日本財団公益コミュニティサイト CANPAN CANPANブログ:公益法人,NPO,CSR,社会貢献活動のための無料ブログ
« 2007年06月 | Main | 2007年08月»
2007年07月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
Shop山田
おニュー (01/10)
望月@QC
おニュー (01/09)
本川根嫁
おニュー (01/08)
ちび→本川根嫁
おニュー (01/08)
本川根嫁
おニュー (01/08)
ちび→本川根嫁
おニュー (01/08)
本川根嫁
おニュー (01/08)
本川根
おニュー (01/08)
最新トラックバック
終わり (06/03)
油そば (03/30)
ライフセービング [2007年07月28日(土)]
柏崎では、震災直後にもかかわらず、ライフセーバーの方々は、海辺の安全を守るために、ガードに従事していた。
天候は晴れ。波も風もなく、穏やかな海水浴日和ではあるが、流石に遊泳客はいない。
にもかかわらず、遊泳注意を意味するイエローフラッグ(青:安全 赤:遊泳禁止)であった。いつ余震があるかわからないからという意味だとのこと。自治体からの指導であると思うが、自治体から、『赤』の指導は出せないのであろうか?
ライフセーバーの方々自身も、被災をしていると思われるし、被災していなかったとしたら、その鍛え抜かれた体は、被災地域のために役立つことができるのではないか。
もちろん、震災が関係ない地域から遊びに来る者はいるかもしれないが、こんな状況であるために、遊泳禁止になって文句を言うものはいないと思う。
もちろん、海の家は打撃を受けると思うが、海の家のシャワーを被災者に開放するなど、非常に協力的であったと思う。

人影のない東の輪海岸海水浴場


番神地区の復旧作業をしている時、屋根にレスキューボードを積んで海に向かうライフセーバーに会った。自分も葉山ライフセービングクラブ員であることを告げ、挨拶をした。
被災にも負けずに、ガードに従事している姿を見て、私自身も、この週末にガードに入る決心をしたのでした。

この日、葉山は非常に良い天気にもかかわらず、以前のような足の踏み場も無いような人手という状況には無かった。
でも、やはり夏本番であるから、それなりに遊泳者も多い。
私は、家族を海の家に放り込み、自分は監視所につめた。
1年ぶりのパトロールで、焼けた砂の感触が懐かしい。
20分のローテーションで、2ヶ所のパトロールを終えると休憩時間に入る。
本来、休憩時間は、緊急時に対応できるように常に待機というのが常識であるが、家族を連れているので、その辺は、おまけしていただき、子供と海水浴を楽しんだ。
何年前からか忘れたが、毎日15時半になると、放送がなり、浜にいる方全員でビーチクリーン活動が展開される。
私は、チビ達にもゴミ拾いをさせるべく、前日に妻と子供達のユニフォームを作っていた。


やらせでしかないのだが、チビたちがゴミ拾いをしていると、どう見ても{ならずもの}の容姿をした方達も、ゴミを拾って入れてくれる。
チビたち自身は、純粋に浜が綺麗になることを喜んでいるようだ。
昨年は帽子だけであったが、今年はしっかりユニフォームを作ったので、本人達もライフセーバー気分である。

ビーチパトロールとチービパトロール




帰りは、逗子に住む先輩の家へ。
スーパーで買い物をして、夕飯の材料だけ持っていき、カレーを作っていただいた。
22時くらいに、同僚のI藤君が来て、どうやら明日は釣りに行くらしい。

そういやまだちび達は、釣りをしたことがないなぁ。
誰かに習うこととしよう。
釣りということで、翌朝は早いため、23時に退散しました。
しかし、疲労がたまってか、睡魔に襲われ、車を途中で止め、仮眠をとりました。
家まで1時間の距離で、とった仮眠が4時間。これって仮眠と言うのかしら!?

