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見義不為無勇也

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市内仮設へ [2012年05月12日(Sat)]
市内の仮設住宅で足湯活動。

久しぶりに復活した足湯隊に同行し市内仮設へ。もともとボランティアが支援に入りにくそうな小規模仮設で始めた足湯ボランティア。「しばらくだね」「いままでどうしてたの?」と声が掛る。
仮設住宅の生活にも多少慣れたように見える表情。プランターなども増え表面的には明るくなったように見える。

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足湯に来られた女性の方が今日が誕生日。ということで、早速ケーキを買って来てみんなでお祝い。

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足湯のつぶやき
今回はテーマ【慰霊・供養】

釜石の畑のわきに蕨をうえていて、去年ものすごく沢山とれたので今年はどんなにとれるんだろうと思ってたけど、流されてなーんにもなくなってしまった。杉の木も枯れてしまった。初めは元気そうにみえたけど、だんだん葉っぱが赤くなってきて、枝も落ちたりしてきて・・・木霊じゃないけどお父さんが悔しがって一緒にもっていったのかなぁって。毎月11日の近くにお墓参りにいって、その時に杉の木も見てきたのだけど。本当にもう・・・うちは親戚も含めて7人亡くなって、4人はまだ行方不明のままで。私は杉の木につかまって。津波は来るときは山のようにみるみる盛り上がってくるので、必死につかまって上の方に登って登って、息をつくのも大変だったけど。だけど波が引いていく時は登っていた木がしなって釣竿みたいになった。お父さんは流されたけど、私は・・・与えられた命は与えられた時まであんだよねえ。。
(2月1日 遠野・仮設 70代 女性)

宝来館に勤めていて、皿洗いで右手がむくんでいるので、右手をやってほしい。流されてしまったが、1月から再開して、今は、法事が多い。旅館に泊まる人もいる。親戚の方が見つかったので、法事がある。
(2月24日 釜石・仮設 70代 女性)

松島で亡くなった主人の一周忌を済ませ、娘、息子の家族と1泊してきた。このあたりでも700人ぐらい亡くなった。自分はプールに行っていて助かった。出かけていた方ばかり助かった。
(2月26日 山元・仮設 70代 女性)

仮設は顔見知りばかり(元々ご近所で浜の方の人)だから助かる。家を流された人が多く、自分は家は大丈夫だったが、夫が流された。もうすぐ1年だから一周忌をしようと考えている。家は2Fが大丈夫で直せば住めるが、どうしたらよいかどこから考えたらよいか分からない。
(2月26日 山元・仮設 70代 女性)

先日からお彼岸に入ったから忙しい。うちも(津波で)親類が亡くなったから、先月1周忌を済ませたの。亡くなった人も多いから、法要も混むでしょ。だから2月にやったの。
(3月18日 七ヶ浜・仮設 80代 女性)

親戚の一人がまだ発見されてないから、お墓に行っても意味がない。だから家の跡地に行って拝んできたよ。早く見つかってくれなきゃ、骨もないからお墓も作れない。大事にしていたものが全部流されちゃったよ。何も残っちゃいんべ。仏壇の中にお金(昔から記念にとってあった)を入れといたけど、あんなところからとれなかった。流されちゃった。自分の身を守ることで必死だった。
(3月18日 遠野・雇用促進住宅 60代 女性)

午後からお墓参りに行ってた。息子たちも来てたんだけど、もう帰ったから。お彼岸の料理を作るのに、2〜3日忙しかった。お金もかかるし。いつも10時〜15時まではここ(集会所)にいるから、帰ってから料理の準備してたよ。
(3月18日 七ヶ浜・仮設 70代 女性)

大槌でね、周りの人も46人亡くなったんだよ。僕は、仕事が終わってウニやアワビを採ってたんだよ。大槌には、彼岸の時にお墓参りに行ってきたよ。あまりの変わりように言葉もないね。
(3月23日 遠野・雇用促進住宅 60代 男性)

