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地域づくり論 [2011年01月22日(Sat)]
本の紹介です。
さがす こだわる つくる 地域づくり論
その視点と手法

いま日本の各地で、地域の魅力を高めてその活性化を図ろうという「地域づくり運動」が展開中である。その具体的な目標や理念、それを実現するための方法や手段も地域によってまちまちである。まちづくりのために知恵と情熱をかたむけ、その失敗の歴史をもふくめて、過去の歴史から多くの教訓を学ぶことは、きわめて大切なことである。志を同じくする多くの方々におすすめしたい。
(東京女子大学名誉教授 伊藤善市)

●定価1,600円(本体1,524円+税)
●B6判、266頁
●06年4月第1刷、07年3月第2刷
●河北新報出版センター

第1章  過疎研究から地域づくりへ
 1 過疎研究のはじまり
 2 なぜ「地域づくり」に関わるようになったか
  (1)衝撃の過疎研究
  (2)テレビ番組制作参加から学んだ「攻め」の農業
  (3)イギリス―美しいむら論の原点

第2章 過疎むらの変遷
 1 むらの変貌―エネルギー革命前後
     ―昭和40年代前半までの山形県西川町
 2 「米政策」の大転換を前に
     ―昭和44年の西川町N集落の実態
 3 西日本の過疎むらの実態
     ―昭和46〜47年の徳島県三好郡西祖谷山村・島根県邑智郡大和村
 4 農外収入による変容
     ―昭和56年の西川町N集落の実態
 5 離村と兼業収入
     ―平成5年の西川町N集落

第3章 「地域づくり」の原点・山形県西川町
 1 「地域づくり」のはじまり―西川町の委託調査
 2 西川町の問題を解く
  (1)人口ピラミッドは、“むら”の変化の覗き窓
  (2)増える「限界集落」
  (3)跡継ぎ流出
  (4)潜在的離村志向農家
 3 寒河江ダム周辺の開発整備に関する提言
  (1)ダム整備計画上の八ヵ所のポイント
  (2)寒河江ダム地区(湖畔公園地区)
  (3)朝日(山系)・大井沢地区
  (4)月山夏スキーとリゾートエリア地区

第4章 西川町の「まちづくり」―歴史と評価
 1 国づくりの枠組みの転換期
     ―1965〜74年(昭和40年代)
 2 大型プロジェクト寒河江ダムの着工
     ―1975〜79年(昭和50年代前半期)
 3 地域づくり開花期
     ―1980〜84年(昭和50年代後半期)
 4 人づくり政策の導入
     ―1985〜94年(昭和60〜平成6年)
 5 ソフト・ハード事業の融合
     ―1995〜2003年(平成7〜15年)

第5章 こだわりの「地域づくり」
 1 「雛とべに花の里づくり」―山形県河北町
  (1)最上川舟運と紅花商人
  (2)河北町の素晴らしい「顔」づくり
 2 「鮭まつり」―山形県鮭川村 
  (1)出稼ぎ村から日本一の「きのこむら」へ
  (2)「もうひとつの顔」づくり―鮭川にこだわれ
  (3)“むら”の文化に根ざした三つの委員会
 3 「そばむらづくり」―山形県大石田町次年子地区
  (1)絶景小坂峠と町の産業
  (2)「そばむらづくり」の種蒔き時代
  (3)こだわりが生み出した「そばむら」

第6章 地域づくりの視点と手法
 1 「地域づくり」には「こだわりの視点」が必要である
 2 「地域づくり」には「顔づくり」が必要である
 3 「地域づくり」の手法
  (1)産業論的アプローチ
  (2)歴史的・文化的アプローチ
  (3)自然的アプローチ
  (4)複合的アプローチ
  (5)イベント型アプローチ
  (6)地域資源発掘法
  (7)「違い」は商品化・交流の原点である
 4 地域づくりの「鍵」人材養成
  (1)山形県「西川塾」
  (2)沖縄県「かりゆし塾」
 5 地域づくりの課題と展望
蔓(つる)細工 [2010年07月22日(Thu)]
となりの街の産直の屋台で見つけたアケビの蔓細工。曲線の芸術。横浜に帰省の折、生け花の先生をしている東京の義母にプレゼントしようと思います。
田舎には何気ない技と寂が生きている。お値段は驚きのたった3桁の額。




鹿二千供養塚 [2010年05月16日(Sun)]
蔵王山麓に七日原というところがある。この一帯は伊達の殿様の狩場だったため、その地名の由来は仙台から七日間かけて旅をしてこの地に来たらしい。
そこで青根や峨峨、遠刈田という温泉に浸かり、鹿や猪や鷹狩りなどをしたようだ。
そのころ猟の案内人をしていた猟師が建立したといわれる「鹿供養塚」が残っている。森羅万象すべてのものに神がやどるとする日本のアニミズム。人間が生きるために殺されたこれらの生き物にも供養する優しさに感銘を受ける。


