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第14回 多文化inニューヨーク [2010年12月13日(Mon)]

今週は、トロントから夜行バスで10時間。

アメリカ合衆国は東海岸に位置します、キラキラニューヨークキラキラに行ってまいりました!!!



タイムズスクエアが、ちょっと東京の新宿あたりに似てると思うのは私だけ…祝日



2泊3日という短い日程でしたが、そこはやはり世界一の都会。

見どころ満載で、楽しくないはずがないのですびっくり

メトロポリタン美術館、エンパイアステートビルディング、素敵なレストランやバーetc etc...

語りだせばキリがないのですが、ここでは「多文化社会」をテーマに感想を…。



まず、到着して驚いたのが、ユダヤ社会の存在感。

ヘブライ語で書かれた新聞を読んでいる人もあちこちで見かけたし、

後頭部に小さなキャップを被っていたり、独特の黒っぽいスーツを身に纏っている人が目立ちました。



次に気づいたのが、ヒスパニック(中南米系移民)の圧倒的な数の多さ。

特に、コンビニやデリ、カジュアルなレストラン等では、ほとんどがスペイン語OK。

一緒に旅行した彼氏はキューバ(スペイン語圏)出身なのですが、

想像以上のスペイン語社会に「旅行中、まったく英語を話してない…」と驚いていたようでした。



そして、もう一つ重要なのが、ブラックアメリカンと呼ばれる黒人の人々。

今回泊めてもらったのは、マンハッタンから離れたブルックリン区Crown Heights近辺にあるお宅でした。

夜8時ごろ、ブルックリン方面の地下鉄に乗った途端、あれれ・・・?

車両全体を見回すと、私たち(スペイン系キューバ人、日本人)以外はみんなブラックだったのです。

後で聞くと、その地域は、カリブ系や米国生まれの黒人が人口の90%を占めるとのこと。

その他、ラティーノやアジア系が少し、白人はごくわずかだそうな。

ふーむ、ここでも住み分けが・・・はさみ



泊めてもらったご夫婦(ロシア系キューバ人、日系ペルー人)は、トロントに長く住んでいたので、

その夜は、トロントとニューヨークの違いについての話になりました。

現在はニューヨークのど真ん中にあるオフィスでブローカーとして働く旦那さんは、

トロントの保守的な労働市場よりも、完全実力主義のニューヨークの方が好きだそう。

トロントでは移民である限り、野心などを隠さないと組織に受け入れられなかったけど、

ニューヨークでは自分の能力を思い切り発揮して働ける、と。



それと同時に、失業者は400万人に迫るそうで、生活保障もあまりない。

低賃金の労働力が、メキシコをはじめ中南米からアメリカ北部まで流入してきて、

もともと低所得だった人々は、かなり厳しい競争に追い込まれているそうです。



一長一短の多文化社会、

完璧な人間もいないように、完璧な社会もないのかな。
第13回 トロントde言語交換パーティ [2010年12月12日(Sun)]

ダウンタウンで毎週開催されている【Toronto Babel】というイベントに音符初参加音符してきました。



多文化都市トロントでは、言語交換(Language Exchange)がとても盛んに行われています。

これは、お互いの母国語を無料で教えあう、カジュアルな外国語レッスンのこと。

街角のカフェに行くと、一か所で2、3組見かけたりすることもしばしば。



日本国旗だと、英語を勉強したい人が圧倒的多数で、英語ネイティブの人は少ないので、

カフェなどで教わるにしても、【プライベートレッスン】という形で料金を支払う事がほとんどです。

しかし、ここでは、英語を勉強したい人たち(移民や留学生etc)と同じくらい、

外国語を勉強したい英語ネイティブがいるので、
(もちろん、それぞれの言語によって人気に差はありますが…)

