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第228話「山とみどりのフェスティバル」と滝道[2017年11月10日(Fri)]
 11月3日の文化の日に、箕面滝道の途中にある瀧安寺の広場で「山とみどりのフェスティバル」が開催された。(写真1)

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写真1 瀧安寺広場のステージ


「晴れの特異日」といわれる「文化の日」で予報は数日前まで曇りの予報だったが、当日は穏やかな秋晴れに恵まれて大勢の観光客が見られた。(写真2)

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写真2 瀧安寺広場でのイベント会場


箕面だんだんクラブでも、広場の一角にブースを設けて竹炭関連の品や、竹細工などを展示していた。

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写真3 箕面だんだんクラブの竹炭を利用した展示品


 写真3左側の袋詰めは、竹炭を細かく砕いたもので、消臭、脱臭、乾燥剤として利用できる品である。真ん中には竹炭そのものだが、窯の中で十分炭化した硬い炭を並べた。右側には竹炭にイラストを描いた品を展示していた。そのイラストを拡大したものが写真4である。

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写真4 竹炭にイラストを描いたペンダント


 写真5は竹に輪ゴムの反発を利用して野菜の弾をつけた野菜テッポウで親子連れが的に当てている様子である。外れた野菜の弾が風船を直撃して破裂音に驚いた場面もあった。

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写真5 家族連れに人気のあった野菜テッポウ



 このイベント会場から通行止め先の写真を撮るために、行けるところまで滝道を歩いてみた。帰り道の午後2時前に箕面駅近くで子供が竹ポックリで歩いているのを見かけた。「竹を使った簡単なおもちゃでも人気があるな!」と思った。

 このイベントで最後まで活躍したF氏からの一昨夜のメールには「台風の倒木で龍安寺より通行止めだったため、滝までの散歩に大勢の人たちが立ち寄ってくれました。10月下旬は長雨が続いたため、10月の最終土曜日の活動日も作業ができず、イベントの前日11月2日にやっと完成した竹製品はすべてなくなってしまってしまいました。現地の会場に持ち込んだ間伐した竹で急いで竹ポックリを作ったものの、すぐに売り切れてしまいました。注文に追い付けず制作するのに疲れてしまい販売中止し、売り切れとしました」と、
イベントの様子を知らせてくれた。通行止めがなければ、箕面大滝まで通り過ぎていくだろう人たちが大勢参加してにぎわったイベントになった。

瀧安寺から先の滝道は通行止め

 このイベント会場の先は、台風21号で滝道の土砂崩れがあったり、大木が十数本倒れたりして通行止めになっていた。通行止めのフェンスにいたガードマンの話では「大木の杉が台風にあおられてアスファルトの路面に大きな地割れがあった」と話していた。
 瀧安寺のイベント会場の片隅には、写真6に見られるように、倒木した杉丸太や、台風であおられて倒れた杉の木の根などがむき出しになって積み上げられていた。

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写真6 台風21号による倒木で積み上げられた木々


大滝までは箕面駅から2.8キロあるが、その中間の、滝まで1.4キロと案内表示付近には、写真4のトンネルをくぐって五月山へ行くハイキングコースがある。そのトンネルの際に「ハイキング道通行止めあり、台風による崩落、倒木のためこの先通行できません」と書かれていた。

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写真7 五月山へ行くハイキング道は通行止め


 箕面公園公式サイト:「台風21号被害(土砂崩れなど)の通行止め」には、図面で通行止め区間を赤線で表示されていたので引用した。

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図1 箕面滝道通行止め図(箕面公園公式サイト引用)

 公式サイトによると「滝上(府道)から滝へは通行できますが、滝道を通って駅方面へはいけません。来た道をお戻りください。復旧通行止め解除は未定です。と書いていた。
その先の「修行古場休憩所」まで行くと、復旧工事の関係者が休憩していたが、その先へは行かないように注意を受けた。
 滝道の右手の川沿いに斜面には、それほど大きくない倒木が見られたが、滝道にまではみ出ていないので後回しにしているのだろうか。

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写真8 滝道の斜面に見られた倒木

川沿いに白いさざんかの花(写真9)が、観光客の目に留まることもなく、寂しく咲いていた。

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写真9 滝道の川沿いに咲くさざんかの花


今年の箕面滝道の紅葉

 箕面大滝へ行く途中に今回のイベント会場となった瀧安寺は、日本四弁財天の一つとして有名で、また、宝くじ(富くじ)発祥のお寺としても知られている。
 箕面大滝の瀧安寺の本堂や弁天堂と、鳳凰閣、客殿、本坊に架かる朱色の太鼓橋・瑞雲橋・写真10が目に留まる。紅葉シーズンには橋の右手に真っ赤に染まったモミジは見事である。
 何回もこの瑞雲橋と見事に染まった真っ赤なモミジを撮っているので、台風21号にあおられて葉っぱが落ちた今年の紅葉を比べようとしたが、残念ながら過去の写真は見つからなかった。

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写真10 今年の瑞雲橋際の紅葉は今一つか?!

 北摂地区で紅葉の名所には、箕面の滝道の他に、勝尾寺や、万博公園が有名である。吹田市千里ニュータウンの道路沿いに、見事な紅葉の場所がある。近くなので立冬の11月7日には訪れてみた。「少し早いかな?」と思ったが、既に紅葉の真っ盛りった。わずかな区間ではあるが、車を止めて写真を撮っている人たちがいた。

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写真11 千里ニュータウン三色彩道の紅葉

 今年の大阪府内の紅葉情報では、勝尾寺で11月中旬から12月上旬となっているから、箕面大滝までの滝道の通行止めを一刻も早く解除になることを願っている。

(平成29年11月10日)



第161話 森林浴に浸って「箕面だんだんクラブ」で活動しませんか![2012年02月05日(Sun)]

 大阪府の北西部に位置する箕面市は、全市の約60%が明治の森箕面国定公園を含む山間地域。緑豊かな北摂山系の南側に住宅地が広がっている。

 活動地はこの緑豊かな森林の中の「箕面市環境クリーンセンター」で、市が所有する「箕面市体験学習の森」である。甲子園球場グランド面積の17倍強の25.3万u、標高340mから標高570mまで230mの高低差がある。この広さと高低差のお陰で四季折々の移ろいを楽しむことができる。


定例活動日


 定例活動は毎月第1、第2の土曜日および日曜日と第4土曜日。10時からミーティング、16時ころまでには解散する。
 竹炭やき作業を行ったときは、翌日の日曜日に窯の空気を遮断するための窯止め作業もある。
 市の広報紙「もみじだより」の「市民の広場・オアシス」に第4土曜日、市民参加を呼びかけている。


「箕面市体験学習の森」の四季

 春は、ヤブツバキ、キブシ、ヤマザクラ、タニウツギ、エゴノキなど、気温の変化とともに、次々と木の花の彩りが変っていく。

 この山でのサクラの移ろいを見てみると、箕面の市街地のソメイヨシノが満開になってから1週間ほど遅れて、クリーンセンターへの進入路のソメイヨシノが満開になる。山に入ると、ソメイヨシノにやや遅れてヤマザクラが満開になっていく。




写真1 満開になった花見山のヤマザクラ


 ヤマザクラに1週間ほど遅れて5月の連休近くには、ウワズミサクラも白色の小花をつける。頂上近くにはエドヒガンの大木も咲いてくる。

 そのころになると、シャガの花が満開になり、タニウツギやエゴノキの花も咲き出す。活動拠点の豚汁広場の側を流れる勝尾寺川支流では、ウグイスもさえずり、初夏には渡り鳥のホトトギスなども聴ける。

 梅雨明けには、キツネノカミソリに続いて9月にはヒガンバナが咲き、蝉しぐれや渓流を吹き抜ける風が心地よい。

 蜩(ヒグラシ)の鳴き声が聞こえなくなる頃には、ススキの穂先が変化していく。秋には、カエデの紅葉が美しい。




写真2 治山ダムほとりの紅葉


主な活動内容

 箕面だんだんクラブは、1996年に市有林の保全活動を行うために、箕面市環境政策課が呼びかけた「もりもりクラブ」がその前身である。
 その当時は、森が放置されて下草も生えず、つる植物がはびこったジャングルで、光を求めて伸びる木々は、ひょろ長いもやしのよう(「もやし林」とか「線香林」という)であった。

