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No.215【ファンドレイジングスーパースター列伝】瓜生岩子(日本) [2018年08月03日(Fri)]

瓜生岩子


いつものことですが、このような素晴らしい偉人を初めて知りました。
「社会福祉の母」と呼ばれている方です。

109px-Statue_of_Uryu_Iwako,_Sensoji_Temple_grounds,_Asakusa,_Tokyo.jpg
瓜生岩子像(浅草寺境内)

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瓜生 岩子(うりゅう いわこ、文政12年2月15日(1829年3月19日) - 明治30年(1897年)4月19日)は、明治時代の社会事業家。女性として最初の藍綬褒章受章者。瓜生 岩としても知られる。
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Wikipediaからの引用です。

◎岩の社会活動は、正にこの会津戦争の中から始められた。敵味方なく行われた救済の逸話は勇敢な岩の姿を次のように伝えている。
「稲田や街道の泥に顔を埋めて倒れている戦死者に野菊を手折って供えたり、苦しんでいる傷兵を介抱したり、そういう慈悲の衝動に支配されて日暮れるのも忘れて歩き回った
− 佐藤民宝『菩薩行路』

◎岩は翌明治2年(1869年)6月に私財を投じて小田付村幼学校を設立する。会津藩教育の主柱であった藩校日新館の復興を願ったものであったが、武芸に代わって特に算術や算盤を採り入れたのである。

◎喜多方の長福寺を借り受け、行路病者や幼学校での貧困者、孤児を移して世話をする。同時に農家の娘たちを集め裁縫教授所を設けた。当時会津で盛んに行われていた観音講や念仏講に自ら足を運び堕胎防止も訴えた。

◎明治19年(1886年)岩は福島の長楽寺に移り住み、救育所設立の運動に没頭、明治23年(1890年)福島救育所として陽の目をみる。しかし資金調達が思わしくなく、明治24年(1891年)岩は上京し窮民貧児のための救済機関として救養会所の全国設置を求め、第1回帝国議会に女性として初めて請願書を提出。

◎育児会設立のために帰郷を促された岩は、同年12月に若松、喜多方、坂下3ヶ所に貧児を養育する育児会を設置、翌明治25年(1892年)には福島瓜生会を設立。さらに26年に仏教徒による福島鳳鳴会を組織、貧困者の救済に尽力、明治28年(1895年)に鳳鳴会は育児部を独立、これがのちの福島育児院となる。

◎後藤新平と出会い、無料診療所の全国設置を企画、台湾の救養活動を計画して長男祐三を台湾に送った。この間三陸津波の救援活動等精力的に救済事業に奔走、明治29年(1896年)に女性初の藍綬褒章を受章するも、明治30年(1897年)福島で過労のため病臥、福島瓜生会事務所にて死去した。


本当に様々な活動に取り組んできた方です。

こんなファンドレイザーとしての足跡もありました。
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明治19(1886)年の磐梯山噴火の際には救援活動を行い、明治24(1891)年の濃尾大地震、明治29(1896)年の明治三陸大津波の際にも、岩子は東奔西走、各地でバザーを開催してその収益と募金を、被災者の救済に充てました。
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人々のために一生を捧げた“日本のナイチンゲール”
http://www.yae-mottoshiritai.jp/hokori/uryu-iwako.html



こちらの記事にある、瓜生岩子の経歴も勉強になります。
瓜 生 岩 子 の 略 歴
http://www.aizue.net/siryou/uryuuiwako.html


Wikipedia:瓜生岩子


By Daderot - 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3440472
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