お互いに無料で教えあうという関係が成り立つことも多いわけです。



さてさて、【Toronto Babel】に話を戻しますと、

このイベントは、外国語(母国語以外)を勉強している人なら、誰でもWelcome乾杯

そこに居合わせたメンバーで、色々な言語をひっくるめて交流しようという趣旨です。

当初、「なんて乱雑な…ホントに成り立つの困った???」という思いを拭えませんでした。



到着してすぐ、入り口で出会った日本人女性と2人、恐る恐るオーガナイザーの元へ。

モントリオール(第12回参照)出身でバイリンガルな彼女と少し話した後、

「忘れかけてるスペイン語を練習したいんだけど・・・」と伝えると、

「じゃあ、あの人と〜、その人と〜」といった具合に、あちこちにいるスペイン語話者を教えてくれます。

「スペイン語話す人は多いから、楽しんでね!」というわけで、彼女の役割はそこまで



ぐるっと見渡すと、50〜60人くらいが、ビール片手ジョッキにあちこちで交流しています。

私はまず、センスのいい刺繍入りスカートが似合うスペイン人女性にアプローチ。

とても気が合って、旅行、国際恋愛、心理学、大学院などの話で盛り上がりました。



そうしていると、周りにいた人も私たちの会話に参加してきたりして、

その人がスペイン語を話さない場合は英語に切り替えながら、ひたすらお喋りメガホン

全体的には、英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語あたりが多い印象でした。

アジア系の参加者はいたのですが、アジア言語を話したいニーズは少ないよう・・・。



まぁ、悲しいもので、巷には「言語交換が目的びっくり」と言いながら、

非ネイティブ女性(日本人も含め)との出会いを狙ってるオオカミちゃんも多いわけです。

でも、こういう大人数のイベントなら、そういうリスクも減るのかな〜と思いました。



ちなみに、そのスペイン人女性とは連絡先を交換して、今や普通に友達です。

言語学習という目的だけに縛られずに、友達を増やしたいですね。
第12回 フランス語圏に行ってみた! [2010年12月02日(Thu)]

久しぶりのブログ更新ですが、日本の皆さん元気でしょうか?


先週、トロントから、夜行バスに揺られること6時間。
(これで片道20ドルは安い・・・恐るべしメガバス

フランス語圏であるケベック州の首都・Montreal(モントリオール)に行ってきましたラブ




カナダの公用語が、英語とフランス語ということは以前の記事でご紹介しました。

でも、トロントにいると
「いやいや、フランス語表示とか必要ないやろ〜ブタ

むしろ、ポルトガル語、中国語、ヒンディー語あたりの方が…なんて思ったり。



しかし!!!

モントリオールで、英仏2言語表示の意義をたっぷり実感しましたすいません

たとえば、ダウンタウン(街の中心部)や観光スポットでお店に入ったら、

「Bonjour! Hello! Comment ca va? How are you?」

なんて、いきなり2言語で挨拶されることもしばしばです。



モントリオールで出会った店員さんたちは、とっても親切でフレンドリー音符

フランス語で挨拶だけして、英語でコミュニケーションという感じだったのですが、

日本の顧客サービスに慣れた私でも、その対応に感心してしまいました。
(トロントのあとだからか・・・?)



そして、ダウンタウンから少し離れると、そこは完全なフランス語天国

とはいえ、ほとんど全ての人が実は英語話せるので、困らないけどね。



4日間の旅程でしたが、モントリオール大好きになりましたハート

名物のプーチン(大統領じゃないよ!)など、美味しいもの食べて、




ノートルダム聖堂や、素敵な街並みを堪能して、




地元のジャズを楽しんだり、趣味であるサルサを踊りに行ったり、





その後、「モントリオールに引っ越したい!」と急に言い出して、

トロント在住の彼氏を当惑させるほど、気に入ったのでした笑顔



フランス文化のエッセンスが入った北米社会の様子や、

「ケベック以外、フランスでも他のカナダの州でもHOMEな気分がしない」という人たち、

充実した美術館や、レストラン・バーなどのナイトライフ、

色んな意味で、Culturally Interesting(文化的に興味深い)街でした〜びっくり
第11回 トロントの職探し、移民の状況 [2010年10月29日(Fri)]

