ブログ引っ越します。
[2010年06月19日(土)]
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思想から宗教へ
ようやく実家から送られたグリンピースを消費して、
季節も春から夏に変わったなぁ、と感じる今日この頃。 先週から、やるべきことそっちのけで、 時間があれば以下の2冊を読みふけっています。 どちらも雑誌ですが。 『一個人』;日本の仏教入門 『考える人』:はじめて読む聖書 前の記事のとおり、「思想」という漠然とした小難しそうなものへ、足を踏み入れてみたのですが、 山岳信仰、宗教、哲学、まぁ色々あるので、 まずは、以前から勉強したいと思っていた「仏教」。 これは当然自分のルーツでもあるからです。 そして、大学時代、宗教というものを意識するきっかけとなったのが三浦綾子の小説だったので、 キリスト教も外せない。 欲張りなので、平行して読んでいるというわけです。 二つを読み進めながら、早くも色々な気付きがあります。 ユダヤ教は密教と似ている、とか、 聖書にも「空」という表現があるけれど、 仏教のそれとは全く違うものだ、とか、 好奇心旺盛な幼稚園児みたいに、面白がっています。 思想と宗教は、どう違うのか? 今日、ふと思ったことなんですが、 「救い」を求めるかどうか、ということなのかと思いました。 私は単に思想として、宗教を知りたいと思っています。 最近はテレビも新聞も持たなくなって、 ただでさえ世間で起きていることに疎い私ですが、 これでさらに世間と離れてしまうような気がします・・・ まぁ、地に足つけることだけは常に忘れずに、 しばらくはこの好奇心のままに、学んでみようと思います。
辿り着く思想
最近読んだ本。
『日本人は思想したか』 吉本隆明、梅原猛、中沢新一/新潮社(1995) ふと思ったのですが、経済学でも宗教学でも社会学でも、 様々な学問を「思想」という視点から見ると、 全然分野の違うようなものも、同じように見ることが出来る気がしています。 逆に言うと、マルクスの思想は、経済学からも社会学からもアプローチできる、 宮沢賢治は、文学からも芸術からも、宗教学からもアプローチできる、 シュタイナーなんて、色々やってて、もはや括りきれない。 こういう人たちは、色々な肩書きがあり、最終的に「思想家」とも言えるからなのでしょう。 大きな思想がある中から、経済とか教育とか文学という形で、 それぞれに分化されていく。 なので、色々な入口から入っても、 最終的には「思想」という、ぼんやりとした「その人の考えたこと」のようなものに触れていくのだと思いました。 というわけで、最近は「思想」というものに興味津々なのです。 そして私は「俗っぽいもの」が混ざった思想が好きだなぁと思うのです。 そう、親鸞のような。 まぁ未だにちゃんと勉強してないのですが。 前に浄土真宗のお坊さんに「中道」という話を聞き、 ああ、それだ。と思ったんです。 偏らない、執着しない、とらわれない。 要は、ちゃんと自分でバランスをとる、ということ、 ぐらいにしか解釈できてはいないのですが。 すごく自由だな、と思ったんです。 思想家になりたいわけではなく、「思想」というバックグラウンドがある程度できていないと、 そこから生み出される言葉や、考えや、果ては生き方が、 軟弱なものにしかならないように思います。 そんな重要な示唆を、この本からもらいました。 これまで敬遠していた、というか自分にはまだ早すぎると思っていた「思想」への入口を開いてくれたように思います。 早すぎることはない、それこそ重要な部分なのだと。
「流れ」として歴史をとらえる
私は全くの門外漢なのですが、今日はちょっとアカデミック?な話題です。
