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第5回 キューバ編@基礎知識 [2010年08月29日(Sun)]

真夏のトロントを2週間ほど抜け出して、
ジェット機で青空を駆け抜けること約3時間…。



カリブ海に浮かぶ島国CUBA(キューバ)に行ってまいりました!!!


今回は、トロントで出会ったキューバ出身の友人の里帰りに同行。
というわけで、いきなり大家族の一員として現地文化にどっぷり浸かった2週間。

【基礎知識】【多文化共生】【オーガニック天国】【アート&音楽】【世代間ギャップ】
以上、5つのテーマに分けてTOYO@キューバが見た世界をご紹介したいと思います。



まずは、キューバの【基礎知識】として、少し政治経済のお話を…。
(チャンネルはそのままで!)

ご存知の方も多いと思いますが、キューバの政治状況はかなり特殊です。

Capitalism(資本主義)の中心である米国のすぐ傍に位置しながら、
現キューバ政府は、Communism(共産主義)を国家の基本理念としています。

フィデル・カストロやチェ・ゲバラによってキューバ革命が成功した後、
新政府を危険因子とみなした米国はEmbargo(貿易閉鎖)政策をとります。
それまで米国資本に依存していたキューバ経済は、一気に方向転換を迫られました。



(写真)サンタ・クララという街にある革命の英雄チェ・ゲバラの遺体が眠る広場。



そこで、当時のソ連と経済協力関係を結ぶため、政府方針として共産主義を採用。
サトウキビなど一次産品をソ連に高価買取してもらって、順調に経済を維持します。

しかし、80〜90年代、ソ連の勢いが弱まり冷戦の終焉を迎えると再び状況が一変。

後ろ盾を失ったキューバは、収入源を在外キューバ人の送金と観光業に転換し、
外部に閉ざされた国だったキューバは、この辺りから少しずつ姿を変え始めました。

カナダやアメリカの他、世界各地から観光客がキューバに押し寄せるようになり、
現在のキューバでは、2つの隔たれた経済世界が存在するようになっています。

その隔たりの代表が、Cubanペソ(自国民通貨)とCompatibleペソ(観光客通貨)。
(ちなみに、私が換金した時は1カナダドル=1.16 Compatibleペソでした)
生活必需品が安価で並ぶ政府公認の市場などでは、Cubanペソしか使用できず、
CompatibleペソOKのホテルやレストランでは、値段設定が高価すぎて地元民は滅多に利用できません。



(写真)地元民しか利用できない市場。会員カードみたいなのが必要。



私がキューバで最後まで理解に苦しんだのが、この2つの世界のギャップでした。

例えば、キューバでの月給はお医者さんでも20ペソ程度
でも、ビール一缶は1ペソ、アイスクリームは2ペソで売られています。
トイレットペーパー1巻0.6ペソ、靴は10ペソ、かばんは20ペソ…
まさか20万円の給料をもらう人が、ビール1缶に1万円払ったりしませんよね。

一家族の光熱費+必要雑費が15ペソ程度で、残りで食料・日用品などを購入?
配給などがあるとしても、どう計算しても、生活が成り立つわけがないんです


じゃあどうして、キューバの人たちは毎日食べ物にありついているのか。

私が見る限りでは、

@国外の親戚からの送金で生活費を補てんしている

A観光業や交通業(タクシーなど)からの収入がある

B農業や漁業を営む知人から直接貰ったり、感謝の印としての差し入れがある

などのパターンがあるようでした。


友人のお父さんが入院した時には、
医者や看護婦への差し入れとして毎日朝&夕食を差し入れしていたそうですし、
友人の義理の妹は地元病院の薬剤部長として働いているので、
頻繁に患者から贈り物を受け取っていたようでした。

タクシー運転手をしている人が融通を利かせてあちこち移動してくれた時も、
「料金はいらない」という彼を後から夕食に招待していました。



外部から入ってくるお金と、地元民同士の助け合い。
この国の人たちは、周りの人間とつながることで生きているように思えました。

資本主義や堅実な価値観を当たり前として育った私の常識や知恵は、
この国では笑いだしたくなるほど、何一つ機能せず・・・。

本当に世界は広くて、常識なんてないんやな!と日々実感させられました。

TOYO@キューバ