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No.262【ファンドレイジングスーパースター列伝】明治の慈善公演(日本) [2018年09月19日(Wed)]

明治の慈善公演

先日から熟読させていただいているブログ「見世物興行年表」。
本当に素晴らしい記録です。
明治時代の興行について、いろいろ調べることができました。

こちらのブログから、慈善公演をピックアップしてみました。



明治10年(1877年・丁丑)九
○十月、東京浅草新福井町の新福亭にて、帰天斎正一の西洋手品。(かなよみ10・13)
編者註〉三月二十日付の「読売新聞」に帰天斎正一が浅草の開明学校へ靴を寄付した記事がある。現住所は下谷車阪町八十九番地。
「西洋手づま遣ひの正一といふ男は、感心なことには浅草吉野町の開明学校へ子供の靴を十足寄付いたし、試験によく出来た生徒へこれを遣ッて下さいといひましたが、金持の大家でさへ学校資金の苦情をいふ中で」
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/51779474.html


明治20年
チャリネの曲馬 十七
【神戸鉄道局空地・続】
明治20年3月1日 神戸又新日報[広告]
伊太利亜王国曲馬廣告
本日より番組取替へ可入御覧候
今般当地ニ於テ興行中、鉄道局空地ヲ拝借シタルニ依リ、其日数ノ長短ニ従ヒ金百円或ハ百五十円或ハ其以上ノ金額ヲ差出スベキ筈ノ処、此金額ハ当時計画中ノ由ナル神戸幼稚園エ寄付相成ルベキ筈ナレバ、此旨予メ広告ス
毎日午後二時より夜八時三十分より開門仕候間、賑々敷御入来可被成下候
 上等桟敷一間ニ付金八円 同一人割金二円 中等桟敷椅子一個ニ付金一円 上等土間一人ニ付金五十銭 中等土間同金三十銭 但、十歳以下の小兒は上等桟敷買切の外半價
 書記 マヤー
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/52221251.html


明治20年(1887年)二
○三月九日、東京虎ノ門内工科大学にて、活人画の下演習が行われる。(郵便報知新聞3・11、3・12)
今度此活人画の興行を企たるは、先頃博愛社にて病院の開業式を行ひ 皇后宮の臨御あらせられける時、普国クルツプ社の代理人たる同国砲兵中佐イルクネル氏、其席に招かれ居て、臨御の際、拝礼を申上しに 皇后宮、同氏に御会釈を賜はりしとて、其の栄に報ひ奉らんが為めに主として此興行を企て、其収入金を以て博愛社に寄付せんとの意に出たる者の由なり。
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/51854566.html


明治20年(1887年)三
○三月十二日、東京虎ノ門内工科大学にて、活人画が催される。
(読売新聞2・22、3・12/郵便報知新聞3・11、3・12、3・22、3・26/毎日新聞3・15)
「目下我国に在留する普国砲兵中佐にしてクルップ社の代理人イルクネル氏は、予て赤十字社の事に熱心勉励の人なるが、今度同氏の周旋にて、来月十三日ごろ虎の門内の工科大学にて活人画と云へる事を催して衆人の縦覧に供し、其入場料を博愛社内赤十字社の資本中へ寄付する筈なりと。」
〈編者註〉五月十一日付「郵便報知新聞」に以下のような広告が掲載されているので、最後に掲げておく。
 「活人画ニ付広告 今般活人画興行ノ収入金千六百五十一円四十四銭二厘ト該興行ニ属スル器什一式トヲ本社ヘ寄付セラレタリ。本社ニ於テハ其金員ヲ資本金ノ内ニ加ヘ発起諸君演技奏楽ニ従事セラレシ仁士慈婦各位ニ恭謝シ其厚意ヲ永遠ニ伝フ可シ 博愛(日本赤十字)社」
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/51854557.html


ジャグラー操一の手品 四
【明治21年・続】
≪東京木挽町三丁目厚生館にて磐梯山罹災者寄付慈善興行≫(8月4日、5日)
明治21年8月4日 時事新報[広告]
 東洋改良奇術慈善会 
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/52148033.html


明治22年
チャリネの曲馬 明治22年9月14日
当日の入場は上中下合計六百余名にして収入総額百五十四円三十五銭なりしと。右の半額即ち七十七円十七銭五厘を水害地罹災者救恤として義捐募集同盟の新聞社へ寄贈せしは奇特の事と申すべし。
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/52221177.html


明治22年(1889年)一
○一月一日より引続き、東京浅草弁天山にて、象の曲芸。太夫元吉田卯之助。(東京朝日新聞1・12)
 「大象の寄付金 浅草公園弁天山の脇にて昨年中より興行する大象の太夫元吉田卯之助より本所なる養育院へ金百円を寄付したり」
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/52123370.html


