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Vol.434【ファンドレイジングスーパースター列伝】ハニ・ウォルフ(静岡) [2019年07月01日(Mon)]

ハニ・ウォルフ

1953年(昭和28年)、ドイツから5人のディアコニッセが来日しました。
ディアコニッセ(Deaconess)とは、キリスト教の女性の助祭もしくは執事をさすそうです。
静岡にある聖隷福祉事業団が母体となり、1954年(昭和24年)「浜松ディアコニッセ母の家(キリスト教婦人奉仕団体)」が設立されました。
先の5人のうちの一人が「ハニ・ウォルフ」です。
彼女が夢で一人寂しくすごしているお年寄りに出会ったことがきっかけとなり、日本初の特別養護老人ホーム「十字の園老人ホーム」が生まれたそうです。

その特別養護老人ホームを運営していた社会福祉法人十字の家のサイトに、その歴史が掲載されていました。
http://www.jyuji.or.jp/hamamatsu/concept.html

ハニ・ウォルフは、1959年(昭和34年)にドイツへ一時帰国し、母の家や教会を巡り、600万円の献金を得て、浜松へ帰ってきました。この献金額は、当時見込まれていた建設資金516万円を上回っていたということです。
この資金は、1マルク献金で募ったものです。この当時、1マルク=約86円だったので、600万円ということは単純計算で約7,000人から献金がありました。


十字の園老人ホームの成り立ちについては、こちらの記事に詳しくまとめられています。
静岡県社会福祉協議会
File30 鈴木 生二 氏 Seiji Suzuki
http://www.shizuoka-wel.jp/michishirube/file30/


ちなみに、ハニ・ウォルフ姉妹と呼ばれていましたが、この「姉妹」は「同士」という意味です。


ハニ・ウォルフの寄付活動について、詳しい情報を見つけました。
社会福祉法人十字の園 理事長 平井章
http://www.jyuji.or.jp/hamamatsu_city/hirai/index.php?%E6%AD%B4%E5%8F%B2

ハニ・ウォルフ(1914.5.5〜1996.10.27)
 十字の園の創設の母ともいえる人。1914年、イギリス・リバプールで生まれるが、幼くして父を亡くしたため家族でドイツに移住。1931年(昭和6年)、ベクトリア学校リセウム部を卒業後、1945年(昭和20年)までは栄養士の資格を生かして、家事家政の指導者として働かれました。1946年(昭和21年)からはウエストファーレンのミュンスター母の家でディアコニッセとしての奉仕を開始。1945年に戦後すぐの日本を訪れたドイツ人P.G.メラー牧師と賀川豊彦氏、長谷川保氏らの約束によるディアコニッセ日本派遣団のメンバーに加わり、他の4人の姉妹たちと一緒に、1953年(昭和28年)11月船で横浜港に着き、未知の国日本の地を踏みます。

1959年(昭和34年)1月、ついに本格的な行動をスタートします。老人ホーム建設資金を祖国ドイツに求めるため一時帰国。日本の風俗、人情、生活を紹介するための芝居を上演しながら、ドイツ各地を巡る4ヶ月間の募金の旅でした。出演者としてドイツの若いプロヴェンシュベスター(見習い姉妹)たちの協力や、ドイツ母の家のディアコニッセ、諸教会の信徒たちの協力により、600万円もの献金をいただいて4月に再び日本へ。この献金(建設資金に相当する額)がもととなって、日本で初めての特別養護老人ホーム(老人福祉法制定前で、生活保護法による養老施設)建設の運びとなったのです。
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http://www.jyuji.or.jp/hamamatsu_city/hirai/index.php?%E7%A6%8F%E7%A5%89
ハニ・ウォルフさんが休暇を得て故国に帰るに際し、着物や羽織、袴、下駄や草履、菅笠、唐傘を小包にして送った。ハニさんは、それらをもってドイツ国内各地の教会や母の家を訪れ、日本の風俗を紹介し、或いはドイツ娘に和服を着せてお芝居をして観せ、そして日本の老人間題の窮状を訴えてホーム建設のための資金を募ってくださったのである。(鈴木生二)
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とても素晴らしい事例を知りました。
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