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Vol.415【ファンドレイジングスーパースター列伝】イグナツィ・パデレフスキ(ポーランド) [2019年05月15日(Wed)]

イグナツィ・パデレフスキ

イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(Ignacy Jan Paderewski, 1860年11月18日 - 1941年6月29日)は、ポーランドのピアニスト・作曲家・政治家・外交官。高名なピアニストである一方、ポーランドの初代首相を務めたことで知られる。
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(Wikipediaより)


もう一つ、イグナツィ・ヤン・パデレフスキのプロフィールです。
日本パデレフスキ協会のサイトからです。
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イグナツィ・ヤン・パデレフスキ(Ignacy Jan Paderewski/1860.11.6-1941.6.29)は、ポーランドのピアニスト、作曲家、政治家。
国際的ピアニストとして世界各地を演奏旅行した。
指の故障とスランプをきっかけに政治家へ転身し、1919年にはポーランド共和国の首相となった。
内閣退陣後は、センセーショナルな復活リサイタルにより演奏活動を再開。
「パデレフスキ版」と呼ばれるショパン全集を編纂したことでも知られている。
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http://paderewski.jp/


ピアノをされている方には、ショパンの楽譜ということでご存じの方なんですね。


パデレフスキは、偉大なピアニスト、政治家とともに、偉大なフィランソロピストだったそうです。Wikipediaによると、こんな慈善活動をされています。
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夫婦で社会事業や寄附活動も行なった例えば、貧しい農家の子女のために学校を開いたほか、1910年には、ドイツ騎士団に対するポーランドの戦勝500周年を記念して、古都クラクフの住民にモニュメントを贈った。また同年には、ショパン生誕100周年記念のモニュメントも建てている。1913年にパデレフスキはアメリカ合衆国に居を構え、サンフランシスコに2000エーカーのブドウ畑を所有し、ワイン製造業を興している。
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先ほどの「日本パデレフスキ協会」のサイトにも紹介されています。
『1回の演奏旅行で、当時のアメリカ大統領の年棒の3〜5倍にもあたるギャラが用意されたという。パデレフスキは、これらの利益の一部を慈善事業に寄付し、財団や各種コンクールの設立にも投資した。』


そして、こんなエピソードもあります。
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1892年、スタンフォード大学で実際にあった話だ。
18歳の若い学生が授業料の工面に苦労していた。彼は孤児で、どこに相談すれば良いのかも知らなかったが、一つ名案を思い付いた。彼は友人と音楽会を校内で主催し、授業料を稼ごうと決めたのだ。
彼らは偉大なるピアニスト、イグナツィ・J・パデレフスキにアプローチした。彼のマネジャーはピアノリサイタル開催に2000ドルの出演料を要求し、交渉が成立した。若者二人はコンサートを成功させるために奮闘を始めた。
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続きは、こちらのブログ記事で。
https://ameblo.jp/borneo7ban/entry-12222828654.html
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