明治22年(1889年)七
○八月二日より、長野県長野市東町東亭にて、帰天斎正一の手品。(「信濃毎日新聞」8・1)
 「彼の東京に在つて有名なる帰天斎正一は、今度、正丸・小松・千朝・小市・柳之輔等を伴ひ来長し、明二日の夜より当地東町東亭に於て興行する由なるが、同人の手品に長じたることは今更ら云ふまでもなく、曩に憲法発布の節、宮中御学問所に於て畏くも 天覧の幸栄を辱ふせし抔、普く人の知る処なれば、定めて賑はしきことならん。〔編者注=大入り、十八日の揚り高を養育院へ寄付〕」
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/51870287.html


松旭斎天一興行年表 九
【明治24年・続】
≪長野県長野町三幸座にて慈善興行≫ 明治24年5月18日
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/52150348.html


明治27年(1894年)三
○四月十四、十五日の両日、東京蠣殻町春風館にて、竹沢藤治一座の曲独楽。(「万朝報」4・14/読売新聞4・14)
 「蠣殻町三丁目春風館に於て、今明両日、午前十時より開場する竹沢藤治一座の慈善演芸は、同人得意の技倆に充分の大改良を加へ、尚熱心に研究し得たる最も危険の曲芸を、大仕掛大道具、及び電気の作用等にて演ずるよし」(万朝報)
 「日本橋蠣売町三丁目春風館に於て昨今両日午前十時より開場する竹沢藤治一座の慈善演芸は、同人得意の技術に改良を加へ、最も巧妙なる曲芸を大仕掛大道具及び電気にて演ずる由」(読売)
○四月二十一日より三日間、東京蠣殻町春風館にて、竹沢藤治の大独楽。
 (「やまと新聞」4・20/読売新聞4・20、4・22)
「竹沢藤治一座は昨日より三日間、春風館に於て慈善演芸を催す由なるが、狂言出し物は得意の「石橋」に「奴凧」等なり  と」(読売4・22)
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/51928439.html


明治35年(1902年)十一
○七月二十七日より、東京春木町本郷座にて、日本体育会寄付大日本古流武術大会(第二回)を開催。
(東京朝日新聞7・26、7・27)
 「明廿七日より本郷座にて日本体育会寄付大日本古流武術大会第二回を催す由にて、市内知名の武術家は悉く出席する由にて、其番組は左の如し。(番組省略)。開場は午前十時、閉場は午後四時なりと」(7・26)
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/51949689.html


明治35年(1902年)十二
○八月十五日より十七日まで、東京神田錦輝館にて、ジャグラー操一の慈善演芸会。
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/51949685.html


明治36年(1903年)二
○一月三日、東京歌舞伎座にて、時事新報主催慈善新年会(第一回)を開催。(時事新報1・4)
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/51952592.html


松旭斎天一興行年表 二十一
明治38年(1905年・53歳)
≪ミネソタ号にて帰国≫ 明治38年5月19日
 明治38年5月24日 毎日新聞
 ○奇術士松旭斎天一は、欧米各国を巡業し到る處喝采の中に迎へられ、五ケ年振りにて去る十九日、ミネソタ号に乗込み帰朝せしが、時節柄諸事を質素になし、其金額を恤兵寄付に充つるとの事。
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/52150321.html


明治42年(1909年)十五
○十一月二十八日、大阪中之島公会堂にて、興風会第六回善行者表彰式が行われ、奥田徳次郎(二代目弁次郎)ほか三十七名が受賞する。
(大阪朝日新聞11・29、11・30)
去三十九年福知山洪水の時も率先して慈善袋を配り、義捐を募り、罹災者の救助に尽力したが、斯の如き義侠の例は一々挙げる暇もない程で、さればにや十日戎、初天神などを当込みに日本全国から大阪へ集り来る渡り興業者は勿論の事、外国から来る興行者も悉く奥田の世話にならぬ者がない。興行者の宿屋から興行の場所取り迄、凡て奥田が一身に引受けて世話してやる。雨天などで興行が失敗に帰して困窮するやうな場合には其の金の世話までしてやる。
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/51967349.html


明治45年(1912年)二
○二月二日、三日の両日、東京神田美土代町青年会館にて、清国赤十字軍寄付慈善演芸会。沈桂林ら出演。主催王津・葉伯常・張伯英。(読売新聞1・29/都新聞2・3)
入場料は二十銭より二円迄
お客は九分通まで清国留学生で、定刻までには二百名以上の入を見た。
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/52210558.html


以上です。


なかなか面白い事実ですね。

あらためてブログ「見世物興行年表」に感謝です!

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