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北斎展 [2008年02月05日(火)]
2008年1月27日まで、江戸東京博物館で特別展「北斎展」をやっていたので、寒風吹きすさぶ中、朝も早くから観に行った。



葛飾北斎の人気は最近ますます上がっているように思う。
そのおかげもあって、このような形で北斎の絵を見るチャンスに恵まれることはとてもありがたい。。。

そして、もう一つ、一人の画家にフォーカスした展示会というのは、その人物そのものに迫ることができるという点においてさらに興味深い。

同じ画家であっても、いや、それだからこそ、その人生の中で描かれた絵にはその時に画家が考えていたことや環境などが反映する。それを時間を超えて確認する作業というのは、歴史を紐解くようで楽しい。

それが浮世絵の場合、さらにもっとストレートに歴史を知ることができる。

歴史上、文字による記録というものを庶民が手にしたのはさほど古い話ではない。

例えば、平安時代、京都には多くの町民が生活していたことはわかっている。しかし、それだけの人たちが何を生業として生きていたのかはよくわかっていないのだ。
なぜなら、彼らは自分たちの行動を逐一文字に書き残したりしていないからである。

つまり、一部の上流階級の行動は公式文書も含め数多く残されている。
しかし、それ以外の人たちが一体何をしていたのかは公式文書にはほとんど書かれていない。したがって文字で確認することが非常に困難なのである。

そこで役に立つのが洛内洛外図のような絵。これらは当時の街の様子やそこで生活している庶民たちの姿をそのまま描いている。したがって、それらを読み解いていけば彼らの生活の一部が垣間見えるというわけだ。

その江戸時代版が浮世絵である。
もっとも江戸時代というのは、世界でも稀有な、平和な時代が200年以上も続いた時代なので、ここで花開いた文化は江戸の町民と一体でもあった。

したがって町民の様々な暮らしぶりは町民自らが文字に残していたりするので、浮世絵はそれらの文字情報を視覚情報に変換しているというほうが正しいかもしれない。(「かわら版」の登場も江戸時代。)

江戸末期には「街道ブーム」のようなものが発生、庶民がこぞって東海道を旅するということが流行ったりしたが、これはいかに治安が良かったかの表れでもある。

余談が長くなってしまった。。。

その北斎展で一つ気になる絵があった。
「海女」を描いた絵なのだが、身体が奇妙な描かれ方をしているのだ。

ものすごい不自然な歪み方をしたその身体の描き方について、博物館のほうでは理由がよくわからないというコメントがついていた。

私はこの歪みは、水面上から水面下の海女を見た時のゆらぎの表現ではないかと思うのだ。

北斎がこの絵を描いたのはおそらく船の上である。
そこから海女が海に潜って、また戻ってくるというのを熱心にデッサンしたのだろう。
となると、水のゆらぎを当然表現するはずで、それを北斎流に描いたのがこの歪みなのではないだろうか。

というのは、自分もそのような経験があるからだ。プールで潜る友だちの姿を見ていて、別の生き物のように見えた。奇妙な揺らぎの中でそれは不思議な光景を醸し出し、なんだかとても怖いものを見ているような気になった。

それは底が二メートルもないようなプールでのことだったが、海女が潜る海はどこまでも黒い底である。底知れぬ黒の中で揺らぐ海女の白い肌は、より印象深いものであったろう。

浮世絵のすごさを写実性に求めるのは意味が無い。同時代におけるヨーロッパの写実性は浮世絵のおよぶところではない。

それこそギリシャやローマ彫刻が紀元前にはすでに立体的な造形を完成させていたのに対し、日本の彫刻が同じような表現技術を獲得するには約1,000年の時を経、運慶の出現を待たなければならなかったのと同様である。

では、浮世絵の凄さとは何か?

