CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

大学生のような社会人の社会的責任

これまで、大学生の私が大学生に向けて書いてきたこのブログ。
なぜ自分はここにいるのか?自分自身に問うこと。
自分の目標や信じるものが変わるのは当然で、
だからこそ、常に問い続けることが大切だと。

それは、社会人になってからもやはり同じことです。
これからは、社会人になった私が同世代の方に向けて
書いていこうかと思います。
相変わらず偉そうです。
これからも、たぶん。


心機一転! [2010年04月16日(Fri)]
更新空いてしまいました、
ってもう挨拶代わりになってますね(笑)
お久しぶりです。

さて、書かねばと思いながら遅くなってしまったのですが、
わたくし転職いたしました。
そう、前に言っていたブレイクスルーです。
現在、福岡から遠く離れた、というか、人里離れた山の中で、
特殊なこの町に、日々驚き、感動しながら、過ごしております。

もう会社を辞めようか、と思っていたとき、
その転機もまた、やってきたのです。不思議なもんです。
そして今、縁もゆかりもなかったこの土地にいるのです。
決断することに、覚悟はしましたが、勇気は特に要らなかったように思います。
きっと、私にはまだ「守るもの」が無いからなのでしょう。
いろいろな不安はありましたが、
不安というものは、その物事がまだ始まっていないから不安なのです。
見えないことに対しての、恐怖心にすぎないのだから、
物事が始まれば、不安も消えるのだ、という気構えでした。

とはいえ精神安定剤=酒にはわりとお世話になりましたが(笑)
気持ちがざわついて、落ち着かなかったのです。
そんな時は、いつもFishmansの『POKKA POKKA』の歌詞を思い浮かべます。
それでも、お酒にはお世話にならないといけない
自分はまだまだって事ですね。。。

私の転職は、たぶん一般の転職活動とはだいぶ違うものだったと思います。
まず、求人情報は、見てない。
今回の転職に至るまで、何度か知り合いの方から
「うちで働かない?」というお誘いをいただきましたし、
今回の転職のきっかけは、友達に「こんな話があるけど」と紹介してもらったもの。
つくづく、人のつながりは本当に大切な資産だと思います。

それから、給与や待遇は、全く気にしなかった。
両親や、周囲の方から「待遇はどうなの?手当は出るの?」など心配されましたが、
全部「さぁ?知らん」。
私にとって重要だったのは、キャリアアップでも給与アップでもなく、
とにかく自分の好きな場所で、やりたい事をやること、
ただそれだけでした。

そんなわけで、ひとまず社会人になってから2年間、
なんとなくあった「もやもや」が、少しは晴れた気がしますが、
きっと今ようやくスタートラインに立った、というところでしょう。
今年は年女だし、本当に今までの全ての事を、
一度リセットした気分なので、また新しくゼロから積み上げていこうと思います。

いやしかし、山はいいですなぁ。
少しでも視力が回復しないかなぁ。
点と点と線 [2009年05月09日(Sat)]
長い黄金週間から、現実へ戻ってきました。

皆さまは、いかがお過ごしでしたでしょうか?
私は丸々一週間、関東にいました。
古巣?つくばへ行ったり、懐かしい人と会ったり。
そこで、改めて自分の現在位置や、
思いを確認することが出来たように思います。

バンドを続けている同い年の友人が、
GWの最終日、ライブツアーのファイナルを迎え、
なじみのライブハウスで、なじみの観客を前に歌う姿は、
とても誇らしげで、本当に楽しそうでした。
そんな彼女たちを見て、大学卒業とともにバンドを辞めた私は、
とても複雑な気持ちになりました。
何よりもやっぱり、羨ましい、という気持ち。

打ち上げでも、「なぜバンドを辞めたのか?」と聞かれ、
本音は、やりたくてしょうがない気持ちでいっぱいだったのですが、
まぁ、半分強がりながら
「バンドは一生やるつもりだから、今はとりあえず辞めてるだけ」と答えて思い出しました。
あ、そうだった。
自分はそう思って、大学とともにいったんバンドも卒業したんだ、と。
1年前の自分の決心を、いつの間にか忘れかけていたことに気付きました。

