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第226話 今年最強の大寒波に見舞われて[2017年02月03日(Fri)]
 1月は早くも「行ってしまう」という28日にだんだんクラブの活動日に参加した。
10時過ぎ西田橋の路側温度計が6℃を確認して登って行った。ところが勝尾寺三叉路では7℃を示していた。いつもはこの勝尾寺三叉路の方が2℃ほど低いのだが、1℃であるが高い値を示しているのを見るのは初めてだった。不思議に思いながら活動拠点の豚汁広場場に着いた時には道具の整備やクヌギの間伐、竹細工作業などを行っていた。
 参加者名簿に丸印には11人が参加していた。因みに今年最初の活動日の14日は9人が参加していた。
 
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写真1 豚汁広場近くの木陰の残雪

今季最強の寒波が14日〜16日に襲来

 毎年1月15日頃に実施されているセンター試験の頃に日本列島は大寒波がやってきている。今年も1月14日夜からここ箕面市内でも雪が降り始めた。
 大雪の目安は輪島上空5000メートル付近に−36度以下の寒気が入るときであるが、今年は14日頃に−41度の寒気団が西日本や東海地方にも流れ込んできた。
いままで箕面市内で大雪が積もったとき、その状況を写真で記録している。15日の朝は近くの南の杜へ通じる路面は午前11時過ぎでも、写真2のように車も出せないほどだった。

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  写真2 箕面市内の路面の積雪状況

 16日でも前日夜からの積雪で路面は変わらなかったが、11時過ぎには車が走れるほどになり、雪に覆われた街並みを撮りに出かけた。
 先ず北摂山地が望める東図書館付近から彩都の街並みを撮った。

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写真3 彩都の街並みと北摂山地を望む

 市内ではゴミ収集車も活動していたので、クリーンセンターまで足を延ばした。標高340メートルはあるだろうクリーンセンター入口の山の斜面には、写真4のように木々にはかなりの雪が降り積もっていた。

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写真4 クリーンセンター前の山の斜面の積雪状況

 体験学習の森への入口は、写真5のように積もっていて短靴では歩けないのであきらめた。

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写真5 体験学習の森への入口の積雪状況

小鳥の水場まで歩いてみる


 いつもの活動日と同じように、28日でもまずこの森の変化を撮るために、「杉林」から「もりもり園地」を抜けて「小鳥の水場」まで登っていった。

 少し登って「モリモリ園地」のヤブツバキも雪の重みに耐えかねて折れた枝が山道を塞いでいた。
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写真6 1月15日からの積雪の重みで折れた杉の枝


写真7 折れたヤブツバキの枝が山道を塞ぐ

「小鳥の水場」の南斜面に2008年に植林したクヌギは大きく育っているが、今回の大雪で3本は曲がっていた(写真8、写真9)。

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写真8 雪の重みで曲がってしまったクヌギ1

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写真9 雪の重みで曲がってしまったクヌギ2


「小鳥の水場」から「七曲り」へ通じる西の斜面は日当りも少なく、積もった雪は残ったままになっていた。

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写真10 未だ融けずに残った西斜面の残雪

ほんの少し春の兆し!

 帰りも同じ道を下って行った。写真を撮りに行く前にFさんとの話題で「未だヤブツバキは黒い実をつけているだけで花のつぼみもかった」と話していたので、勝尾寺川支流沿いのヤブツバキを丹念に見つめてみると、写真11で見るように、一輪咲きかけを見つけることができた。

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 写真11 川沿いにつぼみをつけたヤブツバキ

 南の杜公園に通じる道端の花壇には1月16日の大雪にもかかわらず、雪の冠の下から満開の椿の花が顔をのぞかせているのを見てきただけに、山の寒さは厳しいからだろうと思った。

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写真12 里では雪の冠の下にツバキが満開

 でも、「モリモリ園地」付近のヤブツバキのつぼみを見つけて、「もうすぐ春ですよ」と呼びかけているんだと思いつつ下山した。

今後の竹炭やきなど

 午後から竹炭用の炭材作りの作業を行った。Fさんによれば、クリーンセンターへのバスがなくなってベテランのNさんらが来られなくなったという。また、竹の間伐する場所が少なくなるとともに、竹炭を利用する人も少なくなってきたそうだ。

 新しい会員が増えない中で、高齢者の作業効率も悪くなってきた上に、公共交通機関が無くなったので新たな問題点が浮かび上がってきた。

(平成29年2月3日)




第221話 2016年春の「みどり生き生きみのお生き生き」体験フェア[2016年05月03日(Tue)]
 2016年春の「みどり生き生きみのお生き生き」体験フェアは、「昭和の日」の4月29日に千里中央せんちゅうパル北広場で開催された。10時過ぎには曇っていたが、昼前には陽が照りだし、少し強い風が時々吹いてきたがまずまずの天気に恵まれた。
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 箕面だんだんクラブのブース
 1)展示パネル


 昨年と同じ場所に竹細工や竹炭の配布場所などが設けられた。(写真1)

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写真1 箕面だんだんクラブのブース

 活動状況などの展示パネルには、27年度の上半期と下半期の主な活動を写真で紹介した。また、体験学習の森に生えているキノコの写真やムカゴやアケビ、マタタビの実といった植物、モリアオガエルやクワガタが生息している写真、さらに竹炭作りでは竹の間伐から炭材作り、炭焼きの様子を紹介した。

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写真2 体験学習の森の動植物の紹介

 2)竹細工のおもちゃ

 このイベントには毎回竹トンボや野菜鉄砲、竹ぽっくりなどを作っていて子供たちに楽しんでもらっている。

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写真3 野菜鉄砲で遊ぶ子供たち 

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  写真4 竹ぽっくり

 3)竹細工の作品

 竹炭の炭材作りでは竹林間伐した中で竹細工に適した竹を選び出して花瓶や徳利に加工、細工して展示している。現場での竹細工用の加工道具も持ち込んだ。

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 写真5 竹細工を現地で加工

 出来上がった竹細工(写真6)の中で手水鉢の水を引くために展示の竹を加工してほしいという年配の女性が来られた。

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写真6 竹細工の展示品

 どんなふうに使うのかと手水鉢に使う竹をネットで検索してみた。

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写真7 手水鉢に引き込むための竹(ウィキペディアから引用)

 展示品を利用して要望に沿うように加工してあげたので喜んで募金にも協力してもらった。

 4)竹炭コーナー

「竹炭の吸着力は備長炭より大きい」ので、脱臭剤としての利用に優れている。
竹炭コーナーには、竹炭を細かく砕いて水洗いしたものをネットに入れたもの、小さな布袋に詰めたものを靴などに入れる脱臭剤としての効果をアピールした。小さい布袋を作るより赤ちゃんの靴下を使う方が良いとも説明した。
 また、竹炭片にかわいいい人形や花の絵を描いたものなども展示した。幼い子供たちにはこのかわいい顔に人気があり、そのお母さんが募金に協力してくれた。

 Nさんは竹炭の粒を入れた小さな布袋を家で作ってきていた。脱臭効果が少なくなれば、水洗いして乾燥すれば何回も使えることも付け加えていた。

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写真8 脱臭効果のある竹炭の展示コーナー

 なお、上記の「竹炭の吸着力は備長炭より大きい」は、岸本定吉 監修 池嶋庸元 著「竹炭・竹酢液のつくり方と使い方」(社団法人農山漁村文化教会)の「竹炭は材料の竹と基本的には同じ組織・構造をうけついでいる。竹を炭にやくと、体積は約3分の1に収縮するが、この孔の横断面は、微細なパイプを束ねたような構造になっている。
 孔の内部表面積は、測定する方法によって多少の差は認められるが、通常、木炭の内部表面積の測定に用いられてきた方法で実測すると、竹炭1グラム(おとなの手の指先ぐらいのかけら)あたり300平方メートル以上もあって、これはタタミ200畳分以上の広さに相当する。
 ちょうど、小ぶりのバナナ1本分の丸炭(筒状炭・約34グラム)でも、その表面積は東京ドーム(1万3〇〇平方メートル)がすっぽり収まってしまうくらいで、竹炭のすぐれた吸着力は、この内部表面積の広さによるものである」から引用したものである。

 募金を熊本地震に

 箕面だんだんクラブでは、このイベントに毎回参加していて、体験学習の森の炭窯でやいた竹炭などを配布し義援金は、東北大震災と森林保全の活動資金として主催の「NPO法人みのお山麓保全委員会」に渡してきたが、今年は4月14日夜発生した熊本地震への募金にした。(写真9)

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 写真9 熊本地震への募金箱

 隣のブースには「熊本物産展in千里中央」で熊本県阿蘇郡西原村で作られたゆず胡椒、ドレシング、いちごの加工品など販売されていて売り上げは販売元の被災地へ全額寄付されるという。

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写真10 西原村の熊本おうえん物産展

 西原村(熊本県の地図)は、14日の夜最初の震度7の地震の震源地益城町の隣だから被害も相当だっただろう。

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「のぞきからくり」や生演奏を楽しむ

 毎回「平成のぞきからくり」が拍子木で音頭を取りながら、のぞき窓から「役行者」や「八百屋お七」などの演目を見せてくれた。
映画やテレビに押されてすたれていた大衆娯楽がイベントや縁日で復活していた。

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写真11 平成のぞきからくり

 たまたま覗いてみると、「八百屋お七」を上演前だった。上演に先立つ前には、パソコン操作で演目を選び出しているところだった。
 この「のぞきからくり」は、江戸末期に発生し、太平洋戦争まで親しまれてきたものである。
復活したこの「平成のぞきからくり」にはパソコンを取り入れていて操作の面では今風に工夫されていることが知った。

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写真12 のどきからくりの画面


 生演奏では、箕面の森の音楽会のメンバーがオカリナやフルート演奏に加えて、7人の演奏もあった。「となりのトトロ」などの親しみやすい曲が流れてきて子供も大人も楽しめた「昭和の日」になったのではないだろうか。

