CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

«【参考情報】チャリティマラソン・チャリティラン一覧 | Main | No.127【ファンドレイジングスーパースター列伝】山鹿元次郎(日本)»
プロフィール

CANPAN・NPOフォーラムさんの画像
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
三宅
【開催案内】寄付している人の新年会(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2019年1月23日(水)夜・東京 (01/20) 比企
【ご案内】NPOを対象とした助成プログラムの助成決定事業一覧(通称:ホワイトリスト)の公開(2017年12月10日追加) (01/10) 長浦とし子
NPOが押さえておきたい省庁情報(2017/08/21-25) (08/30) ビオキッチン京都
NPOが押さえておきたい省庁情報(2016/11/7-11) (11/21) 兼間道子
キフカッションのご案内【寄付月間2016公式認定企画】 (11/11) 隠岐
【開催報告】資金調達シリーズ「初めての助成金編」〜助成金獲得ではなく活用という視点で考える〜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2016年7月26日午後・東京 (07/26) 大貫
【開催案内】資金調達シリーズ「初めての助成金編」〜助成金獲得ではなく活用という視点で考える〜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2016年7月26日午後・東京 (07/01) 鵜飼
【開催案内】NPOのためのデザイン×CANPAN Vol.02 〜広報を溺愛する人の時間〜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2016年5月20日(金)午後・東京 (05/15) 森谷
【開催案内】『すぐやる人の「出会う」技術』出版記念セミナー出会いの達人・久米信行さん(CANPANセンター理事)に聞く!〜仕事“相手”から信頼し合える仕事“仲間”へ〜2015年12月18日(金)東京・夜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム) (12/15) Gateway English
【開催案内】寄付月間公式認定企画*第8回 CSR Meetup テーマ「CSR × 寄付」2015年12月4日(金)東京・夜 (11/10)
月別アーカイブ
http://blog.canpan.info/cpforum/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/cpforum/index2_0.xml
No.126【ファンドレイジングスーパースター列伝】佐々木 五三郎(日本) [2018年05月06日(Sun)]

佐々木 五三郎

青森に、石井十次の影響を受けた社会事業家がいました。
それが、佐々木 五三郎(ササキ ゴサブロウ)です。

コトバンクからの引用です。
ーーーーーーーー
生年慶応4年6月10日(1868年)
没年昭和20(1945)年4月27日
出生地青森県弘前市
経歴幼時に母と父を相次いで失い、10歳で成田家の里子となる。東奥義塾に学んだのち上京して英学を志すが、病気のために帰郷。26歳で実家に復籍、傾きつつあった家業の薬種商を継ぎ、その再建に成功。明治35年の大凶作に際し、孤児の保護を企図して数人の孤児を自宅に引き取り、38年有志から寄付を募って東北育児院を開設した。はじめちり紙・蠟燭の行商で育児院の経営安定をはかるが、のち孤児による楽団を編成して活動写真の巡回を開始、大正3年には弘前で初の常設映画館となる慈善館を建てた。昭和6年育児院を弘前愛成園に改称し、7年には身寄りのない高齢者のために弘前養老救護院(のち弘前養老院・弘前温清園に改称)を設立。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
ーーーーーーーーーーーー
https://kotobank.jp/word/%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8+%E4%BA%94%E4%B8%89%E9%83%8E-1645843


福祉新聞のWebサイトに詳しい物語が掲載されていました。

社会福祉法人風土記<12>弘前愛成園 上 石井十次の講演に感動し、孤児を世話
http://www.fukushishimbun.co.jp/fudoki/13059

佐々木 五三郎のすごいのは、東北育児院の運営のために、「慈善館」という映画館をつくって資金調達をしていたことです。
こちらも、福祉新聞のWebサイトに詳しいことが掲載されています。

社会福祉法人風土記〈12〉弘前愛成園 中 孤児のリーダーが後継者に
http://www.fukushishimbun.co.jp/fudoki/13135
ーーーーーーーーーーーー
涙ぐましい資金集めのリーダーが施設の孤児、太田寅次郎だった。開設直後8歳で入所した寅次郎は、営業活動にまい進して五三郎の右腕となった。やがて五三郎の養子となり長女と結婚。後継者となった佐々木寅次郎(1894〜1979年)は一生を弘前愛成園にささげた。

いい金儲けの口は偶然やってきた。1908(明治41)年、全国を巡回していた活動写真班の会社が、弘前市で突然解散、映写機と楽器一式が売りに出された。「自働自営」精神がここで発揮された。当時各地で人気を博していたのに目を付けた五三郎は、300円で一式を購入、営利事業を始めた。その中心が地元の中学(東奥義塾)に通っていた寅次郎だった。
ーーーーーーーーーーー

東北孤児院に入所していた子どもが運営費を稼ぐために、営業していくという姿も心打たれます。

こちらに、東北孤児院の資金調達の実績額が掲載されていました。

【佐々木五三郎と東北育児院の創設】
http://hrr.ul.hirosaki-u.ac.jp/dspace/bitstream/10634/5933/1/HiroGakuShakaiFukushi_3_R1.pdf

現在は、社会福祉法人愛成会という名称で、事業を行っています。
コメントする
コメント