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No.216【ファンドレイジングスーパースター列伝】森下博/森下仁丹(日本) [2018年08月04日(Sat)]

森下博/森下仁丹

明治後半に、「日本の売薬王」「日本の広告王」と呼ばれた人をご存じでしょうか?
それが「仁丹」の生みの親、森下博です。

120px-Morishita_Hiroshi_circa_1901.jpg

森下 博(もりした ひろし、1869年12月5日[1](明治2年11月3日) - 1943年(昭和18年)3月20日)は、日本の実業家、森下仁丹の創業者。広告宣伝を積極的に行って商品の名を広め、日本の広告王称された。広島県鞆町生まれ。幼名は茂三(もぞう)。
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(Wikipediaより)


森下博は、森下仁丹の事業の基本方針のひとつとして「広告による薫化益世を使命とする」、つまり、『広告は商売の柱である、と同時に広く社会に役立つものでなくてはならない』という『広告益世』の理念を示していました。

森下仁丹の具体的な『広告益世』の事例は、同社Webサイトにその歴史が掲載されています。
https://www.jintan.co.jp/special/museum/ads/


では、なぜ、森下博がファンドレイジング・スーパースターに選ばれているのでしょうか?
実は、この『広告益世』の一例として、素晴らしいファンドレイジング活動を広げています。

こちらの論文で、面白い事例を発見しました。

森下仁丹の町名表示板広告と「広告益世」
井出文紀

https://kindai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=19315&item_no=1&page_id=13&block_id=21

※表示されない場合は、「近畿大学学術情報リポジトリ」で「広告益世」で検察してください。
https://kindai.repo.nii.ac.jp/

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また,新聞紙上では単に商品を宣伝するのみならず,災害地への義捐を呼びかける広告や社会問題への懸賞論文広告も掲載された。初めて森下が義捐を呼びかける1頁広告を掲載したのは1905(明治38)年10月8日,当時ライオン歯磨が行っていた慈善券の添付 を仁丹でも開始したことを告知するため懸賞を実施するものであった(図2)。次いで1906(明治39)年1月25日には,東北凶作地への支援として学童用墨,筆を寄贈する旨の1頁広告を掲載している。同様の内容は新聞広告のみならず引札広告でも行われた。「広告益世」理念の実践の初期は,これら義捐活動および商品に添付した慈善券による被災地支援であったといえる。当初は製品に添付した慈善券をもとに被災地を義捐するという方法をとっていたが,その後慈善券にかかわりなく,新聞紙上もしくは引札,店頭での看板を通じてはじめから被災地に対する義捐金額を告知し,期間中の売上をもとに義捐を行うスタイルに変更されている(表6)。図2のBはその代表例の2頁広告である。
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同論文7ページ

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表6 初期仁丹の義捐,寄贈活動例
1905.10.8 慈善券制度開始披露
1906.1.25 慈善券引換資金から,福島,宮城,岩手三県の凶作地児童に墨5千挺,筆5千対寄贈
2.18 軍隊へ仁丹50万包寄贈
3.25 東北凶作地学童に,関西で寄付募集した教科書12万7千冊と仁丹同数を寄贈
4.12 台湾震災義捐のため慈善市3日間開催
1907.9.21 水害被災の三府七県に慈善金より5千円支出,仁丹10万包を贈呈
1908.9.2 清国広東省水災地に慈善金より1万円支出,仁丹20万袋を寄贈
1909.1.18 イタリア震災救助金として5日間の売上より千円義捐
7.29 帝国義勇艦隊第三艦建造費に7日間の売上から千円拠出
8.6 大阪大火被災者に7日間の売上から3千円義捐
青森輪島両大火,第六潜水艇殉難者記念碑に7日間の売上から千円,仁丹本舗が2千
円義捐 1910.5.11
8.23 大水災地東京府他十五県へ10日間の売上から1万円義捐
1911.11.23 清国革命軍,官軍へ仁丹6万包,赤十字隊に仁丹3万包寄贈
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出所 大阪朝日新聞より該当広告を抜粋
同論文7ページ

この論文には、当時の新聞広告の画像が掲載されているので、ぜひチェックしてみてください。
すごい取り組みでした。



Wikipedia:森下博

By 不明 - http://www.jintan.co.jp/special/museum/森下仁丹株式会社, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=67838205
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