」を参考にして今まで撮っていたサクラの写真で確かめてみることにした。
 京都の真如堂へ行ったときに撮った「たてかわ桜」はエドヒガン系で接近して撮っていたのを思い出した。

 「たてかわ桜」の解説板(写真10)から一部を引用してみると「この桜は普通の桜と違い、松の皮に似て縦に表皮が走ることから『たてかわ桜』の名があります。元は、直径1メートル余の巨木でしたが、1958年の伊勢湾台風で折れ、接ぎ木によって息を吹き返しました。今では毎春やや小振りで白い清楚な花を咲かせるようになっています……」と解説していて、「エドヒガン系」と書いていた。

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写真10 「たてかわ桜」の解説板

 真如堂の広い園内に咲いていたエドヒガン系の「たてかわ桜」を撮ってきた。

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写真11 真如堂とたてかわ桜(2010年3月28日撮影)

 写真12は「たてかわ桜」の花を接近して撮っている。上記の解説で花の色から「エドヒガン」と判断できるのではないかと思う。

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写真11 エドヒガン系のたてかわ桜

妙見山のエドヒガン群落


 毎年春と秋に妙見山のクッキング・センターでバーベキューに出かけている。4月の中旬の妙見山は桜が見ごろである。
 ヤマザクラだけでなく、エドヒガンザクラの群落があり、オオシマザクラも咲いている。
 「エドヒガンザクラの群落は猪名川上流域に限られていて、その群落の貴重さは兵庫県レッドブックのBランクに指定されていて絶滅が危惧されている」と「黒川字奥瀧谷・エドヒガン群落」の解説板が設置されている。

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写真12 妙見山のエドヒガン群落(2015年4月16日撮影)


 妙見山には4月20日にハイキング仲間とクッキング・センターでバーベキューを楽しむことにしている。
 ケーブルカーの頂上駅からクッキング・センターの道沿いには、エドヒガンの他にオオシマザクラ、カスミザクラも近づいて見られるので蕚筒や花序などを観察していきたいと思っている。

(平成28年4月19日)

第218話 新聞記事などに見るウグイスの話題[2016年03月23日(Wed)]
 箕面市街地での今年のウグイスの初鳴きは3月4日だった。
 我が家は大阪大学・千里学舎の北側にあり、周辺は箕面市と吹田市、茨木市の境界はこんもりとした林になっている。その林に生息しているのだろう。ウグイスは毎年3月初めからで「ホーホケキョ」と聞かせてくれる。今朝も近くで「ホケキョ、ケキョ」と聞こえていた。

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写真1 箕面・吹田・茨木の市境界の公園

 この時期には箕面市体験学習の森でもウグイスの鳴く声を聞けるが、だんだんクラブの活動日は月に3回(炭焼きのある日は日曜日の窯止めのため5日になる)なので初鳴きは観測できないでいる。

ウグイスの初鳴日(しょめいび)


 気象庁では「生物季節観測の情報」を出している。その概要を見ると、「全国の気象官署で統一した基準によりうめ・さくらの開花した日、かえで・いちょうが紅(黄)葉した日などの植物(植物季節観測の多くは標本木で実施)や、うぐいす・あぶらぜみの鳴き声を初めて聞いた日、つばめ・ほたるを初めて見た日などの動物季節観測を行っている。植物ではうめ、あじさい、いちょう、かえで、である。

 うぐいすの初鳴日とは、春にうぐいすが「ホーホケキョ」とさえずるのを初めて聞いた日を言う。気象庁のネットには神戸が2016年で3月10日(平年は3月12日)、京都では平年が3月1日だが、2016年は未だ記載されていない。

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写真2 西宮市東山台にて(後輩のMさんから提供)

 因みに、3月5日の朝日新聞に「消えたトノサマガエル 生物の観測、都市化で休止相次ぐ」で、この生物季節観測の情報からトノサマガエルが消えたことが掲載されていた。

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図 生物季節観測の対象動植物(朝日新聞から引用)


 トノサマガエルについて、平成26年7月22日に公開した「第198話 体験学習の森の生き物たち・続き」の中で、勝尾寺川支流の昭和60年治水事業の砂防堰堤で見つけたトノサマガエルの写真を掲載したが、産経新聞夕刊2014年7月8日の第一面で「トノサマガエル もはや希少種!?」の記事には、平成24年度には環境省のレッドリストに「準絶滅危慎種」として新たに記載されたという。

 上記朝日新聞の続きには「東京・大手町の東京管区気象台では2011年、6種の観測をやめ、ウグイス、ツバメ、シオカラトンボ、アブラゼミ、ヒグラシの5種類に絞った。ただ『春告鳥(はるつげどり)』とも呼ばれるウグイスの鳴き声は2000年を最後に確認できないという。地方都市でも変化が見られ、広島地方気象台は2013年以降、ヒバリの初鳴の記録がない。甲府地方気象台のヒグラシの初鳴は2013年が最後だ」と書いていた。

「ホーホケキョ」競争なければ消える?


 昨年5月11日付朝日新聞夕刊に「『ホーホケキョ』というさえずりは、競争のない環境いると数十世代で『ホーホピッ』など単純な節回しに変化してしまうとする研究結果を、国立科学博物館の浜尾章二・脊椎動物研究グループ長が米科学誌に発表した」の記事が掲載されていた。それによると「このさえずりは、オスが繁殖期に発する。緒張りを確保してメスを引きつける役割があり、複雑なほうが有利に働くことが知られている。この実験はハワイ・オアブ島と日本のウグイスのさえずりを分析したもので、オアブ島のウグイスは、通年同じ場所にとどまり暮らしているのに対し、日本のウグイスが季節ごとに移動して春先に繁殖地で縄張り争いをして、競争社会にさらされている。日本でも小笠原初島では単純なさえずりになる傾向がある。ハワイで野生化しているウグイスは、日本から約80年前に複数回持ち込まれたという記録が残る。
 研究グループは2010年春、ハワイのオアブ島にいるウグイス24羽のさえずりを録音すし、競争のない環像にいると数十世代で『ホーホピッ』など単純な節回しに変化してしまうとする研究結果」である。

 浜尾グループ長は「環境に応じて、さえずりがこれほど短期間で大きく変化してしまうとは驚きだ」という。

 日本は四季の変化がはっきりとしているし、列島が南北に長いのでいろんな個性を持ったウグイスが競争社会の中で生存していることで味わいのある鳴き声を味わえるのは幸せである。

勝尾寺川支流のドロノキ周辺

 だんだんクラブの活動拠点の豚汁広場の東の茨木市との境界沿いに勝尾寺川支流が流れている。周辺の景色に彩りを添えているだけでなく、鳥たちが集まってくる場所でもある。
昨年2月初旬に、この渓流にジョウビダキがやってきて撮ったのが写真3である。 

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写真3 勝尾寺川支流にやってきたジョウビダキ


 この渓流の流れの中にドロノキの大木が生えている。そのドロノキは2月ころには写真4のように葉っぱを落としている。

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写真4 勝尾寺川支流のドロノキ(2016年2月6日撮影)

 このドロノキの周辺はブッシュになっていて、だんだんクラブの具体的な活動の中に「鴬、冬鳥等のために谷川に沿っての藪は残す」ことにしていて、昨年2月初旬の写真5のジョウビダキはブッシュの中に出たり入ったりしていた。

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写真5 ブッシュは小鳥の隠れ処

 数年前にこの渓流でやぶの中をパッパッパと活発に動きながら葉にいる昆虫を捕えているウグイスを撮ったことがあるが、残念ながらそのファイルを見つけることができなかった。代わりにMさんの西宮市東山台のブッシュの中のウグイスを写真6で使わせてもらった。

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写真6 ブッシュの中のウグイス(東山台のMさん提供)

 このドロノキも3カ月もすると、葉っぱが生い茂って渓流沿いは、日陰ができ渓流に沿う涼風で手ごろな休憩場所になっている。

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写真7 葉っぱが生い茂ったドロノキ(2015年5月2日撮影)

 2月の第4週の活動日に、Tさんは野鳥観察ブックを持ってきていて、「ドロノキの近くでじっくり座って観察していると、小鳥がやってきて良い写真が撮れるよ」とアドバイスしてくれた。このドロノキには小鳥が集まってくる場所でもある。

鶯(ウグイス)と鷽(ウソ)

 2016年1月30日の天声人語に「鷽も嘆く悪辣詐欺」で学門の旧字体學の下の「子」を「鳥」に替えた「鷽」の字を「ウソ」と読むとは知らなかったし、鳥そのものも知らなかった。
漢字の「鶯」は、「栄」「営」「蛍」の旧字体の「榮」「營」「螢」に対し、「鷽」は「学」の旧字体「學」の旁(つくり)の「子」を鳥偏にした鳥の名前・ウソになっている。鳥偏旁をネットで調べると、170字ほどもあった。

 天声人語の冒頭部分は、「紛らわしいけれど、なりすましたり騙(だま)したりしているのではない。『鷽(うそ)』はしばしば『鶯(うぐいす)』と読み間違えられる。菅原道真に ゆかりの鳥で、今月は各地の天神様で『鷽替(うそか)え神事』があった。鳥の名にちなみ、去年あった凶事を『うそ』にして幸運を招くいわれである▼去年に 買った鷽の木彫りを神社に納めて、新しいものに買い替える。ありがたいことに、去年ついたうそも全部帳消しにしてくれるそうだ」と書いていた。
「鷽は、學の冠を被る鳥で、神社は学問の神様・菅原道真たとえられることも」とは、ネットの検索で見つけたコメントである。

「里山の自然」の写真集CDを送ってくれたMさんの「周辺の野鳥」にウグイスの次にウソの写真があった。

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写真8 身近に見かける「鷽」(東山台のMさん提供)

 日本の野鳥図鑑(松田道生=監修:ナツメ社)の「ウソ」によると、「ウソのような名前の由来は鳴き声にあります。『口をすぼめて息や声を出す』意味の『嘯(うそぶ)く』にちなんでいます。この鳥の鳴き声は、聞くとわかりますが、口笛のようにやわらかな音質です。その声は四季を通じて聞くことができます。
 イカル同様、数つがいが隣り合って繁殖し、一年を通じて群れでいるため、やはり群れの意思伝達のためによく鳴くようです。すぐ近くで見ることもできますが、そんなときは警戒して鳴き声が強くなります。冬は、葉を落とした木に止まり、小さな嘴(くちばし)で芽をついばむようすを観察できます」と解説している。

切手に見る「ウソ」と「うぐいす」


 切手の中にネット(緑水庵)鳥の普通切手があったので、引用させてもらった。

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 写真9 鳥の普通切手(ネット緑水庵から引用)


 郵便局で130円の「ウソ」の切手を問い合わせたが、現在は浮世絵の切しかないという返事だった。
 かつて、切手の収集をしていたことがあって調べてみたが、主に記念切手の収集だったので持ち合わせていなかった。たまたま10円切手のうぐいすが見つかった。1964年2月10日発行である。

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写真10 うぐいすの切手

 130円の「ウソ」の切手はネットから引用させてもらった。

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写真11 130円の「ウソ」の切手


鳥や昆虫が激減している!


