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No.314【ファンドレイジングスーパースター列伝】ノルマントン号事件(日本) [2018年11月10日(Sat)]

ノルマントン号事件

ノルマントン号事件(ノルマントンごうじけん、英語: Normanton Incident)とは、1886年(明治19年)10月24日にイギリス船籍の貨物船、マダムソン・ベル汽船会社所有のノルマントン号(Normanton、より英語に忠実な表記は「ノーマントン」)が、紀州沖で座礁沈没した事から始まった紛争事件である。日本人乗客を見殺しにした疑いで船長の責任が問われたものの不問となり、船長らの人種差別的行為と不平等条約による領事裁判権に対する国民的反発が沸き起こった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
(Wikipediaより)

このノルマントン号事件が、ファンドレイジングにどのように関係するのでしょうか!?

もう少し、Wikipediaから引用していきます。

〇1886年(明治19年)10月24日午後8時ごろ、横浜港から日本人乗客25名と雑貨をのせて神戸港に向かったイギリス貨物船ノルマントン号240トンが、航行途中、暴風雨によって三重県四日市より和歌山県樫野崎までの沖合で難破、座礁沈没した。
〇その際、ジョン・ウイリアム・ドレーク船長以下イギリス人やドイツ人からなる乗組員26名は全員救命ボートで脱出し、漂流していたところを沿岸漁村の人びとに救助されて手厚く保護された。
〇ところが日本人乗客25名は、一人も避難できた者がおらず、船中に取り残されてことごとく溺死した。
〇10月28日、松本鼎和歌山県知事からの電報で遭難事件のあらましを知った第1次伊藤内閣の外務大臣井上馨は、日本人乗客が全員死亡したことに不審をもち、その場の実況調査を命令した。
国内世論は、ドレーク船長以下船員の日本人乗客にとった非人道的行為とその行為に根ざす人種差別に沸騰した。
〇11月1日、神戸駐在在日英国領事のジェームズ・ツループは、領事裁判権にもとづき神戸領事館内管船法衙において海難審判をおこない、11月5日、ツループは、ドレークの「船員は日本人に早くボートに乗り移るようすすめたが、日本人は英語がわからず、そのすすめに応じずに船内に籠もって出ようとしなかったのでしかたなく日本人を置いてボートに移った(ノルマントン号は貨物船なので、日本語が話せる乗客向けのスタッフはいない)」という陳述を認めて、船長以下全員に無罪判決を下した。
〇全国各地から遺族への義捐金が寄せられ、新聞各紙はいっそう硬化して、連日、悲しみの論説と弾劾の記事を掲げた。
〇告訴は翌14日におこなわれた。これに対し、イギリス側は神戸で予審をおこない、ついで横浜に場をうつした。12月8日、横浜領事裁判所判事のニコラス・ハンネンはドレークに有罪判決を下し、禁固刑3か月に処したが、死者への賠償金は支払われなかった。
〇一時は義援金による難破船引き揚げや欧米各紙への意見広告までが叫ばれたが、遺族に分配されることになった。
ーーーーーーーーーー

この義援金については、福沢諭吉の『時事新報』が深く関わっています。

オリジナル連載 (2011年7月15日掲載)
時事新報史<番外編>
『時事新報』と義捐金(1)
ノルマントン号事件と磐梯山噴火
都倉武之(慶應義塾大学専任講師)
https://www.keio-up.co.jp/kup/webonly/ko/jijisinpou/26.html

これに続いて新聞史上に現れるのが、ノルマントン号事件における義援金募集である。この事件は、明治19年10月24日に紀州沖で発生した英国汽船の沈没事故で、船長以下西洋人乗組員は全員難を逃れたにもかかわらず、日本人乗客全員が死亡、しかも不平等条約によって日本側が船員を裁くことが出来ず、英国領事館は船長以下に責任がないとの判断を下したため、日本世論が激昂し日英間の外交問題に発展したのである。このとき東京では、5つの新聞社が連名で、被害者遺族のための義援金募集を行った。5紙とは『東京日日新聞』(以下『東日』)『毎日新聞』(現在の同名紙とは別)『朝野新聞』『郵便報知新聞』『時事』である。


この時の義援金募集がそもそもどのような経緯で始まったかを詳しく知ることは出来ないが、非常に大きな反響を巻き起こしたらしく、申し込みが殺到、当初被害者を慰める目的であった義援金は、難破船の引き揚げ、欧米各紙への意見広告などへと熱を帯びて拡大していった(*註1)。義援金応募額と住所、氏名をリストとして紙面に掲げることが領収書の代わりとされ、当時の紙面には紙面の末尾にたびたび応募者リストが掲載されている。『時事』は、この事件を早くから大きく報じた新聞の一つであったが、世論が極端に高揚していく中、英国領事館による再審理で一転船長の責任が公正に裁かれる兆しが見え始めると、論調を急速にクールダウンさせた。本連載でもたびたび解説するように、これは日英関係の深刻な悪化が日本に良い結果を生まないという判断から、排外的色彩を帯びつつあった世論を戒め、外交関係修復を図る当局を後押ししようという、『時事』特有の官民調和的態度である。

そのような『時事』の論調の推移にかかわらず、義援金募集の結果は『時事』が他紙を圧倒する結果となった。集計総額1万8000円弱のうち、『時事』が集めたのが6200円ほどで1位、2位の『東日』は3800円ほどであった。つまりこの募集は、図らずも『時事』が社会に高く信用されていることを示したということが出来るだろう。つまりお金を預ける新聞として、あるいは名前を載せてもらう新聞として、多くの人は『時事』を選んだということである。
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26-1b.jpg
ノルマントン号事件の義援金募集広告(『時事』明治19年11月13日付)
(上記サイトより引用)



Wikipedia:ノルマントン号事件
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