あっ でも、もうクラゲさんがたくさんいるので、皆さんも気をつけてくださいね。
柏崎U [2007年07月25日(水)]
災害ボランティア支援としては、一番長期で滞在した今回の柏崎。
水が出ない・ガスがこないという体験をしました。
日頃の運動不足と、若干の栄養の偏りから、終盤では口内炎が8ヶ所にできてしまい、そのうちの2つがとても大きく、できた場所がノドだったので、食事もゼリーの接種になってしまいました。情けないなと思いながらも、更に被災された方の生活が心配になりました。


仲間の車が勢ぞろい


お借りした駐車場も本拠地として、使用させていただきました。


人数が多く、事務所内で打ち合わせができない時は、外でも地図を敷いて、次の現場を確認しました。





テレビでは、今なお問題視されている原発です。
かなり遠くからの眺めですが、要塞のようで、天気も良くとても景色がよいのにそこだけ不気味に感じます。


青海川駅の土砂崩れです。
これが復旧するには本当にかなりの時間を要すと思います。
柏崎V [2007年07月25日(水)]
今回は、DRT2007の直後であることもあり、復旧活動には、今まで使用していなかった器材の導入が多かったと思います。
もちろん、風組の重機や本業で培った知識等があり、また皆さんの今までの災害現場での経験などがあった上での機械導入というのが成果となったと思いますが。

腰砕けコンクリートブレーカー使用時の写真です。(真ん中で割れて自分の方に倒れてきそうで怖いんです。)

チェーンソー使用時の写真です。


これらの機械や人海戦術で、こんな現場も1時間半で綺麗になりました。
ここは、最終日に来たところで、震災1週間後にもかかわらず、何も手をつけていない状態であり、非常に住人の方が困っている場所でした。
まあ、ここの場所を見つけてしまったので、出張行程が1日延長になったわけですが。



ここは、下のほうは階段となっており、かつここまで細いので、重機は入ることができません。
全て人の手でということになるので、コンクリートブレーカー等は必要なんです。

というわけで、そういった機械が必要であるならば、当然機械の扱い方を勉強する講習会も必要ということになります。先だって行われたDRT2007では、そういう機械の扱い方を勉強しました。残念ながら、私はスタッフとしての参加でしたので、その時には機械に触れることができなかったわけですが、横で説明を聞いていたために、今回機械を扱うことができたと思っています。

以前にも書きましたが、今回は、今までで一番勉強になった災害復旧支援活動でした。
柏崎 [2007年07月19日(木)]

今日は、というか、この出張期間の殆どはこういった倒壊した壁の片付けだった。
もっとも、柏崎VC公認丸特部隊では、一番の未熟者である私は、ただ重いものを運ぶことや、ただ壊すという作業しかお役に立てないのである。
運転も大好きなのですが、方向音痴という致命的な部分があり、ドライバーとしてもあまり役にたてません。
とはいいながらも、とにかく人手が欲しいのが被災地。 頑張りますよ。

さて、柏崎は大きなお屋敷がとても多いので、当然ながら門柱も立派。
その門柱が道を玄関をふさいでいるケースが非常に多く、とうとう「軽太」の登場です。
わたしがユニックを扱えるわけもなく、Nさんのお手伝い。
このユニックは、なんと500kgまで耐えられるというから驚きです。
写真の門柱も片方を上げてずらして道をあけます。


これは、今回宿としてお世話になったトライネットさんのお隣が崩れかかっていたので、それ以上建物に寄ってこないように、風組さんがつっかえ棒をしている姿です。
もちろん、私は見ているだけです。
ただ見ているだけなのですが、下手に手を出すことができないくらい、手際とチームワークがいいのです。

そういや私もそうですが、災害が起こると特に風組と雨マケのブログで情報を手に入れることが多いようです。
これは17日の画面だったと思いますが、私としては、「おお〜っ!?」でした。
柏崎到着 [2007年07月18日(水)]
目の前の光景が信じられなかった。
道路はひび割れ、塀や家屋が倒壊している。


