東日本大震災 災害ボランティアセンター支援について[2011年07月14日(Thu)]
・被派遣者:野村宏之(福祉事業部長)
・派遣時期:5月26日(木)〜6月1日(水)
・担当業務:緊急小口資金貸付支援業務ほか災害ボランティアセンター(以下VC)業務全般
朝一番のいわて花巻空港行きの日航機に乗り、空港から盛岡まで連絡バス、盛岡から高速バスを乗り継ぎ、約7時間かけてJR宮古駅に到着。
ここで道内市町村社協のメンバー5人と合流・昼食の後、宮古市社協へ向かいました。宮古駅から宮古市社協までの街の風景は、災害の影響を感じさせない、ごく普通の地方都市の市街地という雰囲気でした。
宮古市社協に到着。前クールからの引き継ぎ後、即業務に就く。
最初は、災害VCという激しい業務の流れに上手く乗ることができず、不安と戸惑いと「とにかく役に立たねば!」という葛藤の中で「自分の居場所」を探すのに必死で焦りまくってました。
【@蛸の浜地区:橋げたずれたところ】
【A田老地区:建物のうしろにあるのが「日本一の堤防」、今回はそのはるか上を津波が押し寄せた】
2.3日してやっと自分のペースをつかみ、災害VCスタッフの動向、宮古市内の状況も徐々に分かり始めてから、「ボランティアしたい」と「ボランティアに来て欲しい」から、「ボランティアにこれもあれもお願いしたい」と「今日の2時までしかボランティアできない」というボランティア需給調整の重要さ、難しさ、歯がゆさが目の前でダイナミックに繰り広げられている現場に今まさに立ち会っているという実感は、日常業務では体験できない貴重な機会となりました。
また、市内田老地区社協職員から「いままで本格的な取り組みが図られていなかった小地域ネットワーク活動について、社協としてどのように進めるべきか学びたい」との要望があり、以前、長らく業務担当していた小職に声がかかり、宮古市社協(本所)の了解の上、VC・ホームヘルパー・デイサービス職員と懇談する機会を得ました。
最初に小職から「社協はどういう組織か」「小地域福祉活動の推進は社協本来業務」「ホームヘルプ、デイサービス等在宅福祉サービス事業は、地域福祉推進の大目標達成のための手段のひとつ」等々の極めて当たり前な話をしました。
しかし、こうした非常事態が2か月以上経過していること、震災後ゆっくり体を休めることができていないこと、普段当たり前に考えられることが考えられない緊張状態が未だ続いていることが窺え、最初は、小職の講演会のようでしたが、「仮設住宅建設によって新たな自治会づくりをどのように進めていったら良いか?」の質問を皮切りに、「被災していない世帯に対するサポートはどうあるべきか?」等など、「社協職員らしい」前向きな質問が出てきて、活発な意見交換を図られ、とても有意義な時間となりました。
今回の派遣は災害VC支援業務という目的で宮古まで行ってきましたが、前述の「田老地区社協職員懇談会」にあるとおり当初予定していなかった社協の本来活動・業務に対するサポートについてもタイミング良く体験することができて大変幸運でした。
今後の支援については、災害VC支援業務も重要ですが、これは被災地社協単独で実施できるよう徐々に縮小していく過程を見守ることに徹し、社協本来活動・業務に対するサポートの比重を大きくしていくことが重要と感じました。
ただし、「先方がどのような支援を望んでいるのか」と「その支援を行う条件(ヒト・モノ・カネ)は整っているか」しっかりバランスが取れていることを見極めながら、被災地社協(市町村・県)と支援社協(北海道・道外)による対等な話し合いによって支援の方向性が決定されることが何より重要であり、この状態になって初めて、全国社協ネットワークが充実・強化し、相互に有効に機能することになると思います。
【B宮古市災害VCの様子】
最後に、小職と同じクールの素敵な北海道メンバー(七飯町の丸山さん、芽室町の旭さん、石狩市の横手さん、苫小牧市の綱渕さん、釧路市の阿部さん)に対してお礼を申し上げ、結びといたします。
「みなさん、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。全員揃っての反省会がまだだったので、近いうちに・・・。それではまた!」(野村)