なんて言って、実は少し前に同じようなことをここで偉そうに言ってたんですね
その友人も、「このツアーを通じて、やりたいことを一生続けるために今何をやるのか、ということが大切なんだと気付いた」と言ってくれました。

そのライブの前に、つくばの後輩に教えてもらった動画、
Appleの創始者スティーブ・ジョブズの『伝説のスピーチ』にものすごく感動しました。
印象深いのは、「点を繋げる」ということの中での一節。

『大学時代に先を見て、点を繋げるということは不可能でした。
出来るのは、過去を振り返って「点を繋げる」ことだけなんです。
だから将来、その点が繋がることを信じなくてはならない。』

いやぁ、しびれますねぇ〜。

なんとなく、さっき言ったことと似てると思うんです。
(違う?単なるこじつけ?)
今はバンドをやってないので、
大学時代のバンド活動は点でしかない。
でも、それを繋げていけば、線になる。
ずっと一筋に続けて線にしていくのも良いけれど、
私は寄り道が好きなので、
点は点のままにして、また別の点を作る。
そして、何年か、何十年かして、その点と点が繋がる時が来る。
ていうか、意地でも繋げてやる(笑)

そう決めて社会人になったんだ、ということを改めて思い出し、初心に戻ったゴールデンウィークなのでした。
福岡にNPOバンク誕生! [2009年04月19日(Sun)]
割と、ここでは素性をひた隠しにしてきた(そうでもない?)私ですが、
これで何人かの方には顔が割れてしまうかもしれません。

まぁ、いいか。

というわけで、先日「もやいバンク福岡」の設立総会があり、
めでたく福岡にNPOバンクが誕生しました。
私はバンクの設立準備会から関わっており、
平均年齢高めなバンク内では最年少。
もやいバンクは全国でも珍しいくらいに理事の人数が多く、
会社の社長、大学の先生、税理士、建築家、音楽家、などなど、
実に幅広い人材が揃っているので、
いろいろと面白い事が出来そうな予感です。
設立総会から一夜明け、早くも企画をあれこれ考えているところです。

あ、「NPOバンク」についての説明がまず必要でしたね。
NPOバンクとは、市民の出資金を集め、それを原資にNPO活動や市民活動に低金利で融資をする仕組みの事です。
バンク、という名の通り、銀行に似た仕組みです。
ただ、大きく違うのは、あくまで「出資」なので元本保証がなく、配当金もありません。
リスクがある、ということです。
しかしながら、現在国内には10ほどのNPOバンクがありますが、貸し倒れは1件(確か・・・)だけ。
なぜなら、NPOバンクは地域に密着しているため、出資者と融資先が顔の見える関係であることが多く、審査の際にも、まず融資先との信頼関係を築くことを大切にするからです。

ミスチルの桜井和寿さんなどがやっている「ap bank」をご存知の方は多いと思いますが、ap bankは桜井さん、小林武史さん、坂本龍一さんの出資金によって運営されているため、原資は「市民の出資」ではないのですが、それ以外はNPOバンクと同じです。
もっと詳しく知りたい方は全国NPOバンク連絡会のリンクより、いろんなバンクのHPを見てみてください。
(連絡会の「NPOバンクとは」では、ちょっと物足りないかもしれないので。)

というわけで、もやいバンクは、ひとまずは出資金1000万円を目標に募集を開始します。
「夏のボーナスまで待っててください・・・」とお願いしている私が言うのもアレですけど。。。
出来るとか、出来ないとか、 [2009年02月18日(Wed)]
そういうことは、どうでも良いんです。
仕事ができる、勉強ができる、だから何だ?
今日はちょっと飲んでるんでね、酔っぱらいの勢いで書きますので、皆さん、適当に読んでください。

