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見義不為無勇也

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同じ失敗を二度と繰り返さないために(その7) [2014年03月29日(Sat)]
石巻市立大川小学校
「事故検証委員会」を検証する(ポプラ社)
第1章 調査を投げ出した石巻市教育委員会
から抜粋

子どもを救う方法は十分あった。
体育館脇の山は傾斜緩く、低学年でも登れる。椎茸栽培の体験学習も行われていた。5分あれば入釜谷方面への避難も可能。スクールバスもすぐ出られるように待機していた。地震から津波到達までは51分。地震による倒木はない。

地震発生後、校庭に避難し点呼。津波が来るまで校庭待機。
校庭ではたき火の準備も始まっており、避難する雰囲気ではなかった。たき火のための缶は少なくとも二つ用意されていた。山や道路の様子を見に行った教員はいない。早い段階で校庭にとどまる決定をしたことがうかがえる。もしくは話し合いが十分なされなかったのかもしれない。引き渡しの対応に追われていたわけではない(人数的にも多くない)

※画像は子ども達でも容易に登ることのできる裏山から小学校を望む

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Posted by coco at 16:31 | 大川地区 | この記事のURL
同じ失敗を二度と繰り返さないために(その6) [2014年03月29日(Sat)]
大川小学校事故検証報告書から抜粋

校長及び石巻市教育委員会の被災直後の対応

校長が大川小学校の現地に初めて入ったのは3月17日である。地震翌日には何らかのルートにより釜谷地区に到達することができたと推定され、校長はより早期に大川小学校の現地に入り、学校の状況を自ら確認するとともに、児童の状況について情報を収集し、石巻市教育委員会に正確に伝えるべきであったと考えられる。もしそれがなされていれば、石巻市教育委員会の認識も違うものになったと推定され、事故に対する対応体制を整えてその対策をとることができた可能性は否定できない。

震災当時、教育長が病気休暇中であり、教員出身ではない事務局長が教育長代理を務めていたことが、各学校の状況の把握、迅速な意思決定、学校現場への指示などに一定の否定的な影響を及ぼした可能性がある。震災の約1週間後には大川小学校の被害状況が特に大きいことが明らかになってきたのであるから、石巻市教育委員会はその被害状況に対応した対策本部を立ち上げ、対策を打ち出すべきであったと考えられる。そして石巻市教育委員会がそのような対策をとっていれば、遺族・保護者との関係ももっと変わったものになっていた可能性がある。

大川小学校及び石巻市教育委員会による被災直後の対応については、数多くの児童・教職員が被災した事故への対応としては、到底十分とは言い難いものであったと評価せざるを得ない。そこには、石巻市全体の震災による被害が甚大であったことが大きく関与したものと推定されるとともに、同校及び市教育委員会において、こうした重大事故時、特に教職員のほとんどが死傷する事態への対応が想定されていなかったことが大きな要因となったものと推定される。

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Posted by coco at 16:29 | 大川地区 | この記事のURL
同じ失敗を二度と繰り返さないために(その5) [2014年03月28日(Fri)]
石巻市立大川小学校
「事故検証委員会」を検証する(ポプラ社)
第1章 調査を投げ出した石巻市教育委員会
あの日、大川小学校で何が起きたのか?から抜粋

※生き残った児童、只野哲也君(当時5年生)の証言

ゴーッと、人がうなっているような、津波の音がそういう音なんです。ゴォーー、ゴ、ゴ、ゴ、みたいな。水の音じゃない。火山でも噴火するのかっていうような。オオオオオっていうよう音で、「こりゃまずいんじゃない?」って思いながら、おいは必至で走って、ここの山を登ったんですよ。雪も積もっていて、すべったんですけど、土に指突っ込んでガスガス登っていって、自分でも凄いと思ったくらい、火事場のバカ力っていうか」
哲也君は山にたどり着いたものの、津波に飲まれて気を失った。身体が半分ほど土砂に埋まっていた哲也君を掘り出してくれたのは、同じ場所に流れ着いた同じ五年生の友達だった。
「いまだにみんなで言っているんですよ。あの時、帰りの会で『さよなら』まで言えなかったことが悔いだなって」

※四人の生存児童のうち、過酷な被害当時の状況を証言し続けているのはこの哲也君だけです。その時、妹さんを亡くしておられます。
そして、お母さんもです。

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Posted by coco at 16:26 | 大川地区 | この記事のURL
上京 [2014年03月27日(Thu)]
久しぶりに帰った赤坂・虎ノ門。周りの景色も帰るたびに少しは変化していますが、新しく完成した「マッカーサー道路」には本当にびっくりしました。
被災地復興のスピードも同じ速さでやってほしいものです。

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Posted by coco at 20:37 | つれずれに | この記事のURL
同じ失敗を二度と繰り返さないために(その4) [2014年03月27日(Thu)]
石巻市立大川小学校
「事故検証委員会」を検証する(ポプラ社)
第1章 調査を投げ出した石巻市教育委員会
事実・考察《9》から抜粋

15時14分大津波警報。「10メートルの津波が来る」というラジオからの情報が、先生方に入り、輪になって会話をしている。子どもも状況をを察知し、「ここにいたら死ぬ」「山に逃げよう」と訴えた。先生は答えず。志津川出身の先生は「絶対山だ」と泣きながら訴えていた。

