中越地震被災者の手記【3】 [2008年10月24日(金)]
前回からの間野棟梁被災手記のつづきです。《以下》 【その5】 野ぐそ発見!!から気を取りなおし、ピリピリモードに切り替える。 岩間木地区の人は怪我人は出たけど全員無事だった。 ヘリコプターがわかりやすいように目印を作った。 石灰が無かったから消防の白いホースを代用してみた。 ヘリコプターが頭上を通るたびに必死に手を振った。 ヘリは止まらずに山古志方面に向かって行く。 山古志がヒドイ事になってる事は想像がついた。 現場で別れた仲間が気になる。 やつら大丈夫かな〜? ヘリは頻繁に飛んでくる。余震もいっぱいやってくる。 ヘリの揺れか地震の揺れか区別できないほどずっと揺れていた。 当分止まってくれないだろーなと思いながらも それでも手をふり続けた。 ようやく一台のヘリが止まってくれた。 しかもマイクでなんか喋った!! 「ここは大田地区ですか〜!?」 空に向かって ]ジャンプ!! バツー!! 無言でその場を去って行ってしまった!! くそ〜!!道?間違いか〜 岩間木地区にヘリが到着したのは三時頃だった。 自衛隊員がカッチョよくロープを使ってスーッと降りてくる。 一人、一人ロープを使って怪我人を収容していたけど。 思いの他怪我人が多かったらしく結局ヘリは着陸した。 えええ!! まじぃ〜!? 最初から降りてくればよかったのに......。 運ばれて行く怪我人の一人に弟の彼女の実家の住所と電話番号を渡した。 全然知らない人でたまたま来たら被災して怪我をしてしまった人だった。 いい人そうだったからという理由だけでこの人にすべてをお願いした。 「彼女の親絶対心配してると思うんでなんとか連絡をつけてください!!お願いします!!」としつこいくらいに言った。 「わかりました!!」 彼の目は信用できる人間の目だった。 固い握手を交わし彼を含め怪我人達はヘリで村を脱出した。 【その6】 怪我人達が村を脱出した後、村では会議が行われた。 今後の事や。 岩間木地区より高い所にある首沢地区の擁壁がヤバイ事になってる。 大雨が降ったら土石流で村を直撃する可能性があるという内容だった。 余震もまだまだ続いてるし確かにヤバイかもなと思ったけど。 俺は村を離れるのは嫌だった。 明日、首沢、荷頃、小栗山、蘭木の各町内は脱出して小千谷の総合体育館に行くとの事。 岩間木も脱出の方向で話しが進んだけど。 残りたいと手をあげた人がいた!! 俺もなぜか手をあげた(残る理由はないけど) オヤジも手をあげた(牛がいるから) 結局8人手をあげた。 区長は勝手にしろ!!という感じで少しキレていた。 言うことを聞かない8人組みが誕生した。 後に全然避難しないって事で問題になってたみたいだけど(あとから聞いた話し) とりあえず話しは決まった。 次の日、りゅうちゃん(男) と朝早く牛太郎(牛)の餌をくれに小栗山まで行く。 土砂が崩れてる所を歩いていくので余震がくると割りとこわい。 足がぬかるんでなかなか前に進めないのでいい運動にはなるけどね。 牛太郎ハウスはボロっちいけど地震前と全然変わってなかった。 地盤のいい所はやっぱ違う。 牛太郎は.....相変わらず牛太郎だった。 小栗山地区も脱出の準備が進んでいる。 ここの町内の人達みんな威勢がいい。 岩間木に戻ってみると。 バーちゃん達が面白かった。 一人のバーちゃんがお出掛け用の服に着替えてくると。 連鎖反応でよそ行き用の格好になって来るバーちゃん達。 「長靴はしょーしいっけ靴に履き替えてくるてぇー」 気分はもう越後交通ゴールデンツアーって感じだった。 早やしようて〜ヘリ来るて〜と言っても聞く耳もたない。 だめだこりゃ(´;ω;`) (つづく) ※画像は古戦場朝日山(小千谷)の復興支援活動で、頂上付近の説明看板修理のボランティアをしてくれた棟梁です。 |


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前回からの間野棟梁被災手記のつづきです。

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