 このジャングルのような森林を以下のような方針で具体的に活動を始めた。
1.植生の自然推移を中断し、明るい森を作るために、間伐、除伐をする
2.桜、椿等を育てるために陰を作る高木、中木を間伐する
3.昆虫、小鳥、小動物(リス、ウサギ等)の餌となる実のなる落葉樹の育成と植樹をする。(クヌギ、コナラ、アベマキ、クリ、エノキ、マユミ、ネズミモチ、ムラサキシキブ等)
4.ウグイス、冬鳥等のために谷川に沿っての藪は残す
5.スギ、ヒノキ等は適宜間伐、枝払い等をして豊かな林床を育てる
6.間伐、枝払い、除草した廃物、倒木等は整理。集積して土に戻るようにする
.さまざまな樹を知るために主だったものに名札をつける
8.案内標識を付けた散策コースを作り、森林浴の便に供する
9.安易に外部から植物を持ち込まないようにする


植樹

 毎年12月には、この地で採った木の実から育てた苗木を、箕面クワガタ探検隊、箕面エコクラブ、日本熊森協会、一般市民にも呼びかけて一緒に植えている。



写真3 大勢の参加で落葉樹の植樹の状況


 幼木はシカの大好物なので、植樹にさいしては写真3の白い保護管(ヘキサチューブ)で保護している。

竹炭つくり

 2004年3月から、箕面市社会福祉法人あかつき特別養護老人ホーム内の竹林および果樹園の間伐、草刈、保全、整理をボランティア活動の一環として無償で引き受けている。

 間伐した竹はドラム缶で作った手作りの炭窯でやき、同ホームおよびクラブ員のほかに、春、秋の「みどり生き生き、みのお生き生き」のイベント等で一般市民にも無償で配布、有効利用している。




写真4 炭窯への火入れ作業



 その他、竹林所有者から依頼されてモウソウチクを間伐し、整理して竹炭にしている。

階段つくり

 このほかに、箕面市山麓保全ファンドの助成金を受けて防腐剤を含浸した丸太を使用して階段を作り、散策コースとして継続的に行っている。



写真5 階段つくりの作業


 会員は箕面市在住者がほとんどであるが、近隣の茨木市、高槻市、吹田市、大阪市内からも参加している。
 最高齢は85歳の作業道づくりのベテランから、大工の棟梁だった人、機械器具類の整備にかかわっていた人など経験者も多いが、女性も7人も参加している。現在会員は41名。

 森林浴や植物の観察を楽しみに参加している人もいる。

 箕面市担当課と事前に協議をして、初夏には「餅つき大会」、盛夏には「暑気払い・ソーメン流し」、12月の植樹会の昼食には、名物の豚汁と焼きいも出している。

 「箕面だんだんクラブ」のパンフレットの「ボランティアの声より」のなかに「四季折々に開く親睦会、珍しい体験談や特技もとびだして、仲間たちの思わぬ一面が」と書いている。

 活動日の昼食時は、久しぶりに出会うみんなといろんな話題が出て楽しい食事になっている。


活動資金など

 年会費は千円のほかに、500円のボランティア保険が必要である。不足分は「みのお山麓保全ファンド」の助成金でまかなっている。

森林浴

 森林浴の効果は科学的なものより精神的なものが大きいが、 科学的な効能としては樹木が発散するフィトンチッドと呼ばれる物質の作用がある。特にマツ、ヒノキなどの針葉樹林ではフィトンチッドの発散量が多く、免疫力の向上などに寄与するという論文が発表されている。(ウィキペディアから引用)

 森林の空気を思い切り吸い込めば、樹木の香りで心を落ち着かせ、リラックス効果をもたらし、枝葉のざわめきが1/f(エフぶんのいちゆらぎ)の揺らぎを持っているので気持ちが安らぐなどの効用があるともいう。

注)1/fゆらぎとは、パワー(スペクトル密度)が周波数fに反比例するゆらぎのこと。ピンクノイズとも呼ばれ、自然現象においてしばしば見ることができる。具体例として人の心拍の間隔や、ろうそくの炎の揺れ方、電車の揺れ、小川のせせらぐ音、目の動き方、木漏れ日、物性的には金属の抵抗、ネットワーク情報流、蛍の光り方などが例として挙げられる。(ウィキペディアから引用)



日常と離れた「体験学習の森」で、「森づくり」の活動をされてはいかがでしょう!

(連絡先 賀戸(かと)пi072−722−1745)


(平成24年2月5日)


第121話 「みどり生き生き みのお生き生きフィールド体験フェア」に参加[2009年03月23日(Mon)]


 3月20日、21日の両日、箕面市坊島のかやの広場およびみのお市民活動センター内で、「みどり生き生き みのお生き生きフィールド体験フェア」が開催されました(写真1)。

 このフェアは、「『山なみに抱かれ、みどり豊なわがまち、箕面』の将来を受けついでいくために、山麓保全・河川や公園の美化・自然保護などに関わる市民団体やNPO活動(配布されている市民活動グループマップに26団体名、主な活動内容、問い合わせ先電話番号が記載されている)を紹介し、ともに考え行動していくための催しです」とあり、私たちの活動グループ「箕面だんだんクラブ」も参加しました。

 団体ごとにテントで仕切られたブースが設けられ、私たちのブースでは、活動内容をパネルで紹介するとともに、子どもたちにのこぎりを使って竹切りの体験をしたり、太さの様々な竹を用意して竹細工で飾り物を作ったりする体験をしてもらいました。
初日の20日は少し風が冷たかったのですが、21日はぽかぽか陽気になり、私たちが山で製造してきた竹炭の無料頒布もあって多くの方が訪れてくれました。




写真1「体験フェア」案内の立て看板


主なコーナー

 写真2上段は、今回の体験フェアの北方向の全景です。かやの広場にテントが張られて市民活動グループが活動内容の紹介や体験コーナー、堆肥の無料配布、クワガタバトル、カブトムシ幼虫堀り、林野庁では「家庭での苗木育成と美しい里山を復活させるための植樹活動」の参加者募集などを行っていました。



写真2上段:催し会場全景

下段:プレゼンス・オブ・マインドのライブコンサート


 「箕面のほたる昔・今・これから」のコーナーでは箕面ホタルの昔・今のマップがゲンジボタル、ヘイケボタルなどに色分けしてわかりやすく示されていました。
 昔に比べて今もホタルの分布はあまり減ってはいないように見えましたが、ヘイケボタルが1箇所だけくらいに減って、ゲンジボタルが勢力を拡大しているようでした。

 写真2下段は、会場の南端のステージです。コンサートの舞台にドングリ投げ、正面には児童がみどりをテーマにした図画が展示されています。
 午後から2回、プレゼンス・オブ・マインド(箕面芸術金賞受賞)のライブコンサート(写真2下段)がありました。
 
 箕面のオリジナル曲「箕面の森の守りびと」や「ホタル」などのほかに、アンジェラ・アキが、NHKの全国学校音楽コンクールの合唱課題曲として書き下ろした曲「手紙」や会場の聴衆の手拍子を交えてハンク・ウィリアムズ (1923〜1953)が作ったカントリー曲「ジャンバラヤ」も聴くことができました。
 最後に「アンコール・アンコール」がいっせいにわきあがって「箕面の森の守りびと」を再度聴くことができました。


箕面だんだんクラブのコーナー

 箕面だんだんクラブのブースは、写真1上段で右側の3番目のテントでした。



写真3上段:箕面だんだんクラブのブース

 
  中段:ぬいぐるみのゴハンジャワンが表敬訪問

下段:募金箱と竹細工の展示


 写真3下段には竹細工と募金箱のほかに、A級の竹炭を置いています。その下にはB級の少し砕けた竹炭も置きました。A級の竹炭を無料で頒布していますが、NPO法人みのお山麓保全委員会の活動基金として、気持ちだけ募金箱に寄付をしていただきました。
 若い人には竹炭に興味のある方が多くおられ、美味しい水をつくるほかに、お風呂や冷蔵庫へ入れるために持ち帰られました。

 そろそろ閉会となる3時過ぎに、「ごはん大好き お米が」のたすきをかけたぬいぐるみキャラクター「ごはんじゃわん」(写真3中段)が表敬訪問してくれました。


箕面だんだんクラブの紹介コーナー

 私たちのクラブの活動を紹介するパネルは4枚を展示しました。



写真4 活動状況を紹介した4枚のパネル


 右側上段は箕面だんだんクラブのパンフレットでその活動内容を紹介するとともに、具体的な作業の一部を写真で示しています。右側下段は、竹炭やきの作業工程を図で示すとともに、竹の間伐から、炭材つくりや炭やき作業を紹介しました。

 左側は活動拠点である「箕面体験学習の森」の自然を、春と秋の2枚にまとめています。
 4月中旬から満開になるヤマザクラ、下旬に咲くウワミズザクラが満開になりますし、この写真には掲載できませんでしたが、ゴマギやタニウツギが、5月ころにはシャガの花が、お盆のころにはキツネノカミソリが咲きます。
 秋になると、シロダモの実が赤く色づき、ムラサキシキブの実を結びます。モミジの紅葉より早くシロキが一番先に紅葉し始めます。草むらにはヨメナが一面にさきます。

 1ヶ月に第1、第2の土、日曜日と第4の土曜日が活動日ですが、草花だけでなく、木々に咲く花なども、体験学習の森で四季折々の変化を楽しむことができます。


竹切りや竹細工の体験コーナー

 今までのこぎりを持ったことのない子どもたちに竹切りを体験してもらいました。
 竹は空洞になっているので、木を切るような力は要りませんが、表面が滑りやすいのでベテランの会員にすこし切り口を入れてもらいながら、切り落とす感触を味わってもらいました。切り落とした竹を、遊び道具として使うのでしょうか、うれしそうにもらって帰る子供たちが結構いました。




写真5上段:真剣になって竹を切る坊や

中段:もう少しで切れるぞ!

