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第118話 枯れた松の大木を伐採しました[2009年02月24日(Tue)]
 2月14日の活動日は、竹炭やきと豚汁広場西側斜面、椿山の作業道つくりとその周辺の木を除伐しました。中でも尾根道に生えた松の大木は、松枯れしていて危険なので伐採しました。
 「尾根松 沢スギ、中ヒノキ」という言葉がありますが、この体験学習の森でも尾根筋には松の木が生えています。松ぼっくりから種が飛び出して尾根に根付いたのでしょうか。
 伐採した松の年輪を数えてみると、50年は経過しています。50年前といえば昭和30年代です。昭和31年の経済白書に「もはや戦後ではない」という有名な言葉が生まれた高度成長時代に芽を出したころの森は、どんな姿だったのでしょうか。

 「小鳥の水場」あたりには石積み跡が僅かに残っていますから、戦後のしばらくの間、人が住んでいたと思われます。この森に生えているマツやクヌギ、ヤマザクラなどは、昭和30年代に生えてきて育って大木になっています。それらの木々の中でマツだけが松枯れ病にやられて半世紀で切り倒されてしまうことになりました。
 松の木の伐採と松枯れの話題を取り上げてみました。


松の下を歩くときは注意! 
 この森の斜面にはクヌギやアベマキに混じってマツがところどころに生えています。2月14日には枯れた松を3本切りましたが、この1年以内には枯れてしまって危険な木が未だ数本残っています。
 写真1はその枯れた松の木を写しました。お互いの木が競い合って太陽の光を求めて伸びていきますから、下から見上げると、葉っぱの茂った他の木の先端に僅かに枯れた松の枝が見えます。遠くから見るとこの枯れたこれらの松が際立って見えていました。




写真1上段:枯れた松の木の枝(08年2月15日撮影)

下段:松の木の周辺(08年2月15日撮影)


 松の木の伐採をした翌日、みのお山麓保全委員会主催の「里山交流ひろば」の座談会で、「外院の杜でも多くの松が枯れていて下を歩いていると、太い枝が突然に折れて落下することがあるので、注意しないといけない」と話されていました。

マツの大木を伐採する

 今まではこれ程の大木を伐採したことはなかったのですが、チルホール〈写真1上段〉という手動式ウインチを購入できたお陰で、小型で軽量ながら、強力な牽引力を発揮して安全に伐採することができました。



写真2上段:伐採作業にチルホール(川上金物・使用例から)

中段:伐採したマツ

下段:枯れたマツの年輪


 写真2中段は伐採したマツ材です。年輪(写真2下段)を数えてみると、中心から36年くらいまでははっきりと読み取ることができますが、その外側は黒ずんで年輪の巾も狭くなっています。
 表面を削ってみました。読みにくいかったのですが、14、5年間くらいでしょう。14年前というと、平成7年(1995年)で、阪神大震災のあった年です。そのころから、徐々にマツ枯れ病に侵されていったと思われます。


マツ枯れ

 箕面公園自然研究路5号線に「マツ枯れ」について写真3の示す解説板があります。
 その解説には「マツは、常緑樹です。冬も葉が青々としていることから、常盤の松と言われ、縁起の良い木とされています。ところが、府下のマツ山でも同じような状況ですが、ここ箕面のマツ山も、夏から秋にかけて紅葉し枯れていくマツが、目につきます。これはどういうことでしょう?老化していくもの、また、病気や害虫に食われて枯れていくものも一部あるようですが、マツ枯れの主犯は、次のように考えられています。

 ある研究者がマツ枯れの犯人を捜し続けているときに、枯木の中から線虫を検出し、これをマツの木に注入したところ、枯れてしまったのです。この線虫は、マツノザイセンチュウと命名されています。その後、羽根も足もないこの小さな線虫が、どのようにして木から木へ移動するのかという謎も、別図のような仕組みであることがわかりました」と書いた文章の下に、写真3の図でわかりやすく説明しています。




写真3 松枯れの解説板(箕面公園自然研究路5号線)


松枯れはカミキリとマツノザイセンチュウの相利共生

 この図をYAHOO百科事典マツノザイセンチュウ等から解説を試みると、「マツノマダラは約1ミリメートルで自ら木から木へと移動する能力を持っていないので、その移動手段にカミキリを利用する。1匹のカミキリが成虫になるとき、カミキリの気管内にセンチュウが何万と侵入する。カミキリは多数のセンチュウを抱え外界へ脱出し、健康な松の若枝をかじる。

 このときにセンチュウがマダラカミキリから抜け出して松の枝に入り込む。センチュウはカミキリがマツの枝をかじると、その傷跡からセンチュウが樹体内に侵入繁殖し、木全体に広がる。

 このためマツは萎凋(いちょう:茎に糸状菌の一種が寄生し、水分の供給が悪くなって枯れる病害)をおこし、松脂(まつやに)の滲出(しんしゅつ)が止まり数週間で枯死する。カミキリはこのような木の幹に産卵する。翌春マツの材中でカミキリが蛹(さなぎ)から羽化すると、センチュウはカミキリの気門から気管内に侵入する」という循環を繰り返す相利共生(そうりきょうせい)関係にあります。

 マツ枯れについて自然農法の創始者・福岡信正氏の意見

 松枯れについて昼食時に話し合っていたら翌日Tさんが、「〈自然〉を生きる」(福岡正信、聞き手・金光寿郎:春秋社1997年2月10日初版)の本を貸してくれました。

 それによると、「45年前から自然には四百四病はあっても病虫害はないんだという考え方でやってきてますが、山の木は枯れることがない。ある程度の病虫害が発生しても部分的で収まるものです・・・・・・いまの学説でいうとカミキリムシが来て、線虫※が来て枯らすというのですが、それにちょっと疑問をもちまして、この山小屋で3カ年、昔の生活に返って顕微鏡をのぞいてみたんです。(※線虫は幹に侵入したカビの菌を食べて生きられる虫で、マツを直接殺すのではない。)

 その結果、いま日本の山林の土壌は強酸性になっていまして、この付近の松山市周辺を調べてみても、ペーハー3.8から4.5ぐらいまでの強酸性になっています。マツというのはマツタケ菌とマツが共生している植物ですが、そのマツタケ菌が強酸性で衰弱して、そこにカビ(セノコックム菌)が寄生し、さらに死滅させたり根腐れを起こす。

 このマツの根腐れをスタートにして、その次にアメリカから来たアルタナリア菌なんていう病菌が枝、葉、幹のなかまで入って、さらにマツは弱ってしまう。そこに追い打ちをかけて、カミキリムシがもう死にかけているマツに産卵する。そのとき線虫が媒介して幹に侵入し、とどめを刺されてマツは枯れていくという順序だと思います・・・・・・

犯人でいえば線虫やカミキリムシはチンピラにしかすぎない。最後の死骸掃除人です。それよりも大気汚染のようなことで土壌が酸性になったことがスタートになっているはずです。直接的にはマツタケ菌が病害によってやられているのが第一原因だけれど、第二は幹に外来の病原菌が侵入して衰弱したという見方をしています」と自然農法を実践しておられる福岡氏らしい意見です。

