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No.251【ファンドレイジングスーパースター列伝】嘉悦孝(熊本) [2018年09月08日(Sat)]

嘉悦孝

96px-Kaetsu_Taka.jpg

嘉悦 孝(かえつ たか、慶応3年1月26日(1867年3月2日) - 昭和24年(1949年)2月5日)は、熊本県熊本市本山町出身[1]の女性教育者。明治36年に日本初の女子商業教育校、私立女子商業学校を創立。学校法人嘉悦学園創立者。孝子とも。
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(Wikipediaより)

熊本には、本当にすごい女性の偉人が多いです。
そのうちの一人をご紹介します。

Wikipediaによれば、「明治36年(1903年)に私立女子商業学校を創立した。
学校の創立にあたり、金銭面の工面に苦労したようであり、鉄道債などを購入して運用していたが、購入時の価格よりも価値が下落したことから目の前が真っ暗になったと語っている。
同時期に商業教育の援助を行っていた渋沢栄一を訪れ、日本女子高等商業学校の新校舎建設に掛かる費用援助を申し入れている。渋沢栄一は日本女子高等商業学校建設後援会の発起人を受諾し、建設資金を寄付した。また、渋沢栄一は没するまで、同校の顧問を務めていた。」
ということでした。

女子社会事業家としての嘉悦孝の名が、大きく世間に知られたのは、「花の日会」の活動でした。この「花の日会」とはどのようなものだったのでしょうか。

こちらの記事に、嘉悦孝が語っているものが掲載されていました。

嘉悦情報メディアセンター
第十八章 花の日会
http://kimc.kaetsu.ac.jp/takaden-text/chapter18.html

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しかし、もし私にたった一つだけ自慢することを許して下さるならば、ここで花の日会 の思い出を語っておきたいと思います。
 ちょうど大正三年、欧州大戦が勃発して、日本も連合国側に参戦して青島を攻めていた ときのことでありました。アメリカから帰ってきた小森さんという方が、私のところへ訪 ねて見えて、アメリカやイギリスでは花の日というものがあり、各婦人団体が街頭に出て 花を売ってその利益を社会事業に使っている、という話をして『あなた一つ発起人になっ ておやりになってはどうか』と、すすめてくれました。
 その話を聞いて、私は大へんいいことだと思いました。青島も陥落して間もなく兵隊さ んが凱旋してくるだろうが、無事に帰ってこられた人はいい。しかし、戦死した人の親兄 弟はどんな気持だろう。世間が凱旋で騒げば騒ぐほど淋しくなるのだ。だから、その凱旋 の日に私たちが花を売って、その利益を全部戦死者の遺族にあげることにしたら、みんな と同じ心でその花を眺められるのではあるまいか----そういう考が頭に浮んだ私は、実践の 下田歌子先生や、女子美術の磯野吉雄さんと相談してみたら、一も二もなく賛成して下さ いました。
 それから、戸板関子さんをはじめ東京の各女学校の校長さんや婦人団体の有志の方に集 まっていただいて、花の日会の案を発表しますと、皆さんも双手をあげての大賛成で、い よいよ準備にかかろうとすると、悪口の好きな新聞に、『若い女学生に花を売らせるとはな にごとぞ』と叩かれたため、尻ごみをする人たちが出て参りまして、最後に残ったのは下 田歌子先生と吉岡弥生さんと私の三人だけでありました。
 吉岡さんは、『私が婦人界へ出られたのは嘉悦さんのおかげだ』とよくいって居られます が、(筆者註。後年、筆者三歳の時、疫痢にかかって、一日に血便三十六回という重体にな って吉岡先生の病院に入院した。吉岡先生は“私の命の恩人の嘉悦先生が目の中に入れて も痛くないほど可愛がっている坊ちゃんに、万一のことがあっては大変だから”と、先生 ご自身が疲労のため病気になられたほどの、手篤い看護のおかげで一命を取りとめた。の ちのち筆者が吉岡先生にお目にかかる度に、そのご苦心談を何十度となく拝聴したもので ある)
 それまでの吉岡さんはただ女医として知られていただけで、婦人会へ顔をお出しになっ たのは、この花の日会がはじめてであったと思います。しかも、一人で花を七万個も売っ て、すばらしい働きをお見せになったところから、かくれていた吉岡さんの存在が、急に 明らかになって来たのでした。
 無論、私は一人になってもやるつもりでおりましたが、下田さんの奔走がよろしきを得 たのでしょう。宮様から花の御買上の御内命に接し、次いで、皇后様から有難い御下賜金 まで頂戴いたしましたので、それまで躊躇して居た人たちも進んで参加するようになり、 花の日会の人気は忽ちのうちに高まって参りましたから、女子美術の磯野さんが中心にな って材料を準備し、各女学校に配ってこしらえてもらった赤い花の造花が、驚くなかれ五 十六万個に達しました。私の学校でも三万個の製作を引きうけ、他に美濃紙を二千五百帖 ばかり納めましたので、私も先生方も生徒もみんな手が真赤に染ってしまいました。
 青島攻囲軍司令官神尾将軍凱旋式の日に、第一回の花の日会が催され、私たちは、東京 駅前、日比谷公園前、三越前、赤坂見附という風に、めいめいの持ち場へ出かけて行きま した。なにしろはじめてのことですから、どれ位売れるものやら見当がつかず、大事をと って四十万個を前売しておきましたため、当日は十五万個持って行ったのが、忽ちのうち に売りきれて、みんなで奪い合いをするような騒ぎまでおこりました。この日は、電車の 車掌も、電話の交換手も、魚河岸のあんちゃんも、長屋のおかみさんも、花の日会の花を つけていなければ幅がきかないといった有様で、東京の全市が私たちの赤い花で埋められ た壮観は、全くたとえようのないものでした。
 かくして、日本の婦人団体としての最初の経験であった花の日会の街頭進出は、大成功 のうちに終りましたが、その日の売上げを計算してみると、一万千五百円というまるで予 想さえしなかった大きな額に達していました。その利益金約九千円を、全国で三百七十六 人の戦死者遺族の方へ贈って大へんよろこばれましたが、それ以外にも、私たちは、日本 の女が一つに団結して事を行なえば、これほど大きな仕事ができるという貴い教訓を得た のでありました。花の日会はその後も大正の終り頃まで続いて、いつも一万円近い利益金 を各種の社会事業の寄附しておりましたが、いろいろ紛らわしい団体が生れて来て、街頭 で花を売って混雑するようになってきましたから、すでに当初の目的を達したものとして、 私たちの花の日会を解散いたしました」
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なるほどのファンドレイジングです。


大正・昭和初期には、双六にも、この花の日会のことが掲載されています。

双六ライブラリー

花少女双六 1920年(大正9年)
振出しは、花の会のコマ。女学生達が花かごを持っている。給仕、尼僧、タイピスト、町娘、田舎娘、女優、音楽家、画家、奇術師、看護婦、事務員、巡礼等を経て、天使の舞う楽園で上がり。
花と当時の女性の職業をうまく絡めてコマが進む。巡礼も尼僧(ちょっと可愛い)も総動員で浮世離れした(?)女性職業総覧双六になっている。
http://www.sugoroku.net/lib/lt_hanashojo/furidashi.html


少女12ヶ月双六 1928年(昭和3年) 
12月 花の日会(画:専太郎 力のない人、弱い人 のために尽くしませう)
http://www.sugoroku.net/lib/lt_12kagetsu/sonota5.html


Wikipedia:嘉悦孝


By 田島教恵 - 『淑女鑑』, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=40278057
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