CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

«NPOが押さえておきたい省庁情報(2018/06/25-29) | Main | No.183【ファンドレイジングスーパースター列伝】樺山愛輔(日本)»
プロフィール

CANPAN・NPOフォーラムさんの画像
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
三宅
【開催案内】寄付している人の新年会(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2019年1月23日(水)夜・東京 (01/20) 比企
【ご案内】NPOを対象とした助成プログラムの助成決定事業一覧(通称:ホワイトリスト)の公開(2017年12月10日追加) (01/10) 長浦とし子
NPOが押さえておきたい省庁情報(2017/08/21-25) (08/30) ビオキッチン京都
NPOが押さえておきたい省庁情報(2016/11/7-11) (11/21) 兼間道子
キフカッションのご案内【寄付月間2016公式認定企画】 (11/11) 隠岐
【開催報告】資金調達シリーズ「初めての助成金編」〜助成金獲得ではなく活用という視点で考える〜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2016年7月26日午後・東京 (07/26) 大貫
【開催案内】資金調達シリーズ「初めての助成金編」〜助成金獲得ではなく活用という視点で考える〜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2016年7月26日午後・東京 (07/01) 鵜飼
【開催案内】NPOのためのデザイン×CANPAN Vol.02 〜広報を溺愛する人の時間〜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2016年5月20日(金)午後・東京 (05/15) 森谷
【開催案内】『すぐやる人の「出会う」技術』出版記念セミナー出会いの達人・久米信行さん(CANPANセンター理事)に聞く!〜仕事“相手”から信頼し合える仕事“仲間”へ〜2015年12月18日(金)東京・夜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム) (12/15) Gateway English
【開催案内】寄付月間公式認定企画*第8回 CSR Meetup テーマ「CSR × 寄付」2015年12月4日(金)東京・夜 (11/10)
月別アーカイブ
http://blog.canpan.info/cpforum/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/cpforum/index2_0.xml
No.182【ファンドレイジングスーパースター列伝】ジョセフ・グルー(アアメリカ) [2018年07月01日(Sun)]

ジョセフ・グルー

JosephGrew.jpg

ジョセフ・クラーク・グルー(Joseph Clark Grew、1880年5月27日 - 1965年5月25日)は、アメリカ合衆国の外交官。日米開戦時の駐日アメリカ合衆国大使。日米開戦回避に努めた。開戦(1941年12月)後日本国内に抑留され、日本の外交官との交換により帰国(1942年6月)。帰国後は国務次官となり、占領政策立案・終戦交渉に尽力した。終戦と同時に国務次官を辞任し、私人として講演活動などを通じ、日米両国の親善に尽した。吉田茂は、グルーは「本当の意味の知日家で、『真の日本の友』であった」と高く評価した[1]他方、グルーの日本理解には限界があった[2]、あるいは彼は政治的にきわめて保守的であったことを指摘する見方もある[3]
ーーーーーーーーーー
(Wikipediaより)


グルーのファンドレイザーとしての実践も記載されていました。
ーーーーーー
『滞日十年』の印税を原資に、樺山愛輔等が中心となって行われた募金をもとに、日本の高校卒業生をアメリカの大学に送ることを目的として「グルー基金」が設立され、1953年夏、第一期生4人がアメリカに向けて出発した。
ーーーーーー


このグルー基金は、現在、「グルー・バンクロフト基金」として、活動が続いています。
http://grew-bancroft.or.jp/
ーーーーー
グルー基金が生まれたのは戦後間もない頃でした。親日家で在任期間が10年と長かったジョゼフ・グルー大使は、1932年就任以来、日米開戦を回避しようと尽力し、最後まで日本政府と交渉を続けました。帰国後、グルー大使は在日中に書いていた日記をもとに「滞日十年」という本を著しました。1948年には日本語版が毎日新聞社より出版され、多くの人々の関心を集め愛読されました。
グルー大使は、この著作の印税をぜひとも日米相互理解のために使いたいと考え、滞日中からの知己で、信頼を寄せていた日米協会会長の樺山愛輔に相談を持ちかけました。若き日にアメリカのリベラルアーツの名門であるアマースト・カレッジに学んだ樺山は、グルー基金と名づけた奨学金制度を設立し、日本の若者にリベラルアーツ教育を受けさせることを提案します。

グルー大使から基金設立のために約400万円の寄付を受けた樺山は、日銀総裁だった一万田尚登に会長を依頼して後援会を1950年12月に設立し、寄付金集めに奔走します。そして吉田茂総理大臣、石川一郎経団連会長など政財界の賛同を得て、当時の金額で6,800万円もの寄付を集めたのです。趣旨に賛同された昭和天皇からは、ご下賜金を賜りました。
1953年8月、高校を卒業したばかりの4人の日本人学生が、第1回グルー基金奨学生として、アメリカのリベラルアーツ・カレッジに留学したのです。以後、グルー基金は毎年奨学生をアメリカに送り出しています。

一方、バンクロフト基金は1924年〜25年に駐日大使として在任したエドガー・バンクロフトの遺産を原資としており、1929年より数年間に一度、奨学生をアメリカに送りだしてきました。2006年にグルー基金がバンクロフト基金の財産と奨学金制度を引き継ぎ、名前を「財団法人グルー・バンクロフト基金」と改めて現在に至っています。(2012年より公益財団法人)
2014年4月のオバマ米大統領の訪日の際に発表された日米共同声明で、グルー・バンクロフト基金奨学金は日米の人的交流に不可欠な非政府プログラムの一つとして固有名詞で触れられました。
ーーーーー

著作の印税というのも面白いですし、それにあわせた募金活動の賜物もすごいです。

Wikipedia:ジョセフ・グルー

パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5815046
コメントする
コメント