私が参加したのは、「分科会A 北東アジアの平和を担う市民教育」。「学習」と「対話」による市民社会の創造を掲げる、市民社会パートナーズとしては、まさにドンピシャのテーマです。
故・山本七平さんが看破したように、「空気」や「ムード」が先の戦争を「何となく」許容してしまったことを考えると、少しでも多くの市民が自分で考えないと守れないのが「平和」だと言えます。
報告に立ったのは、日本から2名、韓国から2名。
沖縄平和ネットワーク首都圏の会代表・柴田健さんからは、沖縄で修学旅行生への「平和ガイド」などの取り組み、また、参加型学習ファシリテーターである福田紀子さんからは、「韓流」をテーマにした講座の実践例が紹介されました。
一方、韓国DMZ平和生命の村推進委員会代表・鄭聖憲さんからは、平和を実践するうえでの考え方が示され、平和ネットワーク政策室長の李俊揆さんからは、朝鮮半島の平和統一専門講座などの実践例が紹介されました。
特に印象に残ったことが2つありました。
1つは、李さんが、北朝鮮による拉致問題は、北朝鮮=加害者、日本=被害者、という固定した図式だけでは解決できない、と述べた点です。それ以前の、日本による強制連行と合わせて考えるというのが、韓国でも北朝鮮でも常識であるとのことでした。
このような歴史認識の違いを、市民社会レベルで知り合い対話することが、政府レベルを動かすことの基礎であると感じました。
いま1つは、鄭さんの発言にたびたび表れていた、宇宙的なつながりのなかでの平和という考え方です。ベトナム人の仏教僧で平和運動家のティク・ナット・ハンさんも、世界を平和にするには、まず自分が平和でなくてはならない、と説いています。
コメンテーターを務めていた、恵泉女学園大学教授の内海愛子さんが言っていましたが、「直接暴力」としての戦争だけでなく、私たちは「構造的暴力」としての搾取に罪悪感なく加担してしまっています。最近の社会企(起)業などは、そういった構造的な問題について、市場を活用して解決に取り組むものです。
デモや座り込みを行うことだけが平和運動ではなく、一人ひとりが、自分と世界とのつながり、人間だけでなく様々な生命とのつながりを感じ、日々自らを省みながら行動すること。これが、平和運動が行き着いた、実践のあり方なのだと理解しました。