こんにちは、toyo@トロントです。

わけあって、今週日曜の引っ越しまで、一週間のホームレス生活(友人宅を転々と・・・)送ってます。



さて、その経緯はまた違う機会に書くとして、

今回は、トロントに来た移民が仕事を探す時のお話。



60年代以降、カナダは移民政策として人種の枠を完全に廃止して、

Skilled Worker(熟練労働者)に関してはポイント制により受入可否を判断しています。

よって、Landed Status(入国許可)を得るのは一定の教養と地位を得た人々に限られます。



「カナダ政府が移民の母国での経験を認めて許可を与えた」との理解もできるこの制度。

しかし、実際にカナダの労働市場では、国外取得の学歴・職歴はほとんど評価されません。

よって、ほとんどの移民は、大きなキャリア・ダウンを経験することになるのです。



【Canadian Experienceの壁】というのは、予想以上に冷たく分厚いものだと言います。

母国で医者だった人がタクシー運転手になり、

弁護士だった人がコンビニ店員になり、

大学の教授だった人がレストランの皿洗いになり、工事現場の労働者になり・・・。

そういう話は、トロントに星の数ほど転がっているのが現状です。



では、彼らが再びキャリアの道に戻るにはどうすればいいのでしょう?

その方法の一つが、【カナダの大学で学位や資格を取得すること】です。

しかし、北米の大学は日本並みに学費が高く、家族がいる場合などは難しいよう。

さらに、卒業時の経済状況や、カナダ人との競争などで、就職展望も不確定。



Survival Job(生活費を稼ぐための短期展望の仕事)の輪から抜け出せず、

最後にはキャリアを全く諦めて、カナダ労働市場の周辺部で埋もれる人が多いのです。

「熟練労働者として受け入れておきながら、どういうことだ!」という怒りは絶えません。

それでも、祖国の状況や、子どもの教育のためにとカナダに残る人々。



Skilled Workerという移民受け入れ枠、またその選考プロセスと、

カナダ労働市場が彼らに提供できる労働セグメント(職種や賃金レベル)は、

かなりのギャップがあり、実際社会でも学者の間でも問題視されています。



でも、トロントの不思議なところは、不満や怒りが「爆発しそう」という危機感がないこと。

妥協というか、「みんなそうだから・・・」という雰囲気があることです。

移民側の不満も、受け入れ側の恐怖心も、なんだかぼんやりしてる・・・



移民の歴史を反映してか、ヨーロッパとはかなり違う状況が生まれています。

この不思議が、いつかはっきりすっきりすることはあるのでしょうか困った
第10回 Got a Cold…さぁ、どうする? [2010年10月18日(Mon)]