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 写真13 箕面の森の音楽会の生演奏

(平成28年5月3日)


第219話 サクラの苗木を植える[2016年03月29日(Tue)]

 3月の最終土曜日26日の活動日、彼岸が過ぎたというのに肌寒く10時前の勝尾寺への三叉路の路側温度は6℃を示していた。昼前には春の日差しが照りだして過ごしやすい作業日になった。23人が参加して搬入してきた炭材用竹の整理などを行うとともに、山麓保全委員会からもらったサクラの苗木8本を植樹した。

 昼食後、「だんだんクラブ」の総会が行われ、27年度の活動報告、会計報告とともに28年度の世話人が選出された。
 今年90歳になるFさん、膝を痛めている83歳のIさんは、ともに吹田市内から来ていて27年度で退会するという。
 加藤代表の送迎の心遣いで参加してくれた。今後、退会しても月に1度くらいは、「送迎するので顔を出してほしい」と代表のやさしい言葉にかけられた。

 サクラの苗木の植樹場所選定

 だんだんクラブの活動拠点の体験学習の森には、だんだんクラブの活動範囲は、市有林「体験学習の森」で25万平方メートルと広い中で、ヤマザクラやウワズミザクラ、カスミザクラの大木が結構生えているが、エドヒガンはたった1本しか自生していないだけに今回エドヒガンの3本の植樹はありがたい。

 貰った苗木はエドヒガン3本、ヤマザクラ5本は、植物観察などに詳しいNさんに周辺を見極めて場所の選定してもらった。たった8本でも、周辺の木々とのバランスを考慮すると、地図1のように散らばった場所になった。

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地図1 体験学習の森の活動図と桜の苗木植樹場所


 ウィキペディアによると「エドヒガン桜は、ヤマザクラと共に樹齢2000年を超えるといわれる神代桜や樹齢1500年を超える薄墨桜、樹齢1000年と言われる樽見の大桜、その他にも樹齢300年を越える石割桜などが有名である」と言われているので、活動拠点の豚汁広場の近くに2本を植えることにした。

豚汁広場に植樹したエドヒガンザクラ・1

 地図1でエドヒガン1・2の内、豚汁広場上側(写真1)の真ん中の二股の枝の木はモモの木で、エドヒガンの長寿に比すればいずれ伐採されるだろう。その左側の支柱に金網をまいた場所にエドヒガンを植えた。

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写真1 桃の木の前に植えたエドヒガンザクラ

 写真1の左端のヘキサチューブの木は、最近植樹した河津サクラである。
この周辺には、20年近く経ったクヌギが大きくなりすぎて、最近根元から伐採したばかりである。炭窯近くにはヤマザクラの木が生えている。

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写真2 炭窯の北側のヤマザクラ〈20016年3月26日撮影〉

 写真2の少し登った北側にはウワズミザクラが植わっている。

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写真3 ウワズミザクラ〈2010年5月1日撮影〉

豚汁広場に植樹したエドヒガンザクラ・2

 地図1の豚汁広場のやや下に植樹した場所はカスミザクラが植わっていて、クリーンセンターへの進入路のソメイヨシノが咲いた3週間後くらいに満開になる。

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写真4 豚汁広場のカスミザクラ(2010年5月1日撮影)

 豚汁広場の南寄りで渓流沿いの山道にはカスミザクラの並木になっている。その空きスペースに今回のエドヒガンの苗木を植えた。

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写真5 カスミザクラの間に植樹したエドヒガン


残り6本のサクラの植樹

 豚汁広場のエドヒガンの植樹は豚汁広場でスムーズに植樹できたが、残りは「七曲り」や「小鳥の水場」など、以前から生えているヤマザクラとのバランスを考慮した場所になった。

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写真6 「七曲り」の斜面にエドヒガンを植樹

 また、「小鳥の水場」の上の斜面に植樹したヤマザクラ7は別班でネズミモチを伐採した横に植えた(写真7)。

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写真7 ネズミモチを伐採した横に植樹

 ヤマザクラ8は次週4月の活動に、写真8の中央のシロダモの木を伐採した横に植えることにしている。

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写真8 シロダモを伐採した後に植えるヤマザクラ

体験学習の森のサクラ

 上記に書いたように、体験学習の森には、ヤマザクラを中心に、ウワズミザクラ、カスミザクラが植わっている。

 この森の唯一エドヒガンザクラは、地図1の石庭の上の等高線が密になっていて近寄れない崖に生えている。豚汁広場の標高340mから石庭標高460mなので120mの標高差ではあるが、石庭道は落石が多く、山道の整備もままならないので近づきがたい場所である。

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写真9 大きな石が点在する石庭

 エドヒガンの満開と活動日とのタイミングが合わないのでシャッターチャンスは少ない。

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写真10 満開のエドヒガン(2009年4月12日撮影)

春本番の4月中旬には、石庭道の東側の斜面にはヤマザクラが満開になる(写真11)。

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写真11 4月中旬にはヤマザクラが満開

 だんだんクラブの前身の「もりもりクラブ」時代に豚汁広場に植樹したクヌギは、およそ20年が経ち大きくなってきて世代交代に入り、昨年から豚汁広場付近のこのクヌギを伐採し始めた。
 今回その空きスペースにエドヒガンを植えることができた。

 やがて植樹したサクラの苗木が成長したころ、今まで育ってきたヤマザクラ、ウワズミザクラ、カスミザクラに加えて、河津ザクラや長寿のエドヒガンが豚汁広場周辺は今までにましてサクラの花が彩りを添えるだろう。
 そして、私たちの時代から数十年後、いや数百年経ったころの豚汁広場は、現在のクヌギに替わって何種類ものサクラの咲き競い、名所になるのではないかと期待している

(平成28年3月29日)


第203話 大きくなったクヌギの幹を切る[2015年01月27日(Tue)]
 昨年11月11日に「第202話 冬本番前の体験学習の森」を公開して以来のご無沙汰です。平成27年の新年を迎えた。本年もよろしくお願いします。
 箕面だんだんクラブの活動は、第1週、第2週の土曜日、日曜日と第4週の土曜日だが、1月3日は正月休みだったので、第4週目の1月24日は今年に入って2回目である。
 正月気分の抜けた24日の活動日には20人が参加して、竹炭の炭材作りをするとともに、活動拠点の豚汁広場に覆いかぶさるようになってきたクヌギの幹を切る作業などを行った。

 大きくなったクヌギの幹や枝を切る

 10時の朝礼に間に合わず、10時20分に西田橋の路側温度は6℃を示していた。眼前を見上げると、青空が一面に広がっていて久しぶりに穏やかな好天だった。
 10時半に豚汁広場に着いた時には、この広場に生い茂ったクヌギを脚立で届く高さで幹を切ったり、枝を切ったりの作業をしていた。 

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 写真1 豚汁広場のクヌギの幹を切る作業


 このクヌギを植樹したのは平成8年(1996年)だそうで、18年の月日が経っている。平成8年は「だんだんクラブ」の前身「もりもりクラブ」が1996年(平成8年)に箕面市環境政策課の呼びかけで発足した年である。
 今活動拠点になっている豚汁広場辺りは、発足当時はジャングルの様相で蔓などがはびこっていたのを切り開いて植樹したと、当時から活躍している人から聞いたことがある。今ではクヌギの茂った葉が木陰を作り絶好の休憩場所になっている。

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写真2 大きくなった豚汁広場のクヌギ(2013年12月14日撮影)


 あまり背が高く大きなクヌギ(写真2)は、間伐も困難なので落葉のこの時期に幹を切ることにしたという。
 写真3は休憩場所付近のクヌギの上の方を幹から切り落としてしまった状況である。右端の木はカスミザクラで、クヌギの葉がなくなったので日射しを受けてさらに大きく育つことが期待される。

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写真3 豚汁広場のクヌギの幹が切り取られた状況


台場クヌギ

 里山にはクヌギ、コナラといった広葉樹が一般的に多い。どんぐりのなるブナ科の樹種は萌芽更新(樹木の伐採後、残された根株の休眠芽の生育を期待して森林の再生を図る方法、ウィキペディアから引用)して里山を永続的に維持してきた。
 シカの食害にならなくて、作業しやすい高さに幹を切ると、切り株から新しい芽がたくさん出て、15〜20年後には元通りの大きさに成長する。

 豚汁広場のクヌギの幹を2013年1月6日に切ったが、約3年で写真4のように、台場クヌギが見事に枝葉を拡げて育っている。

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写真4 豚汁広場の台場クヌギ(2013年11月6日撮影)


 妙見山のクッキングセンター付近に「台場クヌギの小径」があり、台場クヌギが見られる。
昨年3月に多田丘陵ハイキングコースを歩いていたら、山道の際に台場クヌギを見つけた。木炭や焚き木の需要が少なくなった今日では、せっかくの台場クヌギの使い道が少なくなったのだろうか。写真5では台場クヌギの枝が大きくなってしまっていた。

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写真5 多田丘陵ハイキングコースで見た台場クヌギ


 川西市黒川豚汁広場の地区では、クヌギの萌芽更新を利用して7〜8年サイクルで直径10cmほどの菊炭を生産している。

腹が黄色い小鳥を見つけた!

