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第84話 スズメのお宿[2008年04月25日(金)]


 4月13日朝日新聞で「オムロザクラの樹高が低いのは粘土質が原因」という記事を見つけました。「御室桜が満開になり、花見客でにぎわう仁和寺」と写真も添付されていたので、15日に興味をもって仁和寺の花見見物に出かけました。ちょうど見ごろで平日だというのに多くの人が訪れていました。その様子を記事に書きかけている間に、近くの公園では葉桜になってしまいました。おそらくオムロザクラも見ごろを過ぎてしまったことでしょう。

 オムロザクラについては、別の視点でまとめることとして、23日に万博記念公園で見つけた「スズメの宿」について書いてみました。


スズメのお宿は電灯の笠の中

 万博記念公園の中の自然文化園には、約250種50万本の樹木が植樹されていますが、お祭り広場、砂の広場、水の広場といった木々の植わっていない空間もあります。

 日本庭園へ向かって広場を歩いていたとき、頭上で「チュン、チュン……」とさえずるスズメを鳴き声に前方をみると、写真1の鈴蘭状の電灯の笠の中をスズメが出入りしていました。




    写真1万博記念公園内の電灯の笠を利用したスズメのお宿

  電灯の笠は全部で15個取り付いていましたが、そのすべての笠は写真2に見られるように、スズメの巣として利用されていました。



      写真2電灯の笠を利用したスズメの巣

  フリー百科事典「ウィキペディア」の「スズメ」には、「『雀の学校』と言われるように、非繁殖期は若鳥を中心とした群れを作って生活するが、春の繁殖期にはつがいで生活する。雨樋と屋根のすき間などに枯れ草で巣を作るので、この時期には枯れ草をくわえて飛ぶ様が見られる」という説明のとおり、閉鎖的な空間の電灯の笠は手ごろなスズメの住処になったようです。

スズメのお宿

  電灯の笠を利用したスズメの住処をみて、ふと出てきた言葉が「スズメのお宿」だったので、ネットで検索してみました。すると、「おもてなしの心」とか「こぢんまりとした小さな宿」といった宿泊施設の案内が出てきました。
 「スズメのお宿」はどこで聞いた言葉か、直ぐには思い出せず、やっと日本昔話の「舌きり雀」の中で、優しい爺さんが舌を切られた雀を捜し求めて「スズメのお宿はどこか」というせりふにたどり着きました。
 


舌きり雀の話

 舌きり雀のストーリーもすっかり忘れていて、検索してやっとやさしい爺さんと意地悪ばあさんが出てくる話だったと思い出した次第です。

 上記「ウィキペディア」の「舌切り雀」にあらすじが載っていました。「お爺さんに助けられてかわいがられていた雀は、お婆さんが洗濯に使おうとしていた糊を食べてしまい、舌を切られて逃げ出す。その雀をお爺さんが追って山へ行くと、雀たちが恩返しにご馳走してくれたり、踊りを見せてくれた。お土産として大小2つのつづらのどちらを持って行くか聞かれ、小さい方を持って帰り家に着いて中を見てみると小判が詰まっていた。欲張りなお婆さんは、大きなつづらをもらおうと雀の宿に押しかけ、大きい方を強引に受け取って、帰り道で開けてみると中には妖怪が詰まっており、お婆さんは腰を抜かし気絶してしまう。(妖怪に食べられてしまうという説もあり)」。


舌きり雀の原典


 舌きり雀の話は、「こぶとり爺さん」や「わらしべ長者」といった民話や滑稽譚など197話を収めた鎌倉初期の説話集「宇治拾遺物語」の中に出てきます。

 上記「ウィキペディア」には、「さるかに合戦やかちかち山など、多くの民話の類がそうであるように、この話も本来言い伝えられて来たものは残酷でグロテスクな内容を含んでいる。老人は雀の宿を探すために何人もの人に道を聞くが、彼らは引き替えに馬の血や牛の小便を老人に飲ませるなどといった場面がある(この部分は、洗い水に変更されたバージョンもある)。明治時代以後、子供にふさわしい物語とするためこうした過激な部分は削除され、おとぎ話としての形が整えられた。このように、おとぎ話は時代背景や世相に伴い、内容が改変されていくことが多い」と解説していて、私たちが幼いころに聞いたのは過激な部分が削られたきれいな話だったのです。