仕事(労働)に対する対価として、給料(賃金)をもらう。
それは資本主義の原理です。
しかし、その「対価」とは一体なんでしょう?
成果に対する報酬であれば、その成果をどう評価するのか?
時間で測るのか、仕事量の件数や処理数で測るのか?
そもそも、その人の性質と仕事との関係をどう見るのか?
(障害者と健常者、男と女、高卒と大卒、素人と熟練など)
一言に「対価」と言っても、様々な基準があります。
きっと経済学の書籍を漁れば、そういう具体的なところまで突き詰めた答えがあるのかもしれません。

仕事ができる人、というのは褒め言葉です。
そして同時に、羨望のまなざしを含んでいると思います。
仕事ができる=スマートでてきぱきと仕事をこなす=効率が良い。
そういう人には、当然会社も評価をし、それに見合った賃金を提供するのでしょう。
それが資本主義社会です。
逆に、仕事が出来ない人、というのは軽蔑を含んだ言葉です。
仕事が出来ない=処理や対処が遅い=効率が悪い。
つまり、それだけ出世も出来ないし、賃金も上がらない。
若い人からも、「あんな大人にはなりたくねぇよな」と言われるのでしょう。

ここでは「仕事」という基準で人間を評価しているだけであり、その人がどういう人間で、どういう生活を営んでいるのかは、全く考慮されません。
しかし会社が「仕事」で社員を評価するのは当然です。
そのための(=営利を目的とした)組織なのですから。

でも、私は社内で職員同士が「あの人は仕事ができる」とか「あの人は出来ない」とか言っているのを聞くと、すごく嫌になります。
だいたい、そういうことを言う人は、自分が「仕事ができる人間」だと思っている人だと思います。
でも、それが何だ、と。
それは、会社という組織が判断するだけのことで、私たちが判断することでもなければ、それをネタに嘲ることでもないのです。
仕事ができて、出世して、給料が増えて、それで?
「これが俺がずっと目指していた道だ」と言える人は、それでいいと思います。
目標が達成されたのなら、それは素晴らしいことです。
しかし、誰もが皆そう思っているわけではありません。

今、私が言いたいのは、「仕事(勉強)ができる」という評価基準だけでは、「人間」として、生きていくには窮屈すぎる、ということです。
しかもその評価が、賃金という形でしか支払われない社会です。
そうではなく、「人間(人間性)」としての価値を様々な形で評価する社会、が必要なのではないかと思うのです。
上司だけが評価するのではなく、近所のおばさんや友人が評価する、その対価はモノかもしれないし、名声かもしれない。
人間個人が評価される場が、会社(を含む経済活動の場)だけでなく、日常生活の場にも広がれば、私たちはもっと、お互いを尊重し合えるのではないかと思うのです。

以上、酔っぱらい社会人の愚痴でした。
感情との付き合い方 [2009年01月31日(Sat)]
今日、初めて会社で(正しくは会社のトイレで)泣きました。
電話やお客さんや上司からの呼び出し、そして迫ってくる時間。
頭の中がぐわーっと渦巻き、自分の距離能力を超えそうになったとき、
「あ、マズい」と直感しました。
このままでは感情が表に飛び出してくる、と思ったのです。

私は、よく分からない、怒りなのか悲しみなのか不満なのか絶望なのか、上手く説明出来ないけれど、自分の中で渦巻く感情が表に出てきてしまうとき、大概の場合、「涙」となって出てきます。
部屋でひとりでいる時なんかだと、ついでに叫びも出てきます。
「うぅわぁーー!!!」って感じに。
言葉にもならない、よく分からないぐちゃぐちゃな不快な感情。
それをとにかく吐き出すように、私は泣きます。

そして、その時もやはり涙となって出てきました。
涙を出して、それらの感情を流してしまおうと数分ほどトイレにこもり、心の波が収まったら、また何事もなかったように仕事に戻ったわけです、
誰にも気付かれてはいない、はずです。

