第8回 キューバ編C音楽&アート [2010年09月19日(Sun)]
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キューバと言えば、陽気な音楽と革命的なアート
そんなイメージもあるかと思います。そして、事実 地元のカーニバルでは、国民皆グレートダンサーでした。 (友人の弟だけは、本当に下手でしたが・・・可哀想過ぎる 私はキューバで生まれた【サルサ】というダンス音楽が好きなので、 友人に「キューバと言えば、サルサだよね!」というと、「うーん 世界的に愛されているサルサ音楽が今のようにポピュラーになるには、 アメリカとキューバの政治的関係が大きくかかわっていたとのこと。 革命前のキューバには、様々なリズムが溢れていたそうです。 アフリカやスペイン生まれの楽器や音楽・・・でもそこにサルサはありませんでした。 ラスベガス状態だったキューバではエンターテイメント産業が発達し、 多くのミュージシャンがアメリカやヨーロッパなどにも進出していったそう。 しかし、革命が起きて、キューバが共産主義国家になり、 ミュージシャンの一部は米国に脱出する道を選び、 そうでなくキューバに残ったミュージシャンも多く存在しました。 故郷の音楽は、米国に渡ったキューバ人たちの心の拠り所になりました。 ミュージシャンたちは、キューバの色々なリズムをミックスし、 【サルサ】と呼ばれる音楽がNYで生まれ、60年代に人気が爆発します。 (サルサとは、ごちゃまぜのソースを意味するスペイン語) 同じくカリビアン文化を共有するプエルトリコ人コミュニティにも浸透し、 プエルトリコ人口の拡大とともに、彼らの中からもミュージシャンが誕生します。 ただし、キューバとの関係を断っている米国側としては、 【キューバ音楽】が米国で流行っている状態は望ましくないわけです。 そこで、サルサは【ラテン音楽】として市場に出回るようになります。 実際には「ラテンアメリカ」と呼ばれる地域とは、縁がなかったにもかかわらず・・・ キューバ政府はというと、 米国で活躍する自国出身のミュージシャンの作品を国内から排除しました。 たとえば、サルサやキューバ音楽の女王として、世界で最も知られる歌手 セリア・クルス(You Tubeにリンクしてます。ご覧あれ でも、彼女のCDをキューバで見かけることはありません。 若い世代では知らない人も多いらしく、排除の徹底ぶりに驚かされます。 しかし、セリアや他のキューバ人歌手が故郷にまつわる作品を発表する時、 その裏ではキューバ政府からの経済的な支援が動いていると言います。 キューバには存在しなかったキューバ音楽【サルサ】。 キューバアート界全体にも同じような現象が見られます。 日本の友人からとあるキューバ人画家の画集を買ってきてと頼まれたのですが、 彼はマイアミ在住のキューバ人だったので、国内にはありませんでした。 今回キューバに一緒に行った友人は、 12〜20歳までキューバの芸術学校で学び、 奨学金をもらってモスクワの芸術大学で4年間留学していたのですが、 米国資本のアートスタジオでバイトしていたのがばれて、奨学金停止。 卒業間近だったにもかかわらず、即、帰国命令が出たそうです。 アートやスポーツの分野で自分を磨く努力をしている人が、 国の政治状況いかんで運命を翻弄されてしまうのは、本当に不条理だなと感じます。 >>でも、だからこそ彼らの故郷を思う作品には、 なんとも言えない味わいが生まれているのかもしれません。 |