 上記の初鳴日の中で、「東京管区気象台ではウグイスの鳴き声は2000年を最後に確認できない」というし、「広島地方気象台は2013年以降、ヒバリの初鳴の記録がない。また、甲府地方気象台のヒグラシの初鳴は2013年が最後だ」という。

 そんな折、3月17日付朝日新聞朝刊に「稲作用農薬 トンボ幼虫減った」の見出しで、「稲作では、作物の根から吸い上げられ、食害した虫を殺す『浸透移行性殺虫剤』という農薬が広く使われている。毒性は低いとされているが、トンボなどの減少傾向との関係が指摘されるネオニコチノイド系農薬も含まれる。殺虫成分の水中濃度は分解して急速に減少したが、土壌中には長く残っていた。水底にすむヤゴが影響を受けた可能性がある」と指摘していた。

戦後食糧難で夏休みは田舎で過ごしていたころ、水田の周りに赤旗が立てられ「パラチオン農薬散布で近寄ると危険だ」と言われた時代を思い出したが、最近の米作りでは、農薬散布による危険区域の表示は見られなくなった。

 近年秋の田んぼに見られた赤トンボが激減していると言われて久しい。田んぼの草取りの風景が見られなくなった代わりに、秋の田んぼの周りで赤とんぼが飛んでいる田園風景もなくなりつつある。
 その原因に上記記事によると、浸透性殺虫剤が考えられるという。
昆虫を食する鳥たちは、食べ物の昆虫が減っていくため生存の危機に陥りかねない。ひいては人間にも食物連鎖の影響が及んでくることも考えなければならないだろう。

(平成28年3月23日)


第217話 棟梁との話から「木目・笹杢、鳥の減少」[2016年02月25日(Thu)]
 2月13日の活動日は天気が荒れる予報だったが、10時半頃外を見ると陽が照っていたので急いで「体験学習の森」へバイクで走った。
 勝尾寺との三叉路の路側温度は14℃で比較的暖かい日であった。先週6日の同じ場所での10時過ぎの気温が5℃だから、春に向かって季節が進んでいるのを実感しながら登って行った。

 森への入口でIさんと出会った。「膝が痛くなってきて作業ができなくなったので、今退会の挨拶をしてきた」と話してくれた。Iさんは魚釣りが得意でダム湖に鯉がいたころ、昼休みに鯉を釣り上げて下流に放流してくれたことがある。鯉は雑食なのでこのダム湖で産卵するモリアオガエルの餌食から救ってくれたりしただけに残念である。
 そういえば、90歳に近いFさんも先週に「車の運転ができなくなってきたので退会する」と挨拶されていた。
 
 豚汁広場近くでは、炭材作りの作業場所の整備やクワガタ山の植樹した後の手入れなどの作業をしていた。

代表的な木材の木目


 昼食時に、私の横に座った棟梁に、ブログに年輪のことを書いたと話したら「笹杢(ささもく)は知らないだろう」と解説してくれた。
 木目の紋様で、特に装飾性の高い美しいものを杢 (もく) と呼んでいる。
 笹杢ことに関連して、前回のブログで使用した「木を使う・木に親しむ(MORIMORIネットワーク編・日本の林業A)」には、代表的な日本の木材として12種類の木目の写真と解説が掲載されていたので、上記の本を引用して紹介することにした(図−1)。

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 図‐1 代表的な日本の木材の木目

 木目は木の種類によって色艶や、強度、かたさ、湿気に対する強さなど異なる。図−1のクリは、とても重くてかたく、強度もあり、湿気に強いので建築材として使われている。かつて鉄道の枕木はクリ材が使われていた。現在ではコンクリート枕木に代わっている。

 スギは就職した昭和34頃の建設現場では足場には杉丸太が使われていたが、そのころから鋼管パイプが使われ始め、今では建設現場での杉丸太は見られなくなった。
しかし木造建築では、柱や梁などの構造材(建築物の骨組みに使われる木材)や、たるやげたなどの生活用品に使われ、現在でも、もっとも多く使われている。
 スギは、この体験学習の森でも戦後に植林されたものが豚汁広場のすぐ北に残っている(写真1)。

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写真1 体験学習の森の中の杉

 ヒノキ林も体験学習の森でも戦後植林されてきた。写真2は今から8年前の3月に撮ったものである。

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写真2 体験学習の森のヒノキ林

 豚汁広場の標高が340mで、ヒノキ林は標高500m近くあり、急な坂を登っていくのでその体力もなくなり、今では私は行くことはない。このヒノキ林は数年前に失業対策だとか言っていたが、先週6日の活動日にヒノキ林で作業したSさんの話では切り倒したまま放置された状態になっているという。

 戦後の復興で木材の需要の高まりでスギやヒノキが植林されたが、産業構造の変革もあって戦後に植林された樹が放置されているケースが多く、この森のヒノキ林は搬出手段もないので致し方ないのかもしれない。

 ヒノキは白っぽく、なめらかでつやのある美しい木目が特徴で、丈夫、真っ直ぐで加工しやすく、製材後のくるいが少ない、湿気に強くて腐りにくい、さわやかな良い香りがするなど、多くの長所があるので、古くから建築物に使われてきている。

杢(モク)

 ネットで「天然林の造形美 杢の種類」には、解説とともに杢の写真が載っているので引用してみた。ブナ科の虎斑やメープル等に現れる鳥眼杢、トチ、シカモア等の縮み杢の他、縞杢、葡萄杢、牡丹杢、鶉杢、如鱗杢などがある。 何れも、製材したときに稀に現れるもので、希少価値が高い。

 笹杢は笹の葉が折り重なったような先の尖ったギザギザ模様の杢。杉の老木などにまれに現れ、和室の天井版や障子の腰板などに珍重される」と解説している。 

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図−2 杢の種類

 「天然林の造形美 杢の種類」には18種類の「杢」が木目とともに解説されているが、図−2に9種類を引用してみた。

鳥がいなくなっている

 86歳の棟梁と食事をしながら「笹杢」の話が終わったら「何か気がつかないか」という。
「この時期になればウグイスの啼き声が聞こえるはずなのに、鳥がいなくなったからだ」と話してきた。「ウグイスは未だ早いのではないか」と答えたが、棟梁は小鳥が減ったことを再三訴えてきている。

 時々棟梁の書いたエッセイを読む機会がある。昨年の春分の日に書いた「蓑虫に事よせて」を、抜き書きしてみると
 「今から20年ほど前に蓑虫の話を書いたことがる。平成3年か、4年ごろだろうか、蓑虫が居なくなったことに気が付いた。これは野鳥たちにとって大変なことになるのではないかと思った。ウグイスやメジロなどは、春一番のたんぱく質が必要な食べ物だからである。『梅に鶯』というのは、鶯は梅の花を愛でに来ているのではなく、梅の花が咲くころになれば陽気に誘われて蓑虫が巣から出てくるので、そのタイミングにウグイスが食べに来るのである。梅だけでなく、桃や桜、アンズなどの木に蓑虫の巣がたくさんぶら下がっていたが、今ではまったく見られなくなってしまった。今では毛虫や昆虫など小鳥の餌になる虫類は農薬などの所為で居なくなってきている。野山に棲んでいる小鳥たちは、雛を育てるのに生の虫や昆虫が必要で、野鳥が減ってきているのは、そうした背景が原因であると私は思っている……」と書いていた。

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写真3 大阪市内屋上庭園のミノムシ

 写真3はテレビで大阪市内の屋上庭園に珍しくミノムシが居ると放映されてその写真を送ってもらったものである。

 ミノムシが居なくなったとの指摘を受けて、ハイキング仲間と京都鴨川の河川敷の木々を調べ、上流の下賀茂神社の糺の森で作業を聞いてみたが、まったく見つからなかった。

 2013年2月8日のブログ・第174話「雀と蓑虫」の中で、ウィキペディア「ミノムシ」のつづきに、「オオミノガを初めとして日本ではミノムシは広く見られる一般的な昆虫であったが、1990年代後半からオオミノガは激減している。原因は、オオミノガにだけ寄生する外来種のヤドリバエ亜科のオオミノガヤドリバエである。蓑当りの寄生率は5割〜9割に達する。寄生率は九州に近くなるほど高いため、中国大陸から侵入したと考えられている……外来種のヤドリバエによる寄生により生息個体が激減しており、各自治体のレッドリストで絶滅危惧種に選定されるようになってきている」と書いていた。

 2月の活動日の6日と、13日にはスギ林を登って小鳥の水場から関電鉄塔道の1周を回るコースで観察しているとき、勝尾寺川支流のこんもりした森から鳥の鳴き声が聞こえるし、草むらから飛び立つ小鳥も見かける。デジカメで狙いを定めても撮れたためしはない。

昨年2月7日には豚汁広場の少し下ったドロノキ近くの渓流にそうした中でジョウビダキが来ていてデジカメで撮れた写真1を思い出したので、2月に入って2階の活動日に観察してみたが、今年は厳しい寒さが続いたためか、見つけられなかった。

 棟梁は岡山県の山村で育ち、山や川で思う存分自然に親しんでいるので、鳥が昔に比べて減ったという比較ができるが、都会育ちの私にはその比較は難しい。

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写真4 渓流にやってきたジョウビダキ〈2015年2月7日撮影〉

高齢化で姿消す野鳥


 帰宅してパソコンの鳥のファイルのなかに、2009年4月20日の毎日新聞の記事に「高齢化で姿消す野鳥」を見つけたので全文を引用してみた。
記事によると、「『林業停滞で荒れ放題<森林>』に、国内の森林面積は1970年代から変わらないのに、鳥類の生息域が大幅に減少していることが、森林総合研究所の山浦悠一・特別研究員(森林保全生態学)らの調査で分かった。林業の停滞で明るく若い森が減って、それを好む鳥が減ったのが原因とみられる。森林の変化が生態に影響を及ぼすことを示しており、森林対策の充実が急がれそうだ。今月の英専門誌に発表した。【江口一】

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 研究チームは、環境省が1978年と1997〜2002年に実施した鳥類の分布調査を基に、この間の森林の状態と、夏季に日本で過ごす渡り鳥(夏鳥)や年間を通して国内で暮らす留鳥の計103種の生息域の変化を分析した。若い森を好む鳥類には夏鳥のカッコウや留鳥のモズ、ムクドリなどがいる。冬鳥はまだ調べていない。
 その結果、樹齢8年未満の若い森林に暮らす留鳥の生息域は11%、夏鳥は27%それぞれ縮小したことが分かった。一方で、樹齢8年以上の成熟した森にすむ留鳥の生息域は9%増えた。夏鳥では17%減だが、若い森より減少率は小さかった。
 この間、国内の森林面積は約2500万ヘクタールで推移しているが、木材の量である「森林蓄積」は、1970年代の約20億立方メートルから2000年には約40億立方メートルと倍増、成熟した森林が増えていた。若い森が少ないと、日光が地表まで届かないため、草などが生えず、昆虫も減る。昆虫を餌としている鳥にも影響を与えたとみられる。
 さらに、夏鳥の越冬地である東南アジアでも1,990〜2000年で森林全体の11%に当たる約2800万ヘクタールが開発などで失われており、夏鳥減少の一因と言われている。
 山浦さんは『森林は人が手入れするかどうかで様相が異なる。その結果、成熟した森と若い森ではすむ鳥も違う。生物多様性を維持するには、国内外で樹齢や樹種などが多様な森にすることが重要だ』と話す」と、林業の停滞で手入れが行き届かず、荒れ放題になった森林が餌になる昆虫の減少につながり、鳥に影響していると指摘してされていることに納得ができた。

