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どこかでつながっている あの人と私も [2008年09月05日(金)]
 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、私は海外を旅するのが大好きです。マスコミが政治や紛争のネタでしか取り上げないような国や地域にも出かけていき、自分の五感でその土地の生活に触れてきます。
 だから、心から願うのは、世界が安全であることです。私は行きずりの旅人に過ぎませんが、「一所懸命」に異郷に尽くす人の尊い命が、これ以上、失われることがない世界を望みます。
 8月26日、アフガニスタンで「ペシャワール会」の伊藤和也さんが、拉致されたとのニュースが駆け巡りました。翌27日、無事への祈りもむなしく、伊藤さんが亡くなったとのニュースに接しました。
 私は、もちろん、伊藤さんと知り合いではありません。しかし、「ペシャワール会」の現地代表・中村哲医師は、母校・西南学院中学校の先輩であり、中学生のころ、パキスタンのペシャワールから一時帰国した中村医師の講演を、何度か聴く機会に恵まれました。

 「ペシャワール会」は、私が最初に知ったNGOであったかもしれません。学院のチャペルで、中村医師がスライドに映しながら聴かせてくれた、ハンセン病治療に取り組む様子や「目には目を」という文化・習慣の違いに戸惑った話など、いまでもよく覚えています。
 その影響もあってか、高校生のころは、国際NGOに関心をもち、いずれはその道に進むものと漠然と考えていました。結果として、私は、今日まで、職業として国際NGOを選ぶことはありませんでしたが、同世代の伊藤さんは、その道を選んだ人であったわけです。

 逝去後に公開された、伊藤さんの「ペシャワール会」のワーカー志望動機を読んで、故・中田正一氏の名前に目を引かれました。農水省を退官後、千葉県大多喜町で「風の学校」を営み、ソ連侵攻と内戦によって荒廃したアフガニスタンでの井戸掘りを夢見た中田氏。
 私も、高校生のころ、中田氏の『国際協力の新しい風−パワフルじいさん奮戦記−』(岩波新書)を読み、アフガニスタンがかつては緑豊かな大地であったことを知ったのですが、伊藤さんが志したのが、まさに「アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に、戻すことをお手伝いしたい」であったことに、胸が熱くなりました。

 今回は、かつてイラクで邦人誘拐事件が起きたときのような「自己責任論」は、さすがにマスコミでは鳴りをひそめているようです。しかし、福田康夫首相が発した「命を奪った行為に強い憤りを覚える」とのコメントには、大きな違和感を覚えました。
 「命を奪った行為」に対して憤る・・・。これでは単に、「悪い奴がいるもんだ、けしからん」と、犯人だけに罪を着せて、問題を小さくしているように感じます。現地住民の信頼の厚かった「ペシャワール会」までが襲撃されるにいたった情勢の悪化についてこそ、見解が述べられる必要があったと思います。

 21世紀に入ってからというもの、私のような一介の旅人にとっても、行きづらい国や地域は増えるばかりです。それは、邪悪な考えをもつ人間が増えたからなのでしょうか。強いものが力で圧迫し、弱いものの強い反発を招いているためではないのでしょうか。
 世界はつながっています。伊藤さんの死は、けして他人事ではありません。遺族が述べた、伊藤さんの「本望」について考え、本当に平和で安全な世界に向けて、一歩一歩、努力していく必要があります。
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コメント
Posted by: wow gold  at 2008年12月01日(月) 10:27

こんにちは。
昨年、庄嶋さんが講師の研修でお世話になり、その後もいろいろなところでお姿をお見かけします。今日もある会議でお見かけしたので(午前の方でしたが質問をされていましたね。)お声かけしようと思ったのですが、すでに会場を出られた後でした。いつもお声かけするチャンスを逃してしまって。
わが社では、理念条例の制定をトップの独断専行で行おうとしており(事務レベルでは協働の理念上やり方が間違っているので抵抗しているんですが…)、志木市の市政運営条例を参考にしようとしていまして、志木市のことをいろいろとネットで調べている中で、庄嶋さんの東京ランポ時代の志木市民委員会の記事がヒットしました。いろいろなところでいろいろなことに関わられているんですね。我々はすごい人から講習を受けたんだなぁと改めて思ってしまいました。機会があったらわが社にも関わっていただけたらなぁなんて個人的に考えてしまいます。
チャンスがありましたらぜひ今度こそお声かけさせていただきます。
Posted by: 宮田浩司  at 2008年09月09日(火) 17:13