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No.278【ファンドレイジングスーパースター列伝】岩田民次郎(日本) [2018年10月05日(Fri)]

岩田民次郎

明治〜昭和期の社会事業家
生年明治2年2月25日(1869年)
没年昭和29(1954)年5月12日
出生地岐阜県

経歴明治35年大阪市南区の東立寺内に大阪養老院を設立。36〜41年養老新報を発行。大正8年〜昭和23年民生委員として社会事業に尽くした他、25年には第1回全国養老事業大会を開催するなど日本の老人福祉発展に力を注いだ。
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出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について
コトバンクより
https://kotobank.jp/word/%E5%B2%A9%E7%94%B0%20%E6%B0%91%E6%AC%A1%E9%83%8E-1639358

また、素晴らしい社会事業家を知ってしまいました。

岩田民次郎が創設した大阪養老院が母体となった社会福祉法人聖徳会のWebページからの引用です。
http://www.shoutokukai.net/about/greeting.php

ーーーーーーーーー
社会福祉法人聖徳会の創設者岩田民次郎は、幼少時より苦難の生活をしながら、自分よりもっと生活に困窮している身寄りもないお年寄りたちを見て、
「目の前に困っている人がいる。そのことに目を背けることはできない。」と一念発起し、お寺の一角を間借りし大阪養老院を明治35年12月に設立しました。
その後も、東北大飢饉で生活に困っている子供やお年寄りたちを、大阪に連れ帰り教育や生活の支援をしました。
また、昭和初期に当時の大阪養老院が全焼した後も、すぐに再建し老人福祉に尽力しました。
戦後間もなく、二代目岩田克夫は食糧難を乗り越え、施設の近代化、在宅サービスの拡充、入所者や職員の待遇改善に努めました。
ーーーーーーーーー

法人の沿革も、岩田の足跡を知るには、参考になりました。
http://www.shoutokukai.net/about/outline.php

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明治35年12月
創設者 岩田民次郎(34歳)
天王寺勝山通りの東立寺内に、妻のきぬと二人で「大阪養老院」を創設。
(当初収容した孤老は3名)

明治39年4月
「東北地方大飢饉」のため、老人20名と子ども97名、計117名を収容。
四天王寺旧秋野坊を借りて「大阪養老院少年部」とする。

大正14年10月
「第1回全国養老事業大会」を大阪養老院にて開催。

昭和2年2月
収容老人の放火で施設が全焼。(死者8名)
御下賜金などで年末に再建するが、再び苦難時代を迎える。

昭和21年12月
二代目院長(理事長)岩田克夫就任。
阿倍野本院から昭和17年建築の松原分院(疎開施設としての施設)を本院として再スタートする。(収容老人26名)

昭和27年4月
創立50周年事業として「大阪養老院診療所」を開設。

昭和27年6月
「社会福祉法人 大阪養老院」に改組
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こちらの2つの論文も、非常に参考になりました。
この時代の、様々な寄付のあり方が語られているので、とても面白かったです。

大阪養老院の機関誌『養老新報』についての考察T
寅垣内 すが(京都福祉専門学校)
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180922203018.pdf?id=ART0009508336

この頃大阪のいくつかの施設では、すでに機関誌を発行しており、民次郎は、多くの人々の支援を得るためには、心に訴える広報活動は不可欠であると考えていたのであろう。

『養老新報』は月刊誌であり、販売金額は1部2銭で1年分を前納すると、20銭に割引される特典がある。『養老新報』の発行部数は、第1号では500部であったが、その後第3号以降は増刷して、1000部前後となっている。

東北から民次郎が多くの被災者を保護したことを知って、衣類や布団、子ども達の学習用の教科書等も含め、支援者からの寄贈が相次いだのであった。やはり、このような支援を得ることが出来るのも日頃から『養老新報』を発行し、利用者の様子から一般の人々のボランティア活動の様子、施設の財源にまつわる内容にいたるまで、さまざまなことを民次郎は広く世間に伝達する努力を行ってきたからであると思われる。


大阪養老院の機関誌『養老新報』についての考察U
寅垣内 すが(京都福祉専門学校)
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180328015818.pdf?id=ART0009882408

1907(明治40 )年10月15日発行の『養老新報』第54号には「奇特なる僧侶」という記事がある。東区上本町7丁目の僧侶北岡英靜は、慈悲忍辱を旨とする仏教徒であると紹介され、道を歩きながら、道に遺棄されている古釘、古金、紐の切れ端などを手当たり次第拾い、収集し、量が溜まってくると屑屋に売り、その代金を大阪養老院に寄付してくれたのであった。明治時代にも不用品、廃物を再利用したリサイクルを上手く活用し、寄付する人物が存在したのである。


いやー、素晴らしい事例でした。
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