それは、心の眼の表現だと思う。(すでに誰かが同じようなことを言っているのだろうと思うが私は研究者ではないのであまり論文等に興味が無い。)

北斎展では、他にも有名な「赤富士」「黒富士」なども展示されていたが、写実性を優先させるとするならば、こんな富士はあり得ない。ましてや有名な「品川沖浪裏」の巨大な波の間から富士が見えるなどもっとあり得ない。

しかし、そのくらいにすごい波に船がもまれているという情景を我々はその絵から感得することができる。

この制約の無いデフォルメこそが浮世絵の強みであり、この遊び心というか、心で感じた色と形を自由に表現する技能こそが浮世絵の凄さなのだとあらためて思う。

この発想の自由さと大胆さ、表現の多様性は、そのまま今の日本のマンガ文化につながっているようにも思う。
世界から認められる「MANGA」の源流は浮世絵にあるのではないだろうか。


【写真は江戸東京博物館ウェブサイトより】
市民が選ぶCSR大賞授賞式 [2008年01月23日(水)]
スーパー広報術」というサイトのメルマガで「CSR広報の時代」という連載をさせていただいています。

その内容を一部リメイクしてこちらに掲載いたします。

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■熱い関心■

去る2007年11月09日(金)に「CANPAN第1回CSRプラス大賞」の授賞式が開催されました。詳細は下記のURLをご参照いただければと思いますが、各受賞企業の皆さまの事例紹介はとても迫力のあるものでした。

■「CANPAN第1回CSRプラス大賞」授賞式開催結果■
  http://blog.canpan.info/csr2007/archive/40

授賞式を見るために参加された皆さまにいただいたアンケート結果でも、かなりご満足をいただけたようで、主催者としては胸を撫でおろしました。(とはいえ、来年に向けてさらに向上を図ります!)

そんな中、個人的には、株式会社アレフ(びっくりドンキーでおなじみ)の取り組みに注目しました。アレフは、北海道のNPOセンターから推薦を受けた地元企業推薦枠からのノミネート企業ですが、その取り組みは大企業に負けない素晴らしいものです。

■株式会社アレフ■
http://blog.canpan.info/csr2007/archive/20

心無い企業の不祥事の続出によって食の安全に関する市民の目が益々厳しさを増していく中、アレフのような取り組みを行っている企業が存在することを第三者が評価することの意義は、さらに重要性を増しています。

このアレフの様々な取り組み方で、特に素晴らしいのは、自社だけでCSRを完結させず、地域を幅広く巻き込んでいることです。例えば、取り組みの一つとして、家庭から出る廃油の回収ステーションとしての機能を店舗に持たせるということをされています。

この活動により、廃油を持ってきてくれる地域住民の方が増えているとのことですが、廃油だけを持ってきて、そのまま帰るお客さんだけでは当然ありません。「ついでに食事をしていこう」ということになる場合もあるでしょうし、その際に割引券をもらえるので、後日この割引券を使うためにお店に再度来店される方も いらっしゃいます。

これらは、CSR活動を通じて売上も一緒に上げてしまうという一手法ですが、 とても上手だと思います。そして、行政が張り出しているゴミ回収の案内には廃油は「びっくりドンキーで回収します。」と記載があります。

このような間接的周知により、単純なお店の周知だけでなく、社会的信用も向上しています。これもまた上手なCSR広報です。

そして、さらに上手なのは環境教育という点で小学校を巻き込んでいる点です。びっくりドンキーはハンバーグ屋さんなので、小学生にとっての人気メニューです。彼らを対象にした巻き込みは当然のことながら集客にも貢献します。

子どもたちから「びっくりドンキーに食べに行きたい」と言われ、「まあ、廃油も溜まってるし、割引券もあるから行くかー」というリピーター確保の循環ができあがっています。これがアレフの本社がある北海道で実現しているのはなぜでしょうか?