 クヌギの幹の切る作業の様子を撮ったあと、炭材作りの作業場へ向かう途中で腹の付近が黄色い小鳥を1匹見つけた。すばしこく飛び回るので、遠くからズームアップで撮ってみた。

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写真6 腹のあたりが黄色い小鳥

 
 昼休みに「腹が黄色いこの小鳥は何という名前か」と聞いたが、確たる返事がなかった。
 そんな話をしている最中に、また豚汁広場近くまで先ほどに黄色い小鳥が飛んできたので、何とか撮ったのが写真7である。

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写真7  渓流を飛び回る小鳥


 図書館で「野鳥観察図鑑・成美堂出版」と「鳥630図鑑・発売元(戝)日本鳥類保護連盟」で調べてみた。

 前者は、街や野山で見られる野鳥と、水辺で見られる野鳥に大きく分けてあり、更にハトより大か、小かに分け、さらに色に再分類して、茶色の鳥、灰色の鳥、黒と白、緑〜青色の鳥、黄〜赤色の鳥に分類していて分かり易く、見つけられるようになっていて助かった。

 その分類でみると、キセキレイか、ツメナガセキレイだろうと思われるが、キセキレイ(野鳥観察図鑑)の解説には、「黄鶺鴒Grey WagtaiI 灰色のセキレイ全 長28cm、翼開長26cm。全国で普通に繁殖する留鳥。積雪地のものは、冬は暖地に移動する。低山一高山までの水辺、とくに山ろくや山間の小川や渓流に好んですむ。海岸や川の下流を好むハクセキレイ、中流域のセグロセキレイとは互いにすみ分けている。水辺を歩きながら昆虫やクモを捕食するが、時にはフライングキャッチで飛んでいる昆虫などを捕る。崖のくぼみや樹木の枝の茂みのほか、人工物にも営巣する」と解説していて、ツメナガセキレイとは少し違うようなので、おそらくキセキレイではなかろうか。

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写真8 キセキレイ(野鳥観察図鑑から引用)



 筆者が撮った写真6や7では判断が難しいので、勝尾寺川の渓流に飛来してきた小鳥がキセキレイなら、写真8と見比べながら、今後みんなと注目して観察を続けたい。

ナラ枯れシカが犯人!

 昼食時前に豚汁広場の掲示板に、奈良・春日山原始林のナラ枯れは、シカが犯人という読売新聞夕刊(平成27年1月23日)の記事が掲示されていた。
 それによると、「世界遺産にも登録された奈良市の春日山原始林(国特臥天然記念物、l約300f)で深刻化している広葉樹の「ナラ枯れ」は、シカによる下草の食害が一因であることが奈良県の調査でわかった。下草が減って日当たりが良くなり、ナラ枯れを引き起こす甲虫の繁殖を招いているという。奈良公園な一帯に生息するシカは国の天然記念物のため駆除できず、県は対策に頭を悩ませている」という。

 3年前だったか、池田市で開催された「ナラ枯れ対策」の講習会に、春日山原始林を管理している担当の方が質問されていて被害の深刻さを知ったことを思い出す。

 春日山原始林は、木陰が多く夏場でも歩きやすく一昨年7月3日に歩いた時、クヌギの木にシートが巻かれたり、伐採して丸太が積んであるのを見た。(写真9)

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 写真9 春日山原始林でのカシナガ対策


 新聞記事の写真には、「シカの食害を防ぐために設置されたフェンス」の写真が掲載されているが、春日山原始林を歩いたとき、フェンスが張られているのをみて、なぜこんなところにフェンスが張っているのか」と疑問に思って通りすぎた記憶がある。

 記事には、「下草が食い尽くされた場所が至る所に広がっているに、文化庁の許可を得て、100平方b前後を囲って下草を守るフェンス(高さ約2b)をほか所に設けた。今後、さらに30か所に設ける予定だ」と書いていた。

 炭材作り

 竹炭やきは昨年12月に窯出しをしてから、一度も火入れをしていない。今年最初の1月10日の活動日には23人が参加しているが、翌日の「精錬(ねらし)」や「窯止め」の作業の担当者が居なくて断念したという。
 炭材作りには7人が竹の切断、竹を4つか5つに割る、節を取る、束ねる作業をしていた。(写真10)

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写真10 炭材作りの作業状況


 昼休み炭焼き窯を見ると、それぞれの窯の上に緑の葉っぱが供えられていた。(写真11)

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写真11 それぞれの窯の上に供えられた緑の葉っぱ


 例年は窯の中を空っぽにすることはないので、写真11のような状態で見ることはなかった。

 「サカキ」をウィキペディアで見ると、「古来から植物には神が宿り、特に先端がとがった枝先は神が降りるヨリシロとして若松やオガタマノキなど様々な常緑植物が用いられたが、近年はもっとも身近な植物で枝先が尖っており、神のヨリシロにふさわしいサカキやヒサカキが定着している」と書いてあった。

 いつも炭焼きを担当しているFさんは「感謝の気持ちで供えた」と話していた。今年も事故なく、良い竹炭ができることを祈って筆をおくことにする。 

(平成27年1月27日)



第202話 冬本番前の体験学習の森[2014年11月11日(Tue)]
 行楽の秋はハイキングなどであちこち出かけることが多い。その上孫たちの運動会などがあってだんだんクラブ活動の森へは9月13日の活動日から約2か月ご無沙汰してしまった。やっと11月第2土曜日の8日に久しぶりに体験学習の森へ行くことができた。
森では紅葉が進み、冬本番に向けた装いを見せ始めていた。
午後2時に下山したときの勝尾寺三叉路の路側温度が15℃を示していたから、まずまずの陽気で活動には23人が参加していた。竹炭やきのほかに、植樹した後の手入れ、葉っぱも少なくなったので間伐が必要な木の調査のほかに、道具の手入れなどを行った。

国文都市4号線彩都トンネルと橋梁

 体験学習の森がある箕面市環境クリーンセンターへは、西田橋から大阪府道4号線茨木能勢線の曲がりくねった山道を登っていく。その途中で片側交互通行の工事区間がある。

 平成24年10月ころ、体験学習の森へ行く途中に東側の斜面辺りで、突如としてトンネルの諸機械が搬入されているのを見てガードマンから工事内容を聞いてみた。彩都からトンネルを抜いて大阪府道9号箕面池田線に接続する道路工事であることを知った。

 その後、ここを通るたびに、交互通行なので目の前の工事の進捗が気になっていた。
 今年9月下旬に通ったとき、工事状況を撮った。(写真1)

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 写真1 トンネル西のコンクリート橋(平成26年月27日撮影)


 この橋梁はディビダーク工法によるコンクリート橋で現場打ち片持式架設の代表的工法である。コンクリートは圧縮力には強いが、車両などの荷重やコンクリート自身の自重でたわむと引張力が働くので、その荷重が作用する前にコンクリートにピアノ線による圧縮のストレス(プレストレス)を入れておいて、車両等の荷重が載ってもコンクリート桁に引張力が出ないようにする工法の一つである。

 「みのおNOW(http://minoh.net)」にはこの工事のことが書いてあった。それによると、平成24年10月からトンネルの掘削に着手し、昨年12月に貫通して今年1月18日に貫通式を行ったという。

 写真1のコンクリート橋は141mで11月8日に通った時には写真1の左側の緑色のネットで覆われた所は、橋台まで届いていてネットも取り外されていた。トンネル側の方は未だ橋台には届いていなかった。トンネル西側のディビダーク橋の1号橋、勝尾寺川を跨ぐ28mの2号橋、彩都側(東側)からトンネルの手前に架かる33.5mの3号橋を含めてその全容を上記「みのおNOW]で知ることができた。
 そんな情報を仕入れたので、東側のトンネルはどうなっているかを見に行ってきた。現場へは立入禁止なので、ズームを使って写真2を撮ってきた。

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写真2 彩都トンネルの東側の工事現場


 坑口はすでに仕上げられていて、33.5mの3号は、深い谷間に架かる橋だった。茨木市側から箕面側トンネルへの取付け道路も完了していた。(写真3)

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写真3 トンネルへ通じる取付け道路


 平成28年3月には大阪府道4号線茨木能勢線までが供用する予定で、将来は大阪府道9号線・箕面池田線まで延伸する区間が点線で示されていた。

 体験学習の森の紅葉

 クリーンセンター建物正面の紅葉の紅葉は見事に真っ赤に染まっていて、その先には黄色く色づいた木がちらっと見え、背後の常緑樹の緑色と見事なコントラストに思わずデジカメに収めた。
 クリーンセンターへの道は、春にはソメイヨシノの並木が素晴らしいし、この紅葉の彩が秋のシンボルであり、この森への出迎えてくれる歓迎の景色として気に入っている。

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 写真4 クリーンセンター建物前の紅葉


 活動拠点の豚汁広場のすぐ北の砂防堰堤には、土砂堆積の除去工事のためだろうか、写真3のように殆んど水が無くなってしまったダム湖の中まで入っていけるようになった。(写真5)

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写真5 ダム湖の枯れ尾花と周辺の紅葉


 ススキの穂も今は初秋のような勢いはなく、冬の季語、枯れ尾花になってしまっていた。
「枯れ尾花なりゆきまかせ風まかせ」(加藤泰子)といった風情である。

 線香林の中のヤブツバキ

 この森にはヤブツバキが数多く生えている。間伐などの手入れがなされない林では、ヤブツバキで全体が暗くなりがちな上に、陽を求めて細くてひょろ長い線香のような木々が密集した林(写真6)になっている。

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写真6 細くひょろ長い木が密集した線香林


 箕面だんだんクラブでは活動の具体例として、◎植生の自然推移を中断し、明るい森を作るために、間伐、除伐をする。◎山桜等を育てるために陰を作る高木、中木を間伐する。◎昆虫、小鳥、小動物(リス、ウサギ等)の餌となる実のなる落葉樹の育成と植樹をする(クヌギ、コナラ、アベマキ、栗、エノキ、マユミ、ネズミモチ、ムラサキシキブ等)を行っている。
 中でも、林床を暗くする線香林の中のヤブツバキは間伐し、枝の玉切りしてその材木は作業道の横に縦に並べて土砂等が崩れないようにしている。(写真7)

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 写真7 間伐したヤブツバキは作業道の材料に使用

 ヤブツバキの花と実

 杉林から少し上った「だんだん園地」の山道で、勝尾寺川支流沿いにはヤブツバキを残したままにしている。写真8は今年の4月12日に撮ったヤブツバキの花である。

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写真8 ヤブツバキの花(2014年4月12日撮影)