下段:器用に小さな桶が完成


 写真5下段では、飾り物として作ったのでしょうか、小さな桶を懸命に作っている人がいました。

広葉樹の苗を育て、国有林に植える活動

 林野庁・近畿中国森林管理局・箕面森林環境保全ふれあいセンターのコーナーで「広葉樹を育て 国有林に植える活動に参加してみませんか」のポスターを見て立ち寄って見ました。
 この活動は今年の3月から1年間、家庭等でクヌギ、コナラ、エドヒガンなどの落葉広葉樹をポットで育てて、平成22年4月頃から国有林に植樹する計画です。私たちのクラブでも2年前に家庭で育てたクヌギやコナラの苗を昨年末に植樹した経験があります。

 そこで、植林した後のシカの食害対策をどうするのか尋ねてみました。「シカの生息数が増えすぎて困っているので、実態調査をして個体数をある範囲で管理する方向にある」ということでした。
 1年後には植樹するのに、シカの生息調査をするようでは遅すぎるので具体的な対策を尋ねてみました。植樹した周りを狭い範囲で囲うことにより、シカがその中に入ってしまうと出られない恐怖から効果があるとか言っていました。

 私たちの活動面積の10倍以上の箕面川ダムの北側の広大な国有林のスギやヒノキの森林を、クヌギやコナラの広葉樹林にするのですから、来年には確実で抜本的なシカの食害対策がとられることと思います。



 2年ほど前に開催された「みどり環境フェア」では、展示場所も狭く、パネル展示と竹炭頒布だけの活動紹介でした。

 今回は体験フェアと銘打っただけに、のこぎりを持ったこともない幼い子どもたちに、竹を切る感触を伝えるとともに、切り取った竹を器やいろいろなものに利用できることを知ってもらえるよい機会になったことと思います。

 こうした貴重な体験を通じて、子どもたちが「みどり豊なわがまち、箕面」の将来を受けついでいってくれることを願っています。
第98話 そうめん流し[2008年08月21日(Thu)]


  残暑お見舞い申し上げます。立秋も過ぎて朝夕は幾分しのぎやすくなりました。
箕面だんだんクラブの団体ブログもお盆休みを取りましたが、連日の猛暑も幾分しのぎやすくなりましたので再開することにしました。

 夏ばて気味で食欲も落ちた猛暑日の7月20日と8月3日にそうめん流しを行いました。冷えた食べ物のほしいこの季節には、口当たりのよいそうめんを、竹で作ったウォータースライダーで流し、麺つゆにつけて食べるのは涼味満点といえます。
しかし、そうめんを流して食べる場所にも左右されますが、キャンプなどではそうめんをゆでる人は沸騰したお湯をつくらねばならず、汗びっしょりになって火と格闘しなければなりません。
やや古い話題になりなりますが、活動記録と今後の資料のためにそうめん流しの話題をまとめてみました。


ダンボールキャンプでのそうめん流し

 夏休みに入った直後7月20日、ダンボールで作ったマイハウスで星空を眺めながら1泊した翌日の昼食に、そうめん流しを行いました。
 親子連れの約40人が参加してのそうめん流しですから、それなりの用具を準備して取り掛からねばなりません。

 2年前のときは小さな鍋だけでゆがいていたこと、U字溝を使った即席のかまどでは鍋との間隔がありすぎて火の勢いが鍋まで届かず、お湯が不足状態に陥りました。その結果、そうめんが団子状になって大失敗に終わりました。
 その経験を生かして今では写真1上段のように、即席のかまどはコンクリートブロックで高さを調整できるようにしました。




     写真1上段:そうめんをゆがく状況(7月20日撮影)
         下段:炎天下のそうめん流しの様子(7月20日撮影)


  写真1上段の大鍋には常に沸騰したお湯を常に一杯になるように沸かしています。
そのお湯を2つの小さな鍋に入れてここでそうめんをゆがきます。
 ゆであがったそうめんはザルでお湯を捨てた後、黄色のプラスチックケースの中でぬめりを取るためにもみ洗いをし、その横の氷水でそうめんをしめて出来上がりです。

 写真1下段では出来上がったそうめんを竹のウォータースライダーで水道水と一緒に流しながら箸ですくって食べる仕掛けです。樋の終点にはザルで受けておかないともったいないことになります。
 しかし、炎天下でのそうめん流しは、食べる人だけでなく、お湯を沸かしたり、そうめんをゆがいたりする人などの裏方作業は大変でした。


箕面だんだんクラブの活動拠点

 8月3日は私のたちのクラブの「暑気払いそうめん流し」の行事でした。
 活動日にはいつも昼食時に味噌汁を作り、休憩時間にはコーヒータイムで常にお湯を沸かすために、周辺にレンガを積んだ掘り込み式の本格的なかまどを設けています。

 かまどは風向きを考えて設置していますし、灰などが落ちるように鉄製の、すのこ状の灰落としがあるので火の番も比較的楽にできます。

 写真2のように可搬式のベニヤ板のテーブルと、持ち運べる杉丸太の椅子と対面には杉丸太を2本並べた固定の椅子を備え付けていて30人は座れます。




   写真2 活動拠点の休憩場所全景(8月3日撮影)

 写真2には活動拠点の休憩場所の全景です。奥の方にかまどを設けています。この写真の時間帯ではクヌギの木陰で涼しかったのですが、日差しが強くなったり、雨が降り出したりしたときには、杉丸太の間にブルーシートを挟んで、風に煽られないようした10m×10mの大きなシートが役立ちます。

渓流からの湧き水を使う

 数年前までは、活動拠点のすぐ上の砂防ダムから水を引いてそうめんを流していたこともありました。
 その上流をさかのぼってみると、1つは泉原の水飲み場から流れてきた渓流です。今年3月27日の「第87話 泉原水汲み場のゴミ捨て場」で書いたように、この渓流は茨木市側から投げ捨てられたゴミ捨て場になっていて、この水を飲料水につかうことはためらいがあり、2年前からは水道水を使うようになりました。

 この砂防ダムにはもう一つ西側の谷から伏流水が湧き出ていて渓流になっています。この渓谷を写真3上段のように、6月に水汲み場として整備し、飲み水として使うようになりました。

 この水汲み場のすぐ上に、谷や川沿いに湿地に生えるゴマギの実がこの時期には真っ赤に色づいていました。




    写真3上段:そうめん流しに使った渓谷の水汲み場
        下段:真っ赤に色づいたゴマギの実(08年8月3日撮影)


そうめん流し

 8月2日の活動日には竹炭やきをしましたのでそうめん流しの当日は、窯止めのため7時半過ぎには担当の5人が集合して温度計測や空気量の調整を行い、1時過ぎやっと竹炭やきを終えました。

 この竹炭やきの作業と平行して8時過ぎには、料理の準備を開始しました。
ウォータースライダーは、近くの竹林で間伐したマダケを半割にし、竹の節はFさんの小道具、小型グラインダーで仕上げました。




     写真4上段:水を流す装置とウォータースライダー
         下段:ビールを飲みながら座ってそうめん流しを楽しむ


 写真4上段はポリタンクの上面にペットボトルを利用した漏斗(じょうご)で水の補給をしやすくし、ポリタンクの栓をひねると、水と一緒にそうめんが流れる仕掛けです。

 11時過ぎには料理も整い、Aさんの発声で参加者28人が乾杯をしてそうめん流しの宴が始まりました。そうめん流しと平行して揚げたての野菜もでて食卓に彩りを添えていました。

 日差しを遮ったシートの下に、ときどきは渓谷からの涼風が入り、流れてきた冷えたそうめんを掬ってのどを潤しながら、みんなで和やかなノミ(飲み)ニケーションになりました。