木を10000本倒すと、人を一人殺したことと同じ罪になるという杣人もいると・・・・。だから昔は木を一本伐採するだけでもお神酒をあげ、塩をまき、畏敬の念を持って刃を入れた。
木に手を合わせ、切らせていただいたくという心を忘れなずに謙虚な気持ちでこれからも木に接したいと思う。

七日原から眺めた蔵王の雄姿。この残雪の形になると田植えの時期

久しぶりにお訪ねした新緑眩しいF先輩が行っているフィッシンパーク
大正の匂い「石油発動機」 [2010年05月10日(Mon)]
近未来、自動車の動力は電気が主流となるようですが、その長きにわたる発動機(エンジン)の発展の歴史。その礎を築いた石油発動機
大正から昭和にかけて、日本の第一次産業のすべてを支えてきた、水冷単気筒発動機です。
こんな時代だからでしょうか?この発動機の愛好会も全国各地にあり、フェスティバルなども開かれてます。


四角い鋳物の部分には水を入れるようになっています。水は100度以上温度が上がらないのでこんな単純な構造になっているようです。


日本が一生懸命に生きようとしていた時代のレシプロの音を聴いてください。



《参考》
http://www.komu.jp/engine.html
http://www.ibara.ne.jp/~mitsugi/
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kenichis/sight6-050306-hatsudoki.htm
昭和の匂い [2010年05月09日(Sun)]
昭和の匂いのするイベントが「旧車会」さんの主催で開催され、友人がテナントとして昔懐かしい駄菓子屋をオープン。天候にも恵まれ、お邪魔してきました。
駄菓子屋的文化を復活させることが、地方での「町おこし・街づくり」に大切なカギがあるとつくづく感じながら見ていました。





以下、「昭和」のご紹介画像です。

ダイハツオート三輪
エンジンはクラウン、ペダルが二つしかなく実はオートマ改造でした。高速は追い越し車線普通に走れるそうです(天晴れ!)



エンブレムはなんとお城



市内巡回サービスをされていた猫バス風のボンネットバス



こんな昭和の車が沢山出展されていました。



単車編です

1940代のハーレーダビットソン。日本がライセンス生産をしていた「陸王」時代の超レアモノ単車です。凄いのひとこと!





カワサキと合併する前のメグロ。エンブレムがメグロワークスでMとW。昭和30年代の大型白バイはこの車種が多かった。



こちらはカワサキとメグロが合併し、カワサキメグロのエンブレム。





その技術がキャブトンマフラーの名車「W1(ダブワン)」などの誕生になりました。



そして、友人の奥さんの手作り弁当。家庭の味を久しぶりに美味しくいただきました。(ペコリ&涙)

ユキカキカルタ [2010年02月21日(Sun)]

除雪ボランティア育成のための、雪かき道場でのお楽しみに、「ユキカキカルタ」があります。

「あ」つぎして、大汗かいて、カゼひいて
「い」つまでも、あると思うな、金と体力
「う」ち周り、確認してから、除雪する
「え」キサイト、しないゆとりが、事故防ぐ
「お」嬢様、かじきだけは、ガニ股で
・・・・・・・・・・・・・・・・
「わ」ックスを、塗ると塗らんじゃ、大違い


オールとちぎ通信は新潟県十日町の雪かき道場&栃木県内の活動などなどです。




NPO法人中越防災フロンティア
http://c-bosai-frontier.jp/
ヒラタケ栽培 [2009年07月06日(Mon)]
ヒラタケ(平茸)のホダ木による原木栽培の話です。ホダ木はホウノキを使って行いました。ヒラタケは広葉樹なら大体いけそうですが、ホウノキは軽く表面積が大きいので生産効率も良いようです。そしてホダ木は立てずに握りこぶしぐらい間を空けて、並べて寝かすのがヒラタケ原木栽培の特徴です。
今日は超蒸し暑く、しかも蚊取り線香なしで、藪蚊との闘いの一日。キノコ栽培に適した環境=藪蚊の最高の生息環境、なんでしょう。