 松枯れについてインターネットで検索してみると、マツノザイセンチュウ因説と大気汚染説が対立しています。「松枯れ白書」(松本文雄著、高砂緑地研究会1998年4月1日初版発行)では、大気汚染公害説を主張されています。


松枯れ防除

 マツ枯れの防除方法としては、伐倒駆除、樹幹注入、薬剤散布という手段が主に用いられています。

 上記「松枯白書」で松本氏は、「『虫因説』による農業の空中散布は、大気汚染を隠ぺいした生態系を破壊する行為だとして、農薬空中散布に反対。農薬という対処療法にたよらず、総合的な大気汚染対策により空気を浄化することで、青松を復活させたい」と主張されています。

 2月初旬に法隆寺から西大寺まで散策しましたが、秋篠川沿いから見る薬師寺の東塔、西塔を望む景色はのどかな田園にマッチした景色でした。




写真4上段:秋篠川から薬師寺を望む

下段:薬師寺東塔その付近の松


 お寺の周辺はこんもりとしていていますが、薬師寺から唐招提寺までの道沿いは歴史的風土保全区域なので、松並木が整備されています。
 松の周辺で作業している人に声をかけたら、「マツノザイセンチュウの防除に樹幹注入をしている」と答えてくれました。




写真5上段:薬師寺から唐招提寺への松並木
  
 下段:樹幹注入をして松並木を保全している


 かつて、松林の落葉落枝は広く燃料として利用され、人里周辺では松林が維持されてきたが、燃料革命で見捨てられている松です。

 歴史的風土を保全されていく松を保存していくのは当然として、森林内の松は、植物遷移の上では、裸地に定着する先駆者樹木であり、その役目を果たして淘汰されていくのでしょうか。  


(平成21年2月24日)
第110話 今年もクヌギの苗木の植樹を行います[2008年12月07日(Sun)]


  昨年の12月16日(日)に箕面クワガタ探検隊や一般市民の協力を得て80人が参加し、クヌギの苗木100本を植樹しました。これらの苗木は順調に育っていて、植生保護管:ヘキサチューブ(鹿の食害対策用)6角形のプラスチックケース、高さ1.4メートルから写真1のように葉っぱが顔を出している場所も見られます。



写真1 昨年12月に植樹したクヌギ


 昨年の植樹では作業がきつかったという声もありましたが、今年、会員のKさんが庭でドングリを発芽させた26本だけを植樹することにしました。したがって、作業量は、昨年の4分の1程度になります。

 箕面市の広報紙「もみじだより」平成20年12月号10ページの「市民の広場 オアシス」に、箕面だんだんクラブから「箕面の里山での植樹(クヌギ)」と催しの案内を掲載しています。市民の皆さんに私たちの活動を知ってもらうよい機会ですのでもう少し具体的にお知らせするとともに、クヌギの木について触れてみました。


植樹をする日時・場所など

 植樹をする日は、12月14日の日曜日、10時から行います。雨天の場合は翌週の21日(日)に順延になります。

 場所は昨年と同じ「体験学習の森です」と言っても、なじみが薄いと思います。箕面市立環境クリーンセンターの北側の森の中です。
クリーンセンターへ来ていただければ、案内板などを設置しています。広報紙にも書いていますが、問い合わせは電話722−5094の福井が説明させていただきます。

 参加費用は、クワガタ探検隊が大人100円、子供50円です。一般参加の方および箕面だんだんクラブの会員は500円です。豚汁と焼き芋の材料用として使用し、昼食時に名物の豚汁と食後に焼き芋を出すことにしていますが、お弁当はご持参ください。
道具などはこの行事を主催する箕面だんだんクラブで準備しています。

 植樹した記念に植えたクヌギの植生保護管・ヘキサチューブに、願いごと、自分の名前などを書いていただきます。
 昨年参加してフェルトペンで書いた字は、まだはっきりと残っていますよ。


クヌギの苗木

 クヌギの種・ドングリは10年生ぐらいから生り始めます。1年目の春に花が咲いてできたドングリの子は、夏を越し、冬を越し、そして春を越し、2度目の夏を迎えるころからやっと大きくなり始めます、丸く膨らんでできたドングリを、瓦のように重なり合って包んでいる、総苞(そうほう:花序全体を基部で包む小さいうろこ状の包の集まり)の数も多くなります。9月ころになって、総苞の包を押しひらいて写真2のようなドングリが出てきます(科学アルバム・ドングリ、埴沙萌著あかね書房から引用)。



写真2 クヌギの実(2008年9月13日撮影)


  今年の苗木26本は、昨年10月に拾ったドングリ(クヌギの実)をポットに植えました。今年の4月には発芽して順調に育ち、現在は60センチほどの苗木に育っています。
 その苗木は12月14日の植樹のために、写真2のように豚汁広場の苗床に移植され、それらの苗木は晴れの舞台である植樹される日を待っています。




写真3 植樹される日を待つクヌギの苗木


  このドングリが土の中でどのように伸びていくのか、土の中の根っこのことですから私たちの目に触れることはできません。
 そこで、「日本ドングリ大図鑑(徳永桂子偕成社2004年3月発行)のクヌギの葉と芽生えからコピーしてみました。根が深く伸びています。




図1 クヌギの葉と芽生え(日本ドングリ大図鑑)


クヌギがよく育つところ

 徳島県「くぬぎ造林のすすめ(第2版)」によると、クヌギは、陽あたリを好む木なので、南向か西向で、周囲がひらけた陽のよくあたる傾斜のゆるやかな地形のところを好みます。
また、 根がよく伸びる木、深根性の木ですから、土壌が深く、肥沃で、礫まじりの土地を好みます。
 
 小石の多いところは、活着が少しむずかしいが株消え注)が少ないようです。肥沃地は、成長はよいが、株消えが多いようです。小石が多くても、植えるとき、苗木のまわりに客土をして活着させると、よく育ちます。乾くところでも、よく育ちます。ほどよい湿りのところがよいが、湿りすぎより、乾きぎみのところ、つまり、排水のよいところを好みます。尾根筋は、よくありません。山の高さでは、900mぐらいまでです」と、クヌギが良く育つところを説明しています。
 
注)株消え現象伐採を繰り返すごとに、株が枯れていく現象でクヌギの特色の1つです。原因は、はっきりしませんが、日照、手入れ、土地の良・否、土壌水分が関係しているといわれています。株消えの割り割合は、普通、伐採ごとに5〜15%ですが、肥沃なところほど、よく消えるようです(上記「くぬぎ造林のすすめ」から)


クヌギの根の50年後!

