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見義不為無勇也

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半年を振り返って【4】 [2011年09月15日(Thu)]
[団体間の連携]

7月末で被災地で活動したボランティア数は62万人。その内、石巻においては半年間で約20万人を超えるボランティアが活動した。

阪神・淡路大震災でのボランティア活動は日本のNGO・NPO活動創設期の方々がリーダーとして活躍した。そのことは組織としてのアイデンティティを大切にする傾向が否めなく、団体間の相互協力がそれほどなされなかったように思う。

今回のボランティア活動の特徴として団体間の相互協力があげられるだろう。石巻を例にとれば、震災直後に設立されたアンブレラ組織「石巻災害復興支援協議会」がそのことに大きな役割を果たしている。加盟する団体間の情報共有・情報交換の場の提供、行政とのパイプ、被災地からの情報発信等々その役割は多岐に及んでいる。

若くて屈託のないそれらの団体は、瓦礫の処理・炊き出し・入浴・福祉・医療・漁業支援・復興イベントなどありとあらゆる場面で、それぞれの団体が組織のカラーに拘らず、被災地の現実に目をやり連携して活動する姿は本当に頼もしくカッコよく、そして微笑ましく見える。ボランティアによる被災地支援の新しい形が見えたように思う。

[日本の再生へ向けて]

この大震災で災害時のボランティア活動がどうあるべきか私たちはさらに多くのことを学んだ。1995年の阪神・淡路大震災は「ボランティア元年」と称され、震災によって失った多くの犠牲と引き換えに、NPO法を成立させ、その結果の市民活動は大きく飛躍し、様々な社会問題の解決に大きな役割を果たしている。

そして私たちはこの東日本大震災で何を得ることができるのだろう。大津波によって失った大き過ぎる代償として、誰もが笑顔でいられる素晴らしい日本をつくるための何かを見つけなければならないと思う。

Posted by coco at 22:58 | 東日本大震災 | この記事のURL
008 [2011年09月15日(Thu)]
新拠点の前に立つサイボーグ009の008。
初めまして。宜しくお願いします。


新規事業の立ち上げ準備!わくわく・・・・
Posted by coco at 07:12 | 東日本大震災 | この記事のURL
半年を振り返って【3】 [2011年09月15日(Thu)]
[あれから16年]

1995年1月17日、死者6400余名。神戸を中心に襲った戦後最大の自然災害「阪神・淡路大震災」。その救援に動いたボランティアは130万人。完全に機能が麻痺した行政にかわり市民が自ら行動し被災地の復旧・復興に大きな役割を果たし、そのことからボランティア元年などと称され、後のNPO法の成立に大きな役割を果たした。

阪神・淡路大震災以降、日本列島は毎年のように災害に見舞われ、例外なくボランティアによる支援活動がなされてきた。とりわけ2004年は水害が各地に爪痕をのこし、10月には新潟県中越地方を大地震が襲い、そして冬季には豪雪による被害も数多く報告されている。

このように自然災害が起きる毎に、災害を専門とするNPOや社会福祉協議会が中心となって、ボランティアによる救援活動がより円滑にすすむようその仕組みづくりが進められた。その結果、全国的にほぼ画一化された方式(災害ボランティアセンター運営マニュアルなど)が出来上がった。

しかし、報道で伝えられたとおり、東日本大震災でのボランティア数は阪神・淡路大震災と比べ極めて低く、地震後の2カ月間でのボランティア数は、阪神淡路大震災時の100万人に比べ24万人と1/4に留まっている。

その主な要因をあげるならば、
・阪神・淡路大震災と比較し被災面積が圧倒的に広い
・毎度流れる根拠のない曖昧なボランティア活動自粛論
・鉄道の被災、ガソリン等の燃料入手が困難など被災地まで移動に苦慮
 ※阪神・淡路大震災は1週間後には鉄道が一部開通し、被災地への移動が容易であった。
・原子力発電所の事故による放射能への危機感
・壊滅的イメージの被災地画像
・津波によってボランティアを受け入れるための建物等が不足
などが考えられる。

特にボランティア活動自粛論については、災害に詳しい室崎益輝関西学院大学教授は、ボランティアの制限は「被災者を見殺しにしようとする行為に等しい」とまで言い切っている。正にその通りだと思う。

阪神・淡路大震災
死亡原因の多くは倒壊家屋による圧死と火災。


Posted by coco at 06:18 | 東日本大震災 | この記事のURL
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