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No.335【ファンドレイジングスーパースター列伝】若林忠志(日本) [2018年12月01日(Sat)]

若林忠志

[1908〜1965]プロ野球選手・監督。米国ハワイ州の生まれ。日系2世。昭和11年(1936)大阪タイガース(阪神の前身)に入団。多彩な変化球を投げ、「七色の魔球」と評された。のち、監督も兼任。同25年に毎日(千葉ロッテの前身)に移籍。45歳まで現役として活躍した。
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(コトバンク)

332px-Tadashi-wakabayashi_1946-1948.jpg


また素晴らしいスーパースターを巡りあってしまいました。

阪神タイガース/若林忠志賞

2011年度より、継続的に社会貢献活動やファンサービス活動に取り組み、野球人として優れた見識を持つ選手を表彰する制度を創設しました。球団創成期からエースとして活躍し、グラウンド外においても、社会貢献活動並びにファンサービス活動という分野においてプロ野球選手としてのパイオニアであった球団OB故若林忠志氏の功績を称え、この賞を「若林忠志賞」と命名し、その意思を継承していきたいと考えました。また、この賞の創設は、現在、当球団がファンサービスや社会貢献活動の充実を図る「Dream Linkプロジェクト」をさらに醸成させるものです。
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https://hanshintigers.jp/community/wakabayashi/


阪神タイガース創設時の大エースの若林忠志。
その意思を引き継いで、こんな賞をつくる阪神タイガース、すごいです。

若林忠志賞では、本当に素晴らしい活動をしている選手が表彰されていますね。


では、若林忠志の功績を見ていきましょう。

若林忠志が見た夢 プロフェッショナルという思想
内田 雅也 著
http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-1584-4.html

内容紹介
プロ野球選手による社会貢献の先駆け!
1949年末、プロ野球連盟分裂の際、若林は別当や土井垣ら主要選手を引き連れ阪神を離れ、新設された太平洋野球連盟傘下の毎日に移籍。リーグ分裂直後の1950年、太平洋野球連盟では毎日が優勝、セントラル野球連盟では松竹が優勝した。第1回日本シリーズは毎日が制した。監督・選手として優秀な成績をあげ、戦後の少年たちの善導のため、野球を通じた受刑者の更生に尽力した若林忠志。現在、ゴールデン・スピリット賞で選手たちによる社会貢献は知られているが、戦後の貧しい時代に少年たちの健全な育成や受刑者更生の一助として彼は身銭を切って支援したのだった。若林の思想と行動を、子息及び関係者らへの深い取材を通して伝え検証する。
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戦後、望まれて復帰した。ラッキーゾーンを設け、ダイナマイト打線を演出した。選手の待遇改善に努めた。タイガース子供の会をつくった。野球雑誌を創刊した。全国各地で慰問、チャリティー活動を続けた。
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阪神タイガース公式サイト
若林忠志が見た夢
Vol.7 社会貢献 2011/9/15更新
https://hanshintigers.jp/entertainment/wakabayashi/vol_7.html

少年刑務所の「若林杯」
1949(昭和24)年12月14日、阪神タイガースの監督兼投手だった若林は単身、奈良少年刑務所を訪れ、講演などを行った。


「タイガース子供の会」の創設
戦後、若林は日本の復興に、青少年の善導、育成を大きなテーマとしていた。1948(昭和23)年には「タイガース子供の会」を自費で立ち上げ、自ら代表に就いた。


Vol.10 見果てぬ夢 2011/11/1更新
https://hanshintigers.jp/entertainment/wakabayashi/vol_10.html

サンタクロース
日本一となった1950年12月23日、若林はサンタクロースとなって大阪・豊中市の克明小学校を訪れている。「クリスマス給食感謝の催し」の特別ゲストだった。翌日のスポーツニッポン新聞1面<ニコニコ・サンタ爺さん>の記事に若林の談話がある。「僕は子どもから招待されたら、どんなことがあっても駆けつけます」。


2017.12.14 07:59 スポニチ
若虎に社会貢献のススメ――若林精神の承継目指す阪神
【内田雅也の広角追球】
https://baseballgate.jp/p/147091/


 若林忠志賞、第7回となった今年、特別賞を阪神選手会に贈った。2005年からチャリティーオークションで得た収益を恵まれない子どもたちや国内外の被災地救済のために寄付している。その額は累計1億8000万円を超えた。

 若林賞の表彰状には「若林氏の精神を承継するものと認め――」との文言がある。重要なのは「精神の承継」、つまり伝統をつなぐ意識だろう。
 その若林はオフシーズン、今ごろの時期になると「ほとんど家におりませんでした」と次男・忠晴(78=会社社長)が語っている。全国各地の養護施設や小学校などを慰問に訪れていた。
 「父は『おまえたちには両親がいるじゃないか。世の中には親のない子どもがたくさんいるんだ』と出かけていきました。あちこちに戦災孤児がいましたから」。戦後間もないころの話である。


奉仕・慈善活動に尽くした若林の逸話をあげればきりがない。ハワイに生まれ育った若林は戦前から大リーガーの姿勢を知り、学んでいた。戦後の荒廃期、日本のプロ野球に社会貢献といった考え方などない時代に「プロのあるべき姿」を示したのである。
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あらためて、若林忠志賞のWebサイトを見てください。
阪神タイガースの選手の素晴らしい活動が紹介されています。
https://hanshintigers.jp/community/wakabayashi/



Wikipedia:若林忠志

By ベースボール・マガジン社 - The Japanese Book「阪神タイガース70年史」, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=10302749
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