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No.208【ファンドレイジングスーパースター列伝】閑谷学校(日本) [2018年07月27日(Fri)]

閑谷学校

218px-Shizutani_school_the_hall_and_shosai.jpg
(閑谷学校講堂)

閑谷学校(しずたにがっこう)は、江戸時代前期に岡山藩によって開かれた庶民のための学校。所在地は岡山県備前市閑谷。「旧閑谷学校」として特別史跡に指定され、講堂は国宝に指定されている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
(Wikipediaより)

閑谷学校の歴史を紐解いていくと、ファンドレイジング的になかなか面白いですね。

Wikipediaの解説から、ピックアップしていきます。

・岡山藩主池田光政によって開設された日本最古の庶民学校である。

・1670年(寛文10年)、池田光政は津田永忠に閑谷学校の建設を命じた。

・1682年(天和2年)、池田光政が亡くなった。光政は遺言で学校を永続保つように津田に伝えていた。

・岡山藩は学校領を設け藩財政より独立させ、学田や学林を運営させた。これにより、もし転封や改易により藩主が交替となった場合においても学校が存続するよう工夫した。

・1700年(元禄13年)、当時の岡山藩主池田綱政が学校周辺の田畑を学校田とする。

・1870年(明治3年)の藩政改革によって同年9月閉鎖される。

・講堂などの主要施設についても、一時撤去の動きがあったが、1872年(明治5年)夏頃より岡山の中川横太郎・谷川達海らが中心となって再興に向けた運動が行われた。

・池田慶政が資金を提供し、備中の漢学者山田方谷を招いて1873年2月に、『閑谷精舎』として改称され再び学問の場となった。

・1881年(明治14年)、元岡山県参事の西毅一は、中川横太郎や岡本嶺らとともに『閑谷保黌会』(ほこうかい)を組織し、財界や有識者より資金を募り、閑谷学校再興の活動を行った。

・1902年(明治35年)、中学校に移行するために学則を改正した[5]。1903年4月、文部省の認可を得て、閑谷黌は『私立閑谷中学校』と改称される。

・大正10年4月には県営となり『岡山県閑谷中学校』となった。

・1948年(昭和23年)、学制改革により岡山県閑谷中学校は県立岡山県閑谷高等学校となる。翌1949年には県立和気高等学校と統合され[5]、同校の閑谷校舎となった。

・昭和40年(1965年)旧閑谷校舎は岡山県青少年教育センター閑谷学校となる。

・平成7年(1995年)岡山県青少年教育センターが移築となり、旧校舎は閑谷学校資料館となる。


開設から約350年。
様々な変遷をたどって、今の姿があるのも、その時その時のファンドレイジングの賜物ですね。

こちらが、閑谷学校のWebサイトです。
http://shizutani.jp/


ちなみに、現在は、「楷の木募金」があります。

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公益財団法人特別史跡旧閑谷学校顕彰保存会では、従来から特別史跡旧閑谷学校において、国宝の講堂を始め、重要文化財や史跡内の樹木等の維持管理を行っておりますが、平成24年度から公益財団法人になったのを契機に、備前市はもとより岡山県の観光シンボルでもある旧閑谷学校の魅力を向上し、ご来場の皆様に喜んでいただける施設とするため、より積極的に環境整備に取り組んでまいりたいと考えております。 つきましては、旧閑谷学校を愛する企業や各種団体、そして市民県民の皆様方にこの趣旨をご理解いただき、これらの費用の一部について広くご支援とご協力を賜りたく存じます。 皆様方には、出費御多端のおり、誠に恐縮に存じますが、なにとぞこの趣旨にご賛同いただき、格別のご高配を賜りますよう心からお願い申し上げます。
―――――――――――
http://shizutani.jp/fund-raise/


ファンドレイジング研究には、もってこいの事例です。

Wikipedia:閑谷学校

By by Reggaeman - photo by Reggaeman, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=514563
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