 鳥が減っているという指摘で思い出したのは、2007年に現在の炭窯が稼働したころは、その炭焼きの日の18時の閉門前に80℃から120℃に維持できるように空気量を極端に減らし、翌朝クリーンセンターが開門になる7時ころから空気量の調節に出かけていた。

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図‐3 炭焼きの時間経過と温度変化図

 そんな早朝に自然観察員がこの森で鳥の観察に来ていた。自然観察員は「鳥の数が減ってきている」と話していた。

 常に自然観察を心がけている棟梁が「蓑虫が居なくなった」などの具体的な事例が積み重なって全体的な傾向を見つけることも必要だが、上記の新聞記事「国内の森林面積の経年変化と林業停滞で荒れ放題」の中で、「林業の停滞で明るく若い森が減って、それを好む鳥が減ったのが原因とみられる」という指摘は長期的なスパンでの研究所成果である。

 箕面だんだんクラブの活動の具体例として、「植生の自然推移を中断し、明るい森を作るために、間伐、除伐をする」があるので、こうした研究成果を大いに活かした森林保全の
活動を心がけていきたい。

我が家の近くには大阪大学千里学舎の森に棲むウグイスが毎年春先に聞くことができる。体験学習の森でも活動日にウグイスの啼き声を聞くことができる。
 今週末の活動日27には、ウグイスやジョウビダキなどの小鳥を観察することができるだろうか。次回はウグイスの話題を取り上げてみたいと思っている。

(平成28年2月25日)
第216話 18年前に植えたクヌギの年輪を見る[2016年02月11日(Thu)]
 平成28年の新年を迎えたというのに、1月は行ってしまって早や2月に突入した。今年はオリンピックイヤーで2月が1日多いが、うかうかすると2月も逃げてしまう。
 新年早々ある会の10年の歩みを9年間のウィーク・ダイアリーなどから関連したメモを探しているうちに半月以上を費やしてしまった。

 今年最初の活動日は1月9日から開始した。昨年末の活動は第4週目の作業を取りやめているので、約1か月のご無沙汰である。
 早速に体験学習の森の冬の様子の写真を撮りに「小鳥の水場」から関電鉄塔へ行く1周を歩いてみた。

冬でも枯葉をつけたクヌギ

 豚汁広場にはクヌギが何本も植わっていて夏の日差しよけや渓流沿いに吹く風が涼風を誘ってくれる。真冬でも枝に枯葉を長くくっつけているクヌギを撮った(写真1)。

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写真1 真冬でも枯葉をつけたクヌギ


「箕面体験学習の森」での森林保全活動の具体例のなかに、「昆虫、小鳥、小動物(リス、ウサギ等)の餌となる実のなる落葉樹の育成と植樹をする(クヌギ、コナラ、アベマキ、栗、エノキ、マユミ、ネズミモチ、ムラサキシキブ等)がある。
 2007年12月に植樹した「小鳥の水場」付近の日当たりの良い場所では大きく育っている(写真2)。

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 写真2 8年前に植樹して大きく育っているクヌギ


 1時間後に切られたクヌギ

 10時の朝礼のあとの10時20分にまず撮った写真1だったが、森の様子を観察して下山したら偶然にも切り始められていた(写真3)。

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写真3 1時間後の切られてしまったクヌギ


 近寄って見ると写真4で見るように、枝は大きくしっかりと張っていていた。

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 近寄って見ると写真4で見るように、枝は大きくしっかりと張っていていた。

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写真4 切り倒しクヌギの枝ぶり


 写真4で倒したクヌギは萌芽させて台場クヌギにすると思っていたら、枝を片づけた後、根元まで切断してしまった。

 このクヌギの年輪が鮮やかに出てきた(写真5)。数えると18のリングなので、1998年に発芽させたクヌギである。

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 写真5 伐採したクヌギの年輪


 箕面だんだんクラブの沿革をみると、1996年箕面市環境政策課の呼びかけにより市有林の保全活動を行う為にボランティア活動を行う「もりもりクラブ」が発足したのが始まりで「もりもりクラブ」が発足したころに植林したクヌギであることが分かる。

樹幹の構成図

日本木材学会編「木のびっくり100話」に、樹幹の構成図が示されている。

 図1の形成層帯では新しい細胞がどんどん生まれるが、成熟すると図の右側方に厚い細胞壁を堆積させて死んでいく。

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図1 樹幹の構成図


 世界大百科事典(平凡社刊)で「年輪」をみると、「珊瑚、魚の鱗など樹木以外にも同様な年輪模様ができる。このためできあがったくきをみると、形成層のはたらきが活発であった時期につくられた細胞も大きく、逆に生長量が小さくて小さな細胞が詰まっている部分の差がはっきりしている……温帯地方のように季節のはっきりするところでは年輪は鮮やかに刻まれるが、熱帯地方の樹木には年輪の見当たらないものが多い。このため、赤道直下の熱帯降雨林では樹木の年齢の推定がきわめて難しく、森林の遷移などの研究をする場合も、温帯林で用いた手法をそのまま適用するわけにはいかなくなる。

 上記「木のびっくり100話」には「年輪構造変化に記録された気候変動」の図が示されていて、気温と年輪幅から天明、や天保が示されている。
 天明・天保の大飢饉には東日本では冷害や浅間山の噴火などで大飢饉が発生したことが図2で分かる。

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図2 年輪構造変化に記録された気候変動


辺材・心材

 図3は「木を使う 木に親しむ(MORIMORIネットワーク編・日本の林業A)」から引用した辺材・心材、柾目板、板目板の説明図である。

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図3 木材の性質の説明図


辺材は心材の外側の色がうすい部分。白っぽい色をしているので白太ともよぶ。
心材は幹中心部の色が濃い部分。赤っぽい色をしているので、赤見ともよぶ。

柾目板は年輪に対して、直角にせつだんした板材のことで、年輪が直線にあらわれ、しま模様になるのが特徴。柾目は板目に比べて反りにくく、収縮に強いという長所がある。

板目材は年輪の接線方向に切断した板材のこと。「年輪が、山形やうず巻き模様になるのが特徴。(以上「日本の林業A」の説明文から引用

 図4の根元は10年の年輪を示しているが、先端では1年の当然ながら1年の年輪である。(学件の図鑑・植物から引用)

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図4 根元と先端の年輪の違い


 図4からわかるように、根本と先端部分の年輪の数が違ってくるので、渦巻き模様が出てくる。

 図5(「日本の林業Aから引用」は板目と柾目を示している。

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図5 板目と柾目



 図1で分かるように、板目は心材から繊維方向に切った切断面であるから、木の幹の場所によって年輪の年数が違ってくるので、柾目板のように年輪が直線に現れないで、渦巻き模様になる。

木取り(きどり)

 原木や大型の木材から,必要な寸法,品質の木材を製材することをいう。木取り法には、板目木取りと柾目木取りがある。柾目のほうが、木理が平行で乾燥収縮率が小さく、狂いが少ないが、板目に比べると広幅材が取りにくく、木取りも複雑で作業能率も落ちる(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)。

 「木取りとは、1本の原木を製材する時にどのようにノコギリを入れて、どんな製品を取るかという事。木取りをする時の指針の一つが、一般的によく使われている言葉で『歩留まりを良くする』というもの。歩留まりが良いという事は、1本の原木から如何に無駄なく製品を取れるかという事。この“無駄なく”という意味には、1本の原木から製品にならない部分を出さないようにするという「材積」の観点から見られる事が多いですが、もう一つ大事な点がある。それは『品質』という意味での歩留まりを良くするという事。」(ネット・木取りの基本・吉野中央木材から引用)。
 上記「木を使う 木に親しむ(MORIMORIネットワーク編・日本の林業A)」には、直径25p、長さ4mの丸太の木取りの図を引用した。

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 図6 丸太から木取りの事例


 図6の@の柱材は幹の中心で堅い心材で家を支える柱などに使われる。
 
 図6のAの板材は床材や壁などの基本的な構図に使われる。
 
 図6のBのこわりは、床や壁の下地に使われる。

 図1の樹幹構成図で分かるように、形成層では新しい細胞がどんどん生まれるが、幹の中心になると厚い細胞壁を堆積させて死んでいくので、強度が必要な柱材として木取りされていることが分かる。

クズの幹でも年輪がある?!


 写真6は2008年10月13日に、箕川に際の桜に絡みついた葛の状態を撮ったものである。その頃、葛が桜の木に絡みついていて、春には満開の花を楽しませてくれる桜の木を、葛が巻殺しするのではないかと注目していた。

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写真6 桜の木に巻きついた葛(2008年10月13日撮影)


 その2か月後には、写真7のように、葉っぱは枯れて巻きついた蔓だけが残っていた。

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写真7 枯葉とつるだけになった葛(2008年12月7日撮影)


 写真7で絡まった蔓が根元から切断されていたのが、写真8である。

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写真8 切断されたクズの切断面


 切断面には4つのリングがあって蔓の成長で出来た年輪だろうと思われる。

 クズは、マメ科クズ属のつる性の多年草である。多年草は、個体として複数年にわたって生存する植物のことである。多年生宿根草や木本植物がそれにあたる。

 多年生植物とは、個体として複数年にわたって生存する植物のことである。

 宿根草は生育に適さない時期(多くの場合冬であるが、夏のこともある)には地上部が枯れてしまうが、それをすぎると発芽して再び生育を始めるものをいう。(ウィキペディアから)

 木本植物とは「維管束植物のうち、多年生で、茎頂の活動(伸長生長)が無限に続き、茎に形成層をもっていて二次(肥大)生長を行うもの。樹、樹木ともいい、植物学では木本植物という。草(草本植物)に対応する語。(コトバンク

この定義で行けば、「つる植物には、草本(草本性つる植物 (vine))も木本(木本性つる植物 (liana))もあり、木本になるつる植物のことを藤本という場合もある」ことから、クズは形成層をもっていて写真8のように、太く成長していくことから年輪ができるのは当然である。

 たまたま18年前に植林したクヌギの年輪を見たのがきっかけで、「日本の林業A:木を使う 木に親しむ」を図書館から借りてきてそれを引用しながら木の使い道など、森林ボランティア活動ではあまり知らなかった知識を得ることができた。


(平成28年2月11日)


第214話 今年の秋の紅葉は見事だ![2015年11月12日(Thu)]
 11月7日の活動日には、18人が参加して炭材用竹の受け入れ準備などをした。
 このところ暖かい日が続いていたが、勝尾寺への三叉路の路側温度は18℃で、この周辺の山並みは紅葉が進んでいた。
 箕面周辺の市街地では今が紅葉の真っ盛りであり、あちこちで撮ってきた写真を披露することにした。