 クヌギの実、ドングリが大地に根を下ろし、大きく育っていったときの根はどんな風になっているのか興味のあるところです。

 そんなことを調べた学者がおられます。以前熊野古道・熊野高原に大木のクスノキの根が50メートルはある崖下の川まで伸びていたという話を、語り部さんから聞いたことがあります。「ほんとかな?」という疑問を持ち、独立行政法人森林総合研究所に問い合わせました。
 その回答は別の機会に譲ることにして、そのとき根のことを調べるなら、苅住 f著「樹木根系図説(誠文堂新光社発行、昭和54年6月10日第1版発行、定価38,000円)の大著を紹介してもらいました。
 
 大阪府内の図書館には、大阪府中央図書館と豊中市の図書館にあり、クヌギの50年後の根系をコピーできました。このクヌギは、胸高直径34cm、樹高10m、材齢50年、根系の最大深度220cm、立地関東ロームの根の図です。




図2 50年後のクヌギの根(苅住 f著、樹木根系図説より)


クヌギの根の50年後を想像しながら、第110話の締めくくりとします。                
 (平成20年12月14日)
第92話 クヌギの苗木の活着率[2008年06月23日(Mon)]


 平成19年度大阪みどりのトラスト協会から補助金で購入したクヌギの苗200本は、昨年12月16日にクワガタ探検隊や一般市民80名の協力を得て100本を植えました。残り100本は12月22日が雨天のため順延して、今年の1月5日に植えました。
 植林したクヌギのその後は順調に育っているのか気になるところです。
「第89話タニウツギの花が散ってジャケツイバラが満開」の中で、植林したクヌギの育ち具合のことに少し触れましたが、6月7日、8日の活動日にクヌギの活着率を調べてみました。


クヌギの苗木の半年後は?

 写真1上段は昨年12月16日の植林する直前のクヌギの苗木です。
 その苗木は写真1下段に見られるように、白いプラスチックのケースに薄っすらと緑色の影が写っています。




  写真1上段:植林前のクヌギの苗木
      下段:筒の中で育っているクヌギ(08年6月8日撮影)


 そのプラスチックの筒をそっと外してクヌギの育ち具合を見てみました。写真2のように柔らかい葉っぱが一杯について順調に育っていました。



      写真2:筒をそっと外してみた6ヵ月後のクヌギ


クヌギの苗木の活着率


 活着とは、国語辞典の大辞泉によると、「移植や挿し木・接ぎ木をした植物が、根づいて生長すること」です。

 クヌギの苗木の植樹は200本でしたが、ヘキサチューブという6角形をしたプラスチックケースの筒は約150セットを購入しました。その筒で保護したクヌギの苗木の活着率は表1の結果になりました。



        表1クヌギの苗木の活着率

 茶畑A、竹林Bは昨年12月16日に植樹した場所で、現場は落葉が多く自然にできた腐葉土が豊富にあったためか活着率は90%以上でした。

 花見山は今年1月5日に私たちのメンバーで植樹しましたが、岩石がごろごろしている急斜面が多い場所のためか、活着率は81.5%の結果でした。

 全体ではヘキサチューブで保護したクヌギの苗木152本のうち、130本(活着率85.5%)は順調に育っていました。

 少し話がそれますが、5月31日箕面環境市民グループ15%クラブ・10周年記念イベント「ストップ温暖化」の中で、日本熊森協会の紙芝居を見た私たちの会員・Tさんは、この活動に感動してその場で日本熊守協会の会員になるとともに、6月8日には兵庫県豊岡市の山中での活動に参加してきたそうです。
 現地では4年ほど前に植えたクヌギは順調に育っていてヘキサチューブからぐんと大きく頭を出して成長していたと、話してくれました。


竹で囲ったクヌギの苗木


 今回のように、クヌギの苗木200本を植樹する以前は少しずつですが、ドングリを発芽させて苗床で育ててから移植していました。そして、鹿の食害対策として割った竹で囲んでいました。



写真3上段:苗床から移植したクヌギ(07年12月1日撮影)
    下段:苗木200本のうち、竹で囲ったクヌギの成長(6月7日撮影)


  ヘキサチューブで保護しないクヌギの苗木は、写真3下段のような成長でした。写真2のような緑色の葉っぱが少ないのが気になります。
 写真3の上段は以前からわずかながら植林している方法で、ドングリを発芽させて苗床から移植したクヌギで、成長が遅いようです。

 6月14日の活動日には竹で囲った成長の遅いクヌギのために、枯死して回収してきたヘキサチューブに取り替えました。


ヘキサチューブの働きと効果

 北摂山地の山々では鹿の食害被害が報告されています。私たちが活動している「箕面市体験学習の森」でも、リョウブやヤマザクラの樹皮を始め、数年前まで春先に食べられる野草として人気のあったモミジガサは鹿に食い荒らされてしまいました。

 今回クヌギの苗木200本を植林するに当たり、鹿の食害防止対策として初めてヘキサチューブを採用しました。半年後の苗木の成長を見て、食害対策だけでなく、苗木を囲むプラスチックの筒がミニ温室の役割をしてクヌギの成長が著しいことがわかりました。
 そこで、ヘキサチューブのホームページからその働きと効果を検索してみました。

@苗木へのストレス(環境圧)とチューブの働き

・風による強制蒸散を防ぐ
 植物は気孔を介して水分やガスのやり取りを行っています。乾燥しているときなどは気孔を閉じて水分が奪われないようにしています。しかし、気孔は完全に閉じることができません。風が葉に当たることによってわずかに開いている気孔から水分が奪われていきます。植栽されたばかりの樹木は、十分な水分を根から吸収することができず、どんどん葉から水分が奪われると乾燥して枯れてしまいます。チューブはこの風をシャットアウトすることによって植栽直後の乾燥死から植物を守っています。
・紫外線をカットする
 紫外線は人間にとって皮膚がんを引き起こす原因となるなど、害となるものです。植物にとっても紫外線は有害な光線です。植物は紫外線から身を守るために対応する必要があります。しかし、そのためにはエネルギーを必要とします。チューブは紫外線をカットしているので、植栽直後の樹木は紫外線対策をする必要がなく、根の成長などにエネルギーをつぎ込むことができます。
・野生動物による食害を防ぐ シカなどの野生動物は植栽された樹木を食べてしまいます。チューブは植栽木を包み込んでいるので食べられることはありません。
・下草による被圧を防ぐ チューブは樹木の成長の妨げとなる様々なストレスを排除しているので、成長が早くなります。チューブの外の植物は様々なストレスが排除されていないので成長が阻害されています。したがって、植栽された樹木が雑草木の陰にかくれて日光不足で枯れてしまう、ということにならないのです。

A幼齢木を200%以上成長させる働き 風のストレス、紫外線のストレス、食害のストレスなどが排除されており、成長が促進されます。また、チューブ内は温度が高くなるので光合成速度が速くなり、成長促進につながります。

B周辺環境との共生(多様な樹林の形成)
 通常、植栽された樹木を成長させるためには下刈りといわれる作業が行われます。これは、植栽された樹木が雑草木(植栽された樹木以外の草木)の陰にかくれて日光不足で枯れてしまうことを防ぐために、これら雑草木を刈り払う作業です。しかし、@Aで述べたように、チューブを被せた樹木は成長が早く、雑草木の成長に負けることはありません。したがって、下刈りを行う必要がなくなるのです。下刈り作業は植栽木の成長を助ける反面、植栽木以外の草木を切ってしまうので、植生が単純化されるというデメリットがあります。しかし、下刈り作業を必要としないチューブ法では植栽木の成長を確保しつつ、多様な植生も守れるというメリットがあります。

 また、従来、植栽木を野生動物の食害から守るため、植栽地をネットや柵で囲い込む防除策が取られてきましたが、これでは野生動物の生息地を奪ってしまうことにつながります。チューブ法は、植栽木のみ包み込むので、野生動物を生息地から追い出すことなく植栽木を育てることができます。その他、植栽木を食害から守るために薬剤を使用することも行われていますが、森林は我々人間を始めとし、様々な動物を養っている河川の源となることも往々にしてあることを考えると、水質保全の観点から薬剤は、特に水源涵養林では、使用しにくくなります。

