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棚田の40年後は竹林に変わってしまった![2007年09月12日(Wed)]

 9月10日に続き、翌日も竹林間伐の残りの作業をおこないました。切り出した180センチの竹を炭材の加工場までレンタカーで3回運んで今回の仕事を終えました。

 10時の朝礼後作業に取り掛かったとき、この竹林のすぐ横で畑仕事をしていた持ち主のMさんがこの丘陵地の40年前のことを話してくれました。


昭和40年頃のこの土地は棚田だった

 Mさんの話では、昭和40年ころのこの土地は棚田で稲作をしていたと話をされました。

 その棚田といわれた畑から南を見ると、大阪平野が一望できる高台の丘陵地です。
 私は、こんな高台で、稲作など無理な土地だろう直感的に思って「稲作をするのに水はどう確保していたのですか」と聞きました。




       写真1 40年前棚田だった場所から大阪平野を望む

  この奥に池があってそこから水を引いていて今でも水管が残っているということでした。
 この棚田はその後稲作をやめて放置しておいたら、北側にわずかあった竹林がどんどん周辺に広がってしまい、今の竹林になってしまったそうです。

 写真1に写っている果樹園と畑は、退職してから竹林を切り倒し、根っこを取り除いてやっとこのような畑にすることができたということです。




        写真2 樹林に竹が侵食している状況

 写真2は畑の東側を写しましたが、樹林に交じって竹がどんどん拡大している様子がわかります。

放置された棚田の現在

  この畑の西側の木陰で休憩していて、目の前の一段下ったところを見て、「この土地も回りが囲われているので40年前には棚田だったんだな」と話し合いました。



      写真3 Mさんの土地と一段下の境界付近

  写真4は放置された棚田の中に竹林の状況です。今はまだ竹はまばらですが、いずれ昨日間伐したところと同じように密集した竹林に変わっていくだろうと考えられます。



       写真4 一段下も40年前は棚田だった土地の現状

この畑を荒らす野生動物

  この竹林の場所と私たちの活動拠点のクリーンセンターとは車で15分ほど離れた場所です。だから、食害の動物も同じイノシシ、鹿、アライグマ、猿です。
 かつて、防護柵をしていなかったために、植えていた野菜などは根こそぎ食べられたので、今は通電した防護柵をして食い止めることができたとMさんは話していました。

 話に加わっていたSさんは、「山の中の畑なので全体を金網で覆った中で人間が野菜を育てている」と話していました。主客転倒のような話ですが、この近辺では里山に下りてきた野生動物対策に頭を痛めているようです。


竹やぶを放置しておくと?

 今回の竹林間伐作業で、もともと棚田だった土地を放置していたために、40年後には竹林になってしまったことを知ることができました。

 では、竹林を放置したままにしておくとどうなるのでしょう。
 かつては竹で編んだ笊や竹かごなどが、プラスチックで作られるようになりました。また、中国からの安い竹製品に押されてますます国内での竹の需要が落ちています。その結果竹林が放置されて、周辺の里山に拡大して各地で問題になっています。

 竹林を放置しておくと、「竹が密生して日光を遮ると、雑木林が枯れ、動物や昆虫などが生息しつらくなります。竹は地表から浅い場所にしか根をはらないため、土砂崩れの危険性も高まる」といわれています。




      写真5 少し奥に入ると密林のような藪の中

  私たちが今回間伐した竹林はその入り口付近で、少し奥へ入ると、写真5のように薄暗い密林の藪に入り込んだようです。
 これでは動物や昆虫などは住めそうにないと思いました。
紀伊路で見た竹林の様子[2007年07月01日(Sun)]

ブログに記事を書き始めて6回目になりますが、この辺で6月18日、「熊野古道(紀伊路・中辺路)を語り部と歩く・第3回」に参加しましたので、そのことを書いてみます。
海南・湯浅道路の吉備ICを降りた河瀬(ごのせ)王子から、この熊野古道の難所の1つ
に数えられる有田郡広川町から日高郡日高町原谷地区へ通じる「鹿ケ瀬峠」からJR紀伊
内原までの約12キロを歩きました。

写真 鹿ケ瀬峠を過ぎに熊野古道で現存する最長の503メートルの石畳道

この峠の山中には竹林がところどころにありましたが、写真にみるように里山林に竹林が拡大していって山林へ侵食していました。

写真 鹿ケ瀬峠を下ったところで見た樹林に侵食している竹林

竹炭をやくようになってから、手入れがされずに放置されている竹林が日当たりを求めてどんどん山林へ広がっていく里山風景が気になるようになりました。

私たちが活動している特別養護老人ホーム「あかつき」の竹林では周りの果樹園に竹林が広がらないように伐採し、竹林の中も唐傘を広げて歩ける程度にしたので陽が差し込みよい竹の子がでるようになったそうですが、私たち人間の口に入る前に猪がきれいに食べつくしてしまっています。紀伊路の語り部さんも「人間が土を掘る前に鼻の利く猪は先に食べてしまう」と語っていました。




写真 「あかつき」の雑木林で間伐前の竹林、黄色のテープで巻いた竹を間伐しました。



写真 「あかつき」の雑木林で間伐後の竹林、間伐後の竹林は陽が差し込むようになりました。

この峠を下りた日高町原谷地区には、明治初期から黒竹が栽培され、現在では栽培面積、出荷量、品質とも全国一といわれています。
通りかかった民家の納屋でこの黒竹を寸法切りしている老人に話しかけると「掃除するときに使うはたきの柄にする」ということでした。
インターネットで見ると、「日高町特産の黒竹を活かし、高齢者の方々が中心となって黒竹の工芸品化に取り組んでいて、最近では、日高町のおみやげ品として知られ、花立、壁掛け、置物などが人気を呼んでいます」と書いていました。


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