体験学習の森の紅葉・黄葉

 箕面市クリーンセンター横のカエデとドウダンツツジの真っ赤になった紅葉は、「ああ、秋本番だ」と実感できる場所である。

 
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写真1 カエデとドウダンツツジの紅葉


 豚汁広場の少し上がったところに治水ダムがあり、ここにはモリアオガエルが毎年6月中旬に産卵にやってくる場所である。
 昭和60年に竣工したことを示す銘板があるから30年前に完成している。今ではすっかり土砂で埋まってしまったが、仮排水用のホースが設置されているので、いずれ土砂を取り除く工事が始まるのだろう。
 先月にはこのダム湖に多少の水があったが、このところの晴天続きですっかり水が無くなっていた。
 このダム湖の真ん中はこんもりと高くなっていてススキが生えている。その穂はまだ頭を垂れた枯れススキまでにはなっていなくて、秋の風情だった。

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写真2 ダム湖の秋の風情


 「小鳥の水場」の斜面に8年前に植樹したクヌギは、この辺りは日当たりがよく、大きくなった育ったクヌギの黄葉が見られた。

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写真3 「小鳥の水場」辺りのクヌギの黄葉


「小鳥の水場」の東側には勝尾寺川の支流が流れていて茨木と箕面との市境になっている。
茨木市側に山並みもすっかり色づいていた。

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写真4 茨木市側の山並みの紅葉


 写真5の「小鳥の水場」の西の方の谷筋には、樹種は知らない木の黄葉の、その先はジャングルのような谷間で誰も踏み入ったことがないのだろうか。

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写真5 黄葉した木の奥は「青木ケ原」


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地図−1森の愛称


 この地図・「森の愛称」の名付け親、Nさんに尋ねてみようと思っているが、「花見山」はこの山から見る山桜は絶好のビューポイントだし、大きな岩が転がった広い斜面は「石庭」、椿が多い場所には「椿山」と名付けているから、「青木ケ原」は富士山の麓に広がる「青木ケ原樹海」をイメージしたのだろう。

青木ケ原樹海

 因みに、写真6は昨年夏にカヌーの応援で訪れた富士山の裾野に広がる樹海に少しだけ足を踏み入れた時に、その入口に設置してあった青木ケ原樹海を紹介したマップである。

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地図−2 青木ケ原樹海マップ


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写真6 樹木がいっぱいの青木ケ原樹海




上記図−1の「森の愛称」でつけられた「青木ケ原」の根拠となる「青木ケ原樹海」はどんな解説になっているかをネットで検索してみた。

 デジタル大辞泉には「山梨県、富士山北西麓に広がる大原生林。面積約30平方キロメートルで富士箱根伊豆国立公園に属する。貞観6年(864)の大噴火による溶岩流上に形成されたもので、鳴沢氷穴をはじめ溶岩トンネルが多くみられる」と解説している。

 一緒に行った娘夫婦が、「一度足を踏み入れたら出られないとか、方位磁針が使えない」というので、入口近くで樹海の写真を何枚か撮ってすぐに出てきた。

 ウィキペディアの「青木ヶ原にまつわる俗説」に、「問題なのは遊歩道を外れて森に入った場合で、遊歩道より200〜300メートル以上離れた地点で遊歩道や案内看板が見えない場合は、360度どこを見ても木しかなく、特徴のない似たような風景が続いており、また足場が悪くまっすぐ進めないためなかなか元に戻れなくなる。
 また、溶岩の上にできたので地中に磁鉄鉱を多く含み、方位磁針に1、2度程度の若干の狂いは生じるが、俗に言われているように『方位が分からなくなる』ほど大きく狂うものではない。実際に陸上自衛隊は地図とコンパスで樹海を踏破する訓練を行っている」と否定していた。

市街地の紅葉・黄葉

「美しい紅葉が見られる年の気候条件」をネットの「紅葉トレビア」で見ると、「好天が続き、葉が日光を十分に受けている」「最低気温8℃以下の日が続く」「昼夜の寒暖の差が激しい」「湿度が比較的低く、乾燥している」また、「夏の気温が高い、雨量が多い場合は、さらに美しい紅葉が期待できる」という。今年の紅葉は上記の条件に合致したのだろうか、例年に比べて美しいように思う。

 この近辺で紅葉が美しいと言われるのは、千里ニュータウンの三色彩道だろう。緑色はトウカエデ、黄色はアメリカフウ、赤色はタイワンフウというが、それらの木々に微妙な濃淡があって見事なたたずまいであった。

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写真7 三色彩道の紅葉(2015年10月28日撮影)


 11月9日の午後、雨がしょぼしょぼ降っていたが、千里1号線のイチョウ並木の黄葉を撮りにバイクで走った。伊射奈岐神社から佐竹台6丁目へ南に抜ける2車線の道には両側には紅葉した木々のトンネルを走るような感じだった。佐竹台6丁目の交差点を右折して目を見張った。紅葉のトンネルを抜けるとパッと急に明るい黄色の世界になったからだ。
 川端康成の「雪国」の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の冒頭を思い出した。
千里1号線沿いのイチョウ並木は、毎年この時期の黄葉は見ごたえがある。

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写真8 イチョウ並木の黄葉


 さらに足をのばして佐竹公園へ行ってみた。今まで紅葉を目的にこの道を走ったことはなかったが、紅葉の横に黄緑色の背の高い木が加わって違った趣の風情であった(写真9)。

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写真9 佐竹公園付近の紅葉


 そんなに遠くに足を延ばさなくても、我が家の近くには南の杜公園があり、アートアベニューにはナンキンハゼの紅葉のトンネルができていて、赤や黄色に混じって未だ紅葉していない木も交じり、一種類だけの並木であるが、趣のある紅葉を醸し出していた。

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写真10 ナンキンハゼだけの紅葉(11月11日撮影)


紅葉の後始末

 見事な紅葉も寒さが加われば、葉は落下して落ち葉になる。写真10を撮った11月12日は風が強かったのでナンキンハゼの周りにはかなりの葉が落ちていた。

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写真11 落ち葉が目立つアートアベニューのナンキンハゼ


 山の中の落ち葉なら腐食土になって土にかえっていくので問題はないが、アスファルト舗装などの路面の落ち葉は人力などで集めなければならない。
 落ち葉の多いこの時期には道路清掃用スィーパーを走らせているが、清掃車の入らない歩道などでは、近くの人たちが落ち葉を掃いて集めておけば市役所が持って行ってくれるが、この時期は市内各所で集めなければならないから大変だ。

 わがだんだんクラブでは数年前まで、写真12のように、ところどころに落枝、枯れ枝、落ち葉を集積する囲いを作ってその中で腐食させるようにしていた。

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写真12 落ち葉や枯れ枝を集めた囲い



 その木々にカブトムシやクワガタが卵を産んで、毎年12月に、箕面クワガタ探検隊や、市民の協力を得て落葉樹を植樹してきた。午後にはクワガタ探検隊が腐食した木々から昆虫の幼虫を探し出してビンの中で育てていた、が、こうした囲いにいる昆虫を食い荒らすイノシシの餌場になってしまってやめてしまった。

 腐植土でふわふわの道

 体験学習の森ではイノシシの出没で作業道に掘り返した跡が見られるが、少し湿り気のある道が多い。適度の湿り気と、森にすむササラダニやシロアリ、細菌、菌類、ミミズなどが落ち葉や落枝を分解してイノシシの食べ物を提供しているのだろう。

 それに関連した話題で、11月4日の朝日新聞夕刊「寄り道熊野古道33『尾根道ふわふわ腐葉土』」に、「上り下りのない平坦な道は、尾根の鞍部(あんぶ)に土を盛って土手状に成形する段築という工法でつくられている。枯れ葉や小枝が積み重なりふわふわと心地よい……04年の世界遺産登録をきっかけに和歌山県が整備した。ところが04年の整備の際、古道に十数a積もっていた腐葉土が削りとられてしまった。道端に捨てられた腐葉土にミミズが繁殖し、これをイノシシが掘り返し、道沿いのシダが枯れ、道の端が崩れはじめた。新谷さんが県に猛抗議してやめさせた。以来、新谷さんが年1、2回草刈りをして環境を整えている。小枝は道に残す。だからふわふわなのだ。腐葉土は厚さ7aほどに回復してきたという。『照葉樹の葉は肉厚で小さいから風に飛ばされず積もる。こんな道、植林だらけの中辺路にはない。海の景色もすばらしい。多くの人に歩いてほしいね』」と記事が目に留まった。

 平成16年5月に大辺路の長井坂を歩いた時、ふわふわ腐葉土の道を歩いたという記憶はないが、古道にびっくりするような大きなミミズを見た。「これだけ大きなミミズならイノシシの胃袋を満たすだろうな」と思った。身近に見るミミズは小ぶりなものだったので、大辺路の大ミミズを見たので、イノシシが腐植土を掘り返す疑問が解消できた。

晩秋の紅葉

 10月末に安威川ダムの見学会に参加したとき、その見学場所の上に真言宗の大門寺があり、紅葉がきれいだと聞いていたので11月初めに出かけてみた。たまたま近くに住んでいる人が、「このお寺全体の紅葉にはまだ早く、例年一本だけが早い。毎年「鑑楓(かんぷう)会」が開催されている」と話してくれた。

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写真13 大門寺の庭(2015年11月4日撮影)


 鑑楓会の案内によると、「写経、お茶席、菊の展示、野菜の販売」が、茨木市大字大門寺97の神峯山・大門寺で11月21日から23日の10時から16時まで開催の案内が貼られていた。
大門寺の関係者の話では、「11月23日は茨木市安威3−17−17の阿為(あい)神社で蹴鞠の会があるからそれも見学されるとよい」とのアドバイスをしてくれた。
 帰りに阿為神社に立ち寄り、案内のチラシをもらった。

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写真14 「蹴鞠の会」のチラシ



 「新嘗祭と『蹴鞠の会』のご案内」の中に、阿為神社と蹴鞠のことが書いてあったので抜き書きしてみると、「蹴鞠」は今からおよそ1400年ほど前に中国から伝わったもので、歴史上有名な『大化の改新』(645年)では、中大兄皇子様が藤原鎌足公と蹴鞠を縁として、非常に親密になられ、以後その大業成就へとつながったことは、広く知られているところです。

 藤原鎌足公ゆかりの地・ゆかりの神社と言われています当地と当神社にふさわしい行事でありますので、平成17年の新社殿の竣工を祝う行事として実施いたしました『蹴鞠の会』を新嘗祭後の定例行事といたし、蹴鞠を奉納していただいています。結成100年の歴史を持ち、蹴鞠の継承と保存につとめられ、上賀茂、下鴨神社や、平安神宮、談山神社などで蹴鞠の会をされている京都の『蹴鞠保存会』の方々にお願いしています」と紹介してあった。

 11月23日が晴天であれば、ぜひ見学してみたい。

(平成27年11月12日)