 ヘキサチューブの中のクヌギは、風が入らないために真夏に蒸し暑くなって成長の妨げにならないかという懸念があり、試験的に数本だけ孔を空けたヘキサチューブを作りましたが、筒の強度が落ちてかんばしくありませんでした。

 この件に関して、6月23日上記「苗木へのストレス(環境圧)とチューブの働き」の使用承諾と真夏のヘキサチューブの高温、高湿度について、開発発売元のハイトカルチャ株式会社へメールで問い合わせた結果、「心配には当たらない」という回答を得ました。詳細は別の機会に書くことにしたいと思います。

 また、竹で囲ったクヌギの周りには下草が密集してきましたので、下草を刈ってクヌギの成長を促進させる工夫をすることにしています。



第86話 花見山に下草が顔を出し始めた![2008年05月07日(Wed)]

  昨年秋から本格的に花見山の間伐作業に取り掛かり始めました。北摂霊園から下って東海自然歩道の散策路である勝尾寺川支流の渓流沿いの標高400メートル近くから東斜面に作業道を2つのルートを作っています。作業道は標高500メートル以上ある花見山頂上に向かって勾配を考えてカーブを入れながらの作業です。

 この斜面は人の手が入らなくなってから数十年は経っていると思われます。木々に蔓が巻きついた暗いジャングルの森林でしたが、間伐をしながら進めてもう少しで頂上に近い杉の植林地に到達します。
 

 その作業道を作るために間伐したところでは、日が差し込んできて草が顔を出し始めました。目を凝らしてよくよく観察しないと見逃してしまうほどですが、今まで日が差し込まず暗黒に近い林の中に少しずつですが変化が見え始めました。

間伐前

  写真1上段は花見山の頂上付近を東海自然歩道散策路の西隣の谷筋(石庭)から写しました。木々に蔓が絡み合ってもやし状に太陽を求めてヒョロヒョロに伸び、この山の地面に太陽の光は全く入らない状態です。

 作業道は写真1上段と隣り合う東側の谷から進めています。
写真1下段は作業道が出来上がって間伐が少し行われたところを写しました。まだ、蔓の根元を切っただけなので木々にぶら下がった状態になっています。




      写真1上段:花見山を西の谷から見る
          下段:蔓が絡み合う花見山


間伐後


 写真2は間伐した後の山肌です。角張った石がごろごろ点在していて下草は全く生えていません。




    写真2 間伐で現れた下草の生えていない山肌

 東海自然歩道散策路の勝尾寺川支流の渓流には大きな岩や石が急斜面に点在していますが、これらは大雨で斜面を落ちて渓流になんとか留まっている状態です。

 この下草の生えていない山肌の斜面に保水能力があるとは思えません。
 
 写真1上段は4月12日ヤマザクラの開花状況を見るために、花見山の西側からの石庭から花見山を写したのですが、半年振りに登った石庭への道は、山の斜面から転げ落ちてきた石であちこち点在していて歩きにくい状態になっていました。


 この半年の間に箕面方面に大雨災害がないのに、下草が生えていなくて保水力のないこの山では、少しの雨でも土壌が雨によって流出し、浸食され、災害の危険性が高くなることを示していました。

 全国各地から集中豪雨のたびに、土砂崩れ等の被害が報道されています。森林の放置による下草がなく、山に保水力が低下していることもその原因の一つと言えるのではないでしょうか。


間伐した後に下草が芽を出した!

 5月3日作業道つくりや間伐作業を終えて山を下りているとき、Tさんが「下草が芽を出している。何年も陽が入らずじっと耐えていたのだろうな!」と話しかけてきました。

 写真3上段は間伐して少し陽が入るようになった斜面です。写真3下段はその斜面に下草がわずかに芽を出し始めたところです。よくよく目を凝らさないと見落としそうです。4月下旬から晴天が続いていますが、5月5日には一雨降ったので、下草もどんどん成長してくれることでしょう。




   写真3 上段:間伐で陽が差し込むようになった斜面     
        下段:陽が差し込むようになって下草が芽を出し始めた


花見山のこれからの姿

 今年の3月3日に第77話「『狐のベンチ』周辺の草花」の記事の中で「このあたりは10年ほど前には木々が密集していて分け入って進まなければならなかったのですが、豚汁広場の間伐を終えたあと、次に手がけた場所です。木々が密生していたこのあたりを間伐して光が差し込んで明るくなると、最初に芽を出してきたのがこのキツネノカミソリだったのです」と書きました。

 また、第80話では「このあたり『狐のベンチ周辺』はジャングルでベールを被ったようで、これら3本の桜も太い蔓が巻きついて大人がぶら下がっても切れないほどだったそうです」とも書きました。

 花見山のいまの姿は上記第77話や80話の記事のような状態から間伐が少しずつ行われている状態だと思われます。

 その「狐のベンチ」周辺の間伐に入ってから10年後の姿が写真4です。




      写真4「狐のベンチ周辺」の状況(5月4日撮影)

 「キツネノカミソリは、涼しいが湿気が多く、光が差し込んでもカンカン照りでないこの場所が好きなようです」と書きましたが、花見山は標高も高く、勝尾寺川支流からも離れているので下草はどんな草が出てくるのか見当もつきません。しかし、この山の頂上付近の杉の植林地へ行くまでの斜面にはヤマザクラやヤブツバキが数多く自生しています。傾斜地なのでキツネノカミソリやチゴユリなどは出てこないと思いますが、10年後には下草が茂って素晴らしい景観を作り出してくれることと期待しています。

森を守る

 インターネットで「森林の保水力 下草」で検索してみると、「駿河木挽きの邑」のホームページの中の「間伐が森を守る」には、わかりやすい言葉で間伐と下草の役目を説明していましたので引用してみました。
「『間伐』とは森林の密度を調節するために木々を伐採(切る)することです。一瞬『自然破壊?』という誤解が生じ易いものですが、実はこの『間伐』は森林を守り育てていく上で必ず必要となる重要な行程なのです。
 植林した苗が育ち、木々が混み合ってくると太陽の日差しがすみずみまで行き渡らなくなり、全体的にやせた森林になってしまいます。それを防ぐため『間伐』が行われます。病気の木や質のよくない木などを取り除きながら混み合った森林を整理し、日光や栄養がきちんと行き渡るように調整することで元気な森林が育つというわけです。『間伐』をきちんと行っている森林では木々がしっかりと根をはり、下草とよばれる小さな草木が生い茂ります。これらは大雨の際の土砂の流出を防ぐ他、森林の保水力を助ける働きにもつながります。つまり、『間伐』は森林を守るための大切な作業というわけですね」。

 

魚つき林(うおつきりん)

 以前ある漁業組合が魚を増やすために、森に植林をしたという記事を読んだことがあります。そこで、「森林を守る 漁業」で検索してみると、「魚つき林」という言葉を見つけました。フリー百科事典『ウィキペディア』によると、

