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見義不為無勇也

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救援機材WS [2015年11月28日(Sat)]
白馬村で開催された神城断層地震一周年フォーラムにてお時間を頂き救援機材についてのWSを行わせて頂きました。
機材を持ち込んで頂いた長野メンバーの助さん&賢さん、ありがとうございました。

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フォーラム [2015年11月28日(Sat)]
170名の参加者を迎えフォーラムがスタート

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一周年フォーラム準備 [2015年11月27日(Fri)]
まだ11月ながら大雪の白馬村

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神城断層地震から一年 [2015年11月27日(Fri)]
長野県神城断層地震から一年を迎えて
http://blog.canpan.info/coco/archive/3579

地震・水害・竜巻・雪害など日本を取り巻く自然災害は、環境破壊なども影響し年々深刻さを増し、その度に多くのボランティアが被災地に入り救援活動を行ってきました。

1995年の阪神淡路大震災に災害ボランティアが誕生し、それからほぼ毎年のように水害や地震が列島を襲い、とりわけ2011年3月に発生した東日本大震災では、M9という日本における観測史上最大の地震は大きく長い揺れと巨大津波によって東北沿岸地域を中心に多くの犠牲者と壊滅的な被害をもたらしました。その救援活動にも多くのボランティアの活躍がありました。阪神淡路大震災から20年以上が経過し、日本に災害ボランティア文化が完全に根付いたと誰もが確信するところです。

自然災害が多発した2004年頃から、災害ボランティアセンターとしての機能充実のためのVCコーディネーターの養成は主に社会福祉協議会を中心に行われてきました。加えて、被災地にて立ち上がる災害ボランティアセンターの運営を支える人・モノ・資金・情報などソフト・ハード両面からしっかりと支える仕組みも整って来たように思います。

そんな努力があり、市民の誰もが被災地で迷うことなく支援に参加できるようになり、かなりの広がりがを見せておりますが、ボランティアの技術的なレベルについては、その20年間に経験した数多くの災害の歴史で考えた場合、果たして満足のゆく内容と言えるだろうか。

必ずやってくるであろう東海・東南海・南海地震、そして首都直下型地震。これら大災害を迎え撃つためには、ボランティアと言えども現状の人海戦術、そして応急危険度判定の”赤紙はボランティアは派遣出来ません!”で果たして良いのだろうか・・・

東日本大震災では一部においては重機や動力機械の操作資格をもった専門性の高いボランティア(技術系プロボノ)による救援活動が展開された地域もありますが、ボランティアによる活動の基本は未だに「人海戦術と人力作業」のみによって行われているのが現状です。人員が限られた場合の活動の効率性・安全性を考えた場合、特殊車両や動力機械による作業の必要性も強く感じるところです。

昨年、この白馬村で行われた救援活動は、白馬村・白馬村災害ボランティアセンター・建築業関連団体・地元消防団等のご理解を頂き、緊急救援期のボランティアによる救援活動としては極めてレベルの高い活動展開できたものと改めて思うところです。

被災地支援活動のひとつとして、機動力のある技術力のあるボランティア活動が展開できる仕組みづくりが急がれます。残念ながら国難級の大地震は必ずやって来ます。

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自衛隊派遣規模 [2015年11月24日(Tue)]
常総市への自衛隊派遣規模
自衛隊の派遣規模は災害規模の物差しのためメモ

東日本豪雨における自衛隊災害派遣概要
9月10日〜9月17日(10日間)
派遣人員  480名(延べ7,500名)
車両:70両
舟艇:40隻
航空機:15機
LO:50名
LO車両:20両
派遣部隊
■陸上自衛隊
・施設学校(勝田)
・第1施設団(古河)
・東部方面航空隊(立川)
・第12ヘリコプター隊(宇都宮)
・自衛隊東京地方協力本部
・自衛隊神奈川地方協力本部
・自衛隊栃木地方協力本部
・自衛隊茨城地方協力本部
・第1空挺団(習志野)
・第1師団司令部(練馬)
・第12旅団司令部(相馬原)
・第1施設大隊(朝霞)
・第1偵察隊(練馬)
・武器学校(土浦)
・第1飛行隊(立川)
■海上自衛隊
・第21航空群(館山)
・第51航空隊(厚木)
■海上自衛隊
・百里救難隊(百里)
・浜松救難隊(浜松)
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らくがき [2015年11月23日(Mon)]
思い出も大切な宝物
水害で土壁の下部が崩れおちた家屋の補修。その壁をよく見れば子どもの落書きが....
その思い出を残しての補修作業を!の元請け風組さんの想いを受けて、仕事人RED☆Gらしい仕上がりに天晴!
避難所閉鎖前に、住み慣れた我が家に帰って頂きたい!のみんなの想いがいよいよ近ずいて来ました。弟想いのお姉さんの障子張りもご苦労様でした。