■地域を巻き込むCSR広報

大手の食品関係会社も食育ということで、社員が学校に授業を教えに行ったり、 学校での野菜栽培を支援したりという活動をされています。

これはもちろんCSR、この場合のCSRは「社会貢献分野」を指しますので、社会貢献活動と表記します、の一環として素晴らしい活動であり、通常はこれらを企業紹介のパンフレットなどに記載し、自社のCSRとしてアピールされています。

大手企業の場合、対象が全国区なのでこのような方法にならざるを得ませんが、こういった現場型の社会貢献活動の展開は、アレフの例を見てもわかるとおり、むしろ地元密着型企業にとってメリットが大きいのです。

びっくりドンキーは、全国でFCを含め289店舗あります。しかし、先ほどの活動を可能にしているのは、お膝元の北海道だけです。(今後、全国的な規模で拡げていきたいという気持ちをお持ちとのことでした。)

「社会貢献活動」と言っても、その実現と効果測定はなかなか難しく、利益を追求する中でのこれらの事業費をどのように株主に納得してもらうかは非常に悩ましいものです。

その解決手法の一つとしてCSR広報が重要な役割を果たすわけですが、その場合、「納得してもらえるような形で株主に報告する」ということをしなければなりません。

地元密着型の企業が、地元で社会貢献活動をする場合、その実現のための細かいケアが可能である割には経費も安くすむことから実施力が高く、効果測定も細かくでき、さらに常にリアルに感じ取ることができますので、報告にもリアリティが加わります。これが、読む人への納得感につながります。

そして、ここがポイントですが、株主に納得感の高い社会貢献活動とその広報は、自然と第三者からの評価も高いものになり、結果として「第三者が自社のCSRを評価してくれる」というCSR広報として最も効果の高い結果を呼ぶことができます。

このような形で、地元に応援される企業になっていくことは、それほど難しいことではありません。今やCSRのイメージ広告は巷に氾濫し、それを見る視聴者もうがった眼で見ている現状を考えれば、そんなものを何本も打つよりもよほど費用対効果は高いのです。

そして、応援される企業になるということは、そこで働く社員にとって働くための大きなモチベーションにつながり、会社が元気になっていくという二次的効果があり、中長期的な視点から見れば、これが最も企業にとって大きなメリットかもしれません。

■ここがポイント■
1.地域を幅広く巻き込むCSR活動でCSR広報力を上げる!
2.地元に応援される企業を目指すなら地元密着型のCSR展開を!
3.地元密着型CSRで会社も元気になる!


■こちらもぜひご覧ください---------------------------------------
5万人メルマガ「Super広報術」にて「CSR広報の時代」を月二回配信中!
http://s-pr.com/mmag/index.php
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目的外使用[バキュームクリーナー] [2008年01月20日(日)]
先日行った秋葉原で、こんなものをゲットしてきた。

サンワサプライの「バキュームクリーナー」である。



単三電池四本で動くハンディタイプのクリーナー、アタッチメントなども色々とついて1200円くらい。

これはパソコンのキーボードの隙間とかを掃除するグッズなのだが、これを買ったわけは別にあった。

家で飼っているクワガタやカブトムシのせいか、2mmほどの小バエのようなものが冬だというのにたくさん飛んでいてやたらとうるさい。そこで彼らをこれで吸い取ってやろうと考えたのだった。

家に帰ってきてさっそく実験・・・すごい!今までわざわざ掃除機なんぞを持ち出していたのに恐ろしいお手軽さで駆逐できてしまう

小バエには申し訳ないが、これからはこのクリーナー片手に戦うことにした

これはもう個人的に大満足なので75点!(吸引力がもうちょっと強ければ85点はあげたい逸品)

これは目的外使用ながら、ブラシのアタッチメントなども付いているから本来の目的であるキーボード掃除にも役立つこと間違いなしである。
ボン・ジョヴィ (BON JOVI) ライブ [2008年01月13日(日)]
2008年のマイライブ人生は世界的ロック界の大御所、ボン・ジョヴィのライブからスタート

ボン・ジョヴィのライブは、まさに20年くらいぶりである

思えば生まれて初めて行ったいわゆる外タレのライブがボン・ジョヴィで、当時、アメリカのワシントン州に留学していた自分は、コンサートのチケット代が安いことに驚き、友人たちとシアトルまで車を飛ばして観に行った