 「昔から、漁業者の間には、海岸近くの森林が魚を寄せるという伝承があり、そのため海岸林や離れ小島の森林を守って来た歴史がある。そのような森林を魚つき林(うおつきりん)という。現在、そのような名目で魚つき保安林という名のもとに保護を受けている区域もある」。

 そして、その科学的根拠として「具体的な因果関係という点では、明確なものはわかっていない。しかし、恐らく過去に森を荒らして魚が減ったというような事があったためでなければ、このような伝承も残らないはずである。おそらく、いろいろな経験から、古人は森と海のつながりを知っていたものと思われる。

 ところが、最近はこのようなことが認知されやすくなっている。 近年、"磯焼け"、つまり海岸の岩礁に海藻が生えなくなる現象が見られるようになり、これが実は山奥の森林の荒廃が進むにつれ、海へ流れ込む成分が変化したためではないかと言われるようになった。これに基づいて、川の源流を守る事が漁業を守る事につながるとの認識で、独自に植林事業にのりだす漁業組合が出現するまでになった。

 このように、海の生態系と陸の生態系とのつながりを示す現象も次第に明らかになり、根拠も次第に集まりつつある。この両者の間で物質の移動が予想以上に大きな役割を持っている事が分かりつつある。今後はより広く森林保護が人間の生活を守る事につながるとの理解が進む事と期待される」。
 
 さらに、「魚つき林」では、陸と海との繋がりの項で、森林から川を経て海に無機塩類などの供給し、海藻類が育ち、魚の食料になり、「食べる・食べられる」という食物連鎖まで書かれていますが、食物連鎖や物質循環の話題は、別の機会にまとめることにします。

 この稿を校正してもらったNさんから魚つき林に関連して「山の神に海の中でもグロテスクな海の幸のオコゼ備える風習がある」と教えてもらいましたが、各地にこうした風習があることがネットの検索でわかりました。

 森林を守ることは、海に生息する生物も守る重要な役目をしていると思います。



第73話 2008年2月第1回の活動報告[2008年02月04日(Mon)]


 2月に入って第一土曜の活動日は、竹炭やきと花見山の作業道つくり、間伐作業およびそれに伴う玉きりなどをする予定でした。
 ところが、大寒に入ってこのところ日本列島は大陸からの寒気団が吹き荒れています。季節を分けるという節分が翌日だというのに、その日は朝から寒い曇り空で、夕方からは雨で北摂方面でも明け方には雪になるとの予報も出ていました。

 雪になれば茨木能勢線は路面が凍結して翌朝の窯止め作業ができなくなる恐れがあり、竹炭やきは中止することにしました。
 
 そこで、1月の第4土曜日に引き続いて里山の手入れ作業だけになりました。今まで里山手入れの記事が少なかったので、その活動を報告します。


箕面体験学習の森に通称名をつけました

 今まで活動拠点である豚汁広場だとか、大きな石の多い広場は石庭、小鳥の水場など2,3の通称名はありましたが、活動範囲が広がるにつれて場所を特定するために名前を付ける必要に迫られました。
 そこで、水が干上がってしまった沢には「涸沢(からさわ)」、曲がりくねった作業道には「七曲がり」、その山から桜の開花のころ眺めが絶景となる山に「花見山」などと名前をつけました。その場所をイメージできるようにうまく名付けてくれたのは、ベテランのNさんでした。




作業道も上に向かって延びていきました

 花見山は急斜面である上に、瓦礫の多い山です。作業道づくりは、81歳のベテランFさんが、けもの道などを利用しながら作業がしやすいようにきるだけ勾配をゆるくして作っていきました。
 どんどん上に延びていく作業道を、後を追って補強してする人がいて写真1のように登っていきやすくなりました。




         写真1 花見山の作業道

上で作業するときは下では作業をしない!
 
 筆者は作業状況を記録するためと、樹木に絡んだ蔓を切るため、山の上の方に登っていました。足を踏み外して掴んだ木が腐っていて大きく滑ってしまいました。
 「落石!」と大声を上げましたが、大きな石が凄い勢いで落下していきました。下には作業をしている人がいて、「当たっていたら大怪我ではすまなかったかもしれない」と思うとぞっとしました。
 今まで間伐作業をしてきた鉄塔尾根あたりとは違って、この花見山では瓦礫が特に多い山です。


 当たり前のことですが、上で作業をしているときは、下では作業をしないことを確認しました。

 次回から朝礼のとき、毎回「落石防止の注意」を喚起していくことにしました。


腐ったアカメガシワの根っこに凍ったヒラタケが!

 蔓伐り作業をしていたとき、滑った近くの木の根元にキノコが出ていました。キノコに詳しいTさんは「凍ったヒラタケで、美味しいよ」と教えてもらい、昼食時の味噌汁の具になりました。



      写真2 アカメガシワの腐った根っこにヒラタケが!

 昼食時落石の話題で「今までハイキングで山歩きをしているなかで、周りの木につかまりながら下山しているが、この花見山は腐った木が多いのではないか」と尋ねたところ、「それは比較的みんなが通る山だからある程度手入れが行き届いているからだ。アカメガシワなどは太い幹でも虫が入って腐っている」とTさんが教えてくれました。

 アカメカシワについて以前書いた記事に「アカメガシワは川岸やガケくずれのあったところなど、さまざまな原因で攪乱を受けた環境に生える典型的な陽樹です。繁殖力がたいへんつよく、鳥によって運ばれた種子から、石垣の間など思いもかけないところから芽を出しているのをよく見かけます」とインターネットの資料を引用していました。


先駆種とは

 アカメガシワは不安定な環境で育つため、子孫を残すため早く成長する先駆種といわれています。

 昼休みにアカメガシワの寿命を聞いたら20年くらいだと教えてくれましたが、インターネットで詳しく調べてみました。

 平成18年度発表会[福岡県森林林業技術センター]の資料に寄ると、「先駆種とは、森林伐採後の初期に発生する樹木のことで、アカメガシワ、ヌルデ、カラスザンショウ、クサギなどです。林内土壌中に埋土種子として蓄積されていたものが、環境の変化(倒木や伐採など)で一斉に発芽する陽樹傾向が強い落葉樹で、寿命20〜30年程度のものがほとんどです」ということがわかりました。


アカメガシワにハンノキキクイムシ

 今回の作業で花見山の急斜面のアカメガシワが虫の食われて腐っていることを説明した資料が見つかりましたので、少し長いですが引用させてもらいました。
www.zennokyo.co.jp/field/06daigaku/y_2.htmlには、

 「ハンノキキクイムシからみた斜面林の物質循環」の項に「林内で見つけた異様なアカメガシワ。枯れた幹から、ところてんのようなものがたくさん出ています。一体何なのでしょう。
これは、虫糞と木の屑から成るフラスと呼ばれるもの。枯れ木に潜入したハンノキキクイムシが木質部を掘り進んで押し出したものです。成虫の体長はわずか2mmほど。雌は、幹の中に巣を作り、産卵の際、背中に貯蔵しているアンブロシア菌という菌の胞子をまきます。これが坑内壁に繁殖、孵化した幼虫は、この菌を食べて蛹に。その後、羽化した成虫は交尾して、雌は枯れ木から脱出、新たな枯れ木へと移動し、産卵、繁殖するというサイクルを繰り返します。雌が交尾の前に取り込む菌の胞子は、産卵を促がすとともに、新しい巣で再び幼虫の食糧となるのです。
 