第213話 「もらったトチの実?!」[2015年10月24日(Sat)]
 ジムへ夫婦で来られているAさんの奥さんが「主人がトチの実を持って帰ってきたが、どうしようか」と話しかけられた。
インターネットで「トチの実の皮むきやアク抜き」を書いた資料を渡したところ、「私ではとても手におえないから!」と、写真1のトチの実を私に預けられた。

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写真1 もらったトチの実


 そのトチノキが北千里駅近くの池のそばにあると聞き、写真を撮ってきた。植物の観察に詳しいAさんに見てもらったらまったく違った木を撮っていたので、万博公園で撮り直しをしてきた。

万博公園・自然文化園でトチノキ探し

 10月23日9時半には中央口で「トチノキはどこに植わっているか」と尋ねると、植木の台帳を繰って東寄りの「夏の花八景」を教えてくれた。
昨日Aさんからもらったトチノキの葉っぱなどの資料を見ながら探したが、黄葉したカエデ(写真2)の木が前面に並んでいるばかりだった。

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 写真2 「夏の花八景」を囲む黄葉したカエデ


 ネットの「スイタウェブ万博情報−万博記念公園−現在の万博」によると、この自然文化園には約260種50万本の樹木、草花が植えられている」というから、その場所に行っても、名札が取り付けられたり、図鑑で確認しないと難しい。このカエデの陰に、葉っぱに特徴のあるトチノキ2本写真3)をやっと見つけることができた。

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写真3 万博公園の黄葉したトチノキ


 図書館でトチノキを調べる


 植物の知識がないので、図書館でわかりやすい幼児用の絵本か、専門書では牧野植物図鑑を見るか、平凡社の「世界大百科事典」で概略の知識を得ている。
 この大百科事典には植物学的なことのほかに、利用方法、民俗に関することまで幅広く知ることができるので、ブログを書くときによく利用している。
その「トチノキ」には、「種子は多量のデンプンとともにサポニンやタンニンを多く含む。古くから、山村では種子の中身を刻んで木灰汁で煮て水にさらして渋を抜き、トチ餅、トチ麺、トチ団子を作った」と書いている。また、「花からは良質のはちみつが集められる」とも書いて、ネットの樹木図鑑などで見ると、5月〜6月にかけて白い花が咲く。きれいな花なので今後観察して写真で記録を残しておきたいと思っている。
 「トチノキの花から良質の蜂蜜が集められる」で思い出したことがある。普段買っている蜂蜜はレンゲの花など西洋蜜蜂だとか聞いていた。
8年前に、熊野古道を海南市の藤代王子から熊野本宮大社まで13回に分けて完歩したことがある。確か9回目の2007年1月23日は、稲葉根王子から富田川沿いの山中(写真4)を滝尻王子に向かって歩いていたときである。

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写真4 滝尻王子に近い山中から富田川を望む


 庚申塚の近くで初めて見たのが、日本蜜蜂を巣箱だとガイドが教えてくれた(写真5)。

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写真5 熊野古道の山中で見た蜜蜂の巣箱



 その巣箱を見て「こんな山中にお花畑もないのに?」と尋ねたら、「木の花から蜜を集めている」ということだった。
 このブログでトチノキのことを調べていて、熊野古道の鬱蒼とした山中にはこの付近には、良質の蜂蜜が採取できるトチノキがあったのかもしれないと思った。

滋賀長浜に西日本最大級のトチノキの巨木林

 パソコン・データ「植物」のファイルに、「トチノキの聖地」という2014年1月の朝日新聞夕刊の記事を記録していた。
 当時トチノキに特段興味があったわけでなかったが、コンクリートの人工的なダムでなく、ブナとかトチノキが、「自然のダム」の言葉に環境問題から興味を持ったのだろう。
 記事には「西日本最大級のトチノキの巨木林がみつかった。治水などを目的にしたダムは今月、中止の方向が打ち出されたが、広葉樹のトチノキは周辺のブナ林とともに山の保水力を高めると考えられている。滋賀県は移転住民と協力しながら、『自然のダム』の保全に乗り出す」という記事のトチノキ、ブナには保水力があることを知った。

 その続きには「巨木林が見つかったのは福井と滋賀の県境に近い標高約400〜800bの山林。約1千f以内の範囲に幹回りが3bを超えるトチノが200本以上群生している。推定樹齢500年以上の巨木もあった。県の担当者は『調査が進めば、さらに多くの巨木が見つかる可能性がある。西日本最大級の規模』と言い切る」という。
 滋賀県の山では、武奈ケ岳や朽木村観光協会から「芦生の森」の観察会、ビラデスト家族旅行村から近江坂古道にも3回ほど歩いている。
また、10年前には、滋賀県と福井県の県境の駒ケ岳頂上付近には新緑のブナの美しい林(写真6)を歩いたことはある。

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写真6 駒ケ岳のブナ林(2006年5月28日撮影)


 これらの山々ではガイドの人からトチノキの話は聞けなかったのは、ありふれた木なのか、ルートには生えていなかったのかもしれない。

トチノキの天然記念物の写真を撮りに出かけたが!

 世界大百科事典でトチノキを調べたついでに、講談社発行の「日本の天然記念物・5・植物V」(1984年6月25日第1刷)には、「トチノキの天然記念物」として指定されていることを知った。それによると、
@利賀のトチノキ、 指定:大正15年10月20日、場所:富山県東礪波郡利賀村利賀
A脇谷のトチノキ、 指定:大正15年10月20日、場所:富山県東礪波郡利賀村栗当
B畑上の大トチノキ 指定:昭和26年6月9日   場所:兵庫県豊岡市畑上
C熊野の大トチ   指定:昭和33年2月6日   場所:広島県比婆郡西城町熊野大畑

 この天然記念物のトチノキの写真を見て、「車で走れば日帰りで写真を撮りに行ける」と決めて、トチの実をもらった週明けの14日に、好天に誘われ家内と豊岡に向かった。
 10時に家を出発して13時半に豊岡市畑上(はたがみ)の標識(写真6)で右折れした。

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写真7 大トチノ木の道路案内標識


 ネットで事前に調べていたので、行止まりの林道で駐車して登山靴で装備して40分ほど登ることは覚悟していった。
 念のために民家で尋ねてみたが、「とても無理だ」と家内が聞いてきた。林道方面から降りてきた軽トラックの男性に尋ねると、携帯電話でこの土地出身の人の話を伝えてくれた。
「先日もツキノワグマが出たし、地元の人も近寄ったことがない。草に覆われて道も定かではない」ということだった。
 
 トチの実をもらったのが10月7日だから、この山奥でもトチの実が落ちていて、地元の人もトチ餅などの風味を味わっておられるのだろうと思っていたが、無残にも願いがかなわなかった。
ツキノワグマにとっては、冬眠を控えて栄養源を探してしっかりと食べなければならない季節であるから、人が来ないとなればわが領域とばかりに、私たちのような人間が近づけば、『邪魔者が来た』とばかりに襲われるのは必至だろう。

 実は豊岡市に事前に「畑上の大トチの黄葉はどうですか」と尋ねたら、観光協会の電話番号を教えてくれたが、「現在使われていません」ということで、それ以上探ることをしなかった。帰宅してネットに掲載されていた「兵庫県治山林道協会」の畑上の大トチを引用させてもらったのが写真8である。

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写真8 畑上の大トチノキ(兵庫県治山林道協会から引用)


 道なき山を登って写真を撮りに行ってツキノワグマに襲われたとなれば、洒落にもならない。地元の人のアドバイスに従い、すごすごと引き返した。

 豊岡市の「歴史探訪〜文化財を巡る〜S」には、巨樹、巨木の史跡・名勝天然記念物が4か所紹介されており、「畑上の大トチ」には「胸高周囲7.2m、樹高20mの巨樹で、樹齢は500年以上といわれています。遠くからでも目立つため、猟などの目印にされてきました。周辺にある3本のトチノキも後継樹として、市の指定を受けています。集落の外れから林道を車で約30分、さらに徒歩で30分ほど掛かりますが、春先や晩秋には、全国から巨木ファンが訪れます」と案内されている。
 もう少し時期をずらした晩秋でクマが冬眠し、草木が枯れたころならいけるのだろうか。

セイヨウトチノキ

 因みに、写真6の案内標識に書いている「Great Horse」は、トチノキの英名で"Horse-chestnut"(ウマグリ「馬栗」)の「chestnut」を省略したからだと思われる。
ジム仲間でフランス旅行にいったKさんにトチノキのことを話したら、フランスではマロニエと言って同じものだと思うが、フランス人は食すことはないという。

 ネットの「植物の話あれこれ」には、トチノキによく似たマロニエは、セイヨウトチノキと呼ばれ、パリでは、街路樹として植えられ、マロニエの並木道として有名である。
「この植物は、英名で"Horse-chestnut"(ウマグリ『馬栗』)と呼ばれている……その昔、この植物の栗のような種子を馬や家畜の飼料に使ったり、ウマの咳を治す薬に用いたりしたことから、このよう な名称で呼ばれるようになったといわれている。また、甘栗(Sweet chesnut)と区別するために、大形で、野卑なクリという意味を込めて『ウマグリ』と名づけられたともいわれている」と解説していた。

 6年ほど前に「万博記念公園における統合医療による認知症予防プログラム」を受講したとき、森林療法で自然文化園を散策したとき、オランダから寄贈されたマロニエの花が咲いていた写真7を撮っていた。

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写真9 万博公園のマロニエ(2008年5月28日撮影)


 この写真を撮って7年後の10月23日に撮ったのが写真10である。この木の横に「マロニエ(とちのき科 寄贈国・オランダ)・原産地ヨーロッパ南東部」と銘板が設置されていた。

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写真10 7年後のマロニエ


土産にトチ餅を買う

 城崎温泉へ行く前に玄武洞へ立ち寄った。玄武洞の前の店にトチ餅があり、土産に買ってきた。「トチ餅」を買ったのは、せっかくもらったトチの実であったが、私も家内も結果的には手間暇のかかる渋皮むきや灰汁抜きはとてもできないので、せめてその味を確かめておきたかったからである。

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写真11 土産で買ったトチ餅


 先の世界百科大事典・トチノキの民俗には「トチを食用とするにはアクを抜きが必要で、天日で干した実を長期間水さらした後に灰汁で煮るのが一般的だが、その方法はトチによって異なる。トチは収穫も一定し、凶作や飢饉に備える食物であったから、かつて飛騨の白川村ではトチを留木(とめぎ)としてみだりに傷つけたり伐ったりするのを禁じ、焼畑で類焼させても村民の厳しい取調べを受けた」と書いている。

 地球温暖化がどんどん進んで飢饉が出る可能性は否定できない。そのときにトチノキが育っているかはわからないが、このトチの実は重要な食材となりうるし、よく乾燥すれば保存がきく」事から、」飢饉のための備考食物になることは知っておく必要がある。

もらったトチの実の行方は?