 この坂道は一息入れるのに格好の場所で、数年前までは発先にシャガの花が咲き乱れていたのに、鹿の食害ですっかりなくなってしまった。
 この「だんだん園地」のヤブツバキは、右手の渓流沿いだけでなく、両側にヤブツバキを残したままにしている。

 この辺りのヤブツバキは、写真8のように、すぐそばに花が咲いているかと思えば、その中に黒い実を付けたものまであった。

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写真9 花と黒い実がついたヤブツバキ(2014年4月12日撮影) 


 それでも11月8日の活動日にだんだん園地で実だけになったヤブツバキ(写真10)を見つけた。

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 フリー辞典・ウィキペディアには、「ツバキの花は花弁が個々に散るのではなく、多くは花弁が基部でつながっていて蕚を残して丸ごと落ちる。それが首が落ちる様子を連想させるために、入院している人間などのお見舞いに持っていくことはタブーとされている。この様は古来より落椿とも表現され、俳句においては春の季語である……

 武士はその首が落ちる様子に似ているというのを理由にツバキを嫌った、という話もあるがそれは幕末から明治時代以降の流言であり、江戸時代に忌み花とされた記述は見付からない……馬の世界においても落馬を連想させるとして、競馬の競走馬や馬術競技馬の名前としては避けられる」と解説している。

クヌギの紅葉と台場クヌギ

 豚汁広場の近くに昨年1月12日にクヌギを高さ1mほどのところで切って萌芽させている。(写真11)

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写真11 台場クヌギ(2013年1月12日)


 その後、2年足らずの今年11月8日に撮ってみると、写真12のような成長をしていた。

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写真12 台場クヌギの成長(2014年11月8日撮影)


 豚汁広場に10年以上前に植樹したクヌギは大きく成長し、夏場にはその木々で日射しを遮ってくれて格好の休憩場所になっている。それらのクヌギも紅葉が始まっている。(写真13)

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 写真13 豚汁広場のクヌギの紅葉


葉っぱのフレディ

 このブログのまとめをどうしようかと迷っていたとき、ふと思い出したのが、アメリカの著名な哲学者・レオ・バスカーリア博士が書いた生涯でただ一冊の本「葉っぱのフレディ−いのちの旅」(みらい なな訳)だった。
 その中の冬を迎えるフレディの心境から引用してみた。

  夏の間 笑いながらいっしょに踊ってくれた風が
  別人のように 顔をこわばらせて
  葉っぱたちにおそいかかってきたのです。
  葉っぱはこらえきれずに吹きとばされ まき上げられ 
  つぎつぎ に落ちていきました……

  「みんな 引っこしをする時がきたんだよ。
   とうとう冬が来たんだ、
   ぼくたちは ひとり残らず ここからいなくなるんだ。」……

   「ぼく 死ぬのがこわいよ。」とフレディが言いました。
   「そのとおりだね。」とダニエルが答えました。
   「まだ経験したことがないことは こわいと思うものだ。
   でも考えてごらん。世界は変化をしつづけているんだ。
   変化しないものは ひとつもないんだよ。
   春が来て夏になり秋になる。葉っぱは緑から紅葉して散る。
   変化するって自然なことなんだ。
   きみは 春が夏になるとき こわかったかい? 
   緑から紅葉するとき こわくなかったろう?
   ぼくたちも変化しつづけているんだ。
   死ぬというのも 変わることの一つなのだよ。」
   変化するって自然なことだと聞いて
   フレディはすこし安心しました……。


 今年の竹炭やきは12月に1回火入れをして終わりにするそうだ。今年も早いもので残り2か月を切った。
 豚汁広場周辺の紅葉や台場クヌギの成長の速さを見ていると、月日の速さを実感する。

(平成26年11月11日)




第200話 初秋の体験学習の森からの報告[2014年09月10日(Wed)]
 大阪管区気象台によると、「今年8月の大阪市で最も気温が高かったのは5日午後の34.7度。最高気温の平均は31.7度で、1981〜2010年の30年間平均の33.4度より1.7度低かった。今年8月の大阪では35℃以上の猛暑日はなかったと言う。記録的冷夏だった1993年以来の出来事で、太平洋高気圧の張り出しが弱かったのが原因で、曇りや雨の日も多く、日照時間も平年の約7割だった」という。

 広島県では8月20日の未明の集中豪雨により、大規模な土砂災害が発生。広島市安佐北区三入では3時間で8月ひと月分の雨量の約1.5倍の雨が一気に降り大災害をもたらした。

 近畿地方でも土砂降りの集中豪雨に見舞われたが、この森では、写真1のように溪谷を跨ぐ簡易な木の橋の床板が流されていたほか、クワガタ山への作業道で少し崩れた箇所があった。

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写真1 溪谷を跨ぐ橋の床板が流される


 だんだんクラブの活動は、例年通り8月の1か月間は夏休みで休止していたが、9月に入って第1土曜日、6日に活動を再開した。
 10時過ぎ西田橋の路側温度は27℃で、気温は低いものの、前日の雨で湿気の多い中で、23人が参加して、竹炭焼き、植樹した個所の手入れ、周辺の片づけなどをした。

蝉の鳴き声

箕面の市街地ではクマゼミは殆んど聞こえなくなってしまった。体験学習の森の中では、クマゼミは少なく、セミの鳴き声は市街地ほど気にならないが、9月のこの日は、「ミーンミンミンミー」と鳴くミンミンゼミや、「オーシイツクツク」と鳴くツクツクボウシが盛んに鳴いていた。
 夕方までおれば、おそらく「カナカナ」と鳴くヒグラシも聞けたことだろう。
 そういえば、朝玄関先には脱皮したセミの抜け殻を何度も見つけた。7月下旬に、娘婿と我が家で飲む夜8時ころ、脱皮したばかりの蝉の写真をもらった。この近くではほとんどクマゼミだから、おそらくクマゼミの脱皮だと思われる。 

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 写真2 クマゼミの脱皮の直後


 豚汁広場では、クヌギの木でミンミンゼミが鳴いていて何とか撮ろうとしたが、見つけられなかった。下山して図書館で「図解観察シリーズ3 セミ・カメムシ(松原巌樹著・旺文社)」でセミのいろいろを見てみた。図解観察の本で、著者の松原厳樹さんが描いた絵で、写真3はミンミンゼミ。写真4はツクツクボウシである。

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  写真3 ミンミンゼミ(図解観察シリーズからコピー)


 同率で縮小しているので、ミンミンゼミの方がやや大きく、羽に模様が入っているくらいで、セミが鳴いているところを見極めて撮らなければ見分け方は困難だと思った。

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 写真3 ツクツクボウシ(図解観察シリーズからコピー)


 この本に、「セミが鳴くわけ」は「セミは腹弁をもっているオスだけが鳴く。鳴くのはメスをよんで交尾をし、産卵をするため」、「セミの産卵」では、「メスの腹にある産卵管を木に差し込み、数個うみつけては移動して、また産み付ける」と書いていた。
 
 カメムシによるお米の被害・斑点米


 7月22日に公開した「第198話 体験学習の森の生き物たち・続き」のなかで、7月18日の朝日新聞夕刊の「北日本ミツバチ大量死!」で「夏に北海道などの北日本で多発しているミツバチの大量死現象は、害虫のカメムシを駆除するため水田に散布される殺虫剤が原因の可能性が高いとする調査結果を18日、農研機構畜産草地研究所(茨城県つくば市)などの研究チームがまとめた」と記事を引用していた。
 その話題で、広島の山奥で稲作をしているTさんに、カメムシの被害のお米がどんなものかを頼んでいたら、活動日に正常な玄米とカメムシの被害のお米を持ってきてくれた。

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写真5 カメムシの被害がない玄米


 写真5は、カメムシの被害のない玄米である。写真6はカメムシの被害のために米粒に黒い斑点が入っていて商品にならないという。

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写真 6 カメムシの被害で黒い斑点の入った米

 
 写真6の被害のあった米を斑点の入った米を選別してみた。残った比較的良い米でも、米粒が割れていて、粒ぞろいには程遠いものだった(写真7)。

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写真7 カメムシの被害の米を選り分けてみる


カメムシの正体

 平凡社発行の世界大百科事典「カメムシ」によると、「世界に2500種以上の種があり、日本には約90種が分布する……日本での古名はホウまたはフウで、ホウズキという植物は〈ホウ〉がよくつくのでこの名がついたといわれる。若虫も成虫も臭腺開孔部から臭気の弓釦、油状の液を分泌するので、俗にクサガメ、へクサムシ、へッピリムシなどと呼ばれる。

 若虫の臭腺は腹部背面に開孔しているが、成虫では後胸腹面に開孔する。この臭液は外敵を防いだり、フェロモンの役割もある。臭液を急に多量に放出するときは警戒フェロモンとして働き、集合していた若虫が散り、徐々に少量ずつ出すと集合フェロモンとして散った若虫が再び集まるなどの例が知られる」と書いている。

水田近くに生息するカメムシ

 宮城県のホームページの「斑点米カメムシ類」によると、「イネ科植物を好み、イネ科植物が生えているところに生息している。餌の好みは、カメムシの種類によってもいくらか違うが、イネ科植物を好む点は共通している。斑点米カメムシ類は通常、雑草地や牧草地でイネ科植物を餌として生活しているが、夏枯れや草刈りなどで餌となるイネ科植物が無くなると他の場所に移動する。これが水稲の出穂〜登熟期にあたると,水田にも餌を求めて移動してくる。斑点米カメムシ類は、飛翔能力が高く、移動距離が大 きいと考えられている」。

 また、ネットの「斑点米カメムシ解説(中央農試)」には、「害虫の特徴:正しい名前(和名)はアカヒゲホソミドリカスミカメ。臭い亀虫とは少し違い、名前のとおり赤い触角に細長い緑色の体をした目立たないカメムシ。お米に与える被害はとても大きい。