 こうして、ハンノキキクイムシとアンブロシア菌は共に分布を拡大させ、枯死した樹木の解体・分解を促進しているのです。アカメガシワをはじめ、森林における先駆種である陽樹は、明るい条件下では素早く成長しますが、暗い条件下では成長できません。このため、森林の遷移に伴い他の樹種が増えると、十分な光を浴びられなくなり、枯死する運命にあります。
 
 一部では害虫とされるキクイムシですが、斜面林における遷移や物質循環という観点から見てみると、彼らは森の健全なサイクルを維持するためになくてはならない分解者なのです。林内で見つけた異様なアカメガシワ。枯れた幹から、ところてんのようなものがたくさん出ています。アカメガシワをはじめ、森林における先駆種である陽樹は、明るい条件下では素早く成長しますが、暗い条件下では成長できません」と書いてありました。


 まさにこの資料から花見山の急斜面のアカメガシワが腐っている原因を解明することができました。


間伐前と間伐後の状況



写真3 上:2007年8月25日撮影
     下:2007年10月6日撮影


 写真3は間伐する前に写しました。上段は4月ころに斜面の下側を間伐していましたが、その上方は下段の写真に見られるように、蔓が木を巻き込み、光を求めて上へ延びていくもやし林でした。

 明るい環境の中では鳥が運んできた種子は瓦礫の多い花見山でも育ってきましたが、もやし林になったために、上記ハンノキキクイムシによって成長できなくなっていったのです。




  写真4 上:2008年2月2日間伐作業
       下:同日間伐作業後の状況


 写真4は2月2日の間伐作業で日光が差し込むようになった花見山です。

 この日の花見山の作業では常緑樹のヤブツバキ、ヒサカキおよび虫で腐ったアカメガシワを間伐しました。



 2月2日の作業には寒い日だったにも関わらず22人が参加して日の差し込む林になりました。

 2月3日は朝方から箕面市街地でもボタン雪が降っていました。北摂山地は雪を被った山並みが見えていました。


 竹炭作業を取りやめたのは、良い判断でした。
切り立った崖の木を伐採する時には![2007年11月19日(Mon)]


 11月の活動日に切り立った崖の樹木が数本切り倒されているのが見つかりました。私たちの活動を取りまとめている世話人が次の作業場所を探していてわかりました。

 急斜面の崖の樹木はその場所でバランスをとって植わっていますから、葉の茂った樹木がなくなれば、その場所の保水力が落ちるだろうし、結果としてがけ崩れの心配が出てきます。このような場合、切り立った崖の樹木を伐採することの是非の判断とその指示系統をどうするか、今後の活動を円滑に進めるために考えてみました。


急斜面と切り倒された樹木



    写真1 急斜面の崖と露出した地面 



      写真2 左上の木の根が露出しているが? 



       写真3 右手前の木の伐採は是か?



     写真4 斜面の木を切った状況

急斜面に植わった樹木を伐採するかどうかの判断

 11月18日里山連携講座の直前に、講座を主宰されている兵庫県立大学自然・科学研究所服部 保教授に聞いてみました。

 「崖がどんな場所なのか見てみないと判断はできないが、その場所の条件によりけりです。大木であるがために風にゆすられて逆にがけ崩れを起こすことがあります。現に兵庫県内でも台風で樹木がゆすられて大木が倒れ、がけ崩れを起こした例があります。また、葉が生い茂った林内のために下草が生えず保水能力が落ちてかえってがけ崩れを起こす可能性がでてくることもあります。さらに、危険な崖の木を太くならないうちに間伐することによって、風にゆすられ倒木の危険性を少なくし、その木から萌芽して保水能力が高まることも考えられます。そのほか、樹種による根の深さ、土質など種々の条件を考慮することが必要です」と教えてもらいました。


今後の進め方

 今まで樹木を間伐するか、育てていくかの判断を、どうしてきたか振り返ってみると、残しておきたい樹木には赤のテープを巻き、切ってよい樹木には白いビニールテープで印をしていました。また、渓流沿いの草むらは小鳥の隠れる場所なのでその周辺を囲って草を刈らないよう注意をしています。こうした注意事項は掲示板にも記載しています。
 
 さらに、仕事をかかる前に、その日の作業場所と内容、注意事項などを朝礼時に伝達もしています。

 また、作業にかかる前には、その日の活動場所でまとまった人数になるように、自主的に作業内容で得手・不得手のバランスをとって進めています。したがって、作業の進め方では大きな間違いはなさそうです。
 しかし、急斜面で崖が崩れる可能性のあるような場所での伐採は作業そのものにも危険が伴いますし、崖の崩壊も考えられます。

 私たちの会では本格的に山仕事に従事していた会員はいません。家業で山仕事を手伝ったり、他団体で里山管理を勉強した人が少しいる程度の団体です。その大半は未経験者ですから、素人判断はしがたい面があるので以下のように取り決めました。

@自分自身で玉きりや枝払いなどの後処理ができないと判断される木の伐採はしないこと

A急斜面では立ち木が土留めの役目を果たしている場合が多いので、急斜面での伐採はしないこと

 このことを次回の作業前に、注意事項として周知徹底するとともに、急斜面で伐採してはいけない場所を掲示することにしました。


立て札による注意喚起の一例

 11月18日の里山連携講座の中で、兵庫県立一庫公園での植生管理のその後の状況を観察してきました。
 その観察中に写真5に示す「今年は 刈り取りません」の立て札がありました。




      写真5 「今年は 刈り取りません」立て札

  今後の森林管理の進め方で、会員はもちろん会員以外で散策する人たちのために、こうした立て札で注意を喚起するのもひとつの方法だと思います。

参加する人の自由意志で運営するために

 ボランティアの語源は志願兵だそうです。1995年は阪神・淡路大震災で全国からボランティアが被災地に駆けつけたころからボランティア活動が盛んになりました。

 私たちの活動は、豊かな自然を守るために森を愛する人たちが集まったボランティア団体です。組織で動く会社と違ってしっかりした命令系統などありませんから、崖の上の樹木を間伐するかどうかは、その人の判断にゆだねられがちです。

 ボランティア活動は、参加する人の自由意志で運営されているだけに、指示や命令で活動を進めることは無理があります。会員の合意を得ながら、全体としては会の目的に沿って進めていかなければなりません。

 「箕面だんだんクラブ」の“体験学習の森”の保全活動の目的は、豊かな自然を守るために森林の保全と再生を図り次世代の体験学習に供することを目的として活動をしている任意団体です。

 今回は、「切り立った崖の木を伐採した」出来事を機会に、活動の進め方を提起してみました。


植生管理の手法として環状剥皮を実習してきました[2007年10月28日(Sun)]


 「第3回みのお森の学校(里山連携講座)」には私たちクラブから3名が参加しています。
 その里山連携講座は、私たち箕面市からだけでなく、三田市、尼崎市等の4団体が連携した講座で約90名が参加されています。
 第1回は9月23日三田市フラワータウン「兵庫県立 人と自然の博物館」で講義と植生調査の実習でした。

