1年前の政権発足当時は、首相の清新なイメージもあり、「美しい国、日本」「戦後レジーム(体制)からの脱却」といった看板も、国民に受け入れられたように見えていました。
しかし、7月29日(日)の参議院議員選挙では、年金記録の問題、政治とカネの問題、都市と地方の格差問題など、国民の生活実感に基づく問題を争点に審判が下されました。
一方の「美しい国」などの国家像についても、泥沼化するアフガン、イラク情勢の現実を前にして、海外派兵を名実ともに可能にする改憲の動きへの警戒感も高まっています。
「戦後レジーム(体制)からの脱却」というスローガンは、日本が世界の安全保障にどんな貢献をしているかを十分に検証することもなく、海外派兵をしなくては貢献と呼べないかのような決めつけによるものでした。
また、北朝鮮のミサイルなどの危機を過剰にあおり、安易に軍事力に頼る思考を広めることで、集団的自衛権の行使、先制攻撃、核武装といった議論を行う地ならしをしようとしました。
抽象的な国家像、漠然とした危機といった、あいまいな状況を演出することで、為政者にとって都合のよい世論をつくり出し、一時の流れで大きな法整備を行っていく(後から、教育によりじっくり浸透を図る)。教育基本法の改正、憲法改正手続を定めた国民投票法の制定、防衛庁の省昇格などは、わずか1年の安倍政権のもとで行われたことです。
現実感のない政策は、国民が熟慮するまでに時間がかかるため、「レジームチェンジ(体制転換)」の流れをつくるには恰好の手法であることがわかります。
今回は、大臣の不祥事など自らの失点で勢いが止まり、参院選では、年金問題や格差問題のような現実感のある問題が、改憲問題の優先順位を下げましたが、またいつ、同様の手法が台頭するとも限りません。
抽象的な政策の目くらましにあい、大きな法整備が一気呵成に行われることを、安倍政権の「美しい国」から教訓として学びとる必要があります。
もっとも、小泉前首相のもとで、アフガンやイラクへの事実上の海外派兵が実現して、今日の九条改憲の動きを支える既成事実ができてきたように、あいまいな状況を演出するうえで肝心なのは、抽象的な国家像よりも首相の人気や安定感なのかもしれません。
抽象的な政策が結局は肝心なのではないことを学んだのが、改憲を目指す勢力にとっては、同じく「美しい国」の教訓なのかもしれません。
ともあれ、福田新首相が誕生し、前例のない衆参「ねじれ国会」が、こんどこそ開幕します。
選挙は、様々な政策がセットで問われるものですが、今回の参院選の結果は、まずは、海上自衛隊のインド洋上の給油活動をめぐる議論に活かされそうです。
選挙で一票を投じた後は、国会の議論に注目して国民も熟慮し、また、次の選挙に活かす。そんなサイクルが大事であることを再確認させてくれた反面教師、それが、安倍政権の「美しい国」でした。
※ 誤解のないように申し上げておくと、私は、改憲論議そのものは、国民が熟慮できる機会を確保して、大いに行うべきだと考えています。しかし、自ら衆院選(総選挙)の審判を受けたわけでない安倍政権のもとで、非常に拙速に改憲への動きが進められたことには問題を感じています。