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No.250【ファンドレイジングスーパースター列伝】ハンナ・リデル(熊本) [2018年09月07日(Fri)]

ハンナ・リデル

ハンナ・リデル(英: Hannah Riddell、1855年10月17日 - 1932年2月3日)は、イギリスの宣教師で、1895年熊本に熊本初のハンセン病病院、回春病院を作っただけでなく、日本のハンセン病の歴史に大きな影響を与えた。後継者はエダ・ハンナ・ライトである(彼女については当該記事に記載する)。
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(Wikipediaより)

ここから、しばらく熊本ゆかりの偉人を紹介していきます。

最初は、ハンセン病を救済するための病院「回春病院」や、社会福祉法人リデルライトホームの創設者のハンナ・リデルです。

リデルライトホームのWebサイトに詳しい情報が掲載されていました。
http://www.riddell-wright.com/history_riddell.php

回春病院の設立
ハンセン病を救済するための病院をつくることを決意したリデルは、英国の親戚、友人知 人に、計画を打ち明けて賛同と援助を求めた、中には敬意をもって援助した人もすくなくな かったが、多くの者は、1外国人女性の力に及ぶことではないと反対した。みずからの使命 を確信していたリデルは、私財を投じてこの事業にとりかかった。ついに明治28年11月 12日、病院が開設した。名前は、暗黒の人生に再び希望の春を回り来させることを念じて、 回春病院と命名された。


国を動かした演説
明治38年、日本は日露戦争で大国ロシアに勝った。今まで英国でリデルの慈善事業を応援 していた人達が、「日本は強国になったので今後は応援する必要はない」と送金が中止された。 リデルは非常に困り、時の総理大臣大隈重信に、援助を求めた。大隈は渋沢栄一と相談して、 日本橋の銀行会館で、画期的なハンセン病救済講演会が開かれた。出席者の中には、大隈伯爵、 清浦子爵、渋沢男爵、島田三郎、頭本元貞、内務省からは、窪田衛生局長などがおり、三井、 岩崎、古河、大倉等の富豪の代表者も見えた。この時、リデルは、「日本が駆逐艦一雙の費用 を転用すれば、この国のハンセン病問題は解決する」と提言したことは有名である。ついに、 これが動機となり明治40年、らい予防法の発布となった。


日時計
大正13年東宮殿下御慶事に際し、銀杯、金一封の御下賜をうけたリデルは、この栄光を永 久に記念するため一基の日時計を建設した。「日々の糧」運動回春病院の患者と、院外多数の ハンセン病患者に光明を与えんとするリデルの事業に、多額の費用を要したことはいうまでも ない。病院に基本財産があるわけでなく、ただ友人知己の同情と、その援助にのみ頼った病院 経営にリデルの苦心はじつに甚大なものがあった。ある御婦人が御自身の誕生日を記念せんが ために病院の食費に1日分を、今後永久に負担しようと御発議されたところ、御友人の方々が、 結記念日、お子様の誕生日、又は、長上の御永眠の日など特別の意義を有する日に1日又か数日 の食費を負担しようと御同意くだされたので、「日々の糧」リ−グなるものが成立した。


Wikipediaにも、ファンドレイジング的な動きが掲載されていたので、引用します。

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日露戦争のため、寄付金を送っていたイギリス人は、送金に障害がでると考え、寄付が止まった[14]。大隈重信は以前から 回春病院の園内美化のために桜、楓を寄付した。リデルの経済危機に際し、全国的ならい問題を訴えた方が効果的であると忠告した。また、渋沢栄一は- 代表的な実業家であり、ハンセン病に積極的に関心を持った。リデルが最初に来た時は僅かではあるが1万5600円の金を寄付したと書いている[15]。大隈重信の相談にのり、銀行会館で全国的ならいの会議を開いた。経済的危機に陥った時リデルを経済的に助けようと1905年に銀行会館で、有識者の会議があり[16]、同時に日本のハンセン病問題が討議された。公的なハンセン病対策が開始されたが、リデルは公的にも補助を受け、経済的にも一息ついた。この会議を機会にリデルはひのき舞台に上がったのである[17]。回春病院を非営利の団体と認められ、非課税となった。


リデルは衣装も着飾り、上京すれば帝国ホテルに宿泊し、有力者とここで会合をし、夏は軽井沢で避暑をする。リデル自身貴族らしい生活を送ることが病院を支える資力をもった人間に対等に扱ってもらえる唯一の道だと確信していた[18]。募金活動のために、多くの講演もこなし一日2回に及ぶこともあった。日本におけるハンセン病政策にも影響を与える。実業家、政治家、皇族にも会えるようになる。

回春病院のための募金活動
リデルは回春病院に関わって以来、募金活動に終始した。リデルは広報宣伝活動には尋常ならざる勘を有していた。日本国内では渋沢栄一、大隈重信を知ったのは大変助けになった。1905年の銀行会館での会議をへて、公的な機関からの寄付を受けることになった。避暑のために有力者が集まる軽井沢へ回春病院事務長飛松甚吾を伴い毎年でかけ、募金活動を行った。寄付をした名簿には著名な政治家や文学者が名を連ね、まるで国際的な紳士録といった趣である。例を挙げれば、オーガスタ伯フェレール夫人、ベンティング伯爵、大山公爵夫人、カナダ大司教、アーネスト・サトウ、岩倉公爵夫人、貞明皇后、武藤山治(鐘ヶ淵紡績社長)、エルヴィン・フォン・ベルツなどの名前がある[75]。また、老齢になっても世界一周の募金活動の旅にでている。
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こちらの記事も参考になります。

熊本でハンセン病の救済に生涯を捧げた
ハンナ・リデルとエダ・ライト
http://www.geocities.jp/jerikolesprit2/200404kyowa1.htm


福祉新聞
ハンセン病者の母 ハンナ・リデル@ 悲惨な患者の姿目撃
http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/3416

ハンセン病者の母 ハンナ・リデルA 病院建設へ善意集まる
http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/3488

ハンセン病者の母 ハンナ・リデルB 女王の気品漂う容姿
http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/3529

ハンセン病者の母 ハンナ・リデルC 姪エダ・ライトの来日
http://www.fukushishimbun.co.jp/series02/3571

ハンセン病者の母 ハンナ・リデルD 大隈重信と出会う
http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/3682

ハンセン病者の母 ハンナ・リデルE 専門の研究所が完成
http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/3819

ハンセン病者の母 ハンナ・リデルF 納骨堂で共に眠る
http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/3924

ハンセン病者の母 ハンナ・リデルG 姪のエダが引き継ぐ
http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/4005

ハンセン病者の母 ハンナ・リデルH 熊本こそがふるさと
http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/4236


Wikipedia:ハンナ・リデル
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