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No.090【ファンドレイジングスーパースター列伝】三井慈善病院/賛助婦人会(日本) [2018年03月31日(Sat)]

三井慈善病院


現在の三井記念病院の前身が「三井慈善病院」です。
(1919年(大正8年)4月に、「財団法人泉橋慈善病院」に改称)

『三井記念病院100年のあゆみ』から抜粋です。
ーーーー
三井家は、明治38年(1905)9月の日露戦争終結に伴い、ポーツマス条約が調印された1年後の明治39年(1906)9月に、戦勝を記念する意味も込めて「汎ク貧困ナル病者ノ為メ施療ヲ為スヲ目的」として、東京市内に施療病院を開設するため100万円を寄付し、これを維持基本金(基金)として、財団法人組織の慈善病院を設立することを決めた。


明治42年(1909)、理事会が経営にあたり、患者の診療は東京帝国大学医科大学に委託して、無料診療を行う民間唯一の病院として3月22日から内科、外科、4月13日から眼科、5月14日から耳鼻咽喉科、6月7日から皮膚病科の一般患者の診療を開始した。開院当初は役員17名、職員44名だった。


開院以来、貧困者への施療を目的として費用を徴収しなかったことに加え、東京帝国大学医科大学の高度な医療が受けられることもあり、早朝から受診希望者が殺到した。この中には貧困者を装った受診希望者も多く見られた。なお、三井関係者の受診は禁じられていた。

ーーーーーーーーーーーーーーー
https://www.mitsuihosp.or.jp/media/03.pdf
(全体については、こちら)
https://www.mitsuihosp.or.jp/about/history/


三井慈善病院(途中で泉橋慈善病院に改称)の活動で面白いのは、『泉橋慈善病院賛助婦人会』が作られたことです。


こちらも、同じく『三井記念病院100年のあゆみ』から抜粋です。
https://www.mitsuihosp.or.jp/media/03.pdf
★30ページから

泉橋慈善病院賛助婦人会
大正8年(1919)、慈善病院設立の趣旨を翼賛し、その事業を幇助する目的で、これに賛成する婦人を会員とする「泉橋慈善病院賛助婦人会」の設立が計画され、翌大正9年(1920)4月7日に発会式が開催された。事務所は院内に置かれ、会員は約100名に達し、その拠出金によって入院患者救療費の寄付並びに入院患者に日用品を提供した。
賛助婦人会の会長は井上馨夫人・末子、副会長には澁沢榮一夫人・榮子、三井八郎右衞たかみね も と こ たかきみ門(高棟)夫人・苞子が就任した。


賛助婦人会は具体的な活動目標について、1入院患者の慰問などを少なくとも年間1,000件以上行う、2昭和2年(1927)以後に入院した妊婦の産後退院者を収容し、若干の日時を静養させるため褥婦室を設ける、3病院勤務員、特に看護婦の慰安奨励のための施設なども講じる、としている。また、規約では総会を4月に開催し、2、9、11月に常会を開き、1病院当事者から病院の現況を聴取し、入院患者を慰問する、2講師を聘して慈善救済に関する講話を聞く、3当会の目的を遂行するために必要な方法について協議する、としている。
運営費は「会員は5カ年を1期とし会費として当該期間毎年壱口金拾貮円を醵出することを得」(規約第十条)とした。また、「男子にして本会の趣旨を賛成する者は之を賛成員と称す。其会費は第十条の規定による」としていた。
賛助婦人会の収入と支出を見ると、大正9年(1920)の収入4,792円、支出1,591円に対して、昭和13年(1938)には収入5,992円、支出4,179円となっており、支出が3倍近く増加している。この支出の増加は、賛助婦人会の積極的活動に伴うものといえる。即ち、扱件数が当初の1,000件から4,000件にまで増加したほか、患者慰問、患者家族訪問件数もともに1,000件を超えるまでに増加したのである。なお、賛助婦人会には、毎年4,000円から7,000円の寄付基金が寄せられていた
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そして、泉橋慈善病院賛助婦人会の活動として有名なのは、「病人相談所の開設」です。
これが、日本の病院で初めてソーシャルワークを導入した事例として、福祉を勉強している方には基本知識のようです。

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