トロントの秋も深まり、だんだん寒くなってきました。

最高気温は15度前後、昼はポカポカの公園日和・・・太陽
でも朝晩は本格的に冷えます汗


大阪では真冬に着るようなロングジャケットを既に購入。

12月にはさらに完全防備なロングコートが必要になることでしょう・・・。
(冬が怖いょ〜すいません


さて、季節の変わり目といえば、風邪が流行り始める時期ですね。

寒さに慣れているはずのトロント市民でもそれは同じようです。

先日、よく泊まりに行く友人宅の住人2人が風邪+喉の腫れでダウン〓



両親と一人娘、母親の姪の4人が暮らす家の一室を友人が間借りしていて、

娘(15歳)と姪(22歳)とはよくキッチンで顔を合わせるので、時々話したりします。

その2人が死にそうな顔をしているので「大丈夫?」と尋ねると「NOOooo....」とのこと。



友人は「お茶飲んで、スープとか食べて、寝たら治るよ」と2人にアドバイス。

新鮮なハーブやショウガの入った特製ハニーティーを入れてあげてました。

が、翌朝のキッチンにはマカロニ&チーズが残されていたり、

クッキーの箱やら、化学物質たっぷりのジュースやら、不健康な食べ物たち・・・

どうやら、ママさんは何も料理しなかったようです。



この家庭から一般化するつもりはないのですが、

トロントは生活費が高く、共働きの家庭が多いせいか、加工食品天国。

ただでさえ、牛乳からパンから商品に含まれる添加物の多さに閉口しているのですが、

「この袋から開けてすぐできる」シリーズは、原材料欄の長いこと・・・困った

オーガニック食品ブームが過熱しているのは、元々の食生活とのギャップが原因?
と思わされることもしばしばです。



そんなわけで、風邪をひいても食生活はそのまま。

薬を飲んで、テレビやパソコンで時間つぶして・・・日本でも現代っ子はそうかもね。



TOYO宅では、風邪引いた時こそ「食べて寝ろ!」という教育方針だったので、

今でも風邪をひくと、一人で体の温まるものを作って、食べたら寝る、が定番。

小さい頃からそうやって育つと、しんどい時でも食べ物が入る体になるから不思議。



そういえば、こちらで一度寝込んだ時、友人と軽く口論になったことがあります。

事の発端は、「風邪をうつしたくないから今は来なくていいよ」という私の発言。

キューバ出身の友人には、その思いやりが不愉快なほどに水臭かったようです

そんなところにも文化ギャップが現れるのか…と驚いてしまいました。



カナダでは、マスクもしないし、風邪引いてる人が

「ウィルスを人に移す可能性がある」という認識が低いのかしら、と考えていたら

日本在住のオーストラリア出身の友人が、ある時、

「日本人は風邪をひいても仕事を休まない!同僚にうつしてもいいのか?」
と怒っていたことを思い出し・・・



風邪をひいたとき何をすべきで、何が他人に有益で、また迷惑なのか

そういういわゆる「常識」って、文化や個人ごとに相当違うんだなぁと。

簡単に人の行動を批判的に見ちゃうといけないんだと思い知った次第です。



日本でバングラデシュ出身の彼氏と付き合っていた友人が、

風邪をひいたときに「スープ作るね」と彼氏が料理してくれて喜んでいたら、

かなりスパイシーなカレーが出てきて複雑な心境になったという話もありました。

(彼にとっては、カレーでも色々な種類があるんでしょうけどね笑顔



異文化の中で暮らす時には、

相手の行動を観察して、自分の価値観で勝手に判断したり、

相手の発言の上辺だけを聞いて、背景にどんな思いがあるか考えなかったり、

「常識」で考えて相手がこうしてくれるだろう、と期待したり、


そういうことで色々な問題が起こってくるのかもしれません。


気をつけよう・・・と思うTOYOでした。
第9回 「小春日和」を英語で言うと? [2010年10月11日(Mon)]

10月のトロントは、すっかり秋

最初の一週間は、最高気温が10度前後という寒さでした困った

大阪の真冬がいきなりやってきた感じで、
「秋でこんだけ寒いって、冬はいかほど!?」と正直ビビりまくり。


ところが、今週の半ばから、あら、びっくり。
晴天のぽかぽか陽気が続いています太陽

秋口の締め付けるような冷えが収まったころ、
紅葉が暖かい日の光に照らされてキラキラ・・・キラキラ

日本では「小春日和」と呼ばれるこの現象、北半球に共通して起こるようです。
ちなみに英語では、【Indian Summer(インディアン・サマー)】と呼ばれます。


何故そう呼ばれるようになったかについては、
【この時期がインディアン(北アメリカ先住民)たちの収穫期で、
征服者たちに対する抵抗する戦いが一時的に止んだことにちなんでいる】、

など諸説あるようです。



そうそう、今週末はちょうどThanksgiving Weekendびっくり

カナダでは、10月の第2月曜日がThanksgiving Dayとして国民の休日となります。
感謝の気持ち(=Thanks)を伝えよう(=Giving)ということらしいです。

もともとは、「収穫を与えてくれた神の恵みに対して〜」という文脈だったようですが、
今ではすっかり「一年間親切にしてくれた皆にサンキューハート」的な雰囲気になっています。

でも、やっぱり北米のキリスト教徒に限定された習わしなので、
トロントでも生粋のカナディアン以外はそんなに気にしていない印象ですね。

特にレストランなどでは、
【カナディアンの店員たちが休んでいる間に、移民系の店員がシフトに入っている】というのが、
ほんとーに明らかに見てとれます。



日本でも、今頃は小春日和?