 小さくて肉眼で探すのは大変なので、田んぼの上で捕虫網を振ってすくい取る。成虫や幼虫がモミの隙間に口吻を入れ、モミの中の登熟中の玄米を吸う。吸われた痕(あと)がやがて真っ黒い斑点となり、精米して白米の状態にしても取れることはなく,被害粒がわずかに混じっただけでも商品価値を失う」と書いている。

あちこちでキノコが発生

 休憩しているとき、Tさんが「キノコが生えている」と話しかけてきたが、なかなか見つからなかった。やっと見つけて写真8を撮った。

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   写真8 僅かに顔をだしたホウキタケ


「ホウキタケの一種だろう」と教えてもらったが、山と渓谷社の「日本のきのこ」で見ると、写真9のような見事なキノコで、「風味は味の大様ホンシメジに匹敵する」と紹介しているが、ネットには「一応、食用キノコとされていますが、ホウキタケと外見が似ている『ハナホウキタケ』『キホウキタケ』が共に毒キノコである為、基本的には安全性を考えて食べない事の方が多いようです」と書いている。

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写真9 ホウキタケ(「日本のきのこ」からコピー


 このホウキタケのすぐ近くに、草にうずもれたように茶色のキノコが顔を出していた(写真 10)。

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 また、周辺には写真11の白い傘の可愛いキノコも見つかった。

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写真11 白い傘のキノコ


 初秋は、キノコがたくさん生える季節である。この森をもっと散策すればたくさんのキノコが見つけられるだろう。
 まさかマツタケは生えていないだろうが、毒性のキノコが多いだけに食するのは怖い。キノコに詳しいTさんでも分からないキノコは、「少し食して4日間ほど経過を試す」ことがあると話していた。

猛毒のキノコ「カエンタケ」

 そういえば生駒山で猛毒の「カエンタケ」が生えてきてハイキングの人たちに注意を喚起するため、立札を立てたと報道していた。

 ネットのmsn産経ニュースによると、「カエンタケは高さ3〜13センチで、円筒形や、手の指のような形。鮮やかなオレンジや赤色で、コナラなどのナラ類の枯れ木の根元に発生するという。触っただけでも炎症を起こし、食べると短時間で下痢や嘔吐(おうと)から運動障害や言語障害、多臓器不全などの症状を引き起こし、死亡する可能性もあるという。


 この森では、クヌギや、コナラなどが多く、ナラ枯れ被害が発生している。
山麓保全委員会の調査でナラ枯れの木を見つけ次第、伐採して燻蒸処理などをしたうえで、シートで覆うように対策をしているが、古いシートは破れたりしてむき出しになっているところもある。

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写真12 ナラ枯れ対策で伐採した木をシートで覆う


 山と渓谷社の「日本のきのこ」には、この「カエンタケ」についいて猛毒のキノコなどといった説明はなかったが、写真をコピーしたので、新聞報道なども参考にして注意しなければならない。

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写真13 カエンタケ(「日本のきのこ」からコピー)


 これから秋本番になり、活動もしやすくなる。途切れていたブログで、話題を提供できればと、思っている。

(平成26年9月10日)




第194話「箕面だんだんクラブ」の総会の開催[2014年03月29日(Sat)]

 彼岸の中日が過ぎた3月22日は第4土曜の活動日だった。体験学習の森では10時半の気温が9℃と少し寒かったが、4月8日の千里中央・北広場のイベントに向けての準備を行った。

 箕面だんだんクラブの総会は、例年年度末3月の第4土曜日の活動日の午後に開催されている。
平成25年度の総会は、3月22日の午後、豚汁広場で開催された。40名の会員のうち、23人の参加と委任状で総会が成立した。
 イベントに出す竹細工のおもちゃ・野菜鉄砲の細工がまだ残っていたので、何人かは作業をしながら総会となった。

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写真1 竹細工作業をしながらの総会の様子


平成25年度の総会のみのお山麓保全委員会への報告から

 わがクラブの主な活動資金は、NPO法人「みのお山麓保全委員会」の公益信託「みのお山麓保全ファンド」からの助成を受けて活動しているので、毎年「みのお山麓保全ファンド助成金実績報告書」を提出している。
その資料によると、平成16年4月に19人で発足した「箕面だんだんクラブ」は、10年を経過した今では40人前後の会員数で推移している。
 活動内容では主たる作業として、市有林「体験学習の森」約25万2700uの間伐、除伐、ハイキング道の下草刈り、作業道作り、階段の設置と補修などであるが、延べ53日、1,036人が参加した。
 昨年の夏は猛暑が続き、9月11日にはマリアナ諸島近海の熱帯低気圧が小笠原諸島の南を西北西に進み、13日には台風18号になり、近畿地方にも被害が出た。京都、滋賀、福井県に「特別警報」が発令され、京都嵐山の桂川が氾濫したことは記憶に残る出来事だった。

 この森では数本の倒木が出て、9月28日の活動日に、セブン・イレブンみどりの基金で購入したチルホールワイヤを使って伐採処理を行った。
 
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写真2 台風18号でチルホールによる倒木処理


 毎年実施している「あかつき特別養護老人ホーム」の下草刈りや果樹園の手入れは、春は5月15日、秋は10月17日に、28人が参加して実施した。

 みのお山麓保全委員会が主催している「みどり生き生き・みのお生き生き体験フェア」は、春は千里中央北広場だったが、悪天候で中止になった。秋の体験フェアは好天に恵まれ、かやの広場で10月27日に開催された。

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写真3 秋のイベント・だんだんクラブのブース


 このイベントでは、会員の手作りによる竹製品のおもちゃや花瓶や竹炭の配布による募金活動も行っていて、東日本大震災に6,720円、「瓦礫を活かす森の長城プロジェクト」へ7,098円、山麓保全委員会には4,115円を献金した。

 毎年実施している植樹は、今年度は第7回目で12月15日に、箕面クワガタ探検隊、クリーンキッズなど79人が参加してクワガタ山の斜面に、クヌギ、コナラ、クリの苗木50本を植えた。

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 写真4 植樹した苗木をハイトシェルターで防護


 写真3は苗木の活着、成長を助け、シカ等の食害防止など植生防護管(ヘキサチューブ、ハイトシェルター)として今まで6回の植樹で利用しているが、第7回の植樹ではセブン・イレブン財団の助成金で実施できた。

 当クラブの森林保全の具体的な活動の一例として、「昆虫、小鳥、小動物(リス、ウサギ等)の餌となる実のなる落葉樹の育成と植樹をする」を掲げていて、7年を経過した昨年夏あたりから、クワガタ虫やカブト虫が蜜を求めてやってくるようになった。

 竹炭焼き

 体験学習の森には、今でも「竹林」と名付けた場所に孟宗竹が生えていたが、イノシシにタケノコのうちに食い荒らされてしまい、今では見る影もなくなりつつある。また、「あかつき特別養護老人ホーム」でのボランティア活動のきっかけとなった竹林もイノシシの食害で竹林の間伐作業がなくなってしまった。
 現在では近隣の竹林で間伐を必要としている持ち主と話しをして竹炭用の炭材を確保している。
竹の伐採時期は、昔から「木六(きろく)竹八(たけはち)塀十郎(へいじゆうろう)」と言われるように、竹は陰暦の8月に切るのが最も良いので、新暦では9月から10月頃までに終えている。間伐した孟宗竹は、炭窯に入る長さに切りそろえ、4つ割り、5つ割りにして節を取り、束ねて4か月以上乾燥させる。

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写真5 間伐した孟宗竹から炭材作り作業


 竹炭焼き作業は、8月は夏季で作業休止を除いて第1、第2の土曜日から日曜にかけて行っている。この間をフルに作業すれば44日になるが、イベントや雨天で中止することがあり、平成25年度の実績は32日で、約72%の稼働であった。

 写真6は乾燥させた炭材をびっしりと詰めて、窯の下側にレンガを積んで、焚口からの火が直接あたらないようにするとともに、炎を上にあげてじっくりと対流させる工夫をしている。

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写真6 窯に炭材を詰めた火入れ前の情況


1回の炭焼きで左右の窯に約150sを詰めている。25年度は32日の炭焼きをしたので、使った炭材は、2,026kg≒2トンになった。

 ウィキペディア(フリー百科事典)の「炭化」には、「通常、木材などの炭素化合物が主成分の素材を加熱すると燃焼が起こり、炭素は周囲の酸素と結合して気体の二酸化炭素となってしまうが、酸素を遮断した状態で加熱を行うと、炭素化合物は分解が生じ、その中から揮発性の低い固体の炭素分が比較的多く残る。この現象を一般的に炭化と呼ぶ。空気中でも加熱、燃焼中に酸素の供給が不完全であれば炭化する。主に炭(すみ)を製造、生成する際に用いられる。 木炭は木材の炭化によって得られる」と書いている。

 図は火入れした左右の窯の窯止めまでの時間と温度の推移を示している。

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図 点火から窯止めまでの温度と時間の推移図


 約3時間で炭材に火が付いた80℃になると、焚口の空気量を制限して蒸し焼き状態にして炭化させる。

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写真7 竹炭焼きの情況


 写真7の左側の煙道口からは白い煙が立ち上っている。この煙道口の中にポータブル型非接触温度計を突っ込んで計測するが、図で示した18時〜翌日の8時ころまでは温度が計測できていない。
 
 炭窯の設置場所はクリーンセンターの入口が夜間は閉門ためもあるが、この時間帯は窯内への酸素を制限して状態でゆっくりと加熱させ炭化させている。

 右側は可搬式パイプ煙突から淡青色の煙が出ているが、精錬(ねらし)の開始期に近い。
左側の焚口には可搬式パイプ煙突を突っ込み、酸素を送り込んで一気に窯内の温度を上げて精錬をしている状態である。
煙の色が無色に近くなってくると、煙道口の温度は300℃を超え、窯内温度は700℃〜800℃となっていて完全に空気の出入りを遮断して炭焼き作業は終了する。
 次の活動日までに窯内の温度は下がり、窯出しとなる。

