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【ファンドレイジングスーパースター列伝】Vol.51 能「安宅」(日本) [2018年02月20日(Tue)]

能「安宅」

重源の伝承に大きく貢献していることから、室町期から江戸にかけての芸能に携わった無名のものたち(江戸は作者判明)。謡曲・能の「安宅」その翻案として歌舞伎の「勧進帳」(作詞の三代目並木五瓶、作曲の杵屋六三郎)。またこれら芸能を庇護した時の権力者。
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恒例の第1回「オールド・ファンドレイジング大賞」応募事例のご紹介です。
14個目のエントリーは「室町期の能」です。
今回は、一風変わったエントリーです。

まずは、Wikipediaからです。
『『安宅』(あたか)は、『義経記』などに取材した能楽作品である。成立は室町時代。作者不詳。一説に小次郎信光作者説があるが記録に残る最古の上演記録は寛正6年(1465年)で、信光の生年が宝徳2年(1450年)という最近の研究成果によると15歳の作ということになり不自然である。
如意の渡しでの話がもとになっていて義経主従が奥州に落ちる途中、安宅の関で関守富樫某(富樫泰家とされる)にとめられ弁慶がいつわりの勧進帳(寺院などの建立にあたって寄進を集めるための公認の趣意書)を読んでその場を逃れた逸話を描く。後世、浄瑠璃、歌舞伎などに展開してゆく義経物(判官物とも)の代表的作品である。』


こちらも、Wikipediaから、勧進帳の場面の引用です。
『勧進帳読み上げ

関にさしかかると富樫が尋問をはじめる。弁慶は「われらは奈良東大寺の再建のために北陸道につかわされた僧である」と答える。そしてこの関で山伏に限って止めるのは、どういう次第かと問う。富樫は「頼朝と不仲になられた義経が奥州の藤原秀衡をたよって山伏の姿で下向している。それを阻むためだ」と答える。富樫の家来の太刀持ちが「昨日も山伏を3人斬った」と言う。弁慶は「斬られるならば最期のつとめをしよう」と、山伏の由来を語りはじめる。供の山伏もそれに唱和する。最後に「山伏を討てば熊野権現の仏罰があたる」とおどしをかける。富樫は、「まことの山伏ならば『勧進帳』をもっているであろう。それを読み聞かせてくれ」と言う。

弁慶は「もとより勧進帳あらばこそ(もともと勧進帳などあるはずもない)」と独白、しかし持っていた巻物を出し勧進帳と称して高らかに読みはじめる。その内容は「聖武天皇最愛の夫人が建立せられた盧遮那仏の霊場(東大寺のこと)が絶えようとしていることを惜しみ、俊乗坊重源が諸国を勧進(寄付をつのること)してまわっている。もし一紙半銭[1]なりと奉れば、この世では無比の楽を得、来世では数千の蓮の上に座すことになる」というものである。その読み上げがいかにも見事であるので、関の人々はおどろきおそれて一行を通そうとした。』

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初世梅若万三郎による『安宅』(昭和6年(1931年)11月)。万三郎の得意曲として知られた


世界史上、はじめて、寄付について芸能のテーマに取り上げられたケースではないでしょうか。

Wikipedia:安宅(能)
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