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Vol.348【ファンドレイジングスーパースター列伝】フーゴ・ラッサール(日本) [2018年12月14日(Fri)]

フーゴ・ラッサール

フーゴ・マキビ・エノミヤ=ラッサール(Hugo Makibi Enomiya-Lassalle, 1898年11月11日 - 1990年7月7日)は、ドイツ生まれのイエズス会員で、カトリック教会の司祭、宣教師。
1948年(昭和23年)に日本に帰化しており、日本名は愛宮真備(えのみや まきび)。

キリスト教の聖職者として初めて、坐禅を宗教生活のなかに実践的に導入した。1945年(昭和20年)8月6日に広島市の幟町天主公教会(幟町教会)で原子爆弾の投下に会い直接被爆したことで、犠牲者への慰霊のためだけではなく、世界平和を目指した祈念の場の必要性を痛感し、ヒロシマの地に世界平和記念聖堂を建設することに尽力した。それら広島の文化福祉の発展に広く貢献した功績が認められて、1968年(昭和43年)4月広島市の名誉市民として顕彰されている。
帰化名にもよく現れているように日本文化に対する造詣が深く、特に日本人の霊性への関心から禅宗に深い興味を抱き、自ら参禅しただけでなく他のキリスト教関係者にも積極的に坐禅を勧めた。日本国外ではむしろ、その理論と実践において「カトリック禅」ともいえる新境地を開拓したことで知られる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
(Wikipediaより、一部抜粋)

450px-Makibi_Enomiya-Lasalle_(1898-1990).jpg


約1年間、ファンディングスーパースター列伝を更新していますが、まだまだ知らない偉人がいっぱいです。そのうちの一人が、今回ご紹介する、フーゴ・ラッサールです。

フーゴ・ラッサールの足跡を少しまとめてみました。

ラッサールは1929年(昭和4年)に上智大学に派遣されることになった。

社会事業を行なうことを好み、関東大震災の被災者が多く住んでいて、1931年(昭和6年)当時東京市最大の困窮地帯であった荒川区三河島に、学生たちと活動するための拠点となる「上智セツルメント」を設立した。

1936年(昭和11年)事務所兼住居として新たに司祭館を建設し、そこに移り住むんだ。
1945年(昭和20年)に被爆した際は、その司祭館で被爆し、室内は損壊したものの躯体は爆風にも耐え、ラッサールたち5名の命を救うことになった。

1946年(昭和21年)3月、ラッサールはイエズス会の総会に出席するためにローマに旅立つ。ヨーロッパ、北米および南米をめぐって世界にヒロシマの惨状を報告しながら、世界平和記念聖堂建設に向けた協力を仰いだ。


ここで、フーゴ・ラッサールのファンドレイザーとしての活躍が始まります。
「世界平和記念聖堂」という一大プロジェクトが始まりました。

1947年(昭和22年)、第二次世界大戦の敗戦後に新たに平和国家として再出発した日本全体のものともするために、平和記念広島カトリック聖堂の建設計画自体を朝日新聞社の後援を得て、1948年(昭和23年)3月28日の復活祭の日を期して朝日新聞紙上に発表した。

1950年(昭和25年)工事と期を同じくするようにして始まった朝鮮戦争の影響で建設資材が数倍にも高騰するなど、当初から建設は困難を極めた。建設工事が中断するたびに、ラッサールは建設資金の手当に奔走しなければならなかったのである。

1951年(昭和26年)1月には「世界平和記念聖堂後援会」の名称を「広島平和記念聖堂建設後援会」と変えた上で、新たに名誉総裁に高松宮宣仁親王を戴き、総裁には吉田茂内閣総理大臣を迎えて、広島県出身の池田勇人大蔵大臣が実質的な取りまとめ役である会長発起人となって、国内での募金活動を支えることになった。


「世界平和記念聖堂」のWikipediaから、引用です。
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1946年(昭和21年)から1950年(昭和25年)にかけて、ラッサール神父が世界中から募った義援金はパイプオルガンなどの寄贈品などを含めて6000万円相当にのぼったが、1億円の目標総額に不足する4000万円分を補うために、1950年(昭和25年)1月に「世界平和記念聖堂建設後援会」が発足[13]。翌1951年(昭和26年)には、新たに広島県出身の池田勇人大蔵大臣が代表発起人として後援会の名称を「広島平和記念聖堂建設後援会」と変え、名誉総裁に高松宮宣仁親王を戴き、総裁には吉田茂内閣総理大臣を迎えて国内の募金活動を支えた[12][注 6]。「世界平和記念聖堂」という正式名称の代わりに、あえて「広島」の名を冠したのは募金活動を進めやすくするためだったという。

募金総額は寄贈品を含めて9800万円にのぼり、その内訳は日本国外からの援助が約4000万円、パイプオルガンなどの寄贈品の形で約2000万円、日本国内からは第一次の募金が約1450万円、第二次分が約2350万円、合計約9800万円であった。実際にかかった工事費は約1億1500万円とされているが、不足分がどのように手当されたのかは明確でない。

いささか取って付けたような花弁状の複雑な八角形の形体の「ちょっと変わった丸屋根」のドームは、アメリカはニューヨークの実業家トーマス・A・ブラッドレーの寄贈によるものである。ブラッドレーの5万ドルにものぼる多額の寄付は、当時の換算レートで1800万円にもなり、初発計画時には聖堂建設費をほぼ満たす額であった。
しかし折からのインフレで建設資材が高騰し、ブラッドレーに追加の援助を求めたところ、聖堂をまるごと寄贈した形になるのではなく、自分の金が他人の寄付金の中に埋没してしまう事態に不快感を示し、それならばと、伝統的な大聖堂建築にとって最も重要な部分である内陣とその上部のドームにブラッドレーからの寄付金を充当するということで、追加資金援助の話がまとまったのである。

これはブラッドレーの売名行為から出たものではなく、ブラッドレー父子の1962年(昭和37年)の広島訪問の際までこの篤志は秘匿されていたことも、付記しておかなければならない。
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(Wikipediaより)


もう一つ、ファンドレイジング的に、面白いエピソードがありました。
結婚式
カトリック教会では、本来は信徒以外の結婚式は原則として受付けていないが、この聖堂では一般の結婚式も受け付けており、非常に人気がある。結婚式は、教会の典礼上結婚式ができない期間を除き、一日3組まで行われる。元々、1983年(昭和58年)の大規模な改修にあたり、その費用捻出のために始められたが、その後もこの聖堂の定期的な補修が必要なことから続けられている。
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384px-Hiroshima_World_Peace_Memorial_Cathedral.jpg



Wikipedia:フーゴ・ラッサール

By Grentidez - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15268515


Wikipedia:世界平和記念聖堂

By Wiiii - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=6374749
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