 暑気払いはおよそ3時間続きました。昼間からのお酒で真っ赤な顔で声も大きくなり、いささかためらいがありましたが、2時40分のバスで下山しました。


むかしのそうめんの食べかた

 石毛直道著「文化麺類学ことはじめ・日本の麺の歴史」によると、
「室町時代にも、水に漬ける冷やしたそうめんの食べかたがあった。記録によくあらわれるのは、熱蒸(あつむし)、蒸麦(むしむぎ)、蒸篭素麺(せいろそうめん)などといった蒸して食べる方法だ。小笠原流の礼法書である『食物服用之巻』に、そうめんを世間一般では「むしむぎ」といい、僧侶は「点心」というと書かれており、そうめんを蒸して食べることが一般的であったのがわかる……

 室町時代に冷やしそうめんも食べられたが、『尺素往来』に「素麺は熱蒸、裁麺(きりむぎ」は冷濯(ひやしあらい)」とあることからわかるように、冷たくして食べるのは切り麺が主流で、現在の「ひやむぎ」はその延長線上にある……

 奥村さんは、京都の相国寺にのこされた日記類にでてくるそうめんの料理法を、温麺としての食べかたと、冷やしそうめんとしての食べかたに分類して図1のグラフを作成した。これでみると、夏は冷やしそうめん、冬は温麺という食べかたが確立したのは江戸時代初期のことであるらしい」と書いていました。





   図1 相国寺におけるそうめんの食べようの移りかわり

(出典奥村彪生 1981「そうめんの歴史とその周辺」月刊食堂別冊・第6号 柴田書店)

 上記の本からみると、竹の樋にそうめんを流すという風流なことを考え出したのは、冷やしそうめんの食べ方が確立した江戸時代初期以降のようです。

 ちなみに、回転式そうめん流し器は、鹿児島県指宿市開聞町井上廣則町長が助役時代に考案し、1967年(昭和42年)に意匠登録されました。

 その発祥の地である開聞町唐船峡は、昔は入江で遣唐使船の港だったという峡谷で、水源近くでは毎日水温13度の湧水が10万tも湧き出ていて、鯉やニジマスが泳いでいるそうです。この水を利用して竹樋に冷水と一緒に流す方式から、回転式そうめん流し器を考案できたのは、冷たい湧水などが豊富なこの地ならでの環境が生んだのではないかと思います。



第90話 15%クラブ10周年記念イベントに参加[2008年06月07日(Sat)]


 5月31日箕面環境市民グループ15%クラブ・10周年記念イベント「ストップ温暖化」が箕面メイプルホールで行われました。「箕面だんだんクラブ」も20の参加協力団体の一員としてパネル展示と竹炭の無料頒布を行いました。
 正面玄関付近や会場内で、「ほんまもん販売」コーナーが設けられ、無農薬野菜やパン、エコ・ソーイング(箸ふくろ、マイバッグ)、手打ち蕎麦の販売などもされていました。
そのイベントの中から私たちのクラブに参考になりそうな話題をまとめてみました。


15%クラブとは
 事前にもらった資料の「15%クラブとは」によると、「1998年に設立。地球温暖化・環境汚染の進行を抑えるため、自分が取り組みやすい分野や方法で省エネ・省資源生活(CO2の排出削減・せめて週に一度=15%)をすることからはじめ、子どもたちをはじめとする全ての生物の健康や生物を脅かさない地球環境を維持できるライフスタイル・社会システムに変えていくことを目的とする」と説明しています。
 1997年の地球温暖化京都会議(COP3)のあった翌年に箕面で誕生したクラブです。アイデアや省エネプランを持ち寄っての情報交換や学習会を続けていて、「『自分のできること』から始めましょう」とパンフレットで呼びかけていました。


箕面だんだんクラブの展示コーナー
 展示パネルは昨年9月末に開催された「みどり環境フェア」のために作成したパネルを展示しました。
 竹炭は会場受付の横に置いて自由に持ち帰ることができるようにしました。折角竹炭をもらっても、洗い方や使い方がわからない方のためにA4版1枚に説明書をつけました。と同時にもう少し詳しく知りたい方のために参考資料を展示パネル(写真1)に吊り下げておきました。




        写真1 箕面だんだんクラブの展示パネル


竹炭パワー

 この機会に説明書の「竹炭パワー」を紹介しておきます。
 
 岸本定吉 監修 池嶋庸元 著「竹炭・竹酢液のつくり方と使い方」(社団法人農山漁村文化教会)の「竹炭の吸着力は備長炭より大きい」によると、「竹炭は材料の竹と基本的には同じ組織・構造をうけついでいる。竹を炭にやくと、体積は約3分の1に収縮するが、この孔の横断面は、微細なパイプを束ねたような構造になっている。
孔の内部表面積は、測定する方法によって多少の差は認められるが、通常、木炭の内部表面積の測定に用いられてきた方法で実測すると、竹炭1グラム(おとなの手の指先ぐらいのかけら)あたり300平方メートル以上もあって、これはタタミ200畳分以上の広さに相当する。ちょうど、小ぶりのバナナ1本分の丸炭(筒状炭・約34グラム) でも、その表面積は東京ドーム(1万3〇〇平方メートル)がすっぽり収まってしまうくらいで、竹炭のすぐれた吸着力は、この内部表面積の広さによるものである」と書いています。
   




       説明書1 竹炭と一緒に配った「竹炭パワー」

 お米を研ぐとき、最初の水はぬかも一緒に吸収するのでさっと洗い流すようにしますが、竹炭も同じ要領で、最初に竹炭を入れた水は素早く洗い流すようにします。

スーパー二酸化炭素COOでは仮想買い物

 箕面だんだんクラブのSさんは、「わいわいみのお園」、「箕面エコクラブ」などで活躍されていますが、写真2上段の「スーパー二酸化炭素COO」の店頭で、「いま注目されているフードマイレージです」と声をかけられました。
 スーパーの買い物籠に写真2中段に並べられた各種食料品を選ぶと、下段のように「北海道牛乳」には、フードマイレージ2.006、輸送排出CO2は344.8、大阪までの距離1912、総量目、内容量、包装重量、ごみの量などの数字が書いてありました。

 同じ牛乳でも産地が京都の「おいしい牛乳」では大阪までの距離が42.8キロなので、フードマイレージは0.05で、輸送排出CO2は7.7とその差は歴然としています。
環境問題を考えるとき、身近なビールでもアルミ缶を買うか、ビンビールが良いのか考えせせられる問題を提起していました。




        写真2上段:スーパー二酸化炭素COOの店頭風景
            中段:フードマイレージを書いた商品札
            下段:牛乳のフードマイレージの例


 説明書2ではキリン淡麗2缶を買った場合のフードマイレージの結果です。



        説明書2 今日のお買い物の結果


 この考え方は、我が国で、地産地消を推進していく理由の一つと言えます。
 「食育・食生活指針の情報センター」のホームページによると、「フードマイルという言葉は、イギリスのティム・ラング氏が、1994年に提唱した運動に由来します。具体的には、食料の生産地から消費地までの距離に着目し、なるべく近くでとれた食料を食べることで、輸送に伴うエネルギーを出来るだけ減らし、環境への負荷を軽減しようという運動です。これを、日本では、農林水産政策研究所が、『相手国別の食料輸入量』に『輸送距離』を乗じた数値を、『フードマイレージ』として提案しています」と説明しています。


クマなどが棲む豊かな森を次世代へ

 11時から小ホールで日本熊森協会の環境授業「どんぐりの森を守って〜くまさんと森のおはなし〜」がありました。
 参加していた小学生の子供たちに話しかけながら、紙芝居に中では熊のぬいぐるみも登場し、映像も取り入れてわかりやすく説明をしていました。
紙芝居の中でツキノワグマの生息数の3択の質問が出ましたが、1万頭が正解でした。




    写真4 日本熊森協会の「どんぐりの森を守って」の紙芝居

 熊森協会のホームページによると、平成15年発表の推定生息数は8000頭〜12000頭で、凶作の平成16年2326頭が捕殺、豊作の17年には1101頭が捕殺、大凶作だった19年には4679頭捕殺」のデータとともに、「こんなにクマが殺されていることをほとんどの国民は知らない!」と書いています。
 
 日本熊森協会のリーフレット「クマと共存するために」のなかで、「最高の保水力を誇る豊かな森は、クマがいないと造れません。私たちの祖先はクマと棲み分けることで、共存してきました」と訴えています。

 紙芝居ではえさ場を失い、おなかをすかせて仕方なく森から人里へ出てきては、次々と有害獣として射殺されてしまう熊たちを絶滅から救おうと、兵庫県尼崎市の中学生が立ち上がったことも話していました。


森=植物+動物

 紙芝居の後半で、森=植物+動物という式が出てきました。「森とは、花粉の媒介、種子の散布、土壌形成など、植物と動物が共に造り上げてきた生態系。森を守るためには、植物と動物の両方を守る必要があります」と話し、熊の糞の写真を示しながら、ミミズやダンゴムシなど土中の生きものが食べ、小さく砕かれたあと微生物に分解されて養分となり、森の植物を育てていることを説明していました。
 