これからの作業は、とりあえず住人のニーズ調査のうえ、我々ができる範囲の作業を進めていくが、その前に、基地作りである。
この日、私達とつながりのある障害者団体の施設を訪問し、そこが借りている駐車場をベース基地とすることができた。
結局この日は、近所の家屋が倒壊した酒屋さんの荷物運び出しだけで、作業は終わってしまった。
小千谷に戻り、この日は常日頃からお世話になっているダァーさんの事務所に泊めていただいた。小千谷では、物が落ちる程度の被害はあったものの、ライフラインの寸断や、家屋の倒壊はなかった。
蛇口をひねれば水が出るという当たり前の生活が、便利だとは、この時はまだ感じていない。
新潟到着 [2007年07月17日(火)]
ブログの書き込みをすることができない環境にいたため、もう既に過去の話ではあるが、災害現場での活動をこれから何度かにわけて、記して行こうと思う。

なんとか17日のうちに新潟入りすることができた。
とは言っても、湯沢までたどりついたところで仮眠となってしまった。
翌日は、小千谷で高速道路を下りて、いよいよ柏崎に向かう。
これから [2007年07月17日(火)]
新潟被災地に向かいます。
DRT2007開催 [2007年07月14日(土)]
さて、災害復旧作業時に、機械の導入をして効率的な作業をするために、その技術を習得する講習会が、いよいよ開始されました。


数多くの企業から協賛をいただきました(感謝)




エンジンつきの機械は重くて、決行馬鹿にならない運動なんです。
準備運動担当としては、翌日に筋肉痛を残さないために、真剣に準備体操をします。



チェーンソは、我がボスが講師を担当します。




新潟県長岡市で開催されたこの講習会ですが、全国から参加者が集まりました。
写真は静岡から参加のIさん。いつも災害時に駆けつけてくれます。
技術もさることながら、教え方がうまくて、非常に分かり易かったです。




やりかたさえきちんと習えば、女性でも扱うことができます。
写真は、北海道の団体から参加のMTさん。


今回は、そのほかにも関係団体であるB&G財団からTさんと東京BMCからMさんが参加してくれました。また、二人とも準備段階からお手伝いいただきました。


事故なく無事に、かつ有意義に過ごしたこの講習会でしたが、やはりここでも風組の手際の良さに感動しました。
翌日は、雨の影響で、予定よりも早く講習会を締めることになりましたが、もともと翌日は補講日でもあり、大成功に終了することができたのには変わりありません。

しかし、その翌日にこの技術がすぐに役立つとは誰しもが予測だにしなかったことです。
『7月16日 中越沖地震発生』
DRT2007準備 [2007年07月13日(金)]
記事を後で書こうと思っているうちに震災があり、その後イベント続きで、なかなかアップできなかったDRT2007(災害ボランティア技術系講習会)です。


講習会場の設営は、風組を中心に行われたのですが、中心というよりは、風組だけで仕上がってしまった感じがします。
何にもない更地に簡易舗装までして、挙句の果てにテントまで張ってしまうのですから、驚きです。

あとは、台風の来ないことを祈るばかりの、自他共に認める台風男の私でした。

グランドオープン [2007年07月12日(木)]
DRT講習会に向け、新潟に入りました。
今回は、北海道の団体に渡す福祉車両で、新潟入り。
軽自動車・ワンボックス・福祉車両・荷物満載という条件のため、関越高速道の赤城山付近は、ちょっと苦労しました。

この日は、移動した後、講習会にてお世話になる重機の会社に出向き、雨対策を含めた事前の打ち合わせです。
台風の影響で梅雨前線が押し上げられるので、大雨が予測されます。
雨の確立が60%を越えた時点で中止という形で話がまとまりました。

こんな細い腕でも私を支えてびくともしません。(それも当然500kgに耐えられるそうです)

この日に泊まったホテルは、ちょうどこの日にグランドオープンしたホテルで、使われていない部屋に泊まるのは、とても気持ちの良いものでした。
| 次へ