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Posted by coco at 16:22 | 大川地区 | この記事のURL
浜のキャンプ場づくり [2014年03月26日(Wed)]
海あり山ありの夢のキャンプ場づくりの助っ人に。
重機作業は笹藪だったところの掘削整地。流石はのぶさん、沢沿いに見事な広場ができあがりました。助っ人コバケンは森の余分なスギの伐採。また森に光が入り、夢のキャンプ場づくりにまた一歩。
「へ・へ・へっくっしょ〜ん!」そこで一句。
花粉舞う 浜の森での 夢づくり

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Posted by coco at 23:18 | 牡鹿半島部 | この記事のURL
キャンプ場づくり [2014年03月25日(Tue)]
久しぶりに夢のキャンプ場づくりの助っ人で浜の森での活動。スギ花粉が舞い散る中、くしゃみと鼻水をかみかみ頑張りました。

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それにしてもダルちゃんは、何をやっても器用だなぁ〜。今日の重機作業のシノ竹の地下茎起こしはお任せして、森の伐採と切り株の整備をさせていただきました。
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Posted by coco at 22:04 | 牡鹿半島部 | この記事のURL
同じ失敗を二度と繰り返さないために(その3) [2014年03月25日(Tue)]
教職員の養成・教育に関する分析
(大川小学校事故検証報告書から抜粋)

大川小学校においては、一部の教職員は津波防災に関する経験・知識を積み関心を持っていたものの、それが共有・活用されず、教職員全体としての津波・防災や危機管理に対する知識は必ずしも十分ではなかったと考えられる。これは、当日の行動を適切に判断できなかった要因であったのみならず、事前対策としての災害対応マニュアル・防災訓練の検討が進捗しなかった要因の一つにもなっていたものと推定される。

このように大川小学校の教職員が津波防災や危機管理の知識・経験を十分に持ち合わせていなかった背景要因の一つとして、教員養成課程における防災・危機管理教育が十分ではないことがあると推定される。また、宮城県としての学校現場における津波防災対策の推進は、取り組みが新たに始められていたが、必ずしも十分に定着した状態までには至ってはいなかったものと推定される。

震災当時の大川小学校では、同校における勤務年数の短い教職員が多く、学校周辺の地域の状況(地理的条件、災害履歴をはじめとする災害環境、社会環境等)を必ずしも熟知していなかったものと考えられ、これが事前対策、当日の行動のいずれにおいても学校裏山を避難先として選択できなかったことの背景要因となった可能性がある。

※推定される=ほぼ間違いない場合の文末表現

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Posted by coco at 21:38 | 大川地区 | この記事のURL
同じ失敗を二度と繰り返さないために(その2) [2014年03月24日(Mon)]
石巻市教育委員会による指導・管理状況の分析
(大川小学校事故検証報告書から抜粋)

石巻市教育委員会が進めてきた学校防災の取り組みにおいて、津波対策は必ずしも重視されていなかったと考えられ、このことが大川小学校で津波対策が十分に推進されなかった背景要因の一つとなったものと考えられる。
なお、市教育委員会の取り組みにおいて津波対策が必ずしも重視されていなかった背景には、宮城県教育委員会の策定した「みやぎ防災教育基本指針」において、津波対策に関する記述がごく一部に限られていたことが関与した可能性がある。
市教育委員会では、各学校から提出された災害対応マニュアルの内容を確認し、具体的な対策の状況を把握して必要な指導・助言などを行う体制をとっていなかったものと推定される。このようなチェックの仕組みが欠落していたことは、大川小学校において災害対応マニュアルの具体的検討が十分に進まなかった背景要因と考えられる。

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Posted by coco at 21:26 | 大川地区 | この記事のURL
同じ失敗を二度と繰り返さないために(その1) [2014年03月23日(Sun)]
ハザードマップ及び避難所の指定に関する分析
(大川小学校事故検証報告書から抜粋)

教職員・地域住民が具体的な津波来襲の危機を想定しなかった背景には、大川小学校がハザードマップの予想浸水域外になっており、津波災害時の指定避難所になっているという、事前対策が関与したものと推定される。特に、同校が地域の避難所として指定されていたことは、教職員・地域住民の判断・行動に強い影響を与えたものと推定される。

石巻市が作成・配布した津波に関するハザードマップは、コンピュータシミュレーションによる被害想定結果の計算精度や限界を踏まえた詳細な検討が行われておらず、その限界を知らせる注意書きも配慮に欠けたものであった。これは、ハザードマップ作成時の検討体制において専門知識が十分ではなかったことが背景にあったものと考えられる。

石巻市における避難所の指定では、津波災害時の施設の安全性に関する検討が必ずしも十分ではなく、また津波からの垂直避難先と避難生活を送る避難所の区別も明確になっていなかったものと推定される。仮にこの両者が明確に区分され、避難所指定の際に十分な検討が加えられていれば、大川小学校は津波の際の垂直避難先として不適切であることがあらかじめ認識され、緊急避難先が別途検討されていた可能性は否定できない。

大川小学校においては、指定避難所として避難者受け入れへの対応を求められていたことが、教職員の判断・行動に影響を与えていたものと考えられる。その背景には、学校に避難所を設置した際の運営体制が確立しておらず、学校現場の教職員に依存する仕組みとなっていたことが要因となっていたものと考えられる。石巻市は、あらかじめ学校とは別の主体による避難所運営体制を構築しておくべきであったと考えられる。

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Posted by coco at 21:21 | 大川地区 | この記事のURL
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