 第2回は昨日10月27日には有馬富士自然公園内でありました。午前中に植生調査の実習をした結果を解析し植生管理方針を決めました。
 午後から再度調査場所に行き、各自のこぎりと剪定はさみを持って植生管理の実習を行いました。

 その中で、私たちが活動している箕面の里山では未だ実施されていないと思われる環状剥皮の実習をしてきました。
 目新しい環状剥皮という言葉は以前植生管理に詳しいNさんから聞いていましたが、今回の連携講座で初めて実習してきました。

 参加されていない私たちの会員へ報告するとともに、私たちが実施している里山管理の一手法として会員同士で話し合うための資料としてまとめてみました。


植生調査の結果


 有馬富士(標高374m)を望む福島大池のほとりから少し入った写真1の右手の森の中に観察場所を決め10m×10mのロープを張り、その中に生えているすべての植物の名前、高さ、幹周り、植被率などを調べました。



    写真1 福島大池の前方に有馬富士を望む

 ヌルデ、コナラ、タカノツメ、アラカシ、ソヨゴなどの高木層からネザサやコウヤボウキの低木層まで40種ほどの植物が出現していました。

 北摂地域で10m×10mの調査枠での植物の出現数とほぼ同じだと解析結果が発表されました。




     写真2 密集した森の中で植生調査

 担当の先生だけでなく、参加した生徒の中には、植物に詳しい人もおられましたが、私は植物の名前を覚えるのは全く苦手でした。

除伐・間伐作業

 植生調査の結果から、常緑樹は葉が生い茂って林相(林のようす『状態』。樹木の種類や生え方)が暗くなり、下草が生えないので除伐・間伐し、クヌギ、タカノツメなどの落葉樹を残すことにしました。

 また、除伐・間伐によって光が差し込むようになると、ネザサが生い茂ってくるので、まずネザサから切り取りました。23人がネザサを切り取り、集計すると212本ありました。 
 低木層から順にヒサカキ21本も大きくなると茂ってくるので伐採しました。同じようにイヌツゲ12本、ヒイラギ5本を切っていきました。

 下草のように生えている実生(種子から発芽して生じた植物)で、成長の著しいアラカシの苗は130本、ソヨゴは207本抜き取りました。

 今回植生管理した区画とその周辺とでは写真2に見られるように変わりました。




    写真3 間伐した区域とその周りとの比較

環状剥皮作業の実習

 
 葉が生い茂って落葉樹や下草が育たない里山のアラカシやソヨゴなどの太くなった木を間伐すると、その周辺で育ってほしい樹木を傷めることになります。

 そこで、間伐を代用する手法として幹の樹皮と形成層を環状に削り取って木を立ち枯れさせる方法です。
 
 できるだけ地面に近いところで写真4のように幅20センチほどのこぎりで切り込み、その部分を木槌などでたたいて樹皮を剥ぎ取ります。




 写真4 のこぎりで切れ目を入れて木槌でたたいて樹皮をはがす

 これによって根から葉への水分補給がたたれるとともに、葉は光合成によってできた栄養分を根に補給することができなくなり、その木は葉を落とし、枝を枯らしてやがて木は立ち枯れていきます。
 
 きれいに樹皮を剥がないと水分補給や栄養補給路ができて、木を枯らすことにならないと注意を受けました。

 今回実習した調査箇所ではアラカシ3本、ソヨゴ2本の環状剥皮を行いました。
また、地面から高いところで環状剥皮をすると、そこから萌芽しやすいので、作業性は悪いができるだけ地面に近い場所が良いとも教えてもらいました。

 今回植生管理で実施した10m×10mの調査域の中ではアラカシ3本、ソヨゴ2本を環状剥皮して講座を終えました。

 午前中調査区域の鬱蒼とした写真1の森は、午後の植生管理の実習で除伐・間伐と環状剥皮を実施した結果写真5のようにすっきりとした森になりました。




   写真5 除伐・間伐と環状剥皮ですっきりした調査区域


  次回11月18日の第3回講座で約1ヵ月後の状況を観察することにしています。

環状剥皮についての反応

 今朝から私たちのクラブでは試験的に右窯だけを04窯で行ってきた障壁を設けないドラム缶方式で竹炭をやきました。その作業の合間にこの原稿の下書きを見せて意見を聞きいてみました。

@環状剥皮をする場所は、通常は市民が近づけなくて、管理がしにくいところでやむを得ずしなければならない場所に限定されるべきだ。一般市民が自然観察に来るような場所では木に傷をつけ、立ち枯れさせた理由を納得させる形で説明しなければ理解が得られないだろう。
A立ち枯れていく木をいつまで見続けなければならないのだろうか。倒木する時期になってからの後始末が大変になるのではないか。
B40年経過の杉の大木を環状剥皮し、倒木した杉を山主から後始末を手伝わされたNさんは、倒れた方向がランダムになっている朽ちた杉の大木を片付けるのは危険が伴ってこわかったし、手間がかかりすぎた。

 
 私たちが今行っている場所での森林の保全は、一般市民も簡単に入ってこられる自然観察ができる森林です。今後ずっと奥深くで管理のしにくい場所では検討する必要にせまられるかもしれません。

 今日は3人から意見を聞きましたが、今後会員からの意見や、ブログを読まれた方からの意見も参考にして議論を深めたいと思っています。
森づくりのこれからの作業場所[2007年09月27日(Thu)]

 私たちの団体の前身「もりもりクラブ」は1995年に発足しています。その当時から活動している人たちの話では、今活動拠点となっている豚汁広場は藪が茂って足を踏み入れるのも苦労したという話です。
 当時の記録や写真があれば、1995年当時放置されていた山林と現在の山の姿を比較できます。

 そのためにも、10月から別の斜面の森に作業道をつくるので、その山の斜面の今の状況を見るとともに、どんな森づくりを目指そうとしているのかについて少し触れてみました。


活動の具体例

 「箕面市『体験学習の森』森づくり活動協定」を締結した時にした打合せた活動の具体例の資料には、
1. 植生の自然推移を中断し、明るい森を作るために、間伐、除伐をする
2. 山桜、椿等を育てるために陰を作る高木、中木を間伐する
3. 昆虫、小鳥、小動物(リス、ウサギ等)の餌となる実のなる落葉樹の育成と植樹をする。
 (クヌギ、コナラ、アベマキ、栗、エノキ、マユミ、ネズミモチ、ムラサキシキブ等)
4. 鴬、冬鳥等のために谷川に沿っての藪は残す
5. 杉、ヒノキ等は適宜間伐、枝払い等をして豊かな林床を作る
6. 間伐、枝払い、除草した廃物、倒木等は整理し、集積して土に戻るようにする
7. 樹種を知るために主だった樹に名札をつけ、季節ごとに花や実をつける木にはそれらを記す。例として、3月花、5月実のように
8. わらびを育てるために、その発生地域は草刈をしない
9. 山道を作り案内標識を付けて森林浴の便に供す
10.安易に外部から植物を持ち込まないようにする


鴬、冬鳥等のために谷川に沿っての藪は残す



       図1 活動範囲の概要図

 図−1は私たちの活動範囲の地図を示しています。
 箕面市と協定を結んでいる面積は252,798.75uですからもっともっと広い範囲です。
先に「作業道が完成しました」と記事にした場所は、カワガラスと表示したやや上で間伐や玉きり作業もほぼ終えました。        