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埋め戻し? [2015年11月22日(Sun)]
常総市水海道ベースの倉庫代わりのキャンターくんのキャビンで迎えた、かなりボランティアチックな朝。真横を走る関東鉄道始発の踏切の音が目覚まし時計。
午前中は風組と水害後に未だ床板を上げずに泥が入ったままの家の作業。与一隊長と土竜隊長は毎度ながらの手際よい匍匐前進作業。
そして、重機チームは広島杉さんが、昨日からのIVUSAベースだった場所の整地作業を完了。

そんなマイペースな午後、重機チームにSOSの連絡がはいり、急遽現場へ。
現場にはリフォームを請け負った困り果てた様子の工務店の親方がおり、ボランティアにお願いしたい内容について説明を受ける。作業内容を聞いていやいや参った。もうぼちぼち日が落ちる時間なのに、家主さんも業者さんも本当にお気の毒。とはいえ何とかせねば....
ということで、水害での支援活動もいろいろやってきましたが、床下泥出しではなく、床下土戻しは初めての経験。泥出し支援に来たあるボランティアグループが、勢いあまって元々のGLよりも堀に掘り下、しかもかなりの凸凹状態。困り果てた家主さん&リフォーム業者さんの依頼にて、夕暮れ時から各所ち散らばる仲間をかき集めて、庭の土を重機でダンプ三台分を削り、布基礎内に入れ直し、無事終了!

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お堂の移動 [2015年11月21日(Sat)]
水害の濁流で流されて来た二つのお堂。ひとつは団地の中庭に、もう一つは畑のど真ん中に。あまりよろしくないダンプとユンボの合わせ技で無事移動完了。

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畑に流れ着いたお堂です
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重機のリーチぎりぎりにて何とか運び出しができました
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お堂二つ無事指定された場所まで移動完了!
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どんぶらこ [2015年11月19日(Thu)]
被災地では時々信じられない事象に出くわします。
このお堂もよくもこんな距離をどんぶらこどんぶらこと流れて来たものです。元に戻す側の気持ちも少しは考えて頂きたいものですが....
これもお役所的判断では宗教関連建物にて政教分離原則なため公的補助は無し。予算はゼロ。
さあ、適正技術を基本にみんなで知恵を絞りましょう(^^)
画像では分かり難いですが意外にデカイです。災害移動単位に換算して約100イビューサ。

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避難所に監視係 [2015年11月17日(Tue)]
昨夕、台風18号によって避難を余儀なくされている方々が120名ほどが身を寄せている避難所にて炊き出しをさせて頂きました。メニューは夕飯のお弁当と一緒に食べるための水餃子スープ。
夜は他の三ヶ所の小規模避難所にも配食させて頂きました。
その120名が暮らす大規模避難所では食事は決められた場所以外では禁止されており、名簿をチェックしながら弁当配りをする担当者がおり、コンビニから配達された弁当を他の場所に持って行かないよう厳しく監視されています。
その姿は、その施設の制服らしき服装にて、腕は後ろに組み両脚を開き、食事の時間が終えるまで、ずっとその状態を保ち続けていました。
避難所を専門に回るボランティアさんによれば、その前の日、ある方が自分たちが生活する部屋に持ち帰えろうとしたら、規則違反とされその夕のお弁当を取り上げられたそうです。
集団生活に規則はあって然るべきではあるものの、その運用には血の通った対応を望みたいものです。
極めて後味の悪い光景を目にしながらも、避難をされている皆さんからは、沢山の笑顔と感謝の言葉を頂きました(^^)
昼の具沢山なおうどん、そして夜の生姜の効いた温まる水餃子スープを作って頂いた、横浜の若手僧侶の皆様、炊き出しのサポートを頂いたゆいまーるの家の仲間たち、本当にありがとうございました。
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