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第215話 阿為神社の蹴鞠と大門寺の紅葉を観る[2015年11月30日(Mon)]
 11月12日に公開した「第214話 今年の秋の紅葉は見事だ!」の最後に「勤労感謝の日が晴天ならば、阿為神社の蹴鞠と大門寺の観楓会にぜひ行ってみたい」と書いていた。23日は午後から雨の予報だったが、一日中何とか雨に降られずに蹴鞠の会も観楓会にも行くことができたので、その様子をまとめてみた。
 我が家から茨木市安威と車で約30分と近く、まず11時からの新嘗祭奉納と蹴鞠の会に出かけた。

国民の祝祭日

 新嘗祭はこの頃ではほとんど聞くことのない言葉だが、昭和18年に国民学校に入学した私は国民の休日であったから覚えている。神嘗祭も休日だったが10月の何日だったかは記憶していなかった。11月23日は現在「勤労感謝の日」になっている。

 因みに「新嘗祭は、稲の収穫を祝い、翌年の豊穣を祈願する古くからの祭儀。天皇が新穀を天神、地祇にすすめ、その恩恵を謝、天皇が新穀を天神、地祇にすすめ、その恩恵を謝し、また、みずからも食する。宮中のほか、伊勢神宮や出雲大社でも行う」。また、神嘗祭(かんなめさい)は10月17日で「天皇がその年の新穀を伊勢神宮に奉納する祭儀」と解説している(コトバンクから引用)。
 このほかに、現在の「春分の日」は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」、「秋分の日」は、「先祖をうやまい、なくなった人をしのぶ」と解説をしている。

 戦前の春分、秋分は「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」と言って「天皇が宮中の皇霊殿で天皇が歴代の天皇・皇后・皇親の霊を祭る儀式」であった。(コトバンクから引用)
 このほか、1月1日は「四方拝」や、2月11日は「紀元節」、天皇誕生日を「天長節」と国民の祝祭日が10日あり、祝祭日は皇室中心で、神道一色であることがわかる。
 現在の国民の祝祭日は平成28年から8月11日に「山の日」も加わって年間日数は16日になる。

 「神ここに蹴鞠の庭の照紅葉」

 阿為神社には11時に着いた。すでに新嘗祭の行事が本殿内で神官らの祈願が進められていた。拝殿を囲む三方には見学用の椅子が並べられていて、百人以上の見学者が鞠庭を囲んで着席していた(写真1)。

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 写真1 阿為神社の拝殿と手前は鞠庭

 拝殿の左隅に「神ここに蹴鞠の庭の照紅葉」の句碑(写真2)があった。阿為神社正面は緑色の木々に囲まれていたので、照る紅葉はところどころで見ることができた。

IMG_7552.JPG

写真2 「神ここに蹴鞠の庭の照紅葉」の句碑

 新嘗祭は30分ほどで終わり、独特の装束、上着は鞠水干(サリスイカン)、鞠袴(マリバカマ)に、烏帽子(エボシ)に、沓も古式にならった履物であった。
 鞠庭は、「広さ凡そ14m四方で、テテスコートの様に平坦で水はけのよい土地がよく、鞠庭四隅の梢内側に、松・桜・柳・楓の木を植える。高さは4〜5m。尚、地中に壷を数箇埋めて蹴った鞠の反響をよくする」と神社でもらった「蹴鞠について」の説明書きに書いていたが、四隅には笹が立てられていた。(以下、蹴鞠に関する説明は神社からの資料を参考)

蹴鞠の始め

 蹴鞠は「老若男女・上手下手・貴賤を問わず、互にメンバーの中の相手に蹴りよい鞠を蹴渡して共に楽しむ」という。
 色とりどりの装束の男性が6人、女性2人がもそろもそろと(静かにゆるやかにするさま)入場してきた。

 会場に着いて神殿の右側に細長い畳が敷いてあったが、そこに8人がそろって座った。それにも作法があって、写真3の右側の女性2人は後ろ向きから袴を開けるような仕草をしてからくるりと鞠庭に向きを変えてから座った。

