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第153話 「第19回メキシコ文化の夕べ」に参加して[2011年09月25日(Sun)]


 毎年9月には「箕面メキシコ友の会」の主催、箕面市国際交流協会共催で「メキシコ文化の夕べ」が開催されているが、今年は第19回で、9月22日に箕面市グリーンホールで開催された。
 近所の教授から誘われたのがきっかけで今年は4回目の参加になった。


日本とメキシコの交流

 外務省のホームページで見てみると、「1609年9月、フィリピン諸島総督ロドリゴ・デ・ビベロを長とする一団の船は、ヌエバ・エスパーニャ(当時のスペイン領メキシコ)への帰国途中、千葉県御宿沖で遭難し、村人の献身的な救助により、乗組員317人が救出されました。ビベロ一行は地元城主や村人からの暖かい歓迎を受け、その後、徳川秀忠及び徳川家康に謁見しました。

 翌年、徳川家康がビベロ帰国のため造らせた船はメキシコに向けて出航。ビベロと共に渡航した京の商人田中勝介他20数名の日本人は、メキシコを訪問した最初の日本人となりました
 我が国の時の為政者とメキシコからの政府高官が対面し、初めての会談が行われた意義は大きく、2009年はそれから400年目にあたります」と紹介されている。


箕面市とメキシコとの交流

 「箕面メキシコ友の会のプロフィール」によると、箕面市国際交流協会が1992年からメキシコ・クエルナバカ市にあるモレロス大学で日本語を学ぶ学生たちを、毎年箕面での日本語学習のため受け入れてきたことに始まるという。このプログラムを生活面で支えるホストファミリーから、「箕面メキシコ友の会」を作って発展してきた。
メキシコの国土は196万4375平方キロメートルというから、日本の国土面積37万8千平方キロメートルの5倍強もある。

 国土の大部分は山地と広大な高原からなるが、クエルナバカ市は、首都メキシコ・シティーの南方のモレロス州の州都である。そのモレロス大学で日本語と日本文化の教鞭をとられていた深原先生が箕面市在住で、大阪外国語大学(現在は大阪大学・外国語学部)が箕面市にあるという好条件がきっかけで、今日に至っているという。今年は箕面―クエルナバカ国際友好都市提携8周年になる。


Alejandro Lazzariniさんの独唱

 開会の後、特別番組「ハリスコ州の蛮刀 踊り」に続いて、メキシコ・ハリスコ州出身のバリトン歌手Alejandro Lazzariniさんの協賛出演で独唱があったが、遅れて入場したために聞くことができなかった。

 第3部市民交流ダンスパーティー“マリアチで踊ろう”で孫たち2人が大柄のメキシコ人とステップを教えてもらいながら、手を繋いで最後まで相手をしてもらったのが、Alejandro Lazzariniさんだと終演後に知人から聞いた。




写真1 バリトン歌手と踊った孫たち


 プロフィールには「メキシコ・ハリスコ州在住の音楽家。1997年からメキシコ内外の各種音楽会で活躍している著名なバリトン歌手。2004年、在東京メキシコ大使館の招聘で来日し、日本各地で歌う。現在ハリスコ州コーラスチームディレクター」と紹介されていた。

メキシカン・ マリンバ演奏

 プログラムは三部構成で第二部は毎年「マリアチ・アガベ」のマリアチ演奏だが、第一部は毎年メキシコ文化を紹介するプログラムが組まれている。
 一昨年はメキシカン・ダンスグループの「メキシコ民族舞踊」で、昨年は「メキシコ・ラサイエ大学音楽隊」の演奏だった。

 今年はメキシカン・マリンバの演奏だった。マリンバと言うと木琴の親玉で軟らかい音色を奏でてくれるくらいの理解しかなかった。

 演奏は古徳景子と“Paax・Percussion”で、「メキシカン・マリンパとクラシックマリンバの双方の音色を、多彩に響かせ、描くのが特徴。PaaX(パックス)の意味は、マヤの言葉で『音楽家たち』。メキシカン・マリンバの聖地チアパスから、マリンバの響きを世界に発信している」と紹介していた。