 人間の勝手な都合でどんどん森の奥へ入り込み、元々棲んでいた生き物の生息地を奪ったり、スギやヒノキ人工林が放置林になったりしてエサ場を失ったクマたちが有害駆除の名目で絶滅の危機に瀕している実情を、紙芝居で学ぶことができました。


生物多様性


 このイベントの翌日6月1日の朝日新聞朝刊社説の「生物多用性」には、「加速する危機地球の生物は約3千万種にのぼるとの推定がある……世界の生物は今、恐竜が姿を消した時代以来の大量絶滅に直面している。乱獲や乱開墾都市化、外来生物の侵入などが原因だ。過去の平均的な絶滅速度をここ数百年で約千倍に加速したとの推定もある。『宇宙船地球号』は、多様な生物の微妙なバランスの上に成り立っている。生物種の相次ぐ絶滅は、宇宙船地球号からひとつずつ取り去るようなものだ。部品の役割を知らないまま部品をはずしていけば、やがて宇宙船地球号が壊れかねない。生物種の絶滅を防ぎ、多様性を保っていくことは、地球の生命や文明の基盤を守ることにほかならない」と主張しています。

 日本熊森協会では「大型動物が棲む森ほど豊か。熊の棲む森を残せば、多くの生物が生き残れます」としてスギ・ヒノキ一辺倒の人工林(日本の森林全体の半分近い)を減らし、広葉樹の自然林に戻し、森が復元するまでの間、山の凶作年には、都会のどんぐりを山へ運ぶ運動もされているそうです。

 箕面だんだんクラブでは、昨年末から今年の初めにはクヌギの苗木を200本植えました。鹿の食害と闘いながら、昆虫、小鳥、小動物(リス、ウサギ等)の餌となる実のなる落葉樹の森に育てています。



第85話 春本番の「体験学習の森」[2008年04月30日(Wed)]


  4月26日は春季懇親会・花見会を開催しました。里では4月初旬にサクラが満開だったので、少し遅いかなと思われましたが、この山では開花期の遅いカスミザクラやウワズミザクラがちょうど見ごろでした。
快晴に恵まれ、27人が参加して久しぶりの飲み会です。

 最初に平成19年度最多活動日数達成のFさんの表彰を行いました。Fさんは81歳以上の最長老にもかかわらず、体験学習の森以外の竹の間伐や特養ホームでの活動日を含めて61回の活動日数の内、59回も参加活動され最多記録でした。Fさんが炭材つくりで活躍されている様子に「この元気さいつまでも」書いた写真を額に入れて贈呈しました。

 11時過ぎからの乾杯に始まり、焼肉をメインに、ジャガイモ、ニンジン、たまねぎなどを焼いたもの、焼きたけのこ、焼きそばなど色とりどりの料理を囲んでにぎやかな飲み会になりました。おにぎりや果物、イチゴ大福なども出て2時半のバスで下山しました。

 「体験学習の森」ではソメイヨシノなどに引き続いて、木々や草花の花盛りです。春本番の様子をまとめてみました。


花見山のサクラ

 花見山と名付けた山に咲く主な花はヤマザクラですが、4月13日ころが見ごろでした。
 常緑樹の濃い緑と淡い緑の若葉の中に白色や薄いピンク色のヤマザクラが彩りを添えて、すぐやってくる「山笑う」新緑の季節の前段階で、つかの間の花の季節でしょうか。春本番となりました。




     写真1花見山は春本番の彩り(4月13日撮影)

勝尾寺川支流のカモ

 3月下旬訪れたとき、カモが2羽、勝尾寺川支流の砂防ダムにできた小さな湖に遊びに来ていました。
 昨年カモは見られなかったのですが、今年の3月下旬から4月中旬までいました。26日の花見会のときにはもう姿は見られませんでした。
千里北公園の池にはカルガモがたくさんいるのでここまで遊びに来ているのかもしれません。



      写真2 勝尾寺川支流にやってきたカルガモ 

 フリー百科事典「ウィキペディア」でカルガモを検索してみると、「形態:体長は 60cm 前後であり、日本産のカモ類の中では大きい。また全身が茶褐色で、黒と茶の鱗状、尾に近づくほど濃い茶色になる。分布:東アジアに広く分布する。 本州以南では、平野部から山地にかけての水辺に広く分布する留鳥だが、北海道では夏鳥(一部冬季も残留するものもいる)である。市街地でも普通に観察される。生態:水面採食で、食性は植物食。主に水中の藻などを食べるが、水際に生えたイネ科植物などの実を食べることもある。ほとんどのカモ類と同様、一夫一妻で毎年つがいを形成する」

 という説明のとおり、カルガモ夫婦は山奥まで羽を伸ばしにやってきたようです。


ウワミズザクラは満開

 
 「体験学習の森」には、数種類のサクラの木があります。その活動範囲には、「ウワズミザクラ・バラ科」と木の名前を書いた札があちこちに取り付けてありますが、この花をしっかりと写真の収めたのは、今回が初めてでした。

 サクラの仲間なのに花序は房状になっていて、目立たない花なのでマクロレンズで接近して写してみました。




     写真3 上段:豚汁広場西斜面に咲くウワズミザクラ
          下段:花序が房状のウワズミザクラ


  川原花木園のホームページによると、「ウワミズザクラは昔から人々の生活と関わりの強い樹木で、古来この材のことを波波迦(ははか)と呼び、材の上面に溝を彫り(和名ウワミズザクラの由来とされます)その材を火の中に入れ、亀の甲羅を焼いて、甲羅のヒビの割れ方により吉凶を占ったりしました(亀甲占い)。ウワミズザクラの材はとても堅く、地方により金剛桜と呼んだり、鉈柄(なたづか)とか呼ばれ、版木、彫刻材(注)に使われました。ウワミズザクラの花の香りが、アンズの種の仁に似た香りがあるところから、新潟では花のつぼみの塩漬けを『杏仁子(杏仁香)』(あんにんご)と名付け食用にしたり、若い果実(緑色の時)を果実酒にしたものを「あんにんご酒」と呼んで珍重します」と紹介されていました。

(注):ホームページには「さらに樹皮は俗にいう樺細工に使われました」と記載されていましたが、この部分を以下の理由で削除しています。
 
 樺(カバ)細工は、秋田県角館町に江戸時代から伝わる特産品です。ヤマザクラおよびカスミザクラの樹皮だけを使った樹皮特有の光沢を生かした、渋くて奥深な色合いの伝統的工芸品です。茶道具、テーブルウエア、整理箱、花器、小物などが作られています。


シャガの花も満開

  豚汁広場を北へ登って杉木立を抜けると「狐のベンチ」と名付けた休憩場所があります。その先の勝尾寺川支流の渓谷沿いの散策路の両側にはヤブツバキが20本ほど自生しています。ヤブツバキの花も満開でしたが、そのあたりにいまシャガの花が満開でした。



      写真3 ヤブツバキの花の側に咲くシャガの花

 シャガの話題を検索してみると、
@「中国原産でかなり古くに日本に入ってきたものと考えられていて、人為的影響の少ない自然林内にはあまり出現しない。スギ植林の林下に見られる場所などは、かつては人間が住んでいた場所である可能性が高い。そういう場所には、チャなども見られることが多い。シャガは三倍体のため種子が発生しない。このことから日本に存在する全てのシャガは同一の遺伝子を持ち、またその分布の広がりは人為的に行われたと考えることができる」(出典:フリー百科事典「ウィキペディア」)。

A沢筋の林下に群生する常緑多年草。根茎は長い走出枝を出してふえる。この特性を生かして、山斜面の土砂崩れ防止のため、高尾山では多くの場所に植えられている。6号路が最も多い」(出典:高尾山散策)

B「植物は、シャガというアヤメ科の植物です。今はあちこちで、花が満開ですが,こちらは、食べられちゃいました。犯人は、お腹を空かせた鹿です」(出典:カナロコ写真帳)。


カスミザクラ

 体験学習の森はいま春本番で、木々だけでなく、足元では今にも踏みつぶしそうなチゴユリの花も咲いています。今後もこの山に咲く珍しい草花にも注目していきたいと思います。
最後にカスミザクラ。Nさんからいままでヤマザクラと思っていたのはカスミザクラだったと訂正がありました。

 ヤマザクラと混同されやすいのですが、葉柄に細毛があること、葉の先端がより尖ること、花期が1週間ほど遅いことなどの違いを教えてもらいました。また、名は花の咲く様子を霞にたとえたもので、普通の桜が咲き終わった後に咲くそうです。




    写真5 遅咲きのカスミザクラ(4月26日撮影)