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写真8 出炭前の窯の中の情況


 25年度使用した炭材は2026sで、出来上がった竹炭は約465sの実績なので23%になる。竹炭のほかに、80℃〜150℃位までの煙を冷却して採取した竹酢液が年間で153.3kgが採取していて、炭製品(竹炭と竹酢液)の炭材に対する割合は30.5%である。残りの約70%は、煙や水蒸気で大気中に放出したもののほかに、タール、灰、粉炭である。

会員数の現状

 平成26年度の会員数は、家庭の事情で4人が休会されたこと、新規に2名が参加されたこと、会員の平均年齢が70歳を超え、最高齢87歳と高齢化が目立ってきているとの報告があった。団塊世代の人たちがそろそろ卒業され、ボランティア活動に参加されることを期待している。

 箕面市の広報誌「もみじだより」で毎月第4土曜日に市民参加を呼び掛けている。今まで第4土曜日の森林保全活動だったが、平成26年度の4月から第2土曜の活動日に変更することにした。第1、第2の土曜日は、森林保全の活動だけでなく、竹炭焼きも行っていて、炭焼きという普段は体験できない作業であり、新会員の参加につながるのではないかと期待している。

(平成25年3月29日)


第193話 小鳥の餌小屋を置いてみた[2014年03月13日(Thu)]

 3月に入って第1週の活動日、3月1日は10時前に西田橋たもとの路側気温は9℃だった。第2週目の8日の同じ場所では4℃で、体験学習の森を少し下がった勝尾寺との三叉路では2℃を示していた。代表にそのことを話すと、少し早い時間では0℃だったという。
 もうすぐ春の彼岸の中日だというのに一向に春めいてこなかったが、昨日あたりからやっと暖かくなりだした。

 3月1日は午後から雨が降ると予報だったが、20人が参加して竹炭やきのほか、周辺の片づけ、道具の手入れなどを行った。

 3月8日は寒さが厳しく冷え冷えとしていたが、澄み切った青空だったこともあって27人が参加した。この日は、主に4月8日に開催されるイベントの準備を行った。

「体験フェアin千里中央」の準備

 このイベントは、千里中央のヤマダ電機や豊中交流センター「コラボ」前にある「せんちゅうパル/北広場」で開催される、山とみどりの市民イベント、「みどり生き生き みのお生き生き 体験フェアin千里中央」である。毎年春には、「せんちゅうパル」の北広場で、秋には「かやの広場」で開催されている。
 
 箕面だんだんクラブでは、このイベントに毎回参加していて、体験学習の森の炭窯でやいた竹炭の無料配布、間伐してきた竹をのこぎりで切る体験コーナー、写真2のような太く短い竹の「カッポ」などのおもちゃ作りを準備している。

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写真1 竹のおもちゃ「カッポ」の準備


 竹炭の無料配布は、体験学習の森の炭窯で月に2回やいた竹炭を、配布しやすいようにビニール袋に詰める作業をおこなった。

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写真2 配布用に袋詰めした竹炭


 3月8日に出炭した竹炭は、選別して良質の竹炭を清水で細かい粉を水とたわしで洗い流し、第4土曜日、2日の活動日に袋詰めすることにしている。

 小鳥の餌小屋を設置して

 3月1日に久しぶりに大工の棟梁Mさんが来ていた。84歳の高齢だし、暖かくなるまで来られないと思っていたが、元気な様子で自作の鳥小屋をぶら下げていた。

 1年前のブログ「第177話 スズメについて調べてみる」で取り上げたように、Mさんはスズメが激減していることに心を痛めている。その原因の一つは「スズメや他の鳥たちが少なくなってきている。スズメが少なくなったのは子育てに必要なミノムシがいなくなって子育てに必要な動物性たんぱく質が摂れないからだ」と主張している。また、除草剤や農薬散布で鳥たちの餌になる虫も少なくなってしまったからだとも言われている。
 その具体的な取り組みとして、写真3のような小鳥用の餌置き小屋を2つ作ってきて、勝尾寺川支流沿いの木の枝に吊り下げ、自費で購入した小鳥用の餌まで持ってきていた。

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写真3 小鳥用の餌置き小屋


 一つは写真4のように、ドロノキの低い枝にぶら下げている。

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写真4 ドロノキの枝に吊り下げた餌置き小屋


 もう一つは高い木の枝に吊り下げているが、餌を補給するためのロープで上げ下げができるように工夫されていた

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写真5 高い木の枝に吊り下げた餌置き小屋


  この小鳥用餌置き小屋を吊り下げたのは3月1日だったが、1週間後の8日に見ると、餌は減っていなかったという。

 Mさんの話では、「啓蟄(春の暖かさを感じて、冬ごもりしていた虫が外に這い出てくるころのことで、太陽暦の3月6日ごろ)の季節だが、この寒さで未だ活動していないのかな?」と話していた。
 暖かくなると、ドロノキには虫がたくさん集まって来るので、そのうち小鳥たちも集まってくるだろうと期待している。

 ドロノキ

 低い枝に吊り下げた餌置き場は、写真4のように勝尾寺側支流の流れの中にドロノキの大木が生えている。

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 写真6 勝尾寺川支流の中の大木・ドロノキ


 このあたりの景観をながめ、浅瀬を流れる水の音を聞きながら憩う場所として「せせらぎ広場」と名付けている。

 3年ほど前に、物知りのSさんにこの大木を聞いたとき、「ヤナギだろうが、詳しくは知らない」という返事だった。
 その後、「此の木なんの木 和名ドロノ木」の解説板をみて初めて知った。

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写真7 「この木なんの木」の解説板


 フリー百科辞典ウィキペディアによると、「ドロノキは、ヤナギ科ハコヤナギ属の落葉高木である。別名はドロヤナギ、ドロ、ワタドロ、ワタノキ、デロ、チリメンドロなど。おもに北海道や本州、九州の山岳地帯に生息していて、よく川岸や湿地などに生えている。葉は互生し、葉身は広楕円形で、裏は光沢があり白っぽい。名前の由来は諸説があるが、木の質が柔らかく、あまり役に立たないことらしい」と書いている。

 大工のMさんだから木には詳しく、「この木は火薬を入れる箱に使っていた。木の質が柔らかいという特色を生かして、衝撃を吸収する働きをしてくれる。また、昔マッチ箱が木でできていたころ、この木を使っていたし、マッチの軸木にも使用していた」と説明してくれた。

 ネットで「マッチ 材質」で検索してみると、「マッチの世界 マッチコラム:06」に、「苫小牧は明治末期に進出してきた王子製紙以前にはマッチ製造の原料として軸木用にドロノキ、小函用にエゾマツの製軸工場、小函素地(きじ)製造工場が数多く設立され、活況を呈していた。特に明治27(1894)年から明治40(1907)年頃は軸木、小函は半製品の状態で神戸へ移出してマッチに仕立て上げ、生産の80%は輸出用として神戸港から中国、韓国、インド、ロシアなど世界各地に販売されていった」と書いてあった。

雑木林で見た小鳥はハグロセキレイか?

 3月1日の昼食後、ダムの上の雑木林で白と黒がはっきりした10匹ほどの小鳥が、木々の間を飛び回っていた。じっとしていなくて枝を次々と飛び交いながら、草むらに下りたかと思えば飛び上がる。木の幹に構えてズームで撮ってみたが、葉っぱばかりが写っていた。
 仲間に「白と黒がはっきりしているスズメほどの大きさで、落ち着きなく飛び回っている」と説明すると「シジュウカラかな?」と答えてくれた。

 シジュウカラなら、7年ほど前に我が家の庭に巣箱にシジュウカラの夫婦が入り、3匹ほど巣立っていたことがある。白と黒だったかな?と、その時は思い出せなかった。
 HDDから探し出した写真8が、我が家に寄宿していたシジュウカラである。

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写真8 庭に寄宿していたシジュウカラ


 森で見た小鳥はもっと白黒がはっきりしていたので、「山溪カラー名鑑・『日本の野鳥』:山と渓谷社」で見ると、ハグロセキレイではないかと思われる。

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写真9 ハグロセキレイ(山溪「日本の野鳥から引用)


 シジュウカラのことを聞いていたMさんは「今度はダムの上に餌置き小屋を置こう」と答えていた。
 第4週・3月22日の活動日は、彼岸の中日を過ぎて春本番である。小鳥たちも本格的な活動の時節になっている。餌置き小屋の餌は減って入るだろうか。

 写真5の餌置き小屋に吊り下げている枝はキブシである。この木は春のさきがけとなる目印としているが、厳しい寒さが長かったせいか未だ芽が固い。

 春の息吹を求めて登っていくと、杉林の先の「キツネのベンチ」には、キツネノカミソリが緑色の葉っぱをあちこちで出し始めていた。

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写真10 芽を出し始めたキツネノカミソリ


 今年の大阪のソメイヨシノの開花は3月27日と予想されている。「春よ来い、早く来い!」と桜の開花が待ち遠しい。
(平成26年3月13日)



第189話 「みどり生き生きみのお生き生き体験フェア」の開催に向けて[2013年10月18日(Fri)]
  ここ数年、春には千里中央で、秋には箕面市立かやの広場「ふれあいパークおよびみのお市民活動センター」で、見出しのイベントが開催されている。
 昨年の秋は雨天で中止されたが、今年の春の千里中央でも悪天候で中止になった。
 
 昨年の秋の開催に向けて、箕面だんだんクラブでの開催準備の様子をブログ(第170話)で紹介したものの、準備した竹細工などの手作りの作品は1年間も使われないままになってしまった。


10月27日(日)かやの広場に来てね!