恋しい日本に、お正月は一時帰国予定・・・。
まちきれないToyo@トロントでした笑顔
第8回 キューバ編C音楽&アート [2010年09月19日(Sun)]

キューバと言えば、陽気な音楽革命的なアート太陽

そんなイメージもあるかと思います。そして、事実びっくり


地元のカーニバルでは、国民皆グレートダンサーでした。
(友人の弟だけは、本当に下手でしたが・・・可哀想過ぎる悲しい

私はキューバで生まれた【サルサ】というダンス音楽が好きなので、
友人に「キューバと言えば、サルサだよね!」というと、「うーん落ち込み」との答え。



世界的に愛されているサルサ音楽が今のようにポピュラーになるには、
アメリカとキューバの政治的関係が大きくかかわっていたとのこと。




革命前のキューバには、様々なリズムが溢れていたそうです
アフリカやスペイン生まれの楽器や音楽・・・でもそこにサルサはありませんでした

ラスベガス状態だったキューバではエンターテイメント産業が発達し、
多くのミュージシャンがアメリカやヨーロッパなどにも進出していったそう。


しかし、革命が起きて、キューバが共産主義国家になり、
ミュージシャンの一部は米国に脱出する道を選び、
そうでなくキューバに残ったミュージシャンも多く存在しました。


故郷の音楽は、米国に渡ったキューバ人たちの心の拠り所になりました。
ミュージシャンたちは、キューバの色々なリズムをミックスし、
【サルサ】と呼ばれる音楽がNYで生まれ、60年代に人気が爆発します。
(サルサとは、ごちゃまぜのソースを意味するスペイン語)

同じくカリビアン文化を共有するプエルトリコ人コミュニティにも浸透し、
プエルトリコ人口の拡大とともに、彼らの中からもミュージシャンが誕生します。



ただし、キューバとの関係を断っている米国側としては、
【キューバ音楽】が米国で流行っている状態は望ましくないわけです。

そこで、サルサは【ラテン音楽】として市場に出回るようになります。
実際には「ラテンアメリカ」と呼ばれる地域とは、縁がなかったにもかかわらず・・・



キューバ政府はというと、
米国で活躍する自国出身のミュージシャンの作品を国内から排除しました。

たとえば、サルサやキューバ音楽の女王として、世界で最も知られる歌手
セリア・クルス(You Tubeにリンクしてます。ご覧あれ音符

でも、彼女のCDをキューバで見かけることはありません。
若い世代では知らない人も多いらしく、排除の徹底ぶりに驚かされます。

しかし、セリアや他のキューバ人歌手が故郷にまつわる作品を発表する時、
その裏ではキューバ政府からの経済的な支援が動いていると言います。



キューバには存在しなかったキューバ音楽【サルサ】。

キューバアート界全体にも同じような現象が見られます。


日本の友人からとあるキューバ人画家の画集を買ってきてと頼まれたのですが、
彼はマイアミ在住のキューバ人だったので、国内にはありませんでした。


今回キューバに一緒に行った友人は、
12〜20歳までキューバの芸術学校で学び、
奨学金をもらってモスクワの芸術大学で4年間留学していたのですが、

米国資本のアートスタジオでバイトしていたのがばれて、奨学金停止。
卒業間近だったにもかかわらず、即、帰国命令が出たそうです。


アートやスポーツの分野で自分を磨く努力をしている人が、
国の政治状況いかんで運命を翻弄されてしまうのは、本当に不条理だなと感じます。

>>でも、だからこそ彼らの故郷を思う作品には、
なんとも言えない味わいが生まれているのかもしれません。
第7回 キューバ編Bオーガニック天国 [2010年09月19日(Sun)]

オーガニックというと、体や地球にやさしーいハートもので、

生産者としてのこだわりや、消費者としての意識の高さを醸し出す感じ?

トロントでは、エコバッグはかなり普及してるし、
オーガニックやフェア・トレード商品、ファーマーズ・マーケットも頻繁に見かけます。

ジムやヨガに通って、少し高めでもメッセージ性のある商品を買うことが、
少しトレンディなのかな〜という印象をもってます。



ただ、キューバのオーガニックは、なんら健康や環境に配慮しているわけではなく、
化学肥料や農薬を買う経済的余裕がない!!!というところからスタートしています。

大学1年生の時に読んだこちらの本の内容で、少し予備知識はあったのですが、
実際に市場に行ってみると、




見よ、このシンプルさ!ww
形や色はバラバラだけど、味が濃くておいしいフルーツたち。
野菜は根菜が中心で、葉っぱものはほとんど見なかったです。



なんと、家の中庭にある50センチ四方の地面で、
こんな立派なバナナが育ってしまう土壌の豊かさと太陽の恵み!