 もらったトチの実は、箕面だんだんクラブに10月10日の活動日に持って行った。広島県の山村で育ったTさん、岡山県の田舎育ちのFさんの二人とも、このトチの実をさらしてトチ餅を作った経験はないと言われてしまった。

「箕面市体験学習の森」の森林保全活動の中に、
@ 植生の自然推移を中断し、明るい森を作るために、間伐、除伐をする
A 山桜、椿等を育てるために陰を作る高木、中木を間伐する
B 昆虫、小鳥、小動物(リス、ウサギ等)の餌となる実のなる落葉樹の育成と植樹をする。
(クヌギ、コナラ、アベマキ、栗、エノキ、マユミ、ネズミモチ、ムラサキシキブ等)
など、「豊かな自然を守るために森林の保全と再生を図り次世代の体験学習に供することを目的」として具体的な活動を10項目列挙している。
その活動の一環として、毎年12月にドングリを発芽させて2年ほど育てた上で、50本ほど間伐した後に植樹している。

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 写真12 2014年12月に植樹したクワガタ山


そのことをイメージして、昼食時にFさんが助け舟を出してくれた。自宅でドングリを発芽させ、苗を育ててくれる初代代表のKさんも快く引き受けてくれた。

 残りの実は「日本熊森協会」で活動もしているTさんが、兵庫県の山奥で植林をしているので、そこで利用してもらうことができた。だんだんクラブの会員で、日本熊森協会の会員が2人も参加していることは心強い。
 参考に、日本熊森協会のホームページを開けると、
「奥山水源の森の大荒廃問題に取り組む」として、
「平成になって、クマなどの奥山動物が人里に次々と出てくるようになった原因
・ 戦後の大規模奥山開発・大規模拡大造林による人工林内の餌場喪失
・ 大規模ナラ枯れ・下草消滅・昆虫絶滅などによる自然林内の餌場喪失(原因諸説:地 
球温暖化・中国からの大気汚染による酸性雪・農薬散布など)→奥山生態系崩壊・山の湧水激減 →日本文明の将来的衰退
 くま森は、全生物のため、人のため、奥山広葉樹林の再生活動に取り組んでいます」

(平成27年10月24日)


第211話 真夏の体験学習の森からの報告[2015年08月03日(Mon)]
 箕面だんだんクラブでは、8月の1か月間は夏休みで活動を休みにしている。そのため7月25日の第4土曜日の活動日は、夏真っ盛りの様子を報告できるチャンスになった。

 今年の近畿地方の梅雨明けは7月20日ごろで、平年並みで梅雨明けと共に連日猛暑が続き、25日の活動日、10時30分過ぎの西田橋の路側温度はすでに29℃、勝尾寺三叉路では27℃を示していた。
 豚汁広場には遅れて着いた。こんな暑い中でも24人が参加していて、クワガタ山での作業道づくり、植樹後の手入れなどに出かけていた。

マタタビの実を猛毒のシキミの実と間違えた!!

 前回6月19日に公開した「第210話 この森で見られなくなった植物・見られるようになった植物」の中で、写真4でマタタビの実を掲載したが、Fさんから写真4はマタタビの実とは違って、「おそらく猛毒のシキミの実だろう」と指摘された。

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写真1 マタタビの実と間違えたシキミの実の写真


 マタタビの実を焼酎に漬けた「マタタビ酒」をだんだんクラブの会員からもらったことがある。その実を猛毒のシキミの実と間違えば大変なことになり、早く訂正しなければと焦っていた。
 Fさんからは、「次の25日のだんだんの活動日には、うまくゆけば、実が出来ているかもしれません」と言うメールをもらい、この日になった。
 勝尾寺川支流の溪谷沿いの「だんだん園地」に、蔓性の植物がヤブツバキに絡まって生えている場所に出かけた。

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写真2 つばきの木に巻き付いた蔓性植物


 写真2にはツバキの木が分からないほどにマタタビ、アケビ、ヘクソカズラ、ウツギが絡まっていて、マタタビの花はすでに散っていたが、これだけ絡まった中からマタタビの蔓を見つけるのは困難だった。

 そこで、7月初旬にFさんからもらったマタタビの写真を紹介することにした。

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写真3 マタタビの花(2015年6月10日撮影)


 マタタビについてネットで「山の幸通販クラブ・またたび専門通販ショップ・マタタビのうんちく」から、拾い出してみると、「夏の頃に枝先の葉腋に1〜3個梅の花に似た純白の単性花または両性花を咲かせ、花には芳香がある。この花が咲く時期になると、枝先の葉の表面が白く変色することが多くあり、遠方からでも目立つのでマタタビの所在がよくわかる」と紹介されていて、今年6月10日に撮ったのが写真3である。

 続いて「花が終り結実するころになると、白変した葉はいつしか消えてもとの緑に戻る。果実は3〜4cmの先のとがった長楕円形の液果で、表面は平滑である。青い実は強い辛味があるが、熟して黄色くなると甘味が出てそのままでも美味しく食べられる」とあり、写真4で見るように、長い楕円形の青い実である。

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写真4 マタタビの実(2014年9月19日撮影)


 さらに、「果実の中に虫が入ったものは、虫えいができカボチャ型になる。これは蕾のころから開花直前に花の中心の子房にマタタビアブラムシ (Asphodylia matatadi YUASA et KUMAZAWA)が卵を産みつけると子房は正常な発育ができず異常な塊状の果実となってしまうことによる。

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写真5 虫が入って変形したマタタビの実(2013年8月30日撮影)


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写真6 虫が入って変形したマタタビの実(2013年8月30日撮影)


 写真5、写真6を見ると、上記の写真1とは歴然と異なっていることが分かる。

 この話題を昼食時にした時、かつてマタタビの実だとYさんからもらったA婦人が持ち帰ってすぐにYさんからの電話で「マタタビの実と思っていたが、あれはシキミの実で猛毒だから破棄してくれ」という思い出話を披露してくれた。
 写真1を撮ったのは2007年9月8日では、テーブルにひろげられた実をデジカメに収めてファイルから見つけ出したものである。

 虫が入っていないマタタビの実は、写真4で見る通り青い尖がった長い楕円形なので区別できるが、虫が入ったマタタビの実は並べて比較すれば判別できるだろうが、どちらの実も9月の中旬に結実するので間違い易いのだろうと思う。
 ただ、実際に生えている木を見もしないで、テーブルに並べられた実を教えられたままに記録していたことは大いに反省しなければならない。

シキミ(シキビ)とサカキ

 シキミは仏事で馴染みの植物であり、サカキは神事に欠かせない葉っぱである。

 平成20年4月20日に公開した「第83話 春は異臭と共にやってきた!」に、この異臭が「ヒサカキ」であり、体験学習の森に生えている。そのヒサカキの花の写真と共に「玉串として神社で使う榊に似て非なるので非榊で、一回り小さいので姫榊がなまったとかの説がある」と書いていた。

 つい最近神式の葬儀に参列では玉串奉奠ではサカキを供えた。また、仏壇や仏式の葬儀にはシキビを供えるので、日よく頃耳にする葉っぱだのに、体験学習の森で生えているのに気が付かなかった。

 日本野生植物図鑑 前川文夫 監修 八坂書房の「サカキ(榊)」の写真を引用すると、写真7で葉が枝に対して対称に並んで付いている。               

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 写真7 サカキの葉


 「シキミ(樒)」は、葉が枝に対して放射状のように並ぶ。(写真8:上記日本野生植物図鑑から引用)

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写真8 シキミの葉と花


 また、同書の「木の実」にシキミの実が掲載されていた(写真9)のを見ると、上記写真5や写真6の虫が入って変形したマタタビの実と間違えやすいのだろうと思われる。

 フリー百科事典の「シキミ」には、「花や葉、実、さらに根から茎にいたる全てが毒。特に、種子にアニサリンなどの有毒物質を含み、特に果実に多く、食べれば死亡する可能性がある程度に有毒である。実際、下記のように事故が多いため、シキミの実は植物としては唯一、毒物及び劇物取締法により劇物に指定されている。

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写真9 シキミの実(同図鑑から引用)


スズメバチの巣を撤去

 25日の昼前、Kさんが倉庫の道具の整理をしていてスズメバチの巣を見つけた。昼食後それぞれ作業場所へ移動したころに殺虫剤を吹きかけて取り除いてくれた。
 もし見つけていなければ、8月の夏休み中に大きな巣になっていて成長したスズメバチに襲撃されることになったかもしれない。

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写真10 道具入れ倉庫の隅のスズメバチの巣


 巣作りは写真11で見るように、3匹で始めたばかりだった。

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写真11 3匹のスズメバチが巣作りを始めた


 2013年12月15日に公開した「第190話 体験学習の森は真冬のたたずまい」の中で、橋の張出部のコンクリート床版に、空っぽになったスズメバチの巣の写真を載せたことがある。
 役目を果たしたスズメバチの巣は、真夏のころには人の目に触れなかったので、球形の大きな巣が出来上がっていた。

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写真12 空っぽのスズメバチの巣(2013年12月13日撮影)


昨年も同じ場所で巣作りを始めたころに気が付いて、早い段階で取り除いた。昨年の日記を繰ってみると、2014年7月26日の活動日で、スズメバチの他に、キツネノカミソリと、ダム湖に泳いでいた鮠(ハヤ)をメモしていた。今年もキツネノカミソリは同じ場所で今を盛りと赤オレンジ色の花が咲いていた(写真13)。

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写真13 キツネノカミソリの花(2015年7月25日)

 スズメバチの巣作りは、昨年より1日早い日であったが、この時期に始めるのだろう。

 この日の夕方、我が家の車庫にアシナガバチが数多く飛んでいるのを孫が見つけてくれた。陽が沈んだ頃を見計らって、殺虫剤で撃退した。わが娘は数日前にアシナガバチに刺され、熱が出てきて急いで皮膚科で治療してもらった。

 人間にとっては怖い存在の蜂類であるが、生き物にとっては子孫を絶やさないために猛暑のこの時期に必死に巣作りに励んでいるのだろう。

(平成27年8月3日)



第210話 この森で見られなくなった植物・見られるようになった植物[2015年06月19日(Fri)]
 6月に入った3日に近畿地方も梅雨入りした。平年では6月7日なので、今年は4日ほど早かった。
 6月5日の活動日は、梅雨の晴れ間で曇り空から、午後には晴れ間も見られた。5月は高い気温が続いていたのに、この日はうすら寒く、西田橋の路側温度は18℃を示していたが、1時ころには17℃とわずかながら下がっていた。
 この日は20人の参加で、竹炭やき、道具の手入れ、植林したヘキサチューブの取り換えなどの作業を行った。
 第2週の13日は朝から蒸し暑い梅雨の晴れ間で、西田橋の路側温度はすでに24℃を示していた。23人が参加して竹炭焼き、植樹した木の手入れ、道具の手入れなどを行った。

 この森で見られなくなった植物:アオキ

 朝礼の時、この森ではアオキや蔓性植物のマタタビやフジが無くなっていることが話題になった。アオキはこの森で森林ボランティアを始めたころはいたるところで見られたが、ジャングルのようにはびこった蔓性植物のフジやマタタビが他の木に巻き付いて枯らしたりすることから、徹底的に伐採してしまった。陽が入り明るい森になり、食害のシカやイノシシが出没するようになってアオキはシカに食べられてしまった。
 「どの辺りに行けばアオキの写真を撮れるか」と尋ねたところ、「この森ではシカが近寄れない崖ぶちくらいだろう」と返事が返ってきた。
そういえばこの2月末に奥猪名の郷で泊まった翌日、多田銀山を歩いたとき、仲間からアオキだと教えられ撮った写真が出てきた。