しかしまさか自分がこんなになるとは、という驚きもありました。
思春期あたりまでは、わりと情緒不安定で感情を出してしまうタイプでしたが、今は不必要に心を揺らしたくない、そう思って生活しています。

「精神を身体の支配から引き離し、身体を精神の支配下におく」

この『ヴェイユの言葉』という本の中にあった、この言葉を知ってからは尚更です。
今回の状況ではちょっと違うのかもしれませんが、感情の「身体」への表出を、「精神」によって制御する、という感じしょうか。
まぁ感情に身体が支配されて、それを安易に表に出してしまうことは、子どもと同じですからね。
私もまだまだ修行?が足りないと言うことですね。

とにかく、私はトイレにこもっている数分間、
ひたすらに自分から感情を引き離そうとしました。
前に、体育の先生が「感情も、川に流れる木の枝のように、流れていくもの」というような話をしていて、そうか、訪れる感情に執着するからダメなんだ、川に流せば、遠くに過ぎ去って行くものなんだ、と気付きました。

感情を抑えるんじゃない。
出てきてしまった感情は、すぐに自分で、流してしまおう。
「怒りよ、さよなら〜」と手を振って別れる。
自分の感情と、そういう付き合い方が出来れば、いいもんですね。
情熱を冷ますな [2008年11月04日(Tue)]
社会人になって半年と1ヶ月が経ちました。
早起きにも慣れました。同じような毎日の繰り返しです。
何十年も同じ仕事を続けている人は、本当にすごいなと思います。
毎日同じ会社に行き続けていれば、
目をつぶってでも会社に行けるようになりそうですよね。
いつか、どこまで行けるかやってみたいですけど、
命の方が大事なので、私はやりません。

しかし、毎日同じではないけれど、同じような日常に慣れてしまったり、
忙しさに埋もれてしまったりすると、
知らないうちに情熱が冷めて行く事に気付きます。
会社に入るときに抱いていた希望が、どんどん光を失い、
忙しい日々に流されて、やろうと思っていた事を置き去りにして、
時間はあっという間に過ぎて行きます。
私は入社4ヶ月目くらいでそれに気付いて、怖くなりました。
そんなつもりではなかったのに、日常に慣れていくごとに
情熱が冷めていくことが、怖くなったのです。
このままでは自分が枯れていくような、そんな気さえしました。

それからは、なるべく少しでもいいから、毎日本を読むようにしています。
活字に触れて、他人の思想に触れることで、自分を刺激しています。
正直、会社の人は面白い人が少ない。面白い考えを持った人が。
自分の中で、「うおーすげー」と思える機会が、
大学時代に比べて、うんと少なくなりました。
自分で自分を律したり、成長させることは、なかなか難しい事です。
尊敬する人を追いかけたり、素晴らしい思想に触れたり、
人に気付かされたり、教えてもらったりして、学んでいくものです。
他人がいればこそ、自分を向上させる事が出来るのです。
その「他人」が、自分が尊敬できるような人であれば、さらに良い。
しかし広い世の中、そう素晴らしい人ばかりではない。
そんな時は、その「他人」を本に求めるのです。
まさにそれが今の私です。

情熱は温め続けなければ、すぐに冷めるものです。
仕事がまさに自分のやりたい事に当てはまって、
楽しくてしょうがない!という人は、精一杯仕事に打ち込める訳です。
が、仕事は仕事で、やりたいことはまた別にある、という人は
やがてその情熱が、仕事に押しつぶされないようにしなければなりません。
そのためには、日常や仕事に慣れてしまわない事です。
自分を刺激し続け、情熱を温め続ける。
ひそかに爪を研ぎ続ける。
少なくともうちの会社では、そんな人は結構少ない気がします。
プロフィール

さんの画像
リンク集
http://blog.canpan.info/daigakusei/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/daigakusei/index2_0.xml