兵庫県美方郡に伝わる舌切り雀

 手元にあった「日本昔話百選:且O省堂発行、昭和46年初版発行」を読むと、糊をねぶってしまって舌を切られた雀を探しに爺さんの会話が兵庫県美方郡地方の方言で書かれていました。
 
おじいさんが山から帰って来てこう言った。
 「おばあさんや、もどったじょ。雀が見えんがどこへ行ったぇ」 「あの雀はのう、『のり煮とけ』って言ったら、みんなねぶっちまったから、障子の穴から舌出さして、つみ切っただがの」。

 この雀は、かわゆうてならん雀だから、おじいさんは、
「どうしてそういうむごいことをした。はな、わしはこれから雀を尋ねて行ってくるぜ」言うと、弁当持って、ずっとずっと行った。
「舌切雀、来いこいこい。舌切雀はどこへ行た」

 そんなに言って行きよったら、そこへ牛追い殿がおって、おじいさんはすぐに聞いてみた。 
「牛追い殿、牛追い殿、うちの舌切雀を知らんか
「知っとることは知っとるし、知らんことは知らんし。けどな、この桶に、牛の洗い水三ばい飲んだら教えてしんぜる」三はい飲んだら、こんなに言うた。
「この向こうに行ったら馬追い殿がおるけ、今度は馬追い殿に問え」。
 
 それからずっと行きよったら、馬追い殿がおって、
 「あの、馬追い殿、馬追い殿、うちの舌切雀を知らんか」って聞くと、
 「あの、この馬の洗い水を三ばい飲んだら言うて聞かしょ」。

 こでおじいさんは三ばい飲んだ。
「向こうに竹薮があっての、そこで機織りよるさかい、行ってみい」。

 これはありがたいと行きょうたら、ほんに竹薮があったって。
 「機織りや、キコタン、機織りや、キコタン」とうたうのが聞こえてくる。
 「うちの舌切雀は、おらんかの」

 竹やぶの機織り場で舌きり雀と出会い、土産のつづらの話は、いまのお伽噺と同じ展開でした。

 この本の昔話百選の「舌切り雀」には、「『舌きり雀』は近世に赤本でも普及した昔話の一つ。しかし、口伝えの昔話もそれにひしがれず伝わってきた。腰を折られた『腰折雀』が米のなるひょうたんをくれる話。川上から流れてきた瓜の中から雀が出てくる『瓜子姫』型の話など。但馬のこの話も牛追い殿、馬追い殿をモチーフ、機織る雀など古風である。かたりが音楽的なのも楽しい」と解説していました。


雀が出てくることわざ
 
 ネットで雀が出てくることわざを検索してみると、「雀の涙、雀の千声鶴の一声、雀の糠喜び、雀百まで踊忘れぬ、鷹の前の雀」が見つかりました。

 サラリーマンに成りたての時、背広一着の「着たきり雀」だったのですが、「これはことわざですかな?」


春の繁殖期

 4月14日阪和自動車道紀ノ川サービスエリアでは、南の国からツバメがもう帰ってきて巣作りを始めていました。

 万博記念公園の15の電灯の笠のスズメのお宿でも、春の繁殖期で15棟それぞれの巣で子育てが行われていることでしょう。

 電灯の笠を利用した「スズメのお宿」を通り過ぎて、日本庭園の心字池では鯉が草むらで飛び跳ねていました。鯉もいまは繁殖期で、草むらに卵を産みつけているようでした。

 池の中の岩では写真3のように亀が春の日差しを浴びて甲羅干しをしているのどかな景色が見られました。 




    写真3 亀の甲羅干し(平成20年4月23日撮影)

 雀の話題と亀の甲羅干しとは全く関連していませんが、日本庭園の亀の甲羅干しののんびりとした様子をみて見ていると、与謝蕪村の「春の海ひねもすのたりのたりかな」の俳句を思い出しました。


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