歴史とは、言うまでもなく連続した時間の流れの中で 紡がれてきたものではありますが、 高校までは、歴史の重要な事柄を「点」として取り上げて教えられるからでしょうか、 私は今まで、歴史を、その「点」がぶつぶつと途切れたものとしてしか理解していないように思います。 「〜時代」という区分はありますが、 それもやっぱり一つの時間軸の上にあるものです。 当然「時代」と「時代」の境目は大きな転換があったわけで、 それは例えば「関ヶ原の戦い」や「大政奉還」という 「点」だけで時代が変わったようなものではないのです。 時代の転換は、徐々に、様々なところから、すでに起こっていた。 「点」が起こるための伏線が、たくさんあったのです。 その時代の「境目」にこそ、学ぶべきことがたくさんあるように思うのです。 それは、点ではなく線として、「流れ」としてとらえなければ、分からないことです。 歴史の「点」と「点」がどう結びつくのかを調べてみる。 そこにこそ、歴史の面白さがあるなぁと最近つくづく思います。 「ポスト資本主義」という思想があるとすれば、 それは「資本主義」という思想がなければ生まれないものです。 当たり前のことを言っていますが(笑) 「ポスト資本主義」は資本主義と全く別のものではなく、 資本主義というこれまでの流れの上にあるもの、と捉えなければ、次の点への「流れ」にはならないのです。 つまり、「昔に戻るのがいい」という考えでは、「ポスト資本主義」には辿り着けないということです。 これはあくまで「歴史」として物事を見たら、という話です。 「思想」としてポスト資本主義が、資本主義の流れを汲むということを言っているのではありません。 今より何年か先の「点」を推測して、 その「点」へ到達するための伏線は何なのか、 今起こっている様々な事象の中で、伏線となりうるものは何なのか。 起こっていること全てが伏線となりうる、とも言えるのかもしれませんが・・・。 少子高齢化、人口減少、就労形態の変化など、 時代の変わり目にあるように感じられる現代において、 過去の、時代の変わり目に学ぶこと、 それを「流れ」として捉える力は、とても重要なことのように思うのです。
根源にある「怒り」
連休も終わって、気持ちのいい季節になりました。
最近は山に住んでいるという事もあってか、 「葉っぱ」が気になります。 花よりも、可愛い形をした葉っぱが。 少し前に『葉っぱカタログ』という本を読んだからかもしれませんけどね。 連休中は、私の尊敬する人物の一人、 Patti SmithのDVDを買って見てました。 それを見ながら思ったこと、というか、思い出したことを今日は書きます。 最近「ソーシャル」や「エコ」という単語がついた言葉が増えてきました。 人々の関心が、そういう事に向かっているからなのでしょう。 私も大学時代に、環境問題や社会の仕組みの問題などに気づいてから、そういう活動に関わったりしてきました。 最近のそういった活動を見ていると、「楽しみながら」とか「当たり前に」ということを大切にしているものが目立ちます。 その方が、多くの人にも共感してもらえるし、 気軽に参加してもらえますよね。 第一、押し付けがましいのは、私も好きではありません。 しかし、そうやってとっつきやすく見せている反面、 やっぱりそういう活動の根底にあるのは「怒り」なんです。 と、私は思っています。 社会に対する憤り、システムに対する抵抗、力に対する無力感、 なんというか、声を出さずにはいられないような衝動、 自分の中で渦巻く感情、そういうものをひっくるめた、 「怒り」がその根源にあります。 そういえば、音楽をやる時も私は、「怒り」、 悲しみを通り過ぎて、怒りに変わったもの、 そういうものがやっぱり根底にあります。 大学生の終わりの頃は、「怒り」から離れた感情で曲を作ってもみました。 それでもやっぱり、自分ではしっくり来ませんでした。 人それぞれにスタイルがありますが、 私の場合はやはり「怒り」なんだ、それ以外の表現は、出来ないことはないけれど、どうも違うものになってしまうんだ、と思いました。 Patti Smithに惹かれるのも、 やはり彼女も「怒り」を歌っているからなのです。 私は、普段はなるべく感情の波風を立てたくないので、 「怒り」は表に出てきませんが、 心の奥にはずっと消えずにある「怒り」の存在を、 いつも忘れてはいけないなぁ、と感じたのでした。 (それは時として人を傷つける力の根源にもなるのだ)
心機一転!