その時に買ったパンフレットがこちら、よくもまあ保存しておいたものだというか、実はどこかにその時のチケットとTシャツも残っているはずなのだが、見つけきれなかった



そのくらい思い入れが強かったというか、印象に残ったライブだったのだが、理由は規模感だった。当時、高校生だった自分には海外アーティストのチケット代は高い上、茨城県の田舎から東京にライブを観に行くなど夢のまた夢、自ずと観に行くのは国内アーティストで、最も大きなホールでも県民センターでMAX1,000人です、みたいな世界。シアトルのホールで少なくとも一万人規模の入場者、半端ではなかった。

さらに、その時、ジョン(ボン・ジョヴィの名前)は背中から吊るされて空を飛び、客の上を飛行するという演出をやっていたので、その大がかりな仕組みにも呆気にとられたのだった

その後、大学に入ってから武道館に一度観に行った覚えがあるのだが、この時のものは何一つ残ってないので、いかに初ライブが印象深かったかということをあたらめて思った

さて、そんな思い入れのあるボン・ジョヴィコンサート、久しぶりの東京ドーム、その手前の後楽園ホールはたまにキックボクシングを観に来たりしていたが、本体(?)のドームに入ったのは一年くらい前の「K-1」か「新日本プロレス」だったような気がする・・・ライブだと「浜崎あゆみ」だっただろうか・・・それはさておき、とにかくすごい人の群れにビビってしまった

なにしろ入場するのに並ばないといけないのだ。「最後尾はこちら」なんていう看板すら出ている有様である。



最近行っているライブは多くて数百人、全員が一気に会場から出入りしたところで誰も困らない上、交通機関に影響を及ぼすようなことなど間違ってもないようなものばかり、これだけの人が一つのバンドを観に来るということのすごさに参ってしまった

前置きが長くなってしまった。で、会場の席はこんな感じ。野球を見るにはかなりいい席だが、コンサート自体を見るのにはちょっとジョンが遠い・・・腕を伸ばした自分の人差し指の第一関節くらいの大きさである・・・


【赤矢印のあたりにジョンが立つ(・・・遠い)】

そして、コンサートは「サイコー」だった

ヤバいくらいジョンはカッコよかった。彼、または彼らの人間性が全面に出るライブは本当に観ている自分たちを気持良くしてくれた。「これがプロってもんでしょー」と思ってしまった。

一緒に行った友人は、ライブにはやたらと厳しいのだが、その彼も大絶賛、「外タレとは思えない!」と言っていた
あろうことかコンサートで口パクをしたり、わずか一時間でライブを終えてしまうアーティストなど、正直、外タレのスタンスには疑問を覚えることも多い中、こんな大御所のジョンが素晴らしいライブをやってくれたことに、25年という長きに渡って世界を魅了し続けた彼らの凄さを見た気がした。

それにしても本当にジョンはカッコよく歳を重ねていた。こんな40代になろうと決めた一日でした

帰り道に友人が、「いやー、ボン・ジョヴィ、マジでよかったー!今、一番行きたいライブはストレイテナーだな」とボソッと言っていた。・・・それって、流れ的にボン・ジョヴィじゃねーの?・・・

次のライブはまた小さい世界に戻る予定で、10-FEETだったかな???
SUM41にも行く予定があったような気がするけど、ちょっと忘れてしまった・・・
4月には奥田民生アニキのライブもあり、ライブ系は年初から充実していてちょっとうれしい
秋葉原は冬でも熱い [2008年01月12日(土)]
親戚の叔父さんのパソコンが調子が悪いということで、自宅に送られてきたパソコンをチェックしてみたところ、どうやらマザーボードの故障であることが判明した