葬式が簡単なものだったから、1周忌はきっちりやったよ。家も何も流されてしまったけれど、家族は無事だった。水も電気もなく、こんな生活をするとは、思ってもなかったよ。
(3月24日 釜石・仮設 60代 女性)

横浜にずっといたの。子供の所に先月戻ってきた。知り合いが5人も亡くなっているので、祈っているんだ。
(3月24日 釜石・仮設 80代 女性)

日本財団ROADプロジェクト 足湯ボランティア担当
(震災がつなぐ全国ネットワーク)
(東海地震等に備えた災害ボランティアネットワーク委員会)
Posted by coco at 23:00 | 東日本大震災 | この記事のURL
日本財団 写真・動画コンクール2012 [2012年05月12日(Sat)]
日本財団 写真・動画コンクール2012
〜届けます、あの日から1年後に映ったもの〜

◆今年の3月11日を様々な切り口で捉えたドキュメンタリー写真・動画のグランプリ発表!
◆ライブ演奏!福島県から太鼓チームがやってくる!

日本財団は「東日本大震災を忘れない」をテーマとし、
「日本財団 写真・動画コンクール2012」の表彰式を開催します。
当日は応募された写真と動画の作品を会場で展示・放映するほか、福島県の太鼓チームによる演奏、東北3県の福祉施設で作られたお菓子などの販売、被災地のクリエーターがデザインしたTシャツの展示等も行います。

2011年3月11日から1年を振り返り、東京から再び被災地を支えましょう!多くの方のご来場をお待ちしています!


◆日 時:2012年5月17日(木)
◆場 所:日本財団ビル 1階バウルーム
◆主 催:日本財団
◆協 賛:NIKON、SONY

◆スケジュール:
17:30〜 太鼓演奏 岩代國郡山うぬめ太鼓保存会「ゆき組」
18:15〜20:30「日本財団 写真・動画コンクール2012」表彰式

※東北地方施設良品の販売及びTシャツアート展は終日開催、写真展は5月24日(木)まで開催

◆参加費:無料・事前申し込み不要

ノミネート作品
タイトル:帰り道(気仙沼)
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東日本見聞録2012 (石巻)
Posted by coco at 15:49 | 東日本大震災 | この記事のURL
恩返し [2012年05月12日(Sat)]
【産経ニュース】
2012.5.9 00:04
震災被災者 ボランティアで「恩返し」

竜巻が大きな爪痕を残した茨城県つくば市の北条地区では8日、多くのボランティアががれき撤去などの作業に当たった。その中に、「恩返しがしたい」と作業に励む宮城県山元町の「普門寺」住職、坂野文(ぶん)俊(しゅん)さん(49)の姿があった。

坂野さんの寺は、東日本大震災の津波で住居部分が流され、多くの墓が倒壊した。しかし、立ち入り禁止区域に指定されたため一人での復旧作業を余儀なくされた。ようやく立ち入りが始まり、2カ月遅れで手助けにきたボランティアの中に、筑波大の野球部員たちがいたという。「どんなに心強かったことか。そのときの感動は、今も忘れられない」という坂野さんは、「筑波」が竜巻で大きな被害を受けたというニュースに、居てもたってもいられず駆け付けた。

しばらく現地に滞在し、がれきの撤去のほか、同じ被災者の立場から悩みを聞く機会を持ちたいという。「とにかく人がそばにいることが、被災地には重要だ。少しでも役に立ち、恩返しがしたい」坂野さんはそう話し、作業を続けた。

※山元町普門寺はテラセンの拠点となっているお寺です。

檀家さんの塩害にあったイグネの伐採にて、伐倒木にもひょいひょいと上りワイヤーを掛ける住職さんです。

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坂野住職(右)と永平寺の修行を終えて帰ってきた息子さんの若住職。袈裟と作業着を日に何度も着替える住職です。

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その坂野住職とヘアースタイルが同じため、時々ボランティアに住職と間違えられるテラセンセンター長の藤本さん。

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被災者からの信望も厚いセンター長です。

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