 体験学習の森のサクラは、標高500メートルほどの石庭近くに、エドヒガン、イヌザクラが自生しているそうです。5月最初の活動日にはイヌザクラが咲いているころだろうと思います。

第67話 80人が参加、クヌギの苗木100本を植えました[2007年12月17日(Mon)]


 12月3日のブログに「箕面の山で植樹に参加しませんか!」と呼びかけたところ、第1段の12月16日には冬空の寒い日だったにもかかわらず、80名が参加してクヌギの苗木100本を植えるころが出来ました。参加してくださった皆様、ご協力くださいましてありがとうございました。

 続いて第2段は12月22日に同じ要領で行います。そこで、第1段の作業の様子を紹介します。


まずは体をほぐして

 参加された一般の方は、吹田や豊中から親子連れで参加された方が多かったようです。 

 箕面クワガタ探検隊からは57人の協力をいただきました。

 この日の冷え込みは厳しく、最高気温が10℃と天気予報が出ていましたので、この山ではもっと冷えていたことでしょう。
 怪我のないように、全員で作業前に冷えて縮こまった身体の柔軟体操をしました。




     写真1 作業前に全員で柔軟体操

作業は9班に分かれて

 今日植樹する場所は、主に茶畑横と竹林の跡地です。スコップ、つるはし、木槌などの用具は9班分用意しました。

 作業前に全員に「怪我のないように、ゆっくり、のんびりと作業をして下さい。この時期は落ち葉で滑りやすいので走らないように」と注意の後、大人の参加者にはヘキサチューブの使い方、クヌギは深く植えると枯れるので浅く植える、木の間隔は竹で作った2.5mのゲージを目安にすることなど作業手順の説明がありました。

 10時30分にはそれぞれの作業場所で植樹が始まりました。




    写真2上 竹林跡地の作業の様子
    写真2下 茶畑横の作業の様子


 まずは植樹する場所にスコップやつるはしで深さ30センチほどの穴を掘り、腐植土を入れます。残りの人は折りたたんだヘキサチューブのリングをはめ込んで6角形に組み立てました。

 ヘキサチューブは、苗木に被せて苗木を保護する六角形(ヘキサ)のポリプロピレン樹脂製の植生保護筒です。
 この山には鹿の食害で以前植えたクヌギの苗木に被害が出たため、今回試験的に使うことにしました。

 夏場では風通しが悪くうまく育つだろうかという懸念もあって、試験的にKさんがヘキサチューブの面に孔を開けたのを数個作りました。しかし、孔からひび割れが入って2つに折れたりしたので、メーカーと今後の課題にしました。

 クヌギの苗木は根からヘキサチューブに入れて、苗木に土をかぶせて足で踏み固め、専用支持杭を打ち込んでバンドで固定すれば完了です。




写真3 ヘキサチューブ面に日付と植えた人の名前や願い事を書いて完了

 午前中に茶畑横には20本、竹林跡地には50本を植え終わりました。

 写真4は茶畑横の作業前とクヌギの苗木を植え終わった状況です。



        写真4 茶畑横の作業前と植樹後の状況


 ヘキサチューブを使ったおかげで、周辺の枯葉などの色と区別がついて植えた場所が明確になりました。
 しかし、子供は正直です。「お母さん、お墓みたい!」という親子の会話が聞こえてきました。
 近くに霊園があるので、連想したのかもしれませんが、ヘキサチューブの色を工夫してもよいのかもしれません。


昼食は暖かい豚汁で冷えた体を温めて

 植樹作業とは別に会員数人で、10時前から昼食に出す豚汁の仕込みが始まりました。大鍋で2つたき込みました。

 作業が終わった12時には出来上がったばかりの豚汁と持参の弁当で昼食が始まりました。
 80人と多数の参加で豚汁は一人1杯くらいかと思っていましたが、3杯のお代りは出来たようです。




    写真5 豚汁で温まりながらの昼食の様子

 食後のフルーツは、会員から提供があった柿や、みかん、それに年に数回私たちのクラブで草刈り作業をしている箕面市社会福祉法人あかつき特別養護老人ホームからはハッサクがプレゼントされました。

 私たち会員はいつものベニヤ板製の食卓を囲んで午前中の作業の状況を語り合いました。
 朝礼のとき、9歳くらいの子供に「豚汁広場に植わっているクヌギ(写真1の木々)が12,3年経っています。あなたが20歳になったころには、このぐらいの大きさに育っています」とKさんの話がありました。

 その話題で、最高齢81歳のFさんが「12,3年も経ったら、わたしらはどうなっていることやら」としんみりした話も出てきました。
 しかし、ほぼ予定通りの作業が完了した満足感と豚汁で体もあたたまり、和やかに昼食を終えました。

 午後から残りのクヌギを会員の手で植えて無事今日の作業を終えました。


19日8時40分からFMタッキー81.6で生放送

  今回16日の作業の様子と次回22日の作業予定をKさんが電話取材を受けて放送されます。19日8時40分から10分間の放送です。是非聞いて下さい。



 午後からの作業で「植える時期は今頃が一番よい。乾燥した今の時期に植えないと樹は水を欲しがるので、常に潅水しなければならないから」という話が出ました。

 クヌギはまず根が深く成長してから、枝葉を付けていくと聞いたことがあります。乾燥した今の時期に植えると、クヌギは水を求めて根をしっかりと下ろしていくのでしょうか。


第65話 箕面だんだんクラブの忘年会を開催[2007年12月09日(Sun)]


 昨日12月8日、箕面だんだんクラブの忘年会を開催しました。いつものことですが、私たちの飲み会は炭窯の前の豚汁広場で行っています。この場所への交通手段はバスか、マイカーですから、飲み会のときは「飲むなら乗るな!」を徹底しています。

 8月4日にソーメン流しをして以来の飲み会です。例年ならサトイモの収穫時期には「いも煮会」があるのですが、今年は炭材用の竹の伐採や老人ホームの草刈りなどが入って忙しかったこともあり忘年会になってしまいました。
 26人が参加した久しぶりの飲み会の様子を報告します。


枯葉が積もった豚汁広場

 12月に入って最初の活動日1日の土曜日に来てみると、落ち葉が積もってすっかり冬景色に変化していました。
 それでも豚汁広場のクヌギは、枯れ葉が樹上に長くとどまるので、写真1のように冬期の落葉性の雑木林でも目立っています。




    写真1 すっかり枯れ葉になったクヌギ

 1日、2日の活動日に、数人は落ち葉を集めて、カブトムシやクワガタの幼虫が育つ腐植土つくりの場所に集めました。

乾杯の前に一仕事

 今月16日と22日にはクヌギの植樹の行事があり、そのための整備やあかつき特別養護老人ホーム内の草刈などがあって11月18日、19日に伐採した竹の炭材作りが手つかずのままになっていました。乾杯までの約1時間半を利用して料理を手伝う人以外は炭材つくりに一汗を流しました。

 180センチで運んできた竹を60センチに切る人、それを5分割にする人、竹の節をとる人、出来上がった炭材を運搬しやすいように束ねる人、束ねた炭材を格納する人と手際よく作業は進みましたが、まだ2回分ほどの作業が残りました。




    写真2 炭材つくり作業の様子

炭窯前には新しく看板を設置

 炭窯小屋の柱には以前は写真3の「平川変人窯」を掲げていました。2年前に急死された平川さんの指導で設置したドラム缶式の炭窯でした。



     写真3 以前掲げていた「平川変人窯」の看板

  その炭窯の底は竹酢液の腐食で損傷がひどく、今年の5月、日本財団の助成を受けて6ミリ厚鉄板製の炭窯に取り替えました。

 そこで看板も11月に取り替えました。

 前代表の手作りで箕面だんだんクラブのパンフレットの文字を拡大コピーして電動のこぎりで切り取り、ペンキを塗って1週間ほどかけて仕上げたそうです。
 木の葉や鳥などは以前に作った木彫の作品を5つ貼り付けて森を愛するクラブらしくしています。




      写真4 新しく架け替えた箕面だんだんクラブの看板

盛りだくさんの食卓

 炭材つくりは11時半に切り上げて宴会が始まりました。

 食卓にはサトイモや果物、漬物、チーズやおかきと干物を入れた皿などがすでに並んでいましたが、肝心の豚汁はまだ煮込んでいる最中でした。

 待ちきれない数人が乾杯の練習を始めだして宴会は始まりました。




    写真5 宴たけなわの豚汁広場

 アルコールが少し入ったころ、今日は12月8日で昭和16年に真珠湾攻撃をした日だと話し出したAさんは「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は今八日未明西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり・・・・・・」とその日のラジオのニュースをすらすらしゃべられました。小学校1年生のときのニュースをしっかりと記憶されていました。