写真2 メキシカン・マリンバの演奏


 フリー事典「ウィキペディア」の「マリンバ」には、「同じ木琴の一種であるシロフォンと同様の構造であるが、シロフォンよりも鍵盤が広く厚く造られており、深みのある音色を表現できる。
 
 さらに、鍵盤の下部に各音階によって長さを変えた共鳴用の金属管が設けられており、その下端を閉じることにより、鍵盤の音に共鳴し増幅させる。それにより、さらに豊かな音色となる……マリンバの源はアフリカにあると言われ・・・・・・現在の形のマリンバが生まれたのは、19世紀後半、グアテマラ(メキシコの南隣りの国)であると言われている。またメキシコ等南米でもマリンバが古くから演奏されており、メキシカン・マリンバとして民族音楽のスタイルを形成している」と説明している。

 パーカッションのリーダー古徳景子さん自身が作曲という「希望の地」の演奏を聞いていると、豊かな音色に凄い迫力を感じた。




写真3 「希望の地」を演奏中


 古徳景子さんのプロフィールには、「東京芸術大学卒業。ボストン音楽院ディプロマコースを経て、スウェーデン国立ピテオ音楽大学院演奏首席修了。現在、メキシコ・チアパス州立芸術科学大学(UNICACH)准教授」と紹介されている。


「マリアチ・アガベ」の演奏

 第三部で、市民参加で“マリアチで踊ろう”の演奏が「マリアチ・アガベ」であり、例年このメンバー6人で演奏するのだが、今年は病気だろうか1名(バイオリン奏者)欠けて5人だった。



写真4 手拍子を入れてマリアチ・アガベの演奏


 今回は会場が広かったこともあって、今年は観客席の最上段から演奏しながら下りてきて、拍手に迎えられながら舞台に上がっていった。

 メキシコの代表的な唄「ラ・マラグェニア」や「シェリト・リンド」「ラ・バンバ」といった馴染みの曲に、美空ひばりの「川の流れのように」をマリアチスタイルで演奏したのは昨年と同じだったが、今年は長渕剛の「乾杯」が加わった。

 美空ひばりの遺作となった「川の流れのように」は、日頃は彼女のしんみりした哀調のある歌声で聞くことが多いだけに、陽気でにぎやかな演奏と、やや訛りが交じった日本語では、曲のイメージとは違った感じがした。

 長渕剛の「乾杯」は、「地元の友人が結婚すると聞いた長渕が、友人への祝福のために書いた、人生の節目に置かれた人間に対する応援歌」といわれているだけに、トランペットやアコーディオン、ギターなどでにぎやかに演奏し、声高らかにうたいあげ、なかなかに聞かせてくれた。


マリアチで踊ろう

 第三部の市民参加の交流ダンスパーティーは、第二部でマリアチを演奏していた“マリアチ・アガベ”が、引き続きマリアチの演奏を始めると、この晴れ舞台のためにやってきたと風にたちまち舞台に上がって踊り始めた。

 40人以上の市民参加の人たちに、演奏した人たちも加わってにぎやかで陽気に踊りを楽しむ舞台になっていった。




写真5 マリアチを踊る人たち


 帰り際に近所の人に出会ったとき、「ラテン音楽は陽気でにぎやかでいいですね」と話しかけられた。

 確かに「メキシコ文化の夕べ」に参加した過去4回を振り返ってみてそういった感想が出てくる。

 翌日我が家で娘婿二人と飲みながら出来上がった写真を見せ、ラテン音楽の話が出た。
 
 確かに陽気でにぎやかな音楽というイメージが強いが、メキシコ音楽にもメキシコオリンピックの閉会式で演奏されたという「ラ・ゴロンドリーナ(つばめ)」は哀愁を帯びた曲調で、日本の「蛍の光」といわれている曲の方もあり、好きな曲だと紹介しておいた。

 リクエストを言えるなら、来年は最後に「ラ・ゴロンドリーナ」で締めくくってほしいいと思った。


(平成23年9月25日)


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