更新空いてしまいました、
ってもう挨拶代わりになってますね(笑) お久しぶりです。 さて、書かねばと思いながら遅くなってしまったのですが、 わたくし転職いたしました。 そう、前に言っていたブレイクスルーです。 現在、福岡から遠く離れた、というか、人里離れた山の中で、 特殊なこの町に、日々驚き、感動しながら、過ごしております。 もう会社を辞めようか、と思っていたとき、 その転機もまた、やってきたのです。不思議なもんです。 そして今、縁もゆかりもなかったこの土地にいるのです。 決断することに、覚悟はしましたが、勇気は特に要らなかったように思います。 きっと、私にはまだ「守るもの」が無いからなのでしょう。 いろいろな不安はありましたが、 不安というものは、その物事がまだ始まっていないから不安なのです。 見えないことに対しての、恐怖心にすぎないのだから、 物事が始まれば、不安も消えるのだ、という気構えでした。 とはいえ精神安定剤=酒にはわりとお世話になりましたが(笑) 気持ちがざわついて、落ち着かなかったのです。 そんな時は、いつもFishmansの『POKKA POKKA』の歌詞を思い浮かべます。 それでも、お酒にはお世話にならないといけない 自分はまだまだって事ですね。。。 私の転職は、たぶん一般の転職活動とはだいぶ違うものだったと思います。 まず、求人情報は、見てない。 今回の転職に至るまで、何度か知り合いの方から 「うちで働かない?」というお誘いをいただきましたし、 今回の転職のきっかけは、友達に「こんな話があるけど」と紹介してもらったもの。 つくづく、人のつながりは本当に大切な資産だと思います。 それから、給与や待遇は、全く気にしなかった。 両親や、周囲の方から「待遇はどうなの?手当は出るの?」など心配されましたが、 全部「さぁ?知らん」。 私にとって重要だったのは、キャリアアップでも給与アップでもなく、 とにかく自分の好きな場所で、やりたい事をやること、 ただそれだけでした。 そんなわけで、ひとまず社会人になってから2年間、 なんとなくあった「もやもや」が、少しは晴れた気がしますが、 きっと今ようやくスタートラインに立った、というところでしょう。 今年は年女だし、本当に今までの全ての事を、 一度リセットした気分なので、また新しくゼロから積み上げていこうと思います。 いやしかし、山はいいですなぁ。 少しでも視力が回復しないかなぁ。
映画『マルタのやさしい刺繍』
また1ヶ月空いてしまいましたが、
この間に、あっというまに春っぽくなりましたね。 暖かくなると、やっぱ浮き浮きしますね。 そんなわけで、少し前のブログの時から ずいぶんと這い上がった気がします。 まぁ、もちろんブレイクスルーがあったのですが、 詳しくは近いうちに書こうと思います。 さて、今日は心も温かくなる映画を見ました。 『マルタのやさしい刺繍』というスイスの映画。 夫に先立たれた、田舎のおばあちゃん(80歳)が、 若い頃やっていた仕事の楽しさを思い出して、お店を出すという話。 そのお店というのがなんと、「女性の下着屋さん」!! おばあちゃん、田舎、ランジェリーショップ。 なんとも共通点のないような組み合わせですが、 これが逆に良いんですね。 働き盛りの男、政治、伝統を重んじる世間体。 そういうものと真っ向からぶつかっちゃうわけです。 しかも、おばあちゃん達に共感するのが若い子達だったりする。 おばあちゃんの「下着を作る楽しみ」が、 田舎の閉塞感と、女性の我慢とを解放させる。 という映画だと個人的には思います。 最近、都市農村交流についての企画を考えていた時、 「交流」とは言うものの、どちらかというと農村⇒都市住民への 一方通行しかないよなぁ、と感じました。 農村体験したい人が農村に入る、ということだけでも、 一見すると、農村に新しい人が入って活性化するように見えますが、 実際は農村の閉塞感に風穴が空かなければ、 活性化までは行き届かないと思うのです。 