 今年は10月27日(日)10時30分から16時まで「かやの広場・ふれあいパーク」で開催される。
 活動の様子などを紹介するパネルは、10月22日から27日まで「みのお市民活動センター」で展示されることになっている。

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コピー1 リーフレットの一部


 主催の「山とみどりの市民イベント実行委員会・箕面市」によると、「『山なみにいだかれ、みどり豊かなわがまち、箕面』を将来に受けついでいくために、山麓保全・河川や公園の美化・自然保護などにかかわる市民団体やNPOの活動を紹介し、ともに考え行動していくための催しです」と書いている。

箕面だんだんクラブのパネル

 今までは活動全般を紹介していたが、「竹炭の作り方」のパネルを新しく作成した。

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写真1 「竹炭の作り方」のパネル


 リーフレットの左下に「みどりの募金にご協力していただいた方に当日先着順に使い方いろいろ★竹炭をプレゼント」(写真2)の竹炭は、森林保全活動の一環として「竹炭」を、箕面体験学習の森の中でできたものを配布することにしている。

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写真2 竹炭をプレゼントの案内


放置されつつある竹林

 炭やきの様子はパネルでも紹介されているが、少し詳しく説明してみる。孟宗竹は根から水分を吸い上げが収まる9月頃から1月頃までに間伐する。
 「木六、竹八、塀十郎」という昔から言い伝えられる俗諺がある。新暦では8月下旬から10月上旬ごろになる。

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写真3 間伐前の密集した竹林


 写真3は近隣市内のタケノコを出荷している竹林の間伐前の密集した状況である。10月に入って間伐した。

 竹が密生して日光を遮ると、雑木林が枯れ、動物や昆虫などが生息しつらくなる。竹は地表から浅い場所にしか根をはらないため、土砂崩れの危険性も高まる。

 写真4は瀬戸内海の小さな島の、蚊取り線香の原料となる除虫菊が栽培されている段々畑であった。除虫菊は第二次世界大戦中に世界第一の生産国だったが、戦後食糧難で栽培面積が激減した。
その後、人口減少等で放置された段々畑は、今や竹林がどんどん広がりつつある状況になっていた。

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写真4 除虫菊の段々畑が放置竹林に変化(2008年10月撮影)


  この北摂地域でも昔からタケノコの生産地であったが、輸入のタケノコに押されて放置された竹林が多くなっている。
 私たちのクラブでは、山麓保全のため、間伐作業で得た孟宗竹の有効活用で竹炭を作っている。

竹炭作り

 間伐した孟宗竹は、炭窯内に入る長さに切りそろえ、4つ割りか、5つ割りにして節をとり、4か月ほど乾燥させて炭材にしている。

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写真5 炭材を詰め火入れ前の炭窯


 火入れして2時間半くらいになると、写真6のように、煙突から刺激臭の強い煙がもくもくと出てくる。

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写真6 2時間半ほどで刺激臭のある煙が出てくる


 この煙のうち煙突内で冷やされた水分・竹酢液は、温度が80度から150度間の液体を、写真7のように容器で採取している。

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写真7 竹酢液の採取状況


 竹酢液は、入浴剤、虫よけ、消臭用、園芸用などとして使われている木炭から採取している木酢液と共に、その効用はともかく、過剰な使い方さえしなければ植物に害を及ぼすことはないと紹介されている。

 写真6のような煙が出る時間は1時間ほどで、朝10時前に火入れした炭窯は、焚口は煉瓦で2cmほどの空気の流入を制限している。(写真8)

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写真8 焚口の空気の流入を制限する状況


 また、写真9の煙道口も、空気の排出量を制限している。

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写真9 煙道口からの排出量を制限している状況


 煙突の役目は、一般的には燃焼により発生したガスを室外に排出し、排ガスを早く出して燃焼を促進する働きをしているが、炭やきの場合は、燃焼させて灰にするのでなく、木材や竹などの植物組織を半ば密閉した状態で加熱して炭化させるために、空気の出入量を微妙に調節して炭にするための役目をしている。

 今年10月2日の実績では、乾燥させた炭材、左窯62.2kg、右窯61.9sを入れたが、出炭量は、14.1kg(左窯)、16.3s(右窯)で、炭材の24.5%が竹炭になったことになる。

 出来上がった竹炭は、使い始めは表面に炭の粉が付いているので、水で洗い流し、飲料水と炊飯には10分ほど煮沸消毒してから使用する。

 こうして処理をした竹炭は、飲用水、炊飯、お風呂、煮もの、漬けもの、揚げものなど他に、米びつ内に入れたり、消臭剤としても使っている。
 10日に1度ほど(洗剤は使わず)水洗いし、10分ほどの煮沸、または天日に干すと、効果が持続する。

工作・体験コーナー

 今回も参加する箕面だんだんクラブのテントには、「竹炭プレゼント」のほかに、竹切り、竹ぽっくり、竹てっぽう(写真10)などの工作、体験するコーナーを設けている。

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写真10 竹てっぽうの部品


 大人には、竹細工が得意な会員による手作りのカッポ酒や花瓶などが用意されている。カッポ酒とは、竹の筒にお酒を注ぎ、そのまま火にかけた燗酒のことだが、青竹エキスがお酒に浸透し、味がぐっとまろやかになるようだ。最近間伐してきた青竹に冷や酒で飲んでも竹の香りがほんのりと出ていて飲み心地が良い。
 このほか、曲がった竹や節の変わったのを利用した芸術的な花瓶なども見逃せない。(写真11)

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写真11 竹細工を作成中


「シカの食害」被害研究フォーラム(10月26日13時30分〜)

 私たちが森林保全活動をしている「箕面市体験学習の森」でも、シカの食害は深刻である。筆者がこのクラブに入った平成16年ころから2年ほどは、春先に摘み取れていた「モミジガサ」の山菜は全く見られなくなってしまった。
 写真12は、「もりもり園地」から「小鳥の水場」に通じるゆるい登り勾配の山道で5月頃には、シャガの花が満開になっていた。   
 
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 写真12 シャガの花が満開(平成20年5月3日撮影)


 写真13はその2年後、平成22年の5月の撮ったときには、シャガの花が見られなくなってしまった。

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写真13 シカにシャガの葉を食われてほかの雑草になる


 ニホンジカについて

 同じ年の11月に箕面国定公園の紅葉を見に出かけたとき、大阪府豊能自然保護事務所のニホンジカについて」という掲示板を見つけた。

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 写真14 ニホンジカの共栄を訴える掲示板


 その内容は「野生のニホンジカは、府下では北摂山系だけに見られ中でも箕面公園周辺は代表的な生息地の一つです。そしてこのような都市近郊の里山地域で見られるのは全国的にもたいへんめずらしいことです……

 ニホンジカは草食でササ類などイネ科の植物を主な餌としており、そのほかイヌツゲ、ヒサカキ、ソヨゴ、アオキ、シラカシなどの様々な樹木の葉を食べています。私達が自分の生活やまわりの環境を大切に考えると同じように、この貴重な動物を大切にし、ニホンジカがいつまでも共栄できることを願っています。
 このため大阪府ではこの箕面公園周辺をはじめ主な生息地を選んでその地域の農林業の振興や農林作物の食害防止に努める一方、ニホンジカの生息に適した環境づくりを進めています。シカは弱い動物です。暖かく見守ってください。
 そしてもし傷ついたニホンジカを発見された時は、下記までご連絡をお願いします。大阪府豊能自然保護事務所」と書いていた。

シカの食害の発言から

 今までハイキングでシカの食害のことを、地元の人たちから聞いたことをブログで紹介してきたが、おさらいの意味で抜き書きしてみた。

 2007年6月に芦生の森の自然観察会でのガイドの話:「芦生の森には何百年経った高木が原生林として残っていて、その木の落とす実が育って森林の世代交代ができているが、鹿が根こそぎ食い荒らしていては、実生苗が育たないと嘆いておられた。いずれこの高木が朽ちたとき、次世代の木が育っていないから森林はなくなってしまうだろう」と古木(写真15)の大きな幹の前で見上げていた。

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写真15 芦生の森の古木


 決められたルートをガイドさんにしたがって歩くと、鹿に荒らされた山の斜面や写真16にみるように、毒草のバイケイソウや、トリカブトだけが残った所を歩いてきた。

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写真16 バイケイソウだけが残っている芦生の森


 2010年10月に近江坂古道を歩いた時の今津山上会・猟師の話:「高島市では3カ年計画で3000頭を捕獲する計画で、もうあと300頭で予算がなくなる。以前は雄しか撃つことが出来なかったし、角が貴重品だった頃はそれなりに猟師として活躍できた。

 今は雌も撃てるし、捕獲数が多くなって角が貴重品でなくなってきた。シカだけでなく、イノシシの被害も多いし、161号バイパスにツキノワグマの目撃情報が頻発していて、『500m以内なら殺してもよい』との取り決めがある。

 シカは4本の足を市に出して、死体は10センチ以上掘って埋めることにしているが、クマやイノシシが嗅ぎつけて食べてしまう。
 そこにギンバエが異常発生して白い骨だけになってしまう。人間が山に入るようになってシカが里に出てきた。雑木林が枯れてきて山の様子が変わってきた。

 昔は谷から水を取ってきていたが、水が枯れてしまった。スギなどの人工林になって下草が生えないので水源がなくなってしまった」。

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写真17 トリカブトの花が咲いている近江坂古道


 シカの天敵だった日本オオカミが20世紀初頭に絶滅してしまい、彼らの天敵は人間だけになってしまった感がある。今猟師を職業にしている人も高齢化で少なくなってきていると聞く。

 熊野古道を歩いて近露王子の宿に着いて一風呂浴びて「とりあえずビール」と言ったとき、つまみに鹿の干し肉が出てきた。まあまあの味だったと記憶しているが、捕えたシカを美味しく食べる方法も検討することも必要だろう。

 私たちのクラブでは、毎年12月に市民参加で植樹を行っている。拾い集めたどんぐりを苗として育てて、体験学習の森で移植して育てている。
 シカは、若木やサクラの樹皮を好んで食べるので、植生保護管(ヘキサチューブ)で保護して苗の被害を防いでいる。

