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第224話 綾部市黒谷で紙すきを体験する[2016年10月09日(Sun)]
 平成28年度の箕面シニア塾は6月30日に開講式があり、プログラムBの「発見!体験!チャレンジ」を受講している。9月16日のテーマツアーは「黒谷和紙すき体験」で、生まれて初めて紙すきを体験してきたことをまとめてみた。

黒谷和紙工芸の里

 8時半に集合場所のメイプルホール前を出発し、箕面トンネルを抜け、亀岡から京都縦貫道・国道27号を通って旧口上林小学校の黒谷和紙工芸の里に着いたのは10時20分頃だった。

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地図 黒谷和紙への道(パンフレットからコピー)

 綾部市観光ガイドには「綾部は京都府のほぼ中央に位置している。古くはすぐれた織物の技術をもと漢部(あやべ)氏一族が支配したといわれ、地名になっている。製糸に係わる歴史はその後も続き、日本が誇る世界的メーカー、グンゼもこの地で創業した」と、紹介している。
 また、黒谷和紙の歴史には「今から800年以上前、戦いに敗れた平家の一団が人の少ない山間に身を隠し、周りに自生していた植物『楮(こうぞ)』と川の水を使って紙をつくりはじめ、その後この地を『黒谷』と呼ばれるようになり、江戸時代の中期、地域を治める山家藩が力を入れた事から紙漉き村″としてきて、今日では、昔ながらの製法を守る全国でも数少ない和紙の産地として知られる」と書いていた。

 バスを降りると、二階建ての校舎が目に入った。

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写真1 小学校跡の黒谷和紙工芸の里(パンフレットから)

 綾部市立旧口上林小学校が平成17年3月に閉校したことの記念碑がたっていた。その年の秋には校舎を改装し「黒谷和紙工芸の里」と「京都伝統工芸専門学校和紙工芸研修センター」(写真1)があり、今日の紙すきセンターの体験場所である。

入口の二宮金次郎像

 正面のすぐ横の桜の木の下に二宮尊徳(通称は金次郎)が背中に柴を背負い、手には本を諳んじている懐かしい像が立っていた。
 今回のシニア塾で参加した28人は平均70歳くらいだろうと思う。私のように80歳を超えた人は少ないだろうが、二宮金次郎の像は知っている年恰好なのだろう。「二宮金次郎の像だ」と聞こえてきた。

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写真2 二宮金次郎の像


 昭和18年に吹田の国民学校に入学した当時、校門横にはこの像が立っていて、礼をしてから教室に入ったように記憶しているが、そのことより校門を入る手前で上級生の女の人が「歩調をとって!」と号令をかけて緊張して門をくぐったことの方が強い思い出として残っている。
 また、講堂の前に奉安殿(第二次大戦中まで、各学校で御真影や教育勅語などを収めていた建物:デジタル大辞泉から引用)という小さな建物があった。これらは終戦後、無用の長物になってしまったから、早々に撤去されたのだろう。記憶の底にある奉安殿は比較的簡易なものでよく似たものをネットから引用した。

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写真3 戦前に会った奉安殿(ネットから引用)

二宮金次郎像は箕面の滝道でも見られるし、吹田の小学校にはまだ像が残っている学校もある。
二宮金次郎が小田原の酒匂川の氾濫で農地を流された荒れ地を少しずつ開拓していき、困難を克服していった江戸時代後期の経世家、農政家、思想家である。今も三戸岡道夫著「二宮金次郎の一生」という540ページの本を机に置いているが、それほど、尊徳(通称は金次郎)の生きざまに感銘を受けている。
我が家に日めくりカレンダー「心に響く先達の言葉(到知出版社)」には、「太陽の徳、広大なりといえども、芽を出さんとする念慮、育たんとする気力なきものは仕方なし」が毎月17日には、二宮尊徳の言葉が出てきて心に刻んでいる。

 「困難な状況においても、努力して学ぶ彼の姿勢を見習いましょう」という教えは今でも通用すると思っていたが、ネットで検索してみて驚いた。「全国各地で相次ぐ二宮金次郎の撤去…原因となった保護者のクレームとは」には、歩きながら読書する金次郎像に対し「子供が真似したら危険だから撤去すべき」との批判が保護者から寄せられた例、「歩きスマホを助長している」などの意見があったという。
 因みに別の検索で「原典といわれる『報徳記』を見ると、像の姿で知られるあの場面には『誦(そらんじる)』という表現が使われています。ですので、正しい解釈は『薪を背負って歩きながら、勉強した内容を暗唱していた』となります」と書いていた。

黒谷工芸の里

 見学は2班に分かれたので、私たちのグループは展示室から案内された。

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写真4 黒谷和紙工芸の里の入口


 入った突き当りに、和紙を利用した代表的な製品が陳列されていた。提燈や行燈であったが、展示室には和紙で作った座布団、唐傘、和紙の卒業証書や賞状、壁紙などに使うのだろうか、大きさサイズの和紙も展示されていた。美術品の修復にも和紙を使うことがあるという。