 豚汁も出来上がり、前代表の発声で乾杯し、宴会が始まりました。ビールやワインにマタタビ酒で酔いが回り始めたころ、竹筒で燗をした日本酒も出てきました。

 心臓にペースメーカーを入れて2年近く出られなかったHさんが途中から参加されました。マタタビ酒が好きだったHさんはすっかり頭が薄くなっておられましたが、元気な様子で豚汁を味わった後、30分ほどで帰宅されました。

 マイカーで参加した前代表は酒が飲めないので、家から持参したおにぎりを炭火であぶり、醤油で味付けした焼きおにぎりをたくさん作ってくれました。

 現代表の閉会挨拶で「今月は16日、22日のクヌギの植樹作業、新年は1月5日、6日の竹炭やき作業などから開始します」という作業予定の報告があって、にぎやかに忘年会の宴は無事終わりました。
 
 箕面市内でも森林ボランティア活動の団体はたくさんありますが、水と火を使っている団体は少ないようです。

 私たちは活動の一つに竹炭焼きをしているからかもしれませんが、火を使う作業だけに事前に消防署には連絡をするとともに、火の始末も念には念を入れています。

 役員のKさんが、囲炉裏やドラム缶などで火を使ったところには思い切り水をぶっ掛けて消火して、2時40分のバスで下山しました。
第64話 箕面の山で植樹に参加しませんか![2007年12月03日(Mon)]



 箕面市の広報紙「もみじだより」平成19年12月号の12ページ「市民の広場 オアシス」に、箕面だんだんクラブから「箕面の山で植樹に参加しませんか!」と催しの案内を掲載しています。
 市民の皆さんに私たちの活動を知ってもらうよい機会ですので、もう少し具体的にお知らせすることにしました。


植樹をする日時・場所など

 植樹をする日は、12月16日(日)・22日(土)です。午前10時から午後3時までです。雨天の日は中止です。
場所は「体験学習の森」と言っても、なじみが薄いと思います。箕面市立環境クリーンセンターの北側の森の中です。
 広報紙にも書いていますが、問い合わせは電話722−5094の福井が説明させていただきます。

 費用は無料ですが、お弁当はご持参ください。私たちの活動拠点の「豚汁広場」でお茶や昼食時には名物の豚汁を作って召し上がっていただけると思います。

 道具などはこの行事を主催する箕面だんだんクラブで準備しています。
植樹した記念に植えたクヌギに自分の名前を書いていただきます。フェルトペンで書いた字が消える数年後にどんなに大きく育ったかを見に訪れられてはいかがですか。

 11月末に各家庭に「もみじだより」に配られましたが、早速に「箕面クワガタ探検隊」の皆さん約30名が親子で参加される予定です。
 箕面クワガタ探検隊の野外活動の一環ですが、午前中に参加される方は植樹作業に加わっていただきます。昼食時には豚汁広場で名物の豚汁を召し上がってください。この豚汁材料代として大人100円、子供50円をいただきますがご了承ください。なお、午後は、昼から参加される方を含めて、クワガタの幼虫捕りとサツマイモを焼いて食味するなど別のメニューを予定されています。


クヌギの苗木を植えます

 苗木は財団法人大阪みどりのトラスト協会から「平成19年度みどりづくり輪活動支援事業」として植樹(クヌギの苗木)の助成を受けて購入したものです。

 クヌギはブナ科コナラ属の落葉樹のひとつです。樹高は1〜20mになります。葉は秋に紅葉し、紅葉後に完全な枯葉になっても枝からなかなか落ちず、2月くらいまで枝についていることがあります。
 クヌギは幹の一部から樹液がしみ出ていることがあり、カブトムシやクワガタなどの甲虫類やチョウ、オオスズメバチなどの昆虫が樹液を求めて集まります。
クヌギは成長が早く植林から10年ほどで炭材・ホダギ(椎茸)、薪等に利用できるようになります。伐採しても切り株から萌芽更新が発生し、再び数年後には樹勢を回復し、持続的な利用が可能な里山の樹木のひとつで、かつては農村に住む人々に利用されてきました。今でも川西市黒川地区では茶道用の道具炭の生産が続いています。


樹皮や野草を食べる鹿

 今回植樹する『体験学習の森』には、スギやヒノキ、アカマツ、ヤブツバキなどたくさんの樹が植わっています。そのなかに、クヌギやコナラ、アベマキなどブナ科コナラ属の木も植わっています。

 クヌギやコナラなどは、秋には木の実のどんぐりができます。今回のクヌギ苗の助成を受ける以前は、このどんぐりを発芽させて育てたり、クヌギの苗を譲り受けて育てたりしてきました。しかし、この森には猿やイノシシ、アライグマのほかにたくさんの鹿が生息しています。この森にやってくる動物の中でももっともやっかいなのが鹿です。

 最近は私たちの活動地域まで毎晩やってきて野草だけでなく樹皮を食べています。鹿は手当たり次第野草などを根こそぎ食べつくしてしまうので全国各地で鹿の食害が問題になっています。

 折角育ててきた苗木は大きくならないうちに鹿に食べられてしまい、現在わずかに育っている状況です。
 そこで、鹿の食害を防止するために写真1のように、植樹した苗木を竹で囲んで防護具としていますが、万全な対策とはいえません。




    写真1 鹿の食害防止用に苗木を竹で囲んだ状況

 最近は鹿が増えすぎて好んで食用としてきた若い苗木や桜の樹皮が少なくなり、今まで食べられていなかった樹皮でも食べられています。また、比較的食べ物が豊富な時期でも樹皮が食べられているのを見かけるようになりました。

 2007年4月24日付けの読売新聞によると、見出しで「カワウ狩猟鳥獣指定へ 環境省方針」の記事の中で「農産物を荒らすニホンジカについても捕獲を解禁」と出ていました。


鹿の天敵は?

 その昔日本にオオカミがいた明治時代までは鹿の天敵はオオカミでした。
 1905年に奈良県東吉野村で捕獲された若いオス(後に標本となり現存する)が確実な最後の生息情報で、過去50年間生息の情報がなく、ニホンオオカミは絶滅種になっています。したがって、鹿の天敵がいなくなるとともに、狩猟で生計を立てていた人たちも老齢化して今では鹿はどんどん増えるばかりです。


鹿の食害対策

 今回植樹するクヌギは2年生で70〜80cmほどに育った苗木を買うことにしました。鹿に食べられないように、試験的にヘキサチューブを苗木に被せて苗木を保護する方法や、苗木の周りを割った竹で囲う方法などの対策をとることにしています。
 ヘキサチューブは、苗木に被せて苗木を保護する六角形(ヘキサ)のポリプロピレン樹脂製の植生保護管です。




       図1 ヘキサチューブの概念図

 チューブ内部の保湿効果により、異常気象等による乾燥から苗木を守り、風による強制蒸散を防ぎます。チューブが苗木を包み込むため、シカ・ネズミ等の獣害から苗木を保護できます。これらの風・食害のストレスを排除するので、苗木の成長が促進され、チューブ内は温度が高いため光合成速度が速く、成長促進にもつながります。

植樹する場所

 今回植樹する場所は、主に3箇所を予定しています。
 1箇所目は、クリーンセンターバス停で下車して体験学習の森の活動拠点まで勝尾寺川の支流沿いの道(写真2)を登ってくる途中の道沿いに植えることにしています。




     写真2 植樹する勝尾寺側支流の道沿い

  2箇所目は、マダケが植わっていたところです。ここに植わっていたマダケはテングス病にやられてしまったのです。
 
 この病気は病原菌に犯されたもので、マダケなどに顕著な被害が見られます。特に、近年、日本各地のマダケ林に猛威を振るっていて、竹林の衰弱が急速に進んでいます。
この病気の対策は、「伐って燃やす」のみですから、元気なマダケにまで蔓延しないように写真2のように伐採しました。マダケを伐ってしまった跡地にクヌギを植樹することにしました。




     写真3 テングス病にやられたマダケの跡地に植樹

  3箇所は私たちが小鳥の水場(写真4上)と名付けている場所より上の斜面(写真4下)です。



        写真4 小鳥の水場とその上の斜面

 この小鳥の水場は、わずかに伏流水が流れています。また、この場所へ行く途中の道沿いは勝尾寺川の支流ですが、木々に覆われた渓流になっていて小鳥たちの休息場所だったり、敵から襲われそうになった時の隠れ家になったりしているようです。だから、渓流沿いの草むらは草刈りをしないように注意しています。