米が届くたびに傷んだコメやほこりが混ざってることが普通なので、
老若男女だれかヒマな人が黙々と選別します。



こんな感じで、何を特別扱いすることもなく、
あらゆる食品がオーガニックであり、その他の選択肢がないのがキューバ。



ちなみに生産者が育てる野菜は、種類や量は政府によってきめられていて、
少し余ったものを売るくらいは良いけど、儲けすぎると土地取り上げられたりするらしいです困った

でも、みんな売りに来る・・・危ない橋を渡ってるのね。
第6回 キューバ編A多文化共生 [2010年09月04日(Sat)]

さて、質問です。

「キューバ人」と聞いた時に、みなさんはどんな外見の人を連想しますか?

「キューバ料理」と言われたら、どんな味を想像するでしょうか?



キューバには、先住民はいません。

ヨーロッパの侵略を受けて間もなく伝染病や過重労働などで絶滅してしまったそうで、
今のキューバ人はすべて移民ルーツを持つ人々だそう。


たとえば、この方。



1965年以降、キューバ共産党を率いてきたカストロ前議長

彼の家族はスペインのガリシアからやってきた移民だったので、
パッと見た感じでは、ヨーロッパ人と言われても全く違和感ないですよね。



キューバと言えば、こういうおじちゃんを想像する方も多いのでは?



ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブという映画がありましたが、
音楽文化の中心となっているのがアフリカからやってきた移民の子孫たち。

アフリカのヨルバ文化の影響が強く残っていて、
歌詞に突然スペイン語以外の言葉が!?と思うとヨルバ語だったりします。



スペインアフリカ(現在のナイジェリア周辺)。

この2つがキューバ文化の中心をなしているのですが、
さらに中国文化の影響も、生活のあちこちで見ることができます。

キューバ革命以前には中華系の移民も多く暮らしており、
首都ハバナには今でも大きなチャイナ・タウンが存在しています。

そしてなんと、キューバ人は毎日を食べるんですよ!
タダ同然で購入できる配給品の中に含まれているんです。

キューバ滞在で心底嬉しかったのが、いつでも米が食べられることハート
お腹の調子を崩した時に米のスープが出てきた時は、正直かなりホッとしました。

しかも友人はガリシア系の家系だったので、魚介類もよく食卓に登場して、
甘辛い味付けとか、「日本人と味覚が合うかもなぁ」と思うこと多々。



こんな感じで、移民国家の色合いが強いキューバですが、
国民は「キューバ人」というアイデンティティもかなり強く持っていて、
キューバ文化という名のもとに色々な文化が溶け合っているようです。


たとえば、カーニバルに行った時に聴いた音楽では、

まず、中国のクラリネット的な楽器の音色が響いて、
アフリカのパーカッションでリズムを刻み、
ヨーロッパ伝播の楽器でメロディーを奏でる。

ダンサーの見た目もバラバラだし、異文化が溶け合っている感じでした。

キューバ革命以来、元弁護士のカストロ議長らしい現実主義な教育制度が採用され、
宗教や人種での差別などが否定されてきたことも大きいと友人は話していました。



たとえばゲイに対しても、今ではすっかりオープンなよう。

特に私が滞在したサンタ・クララという街は、「ゲイ文化の中心地」だそうで、
老若男女とも口をそろえて「性的な嗜好は個人の自由」と話していたのが印象的でした。

つい最近、革命当初のゲイ差別(強制労働収容所送りなど)をカストロ前議長が謝罪したことが報じられましたが、日本では伝えられているのかな。



トロントの多文化共生が、
極寒の海に色々な場所からやってきた流氷が浮かんでいる景観のイメージだとすれば、

キューバの多文化共生は、
灼熱の太陽のもとで育った色々な種類の豆を挽いた、薫り高いブレンドコーヒーのイメージでした。
第5回 キューバ編@基礎知識 [2010年08月29日(Sun)]

真夏のトロントを2週間ほど抜け出して、
ジェット機で青空を駆け抜けること約3時間…。



カリブ海に浮かぶ島国CUBA(キューバ)に行ってまいりました!!!


