CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

«No.108【ファンドレイジングスーパースター列伝】宝くじ(日本) | Main | No.110【ファンドレイジングスーパースター列伝】ピンクリボン運動(アメリカ・日本)»
プロフィール

CANPAN・NPOフォーラムさんの画像
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
三宅
【開催案内】寄付している人の新年会(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2019年1月23日(水)夜・東京 (01/20) 比企
【ご案内】NPOを対象とした助成プログラムの助成決定事業一覧(通称:ホワイトリスト)の公開(2017年12月10日追加) (01/10) 長浦とし子
NPOが押さえておきたい省庁情報(2017/08/21-25) (08/30) ビオキッチン京都
NPOが押さえておきたい省庁情報(2016/11/7-11) (11/21) 兼間道子
キフカッションのご案内【寄付月間2016公式認定企画】 (11/11) 隠岐
【開催報告】資金調達シリーズ「初めての助成金編」〜助成金獲得ではなく活用という視点で考える〜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2016年7月26日午後・東京 (07/26) 大貫
【開催案内】資金調達シリーズ「初めての助成金編」〜助成金獲得ではなく活用という視点で考える〜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2016年7月26日午後・東京 (07/01) 鵜飼
【開催案内】NPOのためのデザイン×CANPAN Vol.02 〜広報を溺愛する人の時間〜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム)2016年5月20日(金)午後・東京 (05/15) 森谷
【開催案内】『すぐやる人の「出会う」技術』出版記念セミナー出会いの達人・久米信行さん(CANPANセンター理事)に聞く!〜仕事“相手”から信頼し合える仕事“仲間”へ〜2015年12月18日(金)東京・夜(日本財団CANPAN・NPOフォーラム) (12/15) Gateway English
【開催案内】寄付月間公式認定企画*第8回 CSR Meetup テーマ「CSR × 寄付」2015年12月4日(金)東京・夜 (11/10)
月別アーカイブ
http://blog.canpan.info/cpforum/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/cpforum/index2_0.xml
No.109【ファンドレイジングスーパースター列伝】富籤(とみくじ)(日本) [2018年04月19日(Thu)]

富籤

前回の宝くじつながりで、今回は「富くじ」です。
富くじも、資金調達の手法の一つですね。

Wikipediaによれば、世界最初の富くじは、中国で漢の張良が万里の長城建設のための債を集めるために行ったものと書かれています。
あの万里の長城が富くじで出来ているとは!


それでは、日本の富くじの概要を見ていきましょう。
ーーーーーーーーーー
富札を売り出し、木札を錐で突いて当たりを決め、当たった者に褒美金すなわち当額を給する。富札の売上額から褒美金と興行費用とを差し引いた残高が興行主の収入となる仕組みである。

江戸時代中期の享保年間以後、富籤興行を許されたのは主に寺社である。富籤の販売収入の他にも、当金額の多い者から冥加(みょうが)として若干を奉納させた。

近代になると、金銭が絡む富籤は賭博として取り締まられた。第二次世界大戦中の1945年7月には、政府が戦費調達と戦勝祈願を兼ねて「勝札」を売り出したものの直後に敗戦となり、「負札」と揶揄された[1]。戦後は地方自治体の資金調達など公共目的の宝くじが販売されている。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
(Wikipediaより)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E7%B1%A4


富くじの歴史は、宝くじオフィシャルサイトにわかりやすい解説がありました。

ーーーーーーーーーー
日本の“くじ”は箕面山瀧安寺から
世界の“くじ”の歴史をたどると、約2,000年も昔、ローマ時代にまでさかのぼります。しかし、今日のような“近代的富くじ”となると、時代はずっと後になり、15世紀半ばのオランダで、町の建設や要塞構築などの資金調達のため、富くじを発行した記録が残されています。
一方、日本の富くじの起源は、江戸時代初期の寛永元年(1624年)頃※。摂津国(せっつのくに)(現在の大阪府)の箕面山瀧安寺(みのおさんりゅうあんじ)で、正月の元旦から7日までに参詣した善男善女が、自分の名前を書いた木札を唐びつの中に入れ、7日の日に寺僧がキリで3回突き、3人の“当せん者”を選びだし、福運の“お守り”を授けたのが起こりとされています。
※さらにさかのぼって天正3年(1575年)ともいわれています。
http://www.takarakuji-official.jp/about/history/001.html

天下御免の富くじ
箕面山瀧安寺(みのおさんりゅうあんじ)の富会(とみえ)は、ただ、当せん者にお守りを授けるだけでしたが、その後は次第に金銭と結びつき、富くじとして町にはんらんするようになりました。そのため徳川幕府は、元禄5年(1692年)禁令を出したほどです。しかし幕府は、その後も寺社にだけは、修復費用調達の一方法として、富くじの発売を許したので、これを天下御免の富くじ“御免富(ごめんとみ)”と呼びました。特に、“江戸の三富”として有名だったのは、谷中の長耀山感応寺(ちょうようざんかんのうじ)、目黒の泰叡山瀧泉寺(たいえいざんりゅうせんじ)、それに湯島天神の富くじでした。
幕府公認の御免富も、その後天保13年(1842年)の天保の改革によって禁止されてしまい、明治になってからも、明治元年(1868年)の太政官布告によって、きびしく禁じられました。天保の禁令以来、103年もの長い間、日本では富くじは発売されませんでした。
http://www.takarakuji-official.jp/about/history/002.html
ーーーーーーーーーーーー


Wikipedia:富籤
コメントする
コメント