マザーボードというのは、CPUが頭脳だとすると、脊髄みたいなもの。これが壊れるとすべての部品を外して直さないといけないので、修理がえらい厄介・・・

BIOSの再インストールなど、ソフト的に色々と修復を試みるがうまくいかないので、これはハード的な故障だと断定、一気に交換することにした。ところが、けっこう古いマシンでPentium 4やCeleron用の「Soket478」という種類のマザーボード、交換用のマザーボードはすでに新品で売ってはいない。

こういう時は迷わず秋葉原に行くに限る
ということで、久しぶりにジャンク屋とも呼ばれる中古品などを扱うお店を片っ端からあたり、必要なボードでニーズを満たすものを探してみた。

すると、そもそもの目的はマザーボードにも関わらず、CPUやらメモリやら、グラフィックボードやらが所狭しと並べられている様に、なんだか気持ちが良くなってしまい、本来の目的も忘れて色々とチェックしてしまった

本当に安い、高めのお店もあるけれども、WindowsXPが快適に動くレベルのSoket478のマシンなら1万円も出せばパソコンが一台作れてしまうくらいに安い。

結局、必要なマザーボードは「じゃんぱら」という、アキバではとても有名なお店にあったものを1,450円で購入した。このお店は店員さんも知識がある人が多いし、何より皆さん親切なのがうれしい

ジャンク品は安いけれど、それでもサポートが受けられるかどうかもとても重要、そこがヤフオクなどで手に入れるのとは段違いなのである。


【じゃんぱら本店】

秋葉原はやっぱりスゴい街だ、こんなに充実していて、しかも安価にリサイクル品を買える街というのは地球環境にとっても貴重な存在である。

そんなわけで、家に帰って組み上げてみたところ、とてもいい感じで直ってくれた。


【作業中の乱雑さに、寝る場所に困る愛犬メル】

秋葉原は冬でも熱かった、また秋葉原熱が再燃しそうでコワイ・・・
奇跡のマンモス「リューバ」を見る [2008年01月11日(金)]
最近、東京駅の丸ビル界隈に出没する機会が増えた

東京駅界隈は、最近とても充実してきていて、銀座ほど混んでいないのに歩こうと思えば銀座までもすぐ歩ける便利さもあって、マイブームなエリアなのである。

その丸ビルで今、2月3日まで「奇跡のマンモス リューバ展」というのを開催している。

3万7000年前の「子マンモス」がシベリアの凍土からほぼ完全な状態で見つかったそうで、世界初公開となるものらしい。

行ったのが平日の夜ということもあって、とても空いていた・・・が、展示物がものすごく少ない・・・これで800円はいかがなものか・・・(ほとんどが場所代かなぁという感じ)

マンモスとは何ぞやというパネルやCGなどが並べられた通路を10mほど進むと、冷凍庫に入ったリューバ君に会える

思ったより小さいリューバ君であったが、絶滅した生物をほぼ完全な形で見ることができるというのはやはりインパクトがある。頭と右前脚部分に気泡状になったカルシウムの溶けだした後が確認できるということだったが、確かにそれも確認できた。(長い年月の間に肉の隙間からカルシウム分が溶け出すということが起きるものらしい。)

それはさておき、リューバ君が近年発見された経緯というのは、地球の温暖化により厚く覆われていた永久凍土が溶出した結果であるという。

昔の科学の本などでは、寒々しい氷河の地上で毛皮を着た人間がマンモスに向かって槍を投げているようなシーンだったが、マンモスが豪雪の氷河の中で生きていたというのはどうやら間違いで、例えば当時のシベリアは乾燥した草原のような状態だったことが研究で明らかになっている。

考えてみても、いくら温かい毛皮や厚い脂肪に覆われて寒さ対策をしていたところで、生きている以上、あんな巨大な体を維持するだけの食料が氷の世界で手に入るはずは無い・・・

また、マンモスの時代よりもずっとロングスパンで見ると南極大陸すら昔は草原だった。

それらを考えると、温暖化とは一体どういう状態を指すのかがわからなくなってくる。

過去、地球上でも何度かの生物の大量絶滅があった。

それらは地球環境の変化に伴うものであるが、それらの変化を促したのは植物だったり、新しい生物の出現だったり、あるいは太陽の活動によるものだったりした。(隕石で恐竜が絶滅したというのは信じたい一方で、やはりちょっと疑問が残る)