ヒラタケとはこんなキノコです。菌床シメジにおされて市場にでることは少なくなったようです。天然のヒラタケは毒キノコのツキヨダケに似ているので注意が必要です。

菌のコマは10センチ間隔ぐらいに打ち付けます。

樹肌はイヌシデに似ていますが、切断面が二色になっているのがホウノキの特徴です。

これがホウノキです。葉が大きく特徴があるのでとてもわかりやすい木です。

こちらはヒラタケと間違えやすい毒キノコのツキヨダケです。毒性が強く幻覚・嘔吐などがひどく、死にいたることもあるので要注意です。

因みにシイタケ(椎茸)の原木栽培のホダ木はこのように空間を作り、重ね合わせて組まれます。これはキノコが出る表面積の効率さからだと思います。




◇おまけ:
宮城県地方(南東北?)では、「そうだ!」とか「Yes,Sure!」とかの意味を、方言で「ほだ」とか「ほだほだ」と重ねて言います。
木地玩具職人さん [2009年03月07日(Sat)]
我が街は「こけし」の里で、伝統こけしでも有名な「弥治郎系こけし」のふるさとです。毎年、5月に全日本こけしコンクールなども開かれるほどこけしが盛んな街。子供の頃はいたるところにこけし工人がいて木工用のろくろを引いていました。
今ではほとんど居なくなった木地玩具工人のIさん。散歩中にその作品や工房を見せていただく機会がありました。初対面でもいろいろな話を聞かせてくれました。

ご主人がコマやけん玉、ダルマ落としなどの木地玩具をろくろで削り、奥さんが絵付けをしているそうです。木地玩具工人が少なくなった今の時代には、これもある意味伝統こけしに入るのかも知れないと思ったりも・・・・。



ちょっと画像では解りにくいですが、Iさん愛用のろくろです。

下の画像は、県内の観光地、日本三景の一つ「松島」あたりに出させるダルマの元だそうです。素材は伐採から10年寝かしたケヤキだそうですが、そんな素材を使って作られるダルマさんでも、「生産者は米と一緒で儲からないもんだよ」とぼそっとおっしゃっていました。


やがて木工玩具になる素材たち

そして10年後?に製品になる伐採したての木。長い年月をかけて製品になっていくサイクルが、今の時代ではとても奇異というか不思議に感じてしまう。


今日は蔵王颪が時折吹き荒れる一日。地震と思うほど家が揺れることもありました。
椎茸のホダ木の管理 [2009年02月14日(Sat)]
椎茸がよく出るためのホダ木の管理の仕方

◇発生時期
・春(2月下旬〜4月上旬)
・秋(10月下旬〜12月中旬)

◇保管場所
・直射日光の当たらないところ。(遮光ネット70%以上の利用も可)
・雨水があたり、排水の良いところ。
・風通しが良く、あまり暗くないところ。

◇水分の補給を
・発生時期に雨の少ないときは、十分な散水を。
・それ以外は最低でも週2回の散水を。
・夏は夕方にできれば毎日散水すると良いでしょう。

◇その他
・ホダ木が角度をつけて立て掛けます。住宅地では30度ぐらい。ブロックなどを利用するとよいでしょう。
・芽が出始めの頃に強い風にあたると芽が乾いて成長しにくいのでご注意を。散水後にネットなどを掛けるのも良いでしょう。
・外気温が15度以上のときは蒸れすぎますのでカバーは慎重に。
・椎茸をホダ木全体に発生させるために3ヶ月に一回程度は、上下をと表裏を逆にします(天地返し)。

椎茸ホダ木のつづき [2009年02月08日(Sun)]
1本あたりたった150円のホダ木になる原木ですが、ホームセンターでは椎茸の菌入りホダ木が1480円、菌なし原木が598円で売られています。出るところに出れば結構な値段になっているのです。
そこで今風に田舎体験ツアーの企画、「マイホダ木作り体験ツアー」は如何でしょうか?
対象者は都市部(このあたりだと仙台市に住む首都圏からの転勤族)の住民でリタイヤ組や親子組みとか。プログラムの内容は、

1)里山の暮らしや木の話
2)ホダ木(クヌギ・ナラ)伐採の指導・体験
 ※サイズは都市部向けに60センチぐらいで持ち帰りは6〜8本程度
3)椎茸菌のコマ打ちの指導・体験
4)持ち帰ってからの椎茸が出やすいホダ木の取り扱いアドバイス
5)昼はキノコ農家で取り立てキノコの試食など

現地集合・現地解散で、企画の売りは、自分で伐採したホダ木で味わう椎茸の美味しさを味わうこと。参加料はホームセンターよりもお得な値段で・・・・。仮に一人3000円だとしたらで、は高いでしょうか?安いでしょうか?

キノコが出る限り数年間は楽しめる、このような企画は如何でしょうか?

町のホームセンターではこんな値段になってしまいます。長さは90センチ。

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