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写真5 代表的な和紙使用の品

 和紙で作った座布団(写真6)は珍しい製品だけに「洗濯はできるのか」といった質問が出ていた。

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写真6 和紙で出来た座布団

和紙の原料


 和紙の原料は、楮(こうぞ)、みつまた、雁皮(がんぴ)と学校時代に習ったので覚えていたが、どんな植物なのか知らなかった。この工芸の里の校庭に楮とミツマタが植わっていた。

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写真7 楮の木
 
 楮は、くわ科の落葉低木で3メートル近くになり、翌年同じ根からまた伸びる。ここ黒谷では紀州や土佐から持ち込まれているそうだが、韓国やタイからも輸入しているとか話していた。
繊維は太くて長く強靱なので、障子紙、表具洋紙、美術紙、奉書紙など、幅広い用途に原料として最も多く使用されているという。
 みつまたも隣に植わっていた。枝分れの状態がほとんど三つになっていると説明があったが、写真を撮りながらみつまたになっているのが確認できた。
繊維は柔軟で細くて光沢があり、印刷適性に優れているので、局納みつまたとして印刷局に納入され、世界一の品質を誇る日本銀行券の原料として使用されているとの説明があった。

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写真8 みつまたの木

和紙の製造工程


 黒谷和紙の里では、楮を主な原料として使っているが、毎年12月に楮畑で収穫される。「楮蒸し」は皮をとりやすくするために蒸し、熱いうちに、使用する皮の部分をはぎ取る(はぎ取ったものを『黒皮』という)乾燥させて保管する。
 「楮もみ」は、黒皮を川につけて足で踏んで揉み、「楮そろい」で表皮とキズを削り取り、白皮にして保管。
この工芸の里での作業は、@「煮ごしらえ」では水に二日ほどつけて柔らかくし、A「楮煮」作業(写真9)で煮る。

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写真9 楮煮

 B「みだし」では水洗いし、小さなゴミをとり、C「紙たたき」で餅つきのようにたたいて繊維をほぐす
 D「ビーター」:水とたたいた楮をビーターに入れ、どろどろの綿状「紙素(しそ)」にする(写真10)。

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写真10 ビーターに入れ「紙素」にする(パンフレットから)


 E「紙漉き」漉き船に水、「紙素」と「トロロアオイ」の根から出てくる粘液「サナ」を入れ、簀桁(すげた)で漉くが、トロイアオイの根の粘液を入れるとは初めて知った。

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写真11 トロロアオイの根(パンフレットから)



 「オクラに似た花を咲かせることから花オクラとも呼ばれる。この植物から採取される粘液はネリと呼ばれ、和紙作りのほか、かまぼこや蕎麦のつなぎ、漢方薬の成形などに利用される。主に根部から抽出される粘液を「ネリ(糊)」と呼び、紙漉きの際に楮、ミツマタなどの植物の繊維を均一に分散させるための添加剤として利用される」という。(ウィキペディアから引用)

 Eの紙漉き作業になると、テレビなどで見る機会があるので分かるが、それまでに5つの工程があることを知った。

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写真12 実習生の紙漉き作業


 展示室を回っている途中で、併設されている「和紙工芸研修センター」の実習生が紙漉きをしていて卒業証書の紙を漉いていると話していた。

 F「押し」漉き重ねたものをプレスし水をしぼり、G「乾燥」は蒸気ボイラ―乾燥機か板干し乾燥し、H「選別」では、紙の重さ、出来具合をチェックして市場に出荷される。

和紙でハガキづくりを体験する

 和紙つくりの体験では、上記「和紙の製造工程」のE紙漉きから始めた。
 「紙素」と「トロロアオイ」の根から出てくる粘液「サナ」を入れた漉き舟に簀桁(すげた)を入れて、3回水平に動かせた後、写真13のように垂直にしたあと、余分な紙素などを漉き舟に落とす(写真14)。

写真13 漉き舟で3回動かした後垂直にする

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写真14 簀桁の水分等を漉き舟に落とす


 写真15は漉き終わって未だ乾燥しないうちに、赤、黄、緑色の色素を筆で落とし終わった状態である。

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写真15 漉き終わった後、色を落とした状態

 紙漉きの体験はここまでで、この後参加したみんなの作品にメモ用紙に名前を書いて押しと乾燥は工芸の里の方にお任せした。

 9月16日に黒谷和紙「工芸の里」で体験してつくったハガキは、10月7日の「絵手紙で心の交流」の講座で受け取った(写真16)。

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写真16 体験で出来上がった和紙のハガキ

 紙漉きも絵手紙を書くのも初体験であった。出来上がった和紙のハガキで絵手紙を書くのはもったいないので、もっと練習してから使うことにした。

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写真17 講義資料「絵手紙とはなんですか」

「絵手紙は絵葉書と違って自分で絵を描き、自分の言葉を書き入れて、相手に手作りのぬくもりを送る」と解説されていた。絵と書き入れた自分の言葉に魅力を感じた。

(平成28年10月9日)



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