今年は洞爺湖サミットも行われる予定であり、地球環境に関する関心が一気に高まる一年になるが、人間が現在の自然環境を守りきれるかどうかについては、個人的にはとても困難であるという気がしている。

なぜなら人が経済活動をあきらめなければ環境を実質的に守ることなど不可能だからだ。

結果としては、おそらく環境破壊は続いていく。だが、その流れを可能な限り緩やかにすることで、生物に対して破壊されゆく環境への対応を準備してもらうことはできる。
これを進化と呼んでもいいと思うが、破壊の坂道をそのくらいの緩やかな坂道にできれば、何とか人間も生き続けることができるだろう。

だが、今の地球で、人間の活動の激しさは歴史上例を見ないものだ。
そんな緩やかな坂の形成など許さないようなものであることは考えるまでもないことである。しかし、それでもなお、坂を緩やかにするための努力を惜しんではいけないのだろう。

まずはできることからはじめよう、ということで省エネに努めるくらいしか、なかなか個人ではできないのである



【写真を撮ろうとするといつも自分を撮ってもらえると勘違いしてポーズをするメル】
夕暮れ富士に思う [2008年01月02日(水)]
東京から富士山を見れるのは、朝が多い

夕方は、たとえ雲が少なくても、空気が汚れてしまうためになかなかキレイには見れない。

しかしさすが正月休み、こんなにキレイな夕富士を見ることができた。



現在、日本の各所で人口の一極集中化が問題視されている。
特に東京などは不動産の値上がりが著しいと言われる。
だが、実際に値上がりが本当に激しいのは、その東京であっても一部の地域だけだ。他の地域はそれほどひどいわけではない。(それでも地方都市に比べれば高騰していると言えるが・・・)

この一極集中化の一方で、地方の過疎化とその活性化が大問題になっている。
地方の活性化には日本の人口が平均化することが一番の対策だと思うが、その逆はあっても平均化は起こりそうもない。

むしろ社会のインフラ事情を考えると、日本全国津々浦々に光ファイバー網を敷設するよりも、一極集中したところだけに絞ったほうが経費も抑えられるし環境も破壊しないのではないだろうか。

いっそ思いきって、日本に人が住む場所は「こことここだけ」と限定してしまってはどうかと思う。

住む場所という語弊があるかもしれない。要するに社会のインフラが整備された地域を限定するという意味である。他の地域に住むことももちろんできるけれども、それは小さな島に住むのと同じで、自然は多いけれどインフラ的には脆弱になることを甘受することが前提、というようなことである。

最近、脱サラして沖縄に移住する人が多いというが、こういう方々は、その道をあえて選択した方々なのだろうと思う。

全ての地域で誰もが同じ生活環境を享受できるというようなユートピアの出現など幻想でしかない。にも関わらず、私たちはその理想が実現しないことをいたずらに嘆いているような気がする。言葉を変えると権利ばかりを主張しているような気がする。

だから、人生における環境設計においても、何を選んで何を捨てるのかを考えて生きる方法を一人一人が選択する。それが権利であり義務として当たり前というようなことになれば、政治的・行政的に日本社会が抱えている大きな問題のいくつかはクリアできるような気がしている。(郷土愛的にも、そう簡単に割り切れれば世話はないことは重々承知なのだが・・・)

帰省されていた多くの都民が明日あたりからまた東京へ戻ってくるだろう。
その賑わいと共に失われるキレイな空気を、私は東京に住む以上は惜しむべきではないと自分自身に言い聞かせ、窓を閉めた
あけましておめでとうございます [2008年01月01日(火)]
年末はなんとも静かに過ごし(何もしなかったという話も・・・)、無事に新年を迎えた