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 写真18 植生保護管を使った植樹


(社)日本森林技術協会 藤森 隆郎技術指導役のネットのキーワード:「ウサギ程度の大きさの動物であれば、オオカミはいなくてもキツネや猛禽類など代役は多いが、シカの大きさになると,クマがときどき襲うことはあっても、オオカミの代役はいない。

 シカは天敵に食われてもポピュレーション(生態学で、個体群)が維持できる繁殖力を、進化を通して身につけてきた。その天敵がいなくなれば、シカの繁殖の抑止力はなくなり、人間がシカのポピュレーションをコントロールする以外に、正常な生態系を維持することはできない」という。


 これからのシカの被害対策の取り組みを示唆しているだろうと思う。



(平成25年10月18日)


第188話 新しい煙突に取り換える[2013年10月11日(Fri)]
 竹炭やきの経緯

 箕面だんだんクラブの沿革をたどってみると、箕面市環境政策課の呼びかけにより市有林の保全活動を行う為にボランティア活動を行う「もりもりクラブ」が1996年(平成8年)に発足し、2006年3月まで活動が続いていた。
 2004年に公益信託みのお山麓保全ファンド」が設立され、「もりもりクラブ」の主要メンバーで箕面だんだんクラブを設立し、ファンドからの助成を受け今日に至っている。
 
 竹炭やきは、箕面市社会福祉法人あかつき特別養護老人ホーム内の竹林および果樹園の間伐、草刈、保全、整理を、2004年3月からボランティア活動で行っていて、その竹林の間伐で発生した竹の有効活用で始めたものである。
 
 もりもりクラブで当初から活動していた人の話では、もりもり園地に1つのドラム缶で炭やきをしていたと話しているが、記録がないので確証がない。
 記録に残っているのは、2004年4月末に新設した2つドラム缶を利用した炭窯の工事過程の写真で知ることができる。

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写真1 2004年に新設したドラム缶式炭窯


 2004年に設置したドラム式は、鉄板は1.5ミリの厚さなので、竹酢液の酸で腐食が進み、2007年に、ドラム缶と同じ形状で、鉄板の厚み6ミリの窯を鉄工所で製作して5月の連休に取り換えた。(写真2)

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写真2 2007年5月から使っている現在の炭窯


 新設鉄窯は、日本財団から助成金を申請し、「長期間の使用に耐える(SS400・6mm鉄板、耐火レンガ、耐火モルタルを使用)窯を作り、良質の炭をやき、その炭を無償頒布する。近隣の里山に繁茂、拡大している竹林の整理の必要性、その有効利用を一般に示してクラブ員の増加、活動の拡大を図ること」を強調した申請が認められ、助成金で新設できた。

炭やきにおける煙突の働き
 
 一般的に煙突の役目は、燃焼により発生したガスを室外に排出し、排ガスを早く出して燃焼を促進する働きをしている。
 炭やきの場合は、燃焼させて灰にするのでなく、木材や竹などの植物組織を半ば密閉した状態で加熱して炭化させるために、空気の出入量を微妙に調節して炭にするための役目をしている。空気量を調節することで、セルロース・リグニン・ペントザンなどの化学物質は分解され、炭素・酸素・水素などは複雑な化合物となって揮発し、最後に木炭が残る。

 図は2007年6月2日から6月3日までの火入れから窯止めまでの時間と煙道口の温度計測結果の推移を図に示したものである。焚口や煙道口からの空気の流入を微妙に変えていることがわかる。18時から翌日6時まではクリーンセンターが閉門される間、焚口の空気量を20oに、煙道口を25mmにして窯内の温度変化をほほ一定にしていて、計測できない時間帯になっている。

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図 火入れから窯止めまでの時間と煙道口の温度推移


 写真3は、焚口(自然乾燥した竹の炭材を炭窯の入口からいれて、障壁を設けた後、窯口で焚き込む個所)から火入れをして、左右の炭窯の上方に立つ垂直のパイプ煙突から、煙が出ている状態である。

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写真3 火入れから約1時間後の煙の状況


 火入れした直後は外気温とほぼ同じであるが、冬季は窯内の温度が冷え切っているので窯内を温めている。

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写真4 可搬式パイプ煙突で排煙を促進する


 写真4は、火入れから空気量を制限する80℃前後まで可搬式のパイプ煙突を立てて排煙を促している状態である。
 煙道とそのパイプの下端が接する箇所を煙道口という。温度計測は煙道口から10cmほど突っ込んで外気の影響を受けないようにして計測している。

 煙道口が80度近くなると、火を落とし窯の蓋をする。(写真5)

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写真5 火を落とし、窯の蓋をする


 窯の蓋をすると同時に煙道口に写真6のように、竹酢液採取用フードと受皿をセットする。

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写真6 煙道口に竹酢液採取用の受皿とフードをセットする


 写真のように、煙道口にフードを取り付けると、ステンレス製の直筒(0.914o×8)約7mの先端に取り付けた先端煙抜き用H型笠から、写真7のように煙を排出しだす。

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写真7 煙突先端のH型笠からの排煙


炭化温度で変わる煙の色と竹酢液の採取

1.炭窯に点火して炭材に着火すると、白色の煙が出てくる。これは炭材中の水分が水蒸気となって放出されるためで、炭材が乾燥していく段階である。このときの煙は水っぽく、竹酢液成分はほとんど含まれていないので、採取は避けた方がよい。この時、煙突の出口の煙の温度は80℃以下で、炭窯内の温度は300℃以下である。
2.次いで、白っぽい煙に黄褐色が混じった煙が出てくる。これは鼻をつき、焦げ臭い臭いがする。この付近は煙が出始めると80℃前後である。この色の煙は150℃前後まで続く。炭窯内の温度は300℃から400℃前後である。
3.この温度帯を過ぎると刺激臭が次第になくなり、むしろ微かな臭いがしてくる。煙の温度は180℃を超えて200℃前後になる。炭窯内の温度は450℃前後になり、リグニンの分解が激しくなってくる。
4.この状態がしばらく続き、窯内の温度が500℃を超えるようになると、白い煙に青い煙が混じるようになる。この時の煙の温度は200℃を超え、300℃付近まで上昇する。
5.次いで、窯内の温度は600℃を超え、煙は次第に薄紫色(写真8)となり、さらに煙の量が少なくなり、最後には無職の煙が出るようになる。煙の温度が150℃を超えるとベタついて、タール分の多い煙をなる。 

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写真8窯内は600度以上で煙は薄紫色 


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表−1 炭窯の煙の色と温度(煙道口より10cm以下)


 炭窯の煙の色と温度の関係について、木炭の場合の煙と温度の関係を示すと表−1のようになる。(「07窯による竹炭つくり報告書」より、引用したが、その元の出典は不明)

竹酢液の採取

 写真9は竹酢液の採取をしている状況である。

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写真9 竹酢液の採取状況


点火して可搬式パイプ煙突を煙道口に受皿とフードに盛りかえる時点では、煙道口の温度が80度ほどになっていて、直筒の最下端付近に、竹酢液が落ちる小穴をあけ、竹樋で受けてタンクで貯めている。
 竹酢液の採取は、表2の炭焼き言葉の「湿煙(水煙)」から「本きわだ」の間、白っぽい煙に黄褐色の色が混じりだした時点から、青い煙が出始めるまでの間がよい。
最初と最後の煙は採らないほうがよい。
1.点火してすぐの白っぽい煙には水分が多く、比較的沸点の低いホルムアルデヒドなど  
  が多く含まれている。
2.また、リグニンの分解が激しく起こる窯内温度が500℃以上ではベンツピレン等の有
 害物質が含まれてくる可能性がある。
3.従って、有害物質を含まない良質の竹酢液を採取するには、
白っぽい煙に黄褐色の色が混じりだした時点から、青い煙が出始めるまでの間がよい。煙の温度でいえば、80℃から150℃までの間である。

煙突の取替え

 新しい煙突の部品は、先のブログ「第187話 台風18号による倒木の処理」で触れたように、チルホール用ワイヤーロープなどと一緒に、今年5月にセブンイレブン記念財団からの助成金で購入したものである。

 写真10は煙突を取り換える前に、新しい煙突の部品を確認しているところである。

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 写真10 新しい煙突の部品の確認作業


 写真11は竹酢液採取用フードと受皿である。上記写真6は、この部材を使って竹酢液を採取している。

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 写真11 竹酢液採取用フードと受皿


 古い煙突の撤去は、9月14日の活動日に行った。煙突を支持する金具等は、桟木などに固定しているボルトを電動工具で緩めるので、比較的短時間で終えることができた(写真12)。

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 写真12 古い煙突の撤去作業


 撤去と同時に新しい煙突の組み立てに取り掛かったが、竹酢液を採取するフードは、煙道口からの煙を受けるもので、位置と角度の微調整に手間取った。(写真13)

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写真13 フードの取り付け状況


 新しい煙突の取り付け作業は、9月28日の活動まで持ち越し、その昼前に写真14のように完了した。

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 写真14 新しい煙突の取り付け完成


 10月に入って最初の活動日10月5日は、完成した新しい煙突で炭やきを行った。
 新しい煙突は煙が漏れている箇所もなく、順調に作業を進めることができた。
 
 写真3から写真9(写真8は除く)は、10月2日の作業で手順を追って撮影したものである。古い煙突の04炭窯の煙突は、この炭窯を据え付けるにあたり煙突を寄贈してもらったものであるが詳細は不明である。

 現在使っている07炭窯を使いだした後、今のK代表が広島の実家から運んできたものを使ってきた。代表の話では、煙突の継手はハンダ付けだったので、温度が上がってハンダ付けが溶けたりして大変だったという。
 
 新しい煙突はステンレスで、継手は電気溶接でしっかりした製品が納入されていた。
 07炭窯は、2007年5月から使い始めたので、すでに7年目に入っているが、鉄板6mmを使ったおかげで、竹酢液の酸に耐えている。
 
 ステンレス製の煙突と共に、07炭窯もここ当分安泰に竹炭を生産してくれると思う。

(平成25年10月11日)



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