・派遣時期:5月26日(木)〜6月1日(水)
・担当業務:緊急小口資金貸付支援業務ほか災害ボランティアセンター(以下VC)業務全般
朝一番のいわて花巻空港行きの日航機に乗り、空港から盛岡まで連絡バス、盛岡から高速バスを乗り継ぎ、約7時間かけてJR宮古駅に到着。
ここで道内市町村社協のメンバー5人と合流・昼食の後、宮古市社協へ向かいました。宮古駅から宮古市社協までの街の風景は、災害の影響を感じさせない、ごく普通の地方都市の市街地という雰囲気でした。
宮古市社協に到着。前クールからの引き継ぎ後、即業務に就く。
最初は、災害VCという激しい業務の流れに上手く乗ることができず、不安と戸惑いと「とにかく役に立たねば!」という葛藤の中で「自分の居場所」を探すのに必死で焦りまくってました。
【@蛸の浜地区:橋げたずれたところ】
【A田老地区:建物のうしろにあるのが「日本一の堤防」、今回はそのはるか上を津波が押し寄せた】
2.3日してやっと自分のペースをつかみ、災害VCスタッフの動向、宮古市内の状況も徐々に分かり始めてから、「ボランティアしたい」と「ボランティアに来て欲しい」から、「ボランティアにこれもあれもお願いしたい」と「今日の2時までしかボランティアできない」というボランティア需給調整の重要さ、難しさ、歯がゆさが目の前でダイナミックに繰り広げられている現場に今まさに立ち会っているという実感は、日常業務では体験できない貴重な機会となりました。
また、市内田老地区社協職員から「いままで本格的な取り組みが図られていなかった小地域ネットワーク活動について、社協としてどのように進めるべきか学びたい」との要望があり、以前、長らく業務担当していた小職に声がかかり、宮古市社協(本所)の了解の上、VC・ホームヘルパー・デイサービス職員と懇談する機会を得ました。
最初に小職から「社協はどういう組織か」「小地域福祉活動の推進は社協本来業務」「ホームヘルプ、デイサービス等在宅福祉サービス事業は、地域福祉推進の大目標達成のための手段のひとつ」等々の極めて当たり前な話をしました。
しかし、こうした非常事態が2か月以上経過していること、震災後ゆっくり体を休めることができていないこと、普段当たり前に考えられることが考えられない緊張状態が未だ続いていることが窺え、最初は、小職の講演会のようでしたが、「仮設住宅建設によって新たな自治会づくりをどのように進めていったら良いか?」の質問を皮切りに、「被災していない世帯に対するサポートはどうあるべきか?」等など、「社協職員らしい」前向きな質問が出てきて、活発な意見交換を図られ、とても有意義な時間となりました。
今回の派遣は災害VC支援業務という目的で宮古まで行ってきましたが、前述の「田老地区社協職員懇談会」にあるとおり当初予定していなかった社協の本来活動・業務に対するサポートについてもタイミング良く体験することができて大変幸運でした。
今後の支援については、災害VC支援業務も重要ですが、これは被災地社協単独で実施できるよう徐々に縮小していく過程を見守ることに徹し、社協本来活動・業務に対するサポートの比重を大きくしていくことが重要と感じました。
ただし、「先方がどのような支援を望んでいるのか」と「その支援を行う条件(ヒト・モノ・カネ)は整っているか」しっかりバランスが取れていることを見極めながら、被災地社協(市町村・県)と支援社協(北海道・道外)による対等な話し合いによって支援の方向性が決定されることが何より重要であり、この状態になって初めて、全国社協ネットワークが充実・強化し、相互に有効に機能することになると思います。
【B宮古市災害VCの様子】
最後に、小職と同じクールの素敵な北海道メンバー(七飯町の丸山さん、芽室町の旭さん、石狩市の横手さん、苫小牧市の綱渕さん、釧路市の阿部さん)に対してお礼を申し上げ、結びといたします。
「みなさん、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。全員揃っての反省会がまだだったので、近いうちに・・・。それではまた!」(野村)