   【自宅から見えた元旦の富士山】

2008年はCANPANにとって、大きな意味を持つ一年になる。

一番大きなポイントは、CANPANにいよいよ決済機能が付くということである。

YouTubeが最もわかりやすい事例だと思うが、時代はすでにコンテンツを提供する側とされる側の境目というか、区分は曖昧だ。

つまり、エンドユーザーである視聴者は、ある時はコンテンツ提供者となって、互いに自分が持っているコンテンツを同じ場所に持ち寄る。するとそこに一つの大きな情報共有ネットワークができ、流れができる。そして、それが社会変革に結びついていく。

そのためのインフラをどこかが提供さえすれば、その流れはすぐに作られる。そんな情報社会になってきた。

YouTubeが動画配信なら、CANPANは市民活動情報の集積地である。
その多くは文字情報かもしれないが、それに画像や映像が付加されることで、なかなか社会から見えづらかった市民活動の本当の姿が誰でもいつでも見られるようになってきた。

一つ一つのNPOやボランティア団体が持つ情報量には限りがある。
活動の規模や分野などによっても大きく違うものの、インターネットという巨大な情報の海の中で浮かんでいるということを考えると大差はない。

そこで、そもそもそういう情報に興味のある人同士が集まって作り上げるネットワークに情報を発信するだけで、情報発信にかける労力を軽減しつつも情報は自然と共有されていく、そんなインフラとしてCANPANは機能できるように作られている。

たとえそこに集まった情報の一つ一つが小さいものであったとしても、その集合体は大きな力を持ち得る。日本の市民活動の力がそこに見えてくる。

CANPANの様々な機能がユーザ自らの情報発信を前提に作られているのはそのためである。

まだ、これらの機能を有効的に使ってもらえていないなぁと思うことも多いが、それはたぶん我々のほうできちんとケアできていないのと、それぞれの機能がビジュアル的に連動しているように見えないからだと思っている。

今年は具体的事例などを出しながら、皆さんがイメージできる情報発信のあり方などを踏まえ、画面のレイアウトも変更しつつ、活動基盤となる資金獲得のためのツールを用意する。

これらの動きが2008年はどどーっと押し寄せることになるので、大きな意味を持つという冒頭の話につながってくる。

これは、様々な方がCANPANのコンセプトを理解して力を貸してくれることで実現が可能となった市民活動による社会変革プロジェクトと呼んでも差し支えないようなものだと感じている。

つまり、日本の市民活動にはそれだけのポテンシャルがあるということでもある。

2007年、社会全体では「偽」だったというが、今年はせめてプラスイメージの漢字で締めくくれる一年になってほしいなぁと思い、また、ポジティブな意味で市民活動が社会に注目される一年になってほしいと思い、とりあえず元旦は何もしないで寝てしまった。。。
将門首塚 [2007年12月29日(土)]


すっかり夜になった大手町には、このような案内標識が立っている。

「将門首塚(まさかど くびづか)」

そして、70m進むと



「将門塚(しょうもんづか)」

うーむ・・・正式名称はたぶん「将門塚」のほうではないかと思うが、伝説に重きを置くなら首塚が正しいだろう。(案内標識は、首塚のほうが皆にとって通称的に分かりやすいのでそのように記載してるだけかも。)

ただ、どちらも正しくないかもしれない。というのは、ここはどうも古墳であった可能性が高いからである。詳しくは知らないが、ここからは元々石室などが見つかっている。
つまり、誰かのお墓として祀られていたところに将門公が転がり込んだ感じだったら楽しい・・・将門公という人は、なんとなくそういうお茶目なところがあった人であるように私は思うからだ。

戦後の区画整理時に工事関係者が事故に遭うなどして、そのままここに残されることになった将門塚。そういった呪いや祟りなどが実在するとは私には思えない。おそらく偶然やわかれば納得のいく理由があるものだと思う。

ただ、「祟りがある」と生きている私たちが信じることは重要である。そこに畏敬の念が働くからだ。新年への祈りもそうだし、ご先祖への敬いもそうだが、人という生き物はつくづく自分で自身を律するということが苦手な生き物なのだと思う。だから先人や神の力によってそれを正そうとするのだと。