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  写真1 2月末に多田銀山で撮ったアオキ


 中野 進著「花と日本人(花伝社)」では60種類の花が紹介されている中で、1番は「アオキ」である。高校時代の出席の順番のように、アイウエオ順である。それによると、「アオキは文字通り青木で、葉も枝も濃い緑色をしている……

 学名はアウクバ・ヤボニカ。アウクバは和名の青木葉に由来する……日本特産の常緑低木。北は北海道から南は沖縄まで日本全土に自生する。日本海側には葉も背丈も小形のヒメアオキと呼ばれる変種がある。アオキは寒さに強いだけでなく、煙害や排気ガスなどの公害にも強く、防潮・防風・防火にも役立つ……かつては古い農家の庭にはたいていアオキの一株や二株は植えられていた。『おばあちゃんの知恵』ではないが、転んですり傷をつくったり火傷をしたとき、アオキの葉をよく揉んで患部に貼り付けていた……

 冬には青物がほとんどなくなってしまうので、牛馬の飼料にアオキの葉を食べさせている所がある。また乳牛にアオキの葉を与えると乳量が増える……

 この和名のアオキは欧州人気が高まったようで、1760年代に始まった産業革命に加えて、石炭暖房であったイギリスの冬のロンドンなどはスモッグに悩まされており、毎年窒息死する人さえでていた。そんな時代だっただけに、アオキの美しい斑入りの青々とした照り輝く葉は、充分観賞の価値はあった」と解説している。

 蔓性植物:フジ・マタタビ

 この森へ通じる大阪府道4号線・茨木能勢線の崖には5月に入ると、紫色のフジの花が咲き始める。

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写真2 大阪府道4号線沿いのフジの花(2015年5月2日撮影)


 平成21年5月8日に公開した個人ブログ「1.フジの花」の中の「つるの巻殺し」に、「植物は光合成によって成長していくので、光を求めてどんどん背丈を伸ばしていく。つる植物は、他の木に巻きつきながら成長していくから、余分な労力を使わず、茎だけを伸ばしていけばよい。『他人のふんどしをしめて相撲をとる』ということわざがあるが、丈夫な木のふんどしでつるを伸ばして強くなったのを良いことに、お世話になった木を絞め殺すとは、なんとも残酷な話だ。2008年5月、芦生の森原生林を歩いたとき、つる植物が巻きついている木の写真を撮っていた。人の手が加えられていないので、つる植物が大木に巻きついていて、自然のままになっていた」と書いていた。(写真3)。

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写真3 つるが巻きついた古木(芦生の森にて)


 体験学習の森では、蔓性植物を敵のようにして伐採した結果、フジやマタタビが見られなくなってしまった。
 猫にマタタビといわれるこの蔓性植物は、この森にはびこっていたが、伐採で見られなくなってしまった。2007年9 月にマタタビの実を撮っていた(写真4)が、落葉蔓性の木を見る機会を失ってしまった。

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写真4 マタタビの実


ヌルデの木を枯らしてしまった毛虫・クスサン

 Tさんとサカキやヒサカキを探している途中で、写真5の緑色の毛虫を見つけた。

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写真5 山中で見つけた緑色の毛虫(クスサン)


 この毛虫の近くに居た蛾もついでに撮ることができた。(写真6)

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写真6 雌のクスサン成虫


2日後にTさんから「青い大きい毛虫を調べていたら『クスサン』のようです」とメールとクスサンの検索アドレスを教えてもらった。

 フリー百科辞典(ウィキペディア)によると、「クスサン(樟蚕/楠蚕、Caligula japonica)はチョウ目・ヤママユガ科のガの一種。身近に生息する大型の蛾であり、幼虫、蛹に別名がある。成虫は開張100mm以上、褐色の大きな翅をもつ。幼虫はクリ、クヌギ、コナラ、サクラ、ウメ、イチョウ、クスノキなど様々な樹木の葉を食べる。年1回の発生。卵で越冬し、幼虫は4-7月に出現する。幼虫は体長80mmにも及ぶ青白色の大型のケムシで、白色の長毛を生やしているためにシラガタロウと呼ばれる。

 この長毛は寄生蜂に対する防御の役割があると考えられている。7月前半頃に楕円形の固い網目の繭を作って蛹になり、9月から10月にかけて羽化する。繭は糸を寄り合わせた楕円形のものだが、壁面は網目状に穴が開いているので、スカシタワラ(透かし俵)と呼ばれる」と書いていて、写真6は雌の成虫で、雄は黒い目玉の模様はない。

 この森のダム湖に生息しているモリアオガエルの産卵場所として7年前に撮ったヌルデ(ダム湖の北側)は葉っぱで生い茂っていた。葉にぶら下がった白いのはモリアオガエルである。


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写真7 モリアオガエルの産卵したヌルデ(2008年6月28日)


 写真8は同じ場所で撮ったヌルデは葉が全く無くなっていて枯れてしまっていた。

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 写真8 クスサンで枯れてしまったヌルデ(2015年6月13日)


 ほぼ7年前の写真7と写真8を見比べてみて、葉っぱが全く無くなってしまっているのが分かる。
 そういえば、豚汁広場にもヌルデが植わっていて、ウルシ科ムルデ属で、稀にかぶれる人がいると教えてもらい、注意していた木がある。その木は全く注目していなかったが、全く葉っぱが無くなっていて、枯死状態だった。

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 写真9 豚汁広場のヌルデは枯死状態(2015年6月13日)


 Tさんが「昆虫などは木を枯らすほどには食べ尽くさないで、多少は食べ残す」と、言い伝えでは聞いていたが、これほどだとは思わなかったと感想を漏らしていた。
 Tさんが「ダム湖の東側のヌルデももう時間の問題だ」と聞いて撮ったのが、写真10である。
 数匹のクスサンを見つけたが、葉っぱは殆んどない状態だった。 

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 写真10 ダム湖東側のヌルデも枯死寸前


 棟梁のMさんは山村育ちだけに、このクスサンを見て、釣り糸テグスを作るために、幼虫を捕るために栗の木に上って枝を揺すって落とし、中から左右に引っ張って裂く、そして、腹の中から出てきた絹糸腺を酢に浸して、指先でしごくとテグスが出来たと話していた。

 ヌルデの木が枯死し、クヌギやコナラ、サクラや栗の木など、クスサンが好む木々が生えているこの森で大量発生して葉を食い尽くすことは見過ごすことはできない。議論して駆除する方策を考えるべきだろう。

 シカが食い荒らして無くなってしまったシャガ・モミジガサ

 葉っぱの生い茂ったヌルデの古い写真を探していたら、だんだん園地の北側の咲きそろったャガの花の写真が出てきた。

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写真11 7年前に咲いていたシャガの花(2008年5月3日)


 今ではだんだん園地のシャガの葉っぱは、シカが食い尽くして、写真12のように見る影もなくなってしまった。

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写真12 だんだん園地の現在の様子(2015年2月28日)


 


 私は平成16年8月からだんだんクラブに入会した。翌年の春先には、先輩から「モミジガサ」という葉の切れ込みが深くモミジの葉に似た山菜を採って天ぷらにした思い出がある。その後数年してモミジガサは全く見られなくなってしまった。

 今年の春は岡山方面から来る運んでくる道の駅で、コゴミ、タラの芽、コシアブラ、ノビル、ユキノシタなどの山菜を食することができた。その中にモミジガサは店頭に置かれたことはなかった。上記の山菜は写真に収めているが、モミジガサはシカは残念ながら探しきれなかったので、ウィキペディアから引用させてもらった。

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写真13 モミジガサ(ウィキペディアから引用)


 今では見つけることのできなくなったモミジガサもシカの食害である。シカも生きるために必要な食べ物であるから、致し方がないのかもしれない。しかし、日本オオカミが明治38年1月に奈良県東吉野村で捕獲されたのを最後に生存の情報は途絶えたという。天敵だったオオカミに加えて、鉄砲で撃つ猟師が減少してしまった今日では、益々増え続けている。また、かつては冬の寒さで生きられなかったのが、地球温暖化で越冬するようになったのも、個体数の増加に影響しているようだ。

 豚汁広場の掲示板に「有害鳥獣の駆除」として、大阪府猟友会箕面支部、クリーンセンター裏山周辺で6月3日、14日、17日、28日に実施すると知らせていた。

森が明るくなり顔を出したキツネノカミソリやコバノミツバツツジ

 蔓草がはびこり、ジャングルだった森で間伐が進み、陽が差し込むようになって出てきたのがキツネノカミソリである。ヒガンバナと同じ、多年生草本球根植物である。
 雑木林の中やその縁辺、日の強すぎない北側の傾斜地、里山や神社の境内などでよく見かける夏咲きの野草で、写真14のみられるように、春先に細長い葉っぱが顔を出してくる。

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 写真14 キツネノカミソリの葉っぱ(2008年5月3日)



 夏になると葉は黄変化して枯れ、ひょろ長い赤オレンジ色の花がしてくる。

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  写真15 開花したキツネノカミソリ(2014年7月26日)



 陽が差し込んできて森が明るくなってきたので、今まで日陰で目立たなかったコバノミツバツツジは4月には紫色の花を咲かし始めた。この森では数年前から「ナラ枯れ」で枯れ始めた樹を、カシノナガキクイムシが周辺の木々に穿孔しないように間伐されたために、一気に日が差し始めた。

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 写真16 ナラ枯れ対策の伐採明るくなった森の中


 すると、今までどこに生えていなかったのか分からなかったのに、春先に紫色の小さな花が目立つようになった。(写真17)

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写真17 陽が入って咲きだしたコバノミツバツツジ


 このほか、この森で目立った植物の変化を調べてみると、だんだんクラブに入会したころには倒木のアカメガシワの幹にキノコのキクラゲ(写真16)が発生していて見掛けたが、この森も整備されてきてアカメガシワはあまり見られなくなった。

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写真16 倒木のアカメガシワに発生したキクラゲ


 アカメガシワと樹齢で検索してみたところ、日本大百科全書(ニッポニカ)の解説に、「樹齢は、種類によっておおよそは決まっているが、生育環境や生育の度合いによってかなり変化する。低木の樹齢は一般に短く、ハギ、ヤマブキなどは数年であるが、多くのものは十数年から数十年くらいである。高木では陽樹のハンノキ、アカメガシワなどが短く、数十年で枯れるが、多くは数十年から数百年生育し、長いものでは1000年を超える」と書いていた。

 先日の活動日に棟梁のMさんが、「木は何年位生きられるのか。樹種による樹齢を調べてみたい」と話していた。
 概念的にアカメガシワと杉や桧などと樹齢に差があるのは理解できる。屋久杉は数千年の樹齢だという。天然記念物の巨樹なども含めて木の寿命について調べてみたいと思っている。

(平成27年6月19日)



第209話 毒性が強いキノコ「カエンダケ」を絶対触らない![2015年05月19日(Tue)]
 前回公開した「第208話 『みどり生き生きみのお生き生き体験フェア』開催される」の最後で触れたが、今回は毒性が強いキノコ「カエンタケ」など、キノコの話題を取り上げた。
 4月29日に「せんちゅうパル」のイベントで、主催者コーナーの横に、「毒性が強いキノコ『カエンタケ』を絶対触らない」の注意書き(写真1)などが紹介されていた。

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 写真1 毒性の強いカエンタケの注意書き



 その日に参加した会員の中にはイベントの方で忙しく、カエンダケのことを読んでいない人もおられた。
 
 そこで、カエンタケに加えて、持ち帰った資料の中の「箕面ビジターセンターだより」の2015年4月号に「箕面のキノコ特集号」に分かり易く紹介されていたのを合わせてきのこの話題をまとめてみた。

 毒性の強いカエンタケは全体に触らない!