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写真3 蹴鞠をする8人の着席

 「始め」の作法は、カエデに枝に挟んだ鞠を神殿に向かって捧げる仕草などであった(写真4)。

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写真4 カエデに挟んだ鞠を捧げて始まる

 「始め・終り・途中の動作に作法と言うべきものが多くあり、見ている人々に見苦しく感じられない作法が定められている」という。
 着席から蹴り始めの時間をデジカメの記録では約9分間であった。

蹴り易い鞠を相手に与える


 独特の装束をつけた8人が、足で鞠を蹴って地に落さず、手を用いず鞠庭で蹴り続けて楽しむものであって、勝ち負けはない。蹴鞠が始まると、鞠を連続して打ち合うラリーの応酬は意外と長く続いた。
 
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写真5の左端のひげを生やした長老がマイクで、「鞠を蹴る時のかけ声には、『アリ』・『ヤ』・『オウ』の三声がある。上手な人は蹴り易い鞠を相手に与える」などと解説してくれた。

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写真5 掛け声で鞠の受け渡しを正確に

「鞠を蹴る時もその姿勢が極めて大切で、腰や膝を曲げる事なく、足の高さも足裏の見えない程度にあげ端正優雅を要する」という。

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写真6 腰や膝を曲げることなく端正優雅に蹴る

 この蹴鞠の会の最後に観客も参加して鞠を蹴っていたが、ブラジル人、タンザニアのTシャツを着た彼らも、日本語を習得したのだろう。「アリ」などと掛け声をかけていた。

IMG_7612.JPG

写真7 外国人も一緒に蹴鞠を楽しむ

 たまに高く蹴った鞠をヘッディングでキャッチしていたが、サッカー国のブラジル人だから、鞠でもボールでも蹴る行為は同じだからだろうか。
 
 蹴鞠は勝敗がない無勝負の遊びながら、作法は厳しいが優雅な遊びを楽しむことができた。

神峯山大門寺の紅葉

 茨木市大門寺は今年の10月26日に安威川ダムの見学会に参加したとき、ダムサイトの右岸側の見学場所のすぐ上に大門寺があり、紅葉が美しいということを教えてもらっていた。

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写真8 安威川ダムサイトから上流側

 そこで、11月4日に大門寺へ紅葉を見に出かけたが、地元の人から本堂前の1本だけは早く紅葉するが、11月下旬ころが見ごろで11が21日から23日には鑑楓会が開かれると話してくれた。

 23日にときは大門寺周辺の木々が全体に紅葉していた。

 本堂では僧侶が読経していた。大門寺略記などから、本堂は寛永19年(1642年)に再建、現在に至っているから373年前の建物である。  

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 写真9 373年前の大門寺本堂

 大門寺略記には「神峯山大門寺金剛院はもと青龍寺と号し、現在は真言宗御室派に属する。宝亀二年(771年)、孝仁天皇の長子、開成皇子(桓武天皇の兄)の開基による」というから1200年以上前の古刹である。

 お茶席があるというので、庭を望む毛氈を引いた席に案内された。庭から見る紅葉の見事さに思わず立ち上がってシャッターを押した。

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写真10 大門寺の庭の紅葉


 山門は参道から少し上がった場所にあるのに、大きなカエデの紅葉が見られるとは、なぜと、一瞬思ったが、参道のカエデの上の方の紅葉を眺めていることが分かった。

 11月4日に訪れたとき、参道のカエデが未だ紅葉する前の写真を撮っていた(写真11)。

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写真11 山門前の紅葉(2015年11月4日撮影)

 カエデの根本からでなく、幹の中ほどの紅葉した最高の位置に庭があってその素晴らしい景色を眺められるという不思議な体験をした。
 普段はこの庭を鑑賞できないだろうから、ベストポジションで観楓することができて大満足の祭日を過ごすことができた。

 今年は紅葉の時期が長かったおかげでいろんなところで紅葉を楽しむことができた。さらに2日後の11月25日には京都岩倉の実相院への紅葉狩りに出かけた。その素晴らしい紅葉をお伝えできればと思っているが、明日は師走で「先生も坊さんも走るほど忙しい」と世間では言う。

 来年は傘寿を迎えるこの老人には、はて!纏められるかな?

(平成27年11月30日)


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