夜の将門塚は、年末のあわただしさを映す周囲のビルの中で、光もあたらず(周囲のビルには将門塚に向かって窓がほとんど無い「見下ろすのは不敬だから」)、ひっそりと佇み、なんだかとても気持ちが良い場所で、上野東照宮 → 神田明神 → 浅草寺 → 将門塚というよくわからないツアーを終えるにはちょうどいい場所だった。

来年はどのような一年になるのだろう・・・

今年、お世話になった本当にたくさんの方々に御礼申し上げます。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。


一足早いお参り [2007年12月28日(金)]
今日は、御用納めの日である。

今年一年本当に色々なことがあって、ずいぶん仕事をしたような気がするが、何も進んでいないような気もして、なんとなく何かやり残したような、そんな気分になる。。。

システムメンテの担当だった頃はまさに今日、皆の仕事が早々とはけてからがメンテナンスの本番で早く帰れるなどあり得なかったが、ここ一、二年ほどはその業務から解放されたこともあり早く帰ることができる身分になった。

そこで、自分の決め事として御用納めの日はあちらこちらを歩き回ることにしている。

あちらこちらと言っても、神社と寺社巡りである。

基本的に神様を信じてはいないが、先人が残した気持ち、または文化というものに対して敬意を払う意味でお参りすることにしている。

今年はまず、上野に足を運んだ。

28日とはいえ平日の夕方、人の姿もまばらでとてもいい感じの静寂である。

上野駅の公園口を出て上野動物園方面に歩いていくと遊園地(?)があり、そこから参道が始まる「上野東照宮」がある。



この東照宮は、かの藤堂高虎の建立によるもので徳川家康・徳川吉宗・徳川慶喜の三公を祀っている。家康公は日光東照宮から江戸の地を護るとされているが、ここにも由緒正しく祀られているようだ。

とりあえずは、江戸を護る先人に挨拶・・・



続いてどこにするか迷ったが、やはり神田明神じゃないかと思い、そちらに移動。



こちら「天野屋」で甘酒などいただきつつ、神田明神をお参り。
天野屋の甘酒は本当に美味しいので、機会があればぜひお試しのほど

ここは、かの平将門公を祀る神社である。将門公については諸説あるが、私は個人的に彼は関東の民のことを考え続けた立派な為政者であったと思っている。
なので、江戸よりも広域を護り続けた先人ということで、上野から神田に移動したというわけです。

で、次はどうしようかと迷った挙句、なぜか浅草方面に行くことに・・・えらく効率の悪い異動の仕方をしていると自分でも思いつつ、とりあえず移動・・・



すっかり日も暮れた浅草寺はなかなかいい雰囲気である。これがあと数日も経つととんでもないごった返し状態になる。その前にお参りに来るというのは、そんなに悪くない。

もし神様がいるとして、31日じゃないとダメとか、元旦じゃないとダメとか、そんなどこぞの役所みたいな了見の狭いことを言うことはなかろうと思う。だって神だもん。

むしろお店もそうだが、ヒマな時に来てくれた人に手厚くするものだと思うが、神様はどうなのだろうか

それはともかく、要は人の心のけじめとして、個々人がいつがいいかを決めればいいのじゃないかと思う。ぶっちゃけた話で言えば、自分の誕生日がその人にとっての新年でいいんじゃないか?
ポータルサイト風に言えば、「MY 新年」みたいな・・・
最近はそんな風に、思う。

(明治神宮の元旦なんて、駅からお賽銭入れるまでに一時間半以上かかるらしく、しかもお賽銭箱は巨大な青いビニールシート、御利益もへったくれも無いと思うのだが・・・)

で、浅草寺で、もうやめようと思ったが、どうしても夜の将門公の首塚を見たくなって大手町に移動することにした。

この続きはまた明日書くことに・・・ホントにヒマ人みたいな気がしてきた・・・
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