 NPO法人みのお山麓保全委員会のブースの横に、「毒キノコ『カエンタケ』は見つけても、絶対に触らないで下さい」の注意書きの下に、赤色〜オレンジ色のカエンタケの写真が掲載されていて、思わず注目して読んでみた。
写真1の下の注意書きには、「極めて毒性が強いキノコ『カエンタケ』が箕面でも発見されました。カエンタケはさわるだけでも皮膚に炎症をおこし、大変危険です。(食べた場合は、死にいたることがあります。)見つけた場合はさわらないように注意してください」と呼びかけていた。
 写真1のカエンダケを大きくしたのが写真2である。

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写真2 箕面でも発見されたカエンタケ



 ソーセージを土に植えこんだようで、「何か珍しいものが植わっている!」と、ついうっかり触りかねない代物だ。写真2は主催者の方が箕面の滝道で撮った写真だそうだ。
写真1のその右下には、厚生労働省のホームページから引用した「カエンタケについて」の特徴や発生時期、場所(写真3)などを書いている。


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写真3 「カエンタケについて」の説明


 インターネットには、「交野市の他にも、高槻市、奈良県生駒市、京都府大山崎町など、関西各地で発見されており、各自治体では注意喚起に努めている」と書いている。発生時期が夏から秋にかけてなので、ハイキングで山歩きをするときには注意が必要だ。

 図書館で「日本のきのこ(山と渓谷社1988年11月1刷発行)」には、わずかに「子座は円筒形か枝分れして手の指状、先端は丸いかまたはとんがる。高さ3〜8cm、帯赤橙色、肉は白く上面の外被層に子のう殻が埋没する。林内地上、まれ。日本・ジャワ」で、毒性が強いことなどの説明もないことから、最近問題になったキノコのようである。

 上記「山と渓谷社」発行の「日本のキノコ」に毒性の強いことなど記載していない「カエンタケ」が最近話題になってきたのは、地球の温暖化ではないだろうかと勘繰ってネットで検索してみると、地球温暖化の影響で動植物の生育域の北限が北上(拡大)して、亜熱帯から熱帯地域に分布するオオシロカラカサタケと呼ばれる毒キノコが千葉県内で毎年確認されている、などと紹介されていた。

カラカサタケとドクカラカサタケ

 会員の中でキノコに詳しいTさんにキノコなどのことをメールで尋ねていたところ、「ドクカラカサタケを焼いて食べて苦しみました。 十数年前の秋です。亀岡の保津川横の竹林に立派なカラカサタケあり持ち帰り食べました。 腹痛・下痢・嘔吐で10時間くらい苦しみました。 カラカサタケいつも食べていたのでドクがあるとは思いませんでした。後で調べると微妙な違いがあるようです」と返信をもらった。

「箕面ビジターセンターだより」にも箕面国定公園代表の代表的なキノコとして、カラカサタケ:ハラタケ科(写真4)とカラカサタケの傘の表(写真5)が紹介されている。

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写真4 カラカサタケ(「日本のきのこ」から引用)


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写真5 ドクカラカサタケ(「日本のきのこ」から引用)


 5月9日の活動日にTさんに具体的に聞いたところ、傘に微妙な違いがあると話していた。

 写真6は「箕面ビジターセンターだより」の「箕面キノコ特集号」の「カラカサタケ」の写真を引用したものである。

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写真6 カラカサタケ(ビジターセンター冊子から引用)


シイタケによく似たツキヨタケ


私は毒キノコを食したことはないが、200710月末、朽木観光協会から「芦生の森の自然観察会」に参加したとき、道端にシイタケと思って撮ったのが写真7である。    

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写真7 シイタケによく似たツキヨダケ



 後で聞くと、ツキヨタケだということが分かった。

 上記「日本のきのこ」のツキヨタケを見ると、「川村氏によると傘12〜15cm程度のキノコきのこ10個、5人で油で炒め、味噌を加え副食物として食べたら、食後、1時間でにわかに嘔吐、腹痛、頻繁に下痢し、みるもののすべてが青色に見えた。また目の前をホタルが飛び交うように感じたという。約10日後に回復した。わが国のきのこ中毒の大部分はツキヨタケによる。時に死亡することがある」と書いていた。

ナラ枯れの樹のナメコに舌鼓を


 上記では毒キノコの話題を取り上げてしまったが、スーパー等身近なところでは食用になるキノコが店頭に並んでいて、シイタケやエノキダケなどは年中食べられる。

 キノコで思い出すのは今から7年前の2008年10月下旬に、家族旅行村ビラデスト主催の「いにしえの昔に思いをはせて・近江坂古道を訪ねて」に参加して、今津近江高島から福井県美浜町までの22キロを1泊2日で歩いたことがある。
県境で標高950.1mの大御影山(写真8)近くで、ナラ枯れで枯れたミズナラの木にナメコがびっしりと生えていた。    

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写真8 奥深い大御影山山頂付近


 先導の今津山岳会のメンバーから天然のナメコ(写真8)だと教えてもらい、しっかりと採取して持ち帰り、ナメコの味噌汁や炊き込みご飯を食した。わずかに土の香りがしていたが、栽培したものでなく、まさしく天然ものの美味しさを味わうことができた。

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 写真9 大御影山付近で採った天然のナメコ


 2年後の2010年10月初旬に同じ道を歩いた時に、写真10で見るように、ナメコはわずかに見られたが、採っても黒ずんでいて食することはできなかった。

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写真10 2年後10月初旬の大御影山近くのナメコ


 この大御影山ハイキングで歩いていた当時、ナメコとナメタケの区別を知らなかった。
 このブログを書くに当たって「きのこミュージアム(根田 仁著:八坂書房)を読むと、
「エノキタケとナメコは昔から混同されていたようだ。エノキタケの方言として、ナメコ(岩手、新潟)、ナメススキ、ナメタケ(兵庫)、ナメラコ(秋田)なども使われていた。ブナ帯のきのこであるナメコは、関東以南の平地では、見られない。むしろ「ナメコ」とは、もともとエノキタケを指すのが普通だったのかもしれない。

 現在でも『なめたけの瓶詰』は、エノキタケであることが少ない。栽培されたエノキタケでは、ヌメリはないように見られるが、傘を少し濡らすとヌメリが出てくる。現在ナメコと呼んでいる菌はエノキタケとは別属のきのこで、エノキタケの胞子は無色であるが、ナメコの胞子は褐色であり、緑の遠いきのこである。強いていえば、傘が褐色で表面にヌメリがあり、木材腐朽菌であることが共通点である」という。
 店では白いエノキ茸が安価で売っているので、なじみのキノコ(写真11)である。

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写真11 瓶を使って鋸屑で栽培したエノキ茸

 栽培されたエノキタケは馴染みのキノコであるが、野生のキノコ(写真12)は見たことがないので、上記「日本のきのこ(山と渓谷社)から引用した。

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写真12 野生のエノキタケ(「日本のきのこ」から引用)


「日本のきのこ」の「エノキタケ属」によると、「ぬめりが強く、甘い香りがあり、歯切れも舌ざわリもよい。ナメコ同様に、日本人好みのきのこでこっくりとしたうま味が持味。味噌汁、和え物、てんぷら、鍋物などの日本料理に特によく合う……栽培品が多く出ているが、野生のものと栽培品がこれほど違うきのこも珍しい。姿形から風味まで栽培品は野生のものに遠く及ばない」と解説している。
 野生のナメコの美味しさを知っただけに、野性味のナメタケも味わいたいものである。

キノコの栽培法

 店頭で売られているキノコには、原木栽培とか、おが粉栽培とか書いているので、平凡社発行世界大百科事典から「キノコ」の栽培法を抜き書きしてみた。

「キノコは植物のような光合成能力をもたないので、栽培地(培地)からすべての栄養物をとる。また、キノコはカビの一種であるが、カビやバクテリアはどこにでもいるから、キノコだけが育つには条件が限られる。この培地と殺菌方法により、いま行われている栽培法は三つに分けられる」として、

第1は原木栽培(写真13)である。皮つき丸太に種菌をうめこみキノコの発生を待つ方法で、日本のシイタケ生産がこの代表例である。 

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 写真13 クヌギの原木栽培によるシイタケ


 第2は木粉栽培(菌床栽培、おが粉栽培)で、木粉と米ぬかとを体積比3対1で混ぜてプラスチック製の瓶に入れ、高圧蒸気で殺菌したものを培地に使う方法である。

 第3はわら栽培である。わらは微生物の作用で分解されると、その際発生する熱で殺菌される。これを培地に使う方法で、マッシュルームの栽培で発展した。欧米では他のキノコにも似た方法を用いる。

キノコについて

 カエンダケという毒キノコを話題にしたついでに、持ち帰った資料の中の「箕面ビジターセンターだより」に、2015年4月の「箕面のキノコ特集号」に分かり易く紹介されていたので、引用してみる。

 「植物(生産者)、動物(消費者)とならんで、豊かな森を作るために無くてはならないのは菌類(分解者)です。その代表がキノコ(木の子)やカビなどの菌類で、枯れ木や腐葉土を分解し豊かな土にしています。地上に現れるキノコ(子実体)は次世代である胞子を散布するために作る器官で、植物でいえば『花』の役割に相当します。本体は、枯れ木や落ち葉などに絡みつく菌糸(きんし)として生活し、枯れ葉や死体を分解する『リサイクル』を担っています……日本には、5〜6,000種のキノコがあるといわれており、そのうち名前が付いているのが約1,500種〜2,000種ほど。箕面の森でも、色も形も多種多様なキノコを見ることができる」と、その代表的なキノコの一部がカラー刷りで40種ほどが紹介されていた。また、「キノコは一年中見られますが、特に6月から7月の梅雨時と9月から10月ごろも秋に最も種類が多く、数も豊富に見ることができます」という。

日本の国土の約66%は森林が占めている。その森林の中で豊かな森林を作るためになくてはならない菌類。私たちの先祖が身を持って体験してきた毒キノコなどを貴重な知見でキノコ好きの民族と言えるだろう。

 シイタケやエノキタケといった身近なキノコは目に触れるが、ハイキングで見かけるという「カエンタケ」のことを知るにつけ、これからは地球の温暖化などの環境の変化などを踏まえた森林を探求していかなければならないだろうと思う。

(平成27年5月19日)



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