 図面中央よりやや上の線は、高圧線を示しています。また、左手の水色が上方に伸びているのが、勝尾寺川支流です。



  写真1 川沿いの草むらは小鳥たちの隠れ家になっています

 このそうめん広場は、もりもりクラブの人たちが活躍していたころ、そうめん流しをした時に名づけられましたが、今ではその面影はありません。杉の木に囲まれた広場でその木陰で休憩するのによい場所ですので、以前に間伐しておいた木が乾燥したころには休憩用の手作りのベンチを置くことにしています。

山桜、椿等を育てるために陰を作る高木、中木を間伐する

 10月から作業道つくりに取り掛かろうとしている場所は、図1で示すそうめん広場から道沿いに登った斜面です。



     写真2 10月から作業道つくりに入る場所

 作業道は写真2の辺りから作らなければ、この先の少し登ったあたりは急斜面で進入路を作るのは難しいようです。



   写真3 間伐された斜面に桜の古木(左手の木)

 この山にはかなり年数の経ったヤマザクラが植わっています。植林したものか、自然に生えてきたのか定かではありませんが、この周辺の集落では昔から木炭の生産が盛んだったといいますから、炭やきの燃料用として植林したのかもしれません。

 ずっと前に手前だけは間伐作業をしましたが、写真の上方のもりは薄暗く細く、光を求めて上へ伸びたひょろひょろのもやし林になっています。
このあたりが整備されると、春先には桜の名所になるだろうと今から楽しみしています。
作業道が完成しました[2007年09月24日(Mon)]

 私たちの活動拠点の豚汁広場から少し登った左手の山の斜面の手入れを数年前から手がけていましたが、9月22日に作業道が完成しました。

 森林整備を実施するうえでこの作業道つくりは、間伐、玉きりなどの作業場へ行くための重要な足がかりになります。

 この作業道作りの特技を持っておられる81歳のFさんを中心に進めてきました。午後3時前作業を終えたFさんは「午前中はほかの人たちが炭材つくりで一人だったが、午後から応援してもらいやっとできた。これで今までの道とつながったよ」と喜びを語っておられました。

 この完成によって山の頂上に近いなだらかな斜面での作業ができるとともに、従来からの道につながってぐるりと一回りできる環状道になりました。
この3週間前にほぼ出来上がった環状道を一回りして初秋の山の変化を観察してきました。


杉の切り株に3つも実生苗が!

 勝尾寺川支流沿いの渓谷を登ってソーメン広場の近くに朽ちた杉の切り株に3種の実生の苗が出ていましたので思わずカメラに収めました。
 杉の実生苗はすぐわかりますが、ゴンズイとムクノキではないかということでした。




        写真1 朽ちた杉の切り株に3つも実生苗!



道案内標識も整備しました


 小鳥の水場という可愛い小鳥をつけた道案内の標識は7月第4週の活動日に取り付けました。
 現在の活動拠点である豚汁広場より奥地で間伐をした時は、この「小鳥の水場」近くの木陰で休憩したり、昼食をとったりする場所でした。




      写真2 小鳥の水場の道案内標識


 今年の2月11日朝9時過ぎ、炭やき作業の合間にこの近くを観察していたとき、小鳥のさえずりに思わずカメラを向けました。もっと数多くの小鳥がいましたが、それでも4羽写っていました。




      写真3 早春の小鳥の水場近くで囀る鳥の群れ

 この近くには写真4のような岩の隙間からわずかに水が流れています。かつてこの近くで休憩場所としていたころにはもっと水がたくさん流れていたそうです。
 2月に写した写真を思い出して、この水場は小鳥の集まりやすい場所なのでしょうか、この場所にふさわしい標識を付けたものだと感心しました。




     写真4 小鳥の水場近くの岩から湧き出る水の道


 完成前の作業道に通じる「小鳥の水場」を通ったのは、残暑の厳しい昼前でしたから、小鳥たちは木陰で昼寝でもしているのでしょうか、さえずりは聞こえてきませんでした。


 残暑の厳しい昼前のおよそ1時間かけて小鳥の水場からほぼ出来上がった作業道へと下りていきました。

 樹木に詳しいNさんら3人で歩きながら、木の実のこと、木の特色など教えてもらいました。 
 残暑は厳しい中にも実をつけた木々が少しずつですが、色づき始めている山の様子をわかりました。

 この山の環状道は数多くの種類の木が植わっており、四季折々歩くことによって、樹種や木々の変化を知り、自然観察をするのによいコースだとNさんは教えてくれました。




     写真5 細い木を束ねて土砂崩れ防止+
第6話 昆虫や小鳥が集まってくる森にしよう・続き[2007年06月27日(Wed)]
今朝送信しましたが、写真の都合で続きを書きます。

玉きり作業

間伐や枝打ちした適当な長さに切りそろえる玉きりをした後、集積する。




早く腐食させて平らになるように、その上にアカメガシワなどの丸太を載せておく。こうすることによってうまくいけば、平茸などのキノコ菌がついて数年後にキノコが収穫できるようになるそうです。






写真−7 玉きりで集められた枝の上に丸太を置く→

極相林
森林を手入れしないで放置しておくと、同じ樹種だけの森林に変わっていくそうで、極相林というとはじめて聞く言葉をNさんが教えてくれました。
ネットで検索すると、「極相(きょくそう、英語climax)とは、生物群集の遷移の最終段階で見られる平衡状態のことをいう。植物群集においては、遷移の過程にともない次第に複雑な植生が発達し、条件が良ければ森林が成立する。日本の森林では、一次遷移・二次遷移に関わらず最終的には暗い環境でも定着が可能な陰樹が徐々に優占するようになっていく。落葉樹林においてはミズナラ・ブナなどがこれにあたる。森林の樹木群集がほとんど陰樹で構成されるようになり、それ以降樹種の構成がさほど変化しない状態になったことを「極相に達した」といい、極相に達した森林を極相林という。また、主に極相林で生育する樹木種を極相種という。ただし、樹木の定着や成長は気候や土壌の状態などの環境にも影響されるため、必ず陰樹が優占するようになるわけではない。乾燥や低温などの条件が強ければ、草原が極相である場合もあり得る。気候帯によってどの様な植生が成立するかを説明する場合、その極相を以ていう」と出ていました。

私たちが活動している森には、小鳥や昆虫のほかに、箕面と言えば有名な猿が数多く住んでいます。餌付けをやめてから、今ではあちこちに進出しています。箕面環境クリーンセンターへ行く沿道にもたむろしています。
また、猪は腐食したら落ち葉の下を掘り返してミミズなどを食い漁っています。
鹿も数多くすんでいるようで、よく鹿の角が見つかります。ところどころに鹿などの通る「けもの道」が見られます。冬には木の皮を剥いで食べにやってきますので、竹を小さく割ったものを木の周りに巻いて防護しています。植樹したばかりの木にも鹿に食べられないように柵などで防護しています。



写真−8 鹿に皮を剥がされないように竹で防護する

何しろ自然相手の森づくり作業ですから、長い年月をかけて少しずつより良い方に前進するしかないと痛感した次第です。
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