 この付近は小鳥の水場という名のとおり、小鳥たちが集まってきて騒がしいほどさえずりが聞けます。

 植樹する主な場所は上記3箇所ですが、このほかにも作業道の側にも植えることにしています。


里山とは


 NPO山麓委員会の「山麓(里山)の樹林管理ガイドライン」の「里山とは」によると、
「かつては農村の背後にあって薪炭林など生産林として使われている山のことでした。
ところが、今ではほとんどの里山は生産林でなくなり、主に農村・農地あるいは市街地地域(住宅地など)に接する山を「里山」とみなす考えが広がりました。この考え方では、主として“位置関係”から「里山」を考えます。さらに、スギ・ヒノキなどの人工林を除いて、いわゆる“雑木林”(落葉広葉樹林・アカマツ林など)に覆われた山を「里山」とする意見も根強く存在します。このように各種の考えが整理されていないことから、この「ガイドライン」では不必要な混乱を避けるため、厳密な記述をする場合には「里山」という言葉を原則として使わないことにします」と書いています。


 私たちが活動する「体験学習の森」はかつて4つの村の共有財産として里山の役目を果たしてきました。その面積は252,798.75uとなっていて、甲子園球場グランド面積の17倍強の広さです。
 このような広大な体験学習の森で現在活動している区域はごく限られた面積です。

 この「体験学習の森」を将来どんな森にするのか、その全体像は今後の課題ですが、当面は昆虫、小鳥、リスやウサギ等の小動物の餌となる実のなる落葉樹(クヌギ、コナラ、アベマキ、クリ、エノキ、ネズミモチ、ムラサキシキブ等)の植樹と育成が目標です。

 今回は成長の早いクヌギを植樹します。
 
 参加された皆さんの手で植えたクヌギが数十年後には、幹は太く、たくさんの枝葉をつけて茂り、大きなどんぐりの実を結んでいることでしょう。

 「体験学習の森」に、自分の手で植樹したクヌギの何年後かの成長した姿を、想像するだけでも楽しいではありませんか!


庚申講とは酒盛りの会?[2007年11月02日(Fri)]


 私は10月中ごろ「大仏鋳造に粟生山(箕面市内)の木炭は使われていただろうか?」を調べていました。その中で戦前は黄銅鉱が掘られていたという椿地蔵の場所を確かめるために10月10日箕面市立郷土資料館へ出かけ、福田館長からそれに関連した話を聞くことができました。
 その帰り際に各種案内のパンフレットを持ち帰った中に「歴史に学ぶ・みのおのまちなみ」の開催要領に館長が講義されるので是非受講したいと思っていました。

 その日の夕方久しぶりの飲み会で大阪へ出かけました。その席で箕面だんだんクラブメンバーのKさんからも同じパンフレットを見せられ館長の講義を誘われました。

 そのときは話の内容が「庚申塔」のこととは知らなかったのですが、10月20日に和歌山で偶然にも庚申さんの話を聞きました。その日は「語り部と歩く・熊野古道紀伊路第6回切目から三鍋王子」で、その途中みなべ町西岩代で庚申さんの祀られていた前でその信仰の話を聞きました。

 そして翌日の21日に偶然にも館長から庚申さんの話を聞くことになりました。

 語り部の話は江戸時代に流行った民間信仰として庚申さんを数分で話されただけでしたが、館長の「庚申塔があるまちなみ」では、箕面市周辺にある庚申塔55基すべての拓本をとられて学問的に解説されるとともに、郷土資料館で「大阪府北部・兵庫県南部の庚申塔展」に展示されている資料について解説されました。

 私は庚申信仰については初めて聞く話ばかりでした。語り部からの話だけでは興味もわかなかったのですが、福田館長の話を聞くと、今の時代にも通じるような話題だったので記事にまとめてみました。


みなべ町で見た庚申さん

 JR紀勢線切目駅から榎木峠を下って右手前方に海が広がって見える道の小高いところにひっそりと庚申さんは祀ってありました。
 写真1は2本の木に挟まれた隙間から見上げるように撮ったので顔かたちもはっきりしません。





     写真1 みなべ町で見た庚申さん

  Wikipedia庚申講には語り部はほぼ同じ内容を話していたのでそれをコピーすると、

「庚申の日には庚申講(こうしんこう。庚申待、宵庚申とも)が行われた。これは、道教の伝説に基づくものである。三尸(さんし)の虫は庚申の日の夜の寝ている間に天に登って天帝に日頃の行いを報告し、罪状によっては寿命が縮められると言われていた。そこで、三尸の虫が天に登れないようにするため、この夜は村中の人達が集まって神々を祀り、その後、寝ずに酒盛りなどをして夜を明かした。これを庚申講という。庚申講を3年18回続けた記念に建立されたのが庚申塔で、今も各地に残っている」

と書いています。


庚申の日は60日ごとに訪れる

 「庚申(かのえさる、こうしん)は、干支の一つで干支の組み合わせの57番目です。干支とは、十干と十二支の組み合わせのことで、十干とは、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸のことをいい、十二支とは子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥のことをいう。10と12の最小公倍数は60なので、干支は60期で一周することになる」なるので、庚申は60日ごとに巡ってきます。


庚申講の本尊である青面金剛の像容

  Wikipedia庚申講の続きには「庚申講の本尊である青面金剛の像容は、一面三眼六臂で、手足に蛇が巻き付く姿が一般的で、密教の明王像、特に軍荼利明王に通ずるものがある。日本では各地に石造の庚申塔が多数遺り、そこには『見ざる、言わざる、聞かざる』の三猿像とともに青面金剛像が表わされている例が多い」と書いています。

 写真1からはここに書かれている像容はわかりにくいので、郷土資料館に展示されているなかで、現在社寺等で発行されている庚申信仰の掛け軸を撮ってきました。




     写真2 庚申講の本尊である青面金剛の像容
 
 館長の話では、青面金剛塔はそれぞれの庚申講での財政事情で本職に頼んだ庚申塔から、仲間で自然石を彫ったもの、建てられた時期などにより形式に変化が見られると説明がありました。

 展示されていた55基の中で能勢町山田の庚申塔は青面金剛像を彫ったもので、インターネットで検索したものとよく似ていたので写真を撮ってきました。




      写真3 能勢町山田の庚申塔

 正面右に「日」、左に「月」を彫っています。

箕面市内で庚申塔(青面金剛)の分布

 館長は、庚申塔の分布を箕面市内地図に示して建立年代された年代から「西の端の新稲村が最初に建立した寛文7年から、東の粟生地域までおよそ100年で伝わっています。新稲村が最初に建ててから次の平尾村(現箕面地区)が建てるまでに33年かかっているに、その後は間をほとんど開けずに続けて建てられています」とこの信仰が伝わっていく流れを話されました。

 そして、箕面市内だけでなく、川西市内、伊丹市内などは街道沿いに所在するなど分布に偏りがあるようです。 

 吹田市内には1基も青面金剛がないし、茨木市内には1基だけです。

 箕面市内の庚申塔はみなべ町でみた像と違って「青面金剛」と文字と梵字、日と月を表わした円、年号などです。勝尾寺参道沿いの帝釈寺にある庚申塔を撮ってきました。




 箕面市内の庚申塔では梵字「イー」または「イ」が15基中10基も彫られています。インターネットでの梵字ご利益早見表をみると、「イー (帝釈天)」で、12あるご利益の内、「生活」「金」「除災」に印がついていました。

庚申講とは酒盛りの会?

 館長の講義は「講とは何か?強制されてではなく、自分の意志で集まった人々の集団=グループです。今でも伊勢講、愛宕講……と続けられています」から始まりました。

 講義のあと、私は「こんな信仰が今でも続いているのか」と聞いてみたところ、「能勢町では今でも続いているが、サラリーマンが多くなったので夜を明かすことはなくなり、夜中の1時で切り上げている」と答えられました。

 私には庚申講でいう「人間の頭と腹と足には三尸(さんし)の虫(彭侯子・彭常子・命児子)がいて、いつもその人の悪事を監視している」という信仰には信じられません。
 しかし、「庚申の日の夜は村中の人達が集まって神々を祀り、その後、寝ずに酒盛りなどをして夜を明かした」という話から、庚申講の名のもとに自分の意志で集まった人々の集団が、地域のコミュニケーションとして酒盛りをするノミニケーションの場であると思いました。


 私はいろんな場面の飲み会に出かけています。上記に書いた10月10日の飲み会は、ぞろ目の偶数月に以前勤めていた会社のOBとのノミニケーションで「お達者会」と名付けています。

 庚申講とほぼ同じ60日ごとに20人ほどの仲間と歓談しています。

 私たちの飲み会も、伊勢講、愛宕講、観音講などと同じように「歳をとっても元気で達者に生きていこう」という主旨で信仰の対象はありませんが「お達者講」とも言えるようです。

 この「大阪府北部・兵庫県南部の庚申塔展」は箕面市立郷土資料館で12月10日(月)(休館日は毎週木曜日)の10時から17時まで開催されています。


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