今回は、トロントで出会ったキューバ出身の友人の里帰りに同行。
というわけで、いきなり大家族の一員として現地文化にどっぷり浸かった2週間。

【基礎知識】【多文化共生】【オーガニック天国】【アート&音楽】【世代間ギャップ】
以上、5つのテーマに分けてTOYO@キューバが見た世界をご紹介したいと思います。



まずは、キューバの【基礎知識】として、少し政治経済のお話を…。
(チャンネルはそのままで!)

ご存知の方も多いと思いますが、キューバの政治状況はかなり特殊です。

Capitalism(資本主義)の中心である米国のすぐ傍に位置しながら、
現キューバ政府は、Communism(共産主義)を国家の基本理念としています。

フィデル・カストロやチェ・ゲバラによってキューバ革命が成功した後、
新政府を危険因子とみなした米国はEmbargo(貿易閉鎖)政策をとります。
それまで米国資本に依存していたキューバ経済は、一気に方向転換を迫られました。



(写真)サンタ・クララという街にある革命の英雄チェ・ゲバラの遺体が眠る広場。



そこで、当時のソ連と経済協力関係を結ぶため、政府方針として共産主義を採用。
サトウキビなど一次産品をソ連に高価買取してもらって、順調に経済を維持します。

しかし、80〜90年代、ソ連の勢いが弱まり冷戦の終焉を迎えると再び状況が一変。

後ろ盾を失ったキューバは、収入源を在外キューバ人の送金と観光業に転換し、
外部に閉ざされた国だったキューバは、この辺りから少しずつ姿を変え始めました。

カナダやアメリカの他、世界各地から観光客がキューバに押し寄せるようになり、
現在のキューバでは、2つの隔たれた経済世界が存在するようになっています。

その隔たりの代表が、Cubanペソ(自国民通貨)とCompatibleペソ(観光客通貨)。
(ちなみに、私が換金した時は1カナダドル=1.16 Compatibleペソでした)
生活必需品が安価で並ぶ政府公認の市場などでは、Cubanペソしか使用できず、
CompatibleペソOKのホテルやレストランでは、値段設定が高価すぎて地元民は滅多に利用できません。



(写真)地元民しか利用できない市場。会員カードみたいなのが必要。



私がキューバで最後まで理解に苦しんだのが、この2つの世界のギャップでした。

例えば、キューバでの月給はお医者さんでも20ペソ程度
でも、ビール一缶は1ペソ、アイスクリームは2ペソで売られています。
トイレットペーパー1巻0.6ペソ、靴は10ペソ、かばんは20ペソ…
まさか20万円の給料をもらう人が、ビール1缶に1万円払ったりしませんよね。

一家族の光熱費+必要雑費が15ペソ程度で、残りで食料・日用品などを購入?
配給などがあるとしても、どう計算しても、生活が成り立つわけがないんです


じゃあどうして、キューバの人たちは毎日食べ物にありついているのか。

私が見る限りでは、

@国外の親戚からの送金で生活費を補てんしている

A観光業や交通業(タクシーなど)からの収入がある

B農業や漁業を営む知人から直接貰ったり、感謝の印としての差し入れがある

などのパターンがあるようでした。


友人のお父さんが入院した時には、
医者や看護婦への差し入れとして毎日朝&夕食を差し入れしていたそうですし、
友人の義理の妹は地元病院の薬剤部長として働いているので、
頻繁に患者から贈り物を受け取っていたようでした。

タクシー運転手をしている人が融通を利かせてあちこち移動してくれた時も、
「料金はいらない」という彼を後から夕食に招待していました。



外部から入ってくるお金と、地元民同士の助け合い。
この国の人たちは、周りの人間とつながることで生きているように思えました。

資本主義や堅実な価値観を当たり前として育った私の常識や知恵は、
この国では笑いだしたくなるほど、何一つ機能せず・・・。

本当に世界は広くて、常識なんてないんやな!と日々実感させられました。

TOYO@キューバ
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