都市住民⇒農村へのベクトルも出来て、 初めて「交流」になるのです。 都市の感性、情報を農村に持ち込むのです。 そして、それぞれの良いところを足し合わせて、 新しい何かが生まれる、ということが大切だと思うのです。 こっちのベクトルが、いまの都市農村交流には欠如しているのでは? という私の思いが、この映画を通して、よりはっきりした気がします。 まぁそんな個人的な問題意識は置いといても、 とにかくおじいちゃん・おばあちゃん好きの私にとっては たまらない映画でした。 運転免許を取るために必死のおばあちゃんの手をとって、 おじいちゃんが「戻ってきてくれないか」と呟くシーンは泣ける!!! 見たあとは優しい笑顔になれるような、映画です。 デートの前に、ぜひどうぞ。
限界集落、地域の活性化とは
『限界集落』という本を読みました。
日本各地の限界集落に住む人たちのインタビューを交え、何か問題提起をするでもなく、 限界集落の現状をそのまま伝える、という本でした。 限界集落という問題については、この本の「問題提起をしない」という姿勢に、私はすごく共感します。 ただ、そのありのままを知ってほしい。 スーパーなどが近くになく、山と畑と空に囲まれ、高齢者ばかりの集落。 そこに暮らす人々の力強さと、これからへの不安。 刻まれた人々の歴史の、悲しみと、笑顔。 そしてずっとそれを見守るようにある、大いなる自然。 このブログで何度も書いていますが、 「同情は、我々の無力と同時に、我々の無罪を主張する」 というソンタグの言葉を、私はいつも忘れないようにしています。 この限界集落を考える時も、そうだと思うんです。 近くにコンビニがあって、ATM、デパート、娯楽施設、様々な飲食店がある、そんな便利な都会の生活からすると、限界集落に住む高齢者の暮らしは、「大変そう、かわいそう」という感情が湧いて来るかもしれません。 しかしそこを出発点にしてしまったら、大切なことが見えなくなってしまうように思うのです。 限界集落を、どのように維持、発展するのか?ということばかりが、限界集落の問題ではないのです。 むしろ、維持できない集落も当然あることを前提に、では解決すべき問題はそもそも何なのか?を考えるべきだと思うのです。 そのためには、同情の色眼鏡を外して、まずありのままを知らなければならないのだと思います。 この『限界集落』には、そこに住む人々に対する同情ではなく、尊敬と愛しさのような、著者のまなざしが感じられる本でした。 そしてそのまなざしは、限界集落だけでなく、衰退する地域を見つめる時にも大切なことなのだと思うのです。 「そこに住む人たちが、生き生きと暮らしてほしい」 それが、私の考える地域活性化です。 経済は、あとからついて来るものだと思います。 店はもう自分の代で終わりだと、将来に絶望しているあのおじさんを、どうやったら笑顔に出来るだろうか? 毎日楽しくないと言いながら暮らしているあの子に、どうやったら毎日が楽しいと思ってもらえるだろうか? それが地域活性化の原点にあるのかなぁ、と、この本を読んで思ったところです。 【参考文献】 『限界集落』/梶井照陰(フォイル)
民藝、ほんとうの美しさとは
昨年からぼちぼち、柳宗悦の民藝運動に関する書籍を読んでいます。
結局、民藝の「用の美」と言うのは、柳宗悦の審美眼に依るものであり、その定義はあるようで、ないようなものだなと思っていたのですが、 今日久しぶりにまた民藝運動に関する本を読んで、 柳氏の唱える「美しさ」つまり「用即美」とは、 見た目や特徴がどうか、ということではなく、 作り手と品物との「関係性」がにじみ出たもの、 ということなのかなぁ、と漠然と感じました。 民藝運動の中の一人であった河井寛次郎の言葉を借りると、その「関係性」とは、「暮らしが仕事、仕事が暮らし」ということです。 民芸品の特性として、無名性、廉価性、地方性などが挙げられます。 要は、民芸品とは高級美術品との対極にあるものと言えるでしょう。 では、私の地元の有田焼の場合はどうだろう、と考えました。 おそらく十中八九、有田焼は「高級美術品」と思われていることでしょう。 これまで私なりに焼き物に興味を持って(蒐集はしませんが)、 様々な産地の陶磁器を見てきましたが、 やはり有田焼には、高級美術品たりうる技術があると感じます。 特に絵付けの技術は、有田に勝る産地はないと言っていいでしょう。 しかし、人間国宝級の作家を除いて、 有田町で有田焼を作る人のほとんどが、無名の職人さんで、 意外にも、多くの窯元は旅館や一般家庭向けの食器を作っています。 普通、皆さんが想像するような高級美術品としての有田焼は、生産者の数から言えば少ないと思うのです。 そもそも有田焼の定義が存在しないので、 少々混乱を来すかもしれませんが、 私なりの「民芸品」の理解では、有田焼も民藝としての要素を持っていると思います。 町全体で分業化され、農業の余剰労働などが陶磁器の生産を支え、 華やかなイメージとは全く違う、質実剛健な技術が受け継がれてきたからこそ、 唯一無二の技術の高さがあるのです。 民藝が作家性を嫌うのは、個性を強調したり、ぎらぎらした向上心によって出来たものは美しいものではない、というような考えがあるからだと思います。 有田焼を支えた職人達のほとんどは、作家ではない無名の人たちで、その技術や文様を大切に受け継いできました。 これは、私は「民藝」のこころと通じるものではないかと思います。 つまり、民藝とは見た目ではない。 巷には「民藝っぽい」ものが多くありますが、 それが大量生産された無味乾燥のものであれば、民芸品とはいえません。 作り手と品物の関係を説明でき、それが民藝の意に添うものであれば、 見た目はたとえ華やかでも、それは「民芸品」であると言えるのではないかと思うのです。 このことについては、もう少し考えてみようと思います。 そして「ほんとうの美しさ」ということについても。 参考文献 『柳宗悦と民藝運動』(思文閣出版) 『柳宗悦の民藝』(NHK出版) ほか数冊(←忘れた。)
落ちて這い上がるのは難しい
どうも、ご無沙汰でした。悪い癖です。
そういや新しい年が始まりましたね。 なんだか、よーし、新しい年だ!!っていう気合いみたいなものが、年々無くなっている気がします。 いかんですね。 最近は、久しぶりにネクラに戻っている感じです。 会話が面倒くさい、笑っていると悲しくなる、人といたくない、一人で音楽を聴いて空を眺めていたい。 いかんですね。 しかしねぇ、ここから這い上がるのもけっこう難しいんです。 やっぱり、ブレイクスルーしないと、同じ状態でずるずると這い上がることはとっても困難です。 もう思い切って状況を変えるとか、何かにひどく感動するとか、 そういうきっかけが無いとねー。 とか甘えたことも言ってられる年じゃないんですがね。 あー、はやく暖かくなんないかなー。なんて思います。 私はこんな風に気分が落ちると、やる気がひゅーんと落ちてしまって、 それまでやっていた勉強や、自己研鑽や、勝手な妄想が、 ぷつんと出来なくなるんです。 今、本当にぷつんと途切れている状況です。 そして、病は気から。 悩み腐って身体まで弱ってしまうんです。 ああ、悪循環。 しかし、人間24年生きていると、なんとなくパターンも分かってくるもんです。 こういう時は、ブレイクスルーが訪れるまで落ちよう、 でも落ち方はゆっくりとね。 たまに映画見たり、人と飲んだりして自分に刺激を与えつつ、 でも焦らない。今はゆっくり寄り道。 それから、私の場合は晴れた休日の気持ちのいい日に部屋を掃除すると、 気分も晴れるんです。 それでちょっとやる気も回復する。 そうやって暖かくなるのを待つことにします。 てか、結